第130話 おひっこしとおきがえ
色々読んでて執筆が遅くなってました。死神を食べた少女にハマった。
今日も今日とて日は登る。
薄明るくなってきたお部屋の中、布団の上でそっと横に倒されると、オレは目を閉じた。
「ん、ぅ……」
ゆっくりと、甘くて心地の良い痛みが入ってくる。細く鋭い牙が、オレの首筋の柔らかか皮膚をぷつんと突き破ってくる。
「はぁっ、んくっ、んくっ……」
牙が突き刺さった所から滲み出る血を、カナンの舌は器用に上下する喉の奥へと流していく。
――早朝。
オレは、目覚めと共にやって来た吸血衝動の相手をしていた。
今さらながら、難儀な体質だと思う。突然他人の血を吸いたくなる、抗い難い衝動は。
けれど、こうしてカナンの欲求を独り占めできてしまうのは、とても心地が良い。オレの、オレだけの主様……。
今日は〝深淵の月 十日〟。
学園への編入当日だ。
そして、この居心地の良かった宿とお別れの日でもある。
「くずっ……また、エリカと、遊ぶのでずっ……」
「そんなに泣かないでリカちゃん。またすぐ会えるわよ。そうしたら、今度は弾幕ごっこでもしましょう?」
「約束なのです、破ったら許さないのです!」
涙目でぐずるエリカちゃんをなだめ、オレたちは宿を出ようとしていた。
一応外見はカナンよりも歳上っぽいんだけどなぁ……。
「ヒッヒッヒッ……。元気でなぁ。応援しているよぉ」
「ああ、おばあちゃんこそ元気でね」
ラントおばあちゃんにも挨拶をして、いよいよ出発だ。
忘れ物は無し。思い残す事もなし。また来たら温泉を楽しませてもらおう。
そしてオレたちは、列車に乗って学園都市の駅まで向かう。それからの目的地は、今後学園都市内で過ごす寮だ。
編入は午後からなので、先にさくっと見てからにしたかったのだ。
「ここが、私たちの新しいお家ね。 改めて見てもなんだかすごいわね」
それは、到底建物には見えなかった。
天を衝くような巨木。緑色の雲が天を包み隠し、木漏れ日がちらちらとそこらでうろちょろしている。
見上げれば、木の幹に規則的な穴が開いているのが見てとれる。
全て、窓だ。
そう、この巨木そのものが、ひとつの寮なのである。
周りを見渡せば、同じような巨木が何本も立ち並んでいる。
木の中をくりぬいて? 居住区にしているようだ。
凄まじいな、こりゃ。
あらかじめ聞いてはいたけど、ここまで凄いものだとは思いもしなかった。
「〝要塞樹〟っていうらしいわよ。くりぬいたんじゃなくて、幹の中が建造物みたいな構造に育つ植物らしいわ。野生では社会性の魔物を住まわせて共生してるとか」
「え、元からあんな感じに育つのか!? うわぁ、異世界ってすげぇ……」
成長に何年かかるのかは知らないが、勝手に成長してくれるなら建築コスト削減になるよなこれ。
そんな異世界の凄まじさを味わいつつ、オレたちはその木幹にある扉を開けて中に入る。
その途端、甘みにも似た新鮮な木の香りが鼻を通り抜けた。
中は真ん中の芯の周りだけ吹き抜けのようになっており、そこから何十階もある層が上まで続いている。竹の節のようなものと言えば伝わるだろうか。それを繋ぐのは、四方の4ヶ所にある螺旋階段だ。一階から最上階までずうっと続いている。
変わった寮だなあ……だなんて、感動していると、目の前に緑色の光の柱が立ち、中から翠色の髪をした女の人が現れた。
『――ようこそおいでなさいました』
「あら、あなたがここの大家さんかしら?」
『左様です。わたくしはこの要塞樹の管理人、樹精人の……』
その人はそこまで言いかけて、急に言い淀んだ。
何か気になることでもあったんだろうか。
『わたくしは樹精人の……なんでしたっけ?』
「いや、知らないわよっ!?」
え、えー?
この人、まさか自分の名前を忘れたのか?
様子からふざけている訳でもなく、本当に忘れてるみたいだ。
『ごめんなさいね、わたくしたち樹精人は名前という風習に馴染みが無くて……』
「そ、そうなのか……」
そういう人も、いるんだな。
様々な種族が集うこの国。ここには、多様な価値観もあるのだと知る事ができた。
「けど呼び名が無いと不便ね。うーん、ドラちゃんなんてどうかしら?」
「それはやめとけ」
「どうして?」
ドラちゃん呼びはまずい。青い猫型ロボット的な何かが脳裏をよぎり、やめておかないとダメな気がする。
「まあ、おーちゃんが嫌ならやめておくけど。ドライアドも名前じゃないしね」
呼び方の件は保留となると、ドライアドのお姉さんはオレたちの住む事になるお部屋まで案内してくれる事になった。
「おお~、すごいわね」
『基本的な家具は完備しております』
螺旋階段を登ると、中ほどの階の部屋に案内された。
円柱形の木の中だという構造上、部屋は窓側へ向かって少し広くなっていた。
床も壁も天井も、全て生きた木でできている。
「お風呂場に、おトイレまであるわね。どうやって造ったのかしら」
『この木はわたくしの一部のようなものです。形を変えたり外部の器具を取り付けるくらい、造作も無いことです』
ドライアドといえば木の精だ。この木の化身……という訳ではなさそうだが、木なら何でも操れたりするのだろうか。
『はい、そしてこれはこちらのお部屋の鍵になります』
「ありがと」
カナンが手渡されたのは、鍵ではなく小さな木の種のような……。
なんだこれと思っていると、殻がぱきりと割れ、中から芽吹いてきたものがだんだんと鍵の形へと成長していった。
本当に鍵になったな……。
『それではわたくしはこれで。気になる事や困った事があれば、いつでも呼んでくださいね』
ドライアドのお姉さんは、そう言うと緑色の光に包まれて姿を消したのであった。
……いつでも呼んでって言ってたけど、結局何と呼べばいいのかわからないままじゃん。
しかし時は既に遅し。とりあえずその事は今は考えず、制服に着替えるとしよう。
編入は午後からなのだ。
「うぅ、これ着けなきゃダメかなぁ……?」
「ダーメっ、じゃないと透けて見えちゃうわよ」
オレは、産まれて初めてのブラジャーを着けていた。
本当はあらかじめ着てくるつもりだったのだが、カナンもオレもブラを着けた経験が無いのですっかり失念していたのである。
「あうぅ……」
上半身だけを包み込む、タンクトップ的な。思っていたブラとは形が違ったが、白地にかわいらしいフリルがついていて、いかにも女児用って感じだ。しかも胸にクッションが入っていたりして、ちゃんとブラの役割を果たしている。
「似合ってるわよ、おーちゃん♡」
「あうぅ……」
だいぶこの体に慣れてきたとはいえ、これを着るのはまだ抵抗感があるな……。
既に女の子としてカナンに抱かれたりしてるんだが、色々とすっ飛ばし過ぎである。
というか最近急にお胸が大きくなり過ぎなのだ。見た目だけだったらまだブラなんて必要ない年齢だろうに。
「ね、どうかしら? 似合ってるかな……?」
「かわいい……主様も、とっても似合ってる」
一方のカナンは、キャミソール風の下着だ。オレと違ってほとんど胸の膨らみは無いので、胸を支える必要はまだないのである。
「えへへへへ~、おーちゃんったら私たらしねー♡」
「ふぎゅうっ、い、急がないとまずいよ……」
お着替え中なのにまたぎゅーってしてくる……。うぅ、こうして見るとカナンを女の子として意識しちゃうぅ……。
「さ、おーちゃん。ぱんつも履き替えるのよ!」
「え、なんで!?」
「ミニスカートにそれは不恰好よ!」
今日のオレは、ゴスロリメイド服に合わせてかぼちゃパンツ……ドロワーズを履いてきていた。
確かに制服には合わないだろうな……。
けど、どこからか取り出したそれは絶対にヤバいやつ!
かわいいリボンつきの白ハイレグじゃん! なんでそんなの履かせたかるの!?
「ふっ、私の好みよ。〝履きなさい〟」
「う、ふぐぅ……」
く、くそう……。主従契約のせいで意図的な命令に逆らえない……。
渋々、ドロワーズを脱いでハイレグに履き替える。カナンの視線を感じるよう……。
うぅ、なんて布面積が少ないんだ……
「うふっ、うふふ……今が夜だったらこのまま……」
「ぴ!?」
「なーんてねっ、それじゃあ着よっか、制服!」
そして、次はようやく制服に着替えられそうだ。
シャツの背中のチャックを開けて翼を通して、スカートの尻尾袖にも尻尾を通して……
「ひゃあんっ!?」
不意に尻尾の付け根のほうを掴まれて、思わずすごく変な声が出てしまった。
毎晩甘噛みされまくってるせいか、ちょっと触られるだけでもびくんってなっちゃう。
「い、いきなりさわんないでっ」
「ごめんごめん……。尻尾にもリボンを着けたらカワイイかなって思ったのよ。いいかしら?」
「尻尾に? い、いいよ……」
ぴょろっと尻尾を垂らして、カナンに任せる。尻尾の先っちょに何かを巻き付けている感覚がむず痒い。幸い先端はまだ弱くない。というか先端まで弱かったら日常生活に支障をきたしそうだな。
「はい、できた。あぁ、可愛すぎるっ♡」
カナンがメロメロになっているうちに、鏡で自分の姿を見てみる。
あぁ、やっぱりオレってとんでもない美少女だ。あどけない顔立ちはたまらなく愛らしく、どこかアホの子っぽい表情が……って誰がアホの子だっ!?
いかんいかん、自分の姿に見惚れるなんてヤバいやつじゃんか。
「なぁに、自分の可愛さに気づいたのかしら?」
「主様……」
鏡の前で留まっていると、隣にカナンが歩いてきて立ち止まった。
思わず目線を上げて目を合わせようとする……。
見惚れてしまった。
見慣れたはずの、カナンに。
半袖のワイシャツが、青いプリーツスカートが。金髪のかかる爽やかさのある制服が、カナンの美しさをこれまでに無いくらいに引き立てていた。
オレが〝可愛らしい〟ならば、カナンは〝美しい〟だろう。
オレはカナンの事が大好きだ。
恋愛対象であるかどうかなんて、言うまでもあるまい。
だからこそ盲目的になっていて、こうしてカナンの見た目を意識する事が、最近少なくなっていた気がする。
「主様、キレイ……」
その制服姿が、どうしてか懐かしさを感じさせる。
カナンの姿が、記憶に無いはずの誰かの姿と重なった気がした。
帰ったら制服のまま抱かれるフラグ。
今年もおーちゃんかわいかったね。来年も間違いなくかわいい。




