第128話 編入試験を終えて
第32話の冒頭に七女神にまつわるシーンを追加しました。興味のある方はどうぞ。
時間だ。
長いような短いような、ようやく一分半が経った。カナンはオレの召喚を解除をして、再び低い視点へと戻る。
すると、立ちこめる土煙の中で黒い人影が立ち上がる。
「けほっ、こーんな凄まじい子初めてやで」
ジョニーだった。
防御をしてくれたおかげで特に怪我をした様子もなく、何とか一安心だ。
「ジョニーちゃんこそ凄かったわ。対人でこんなに苦戦したのは久しぶりよ」
「おおきに。まさか広域雷魔撃なんて術式を個人で放てるなんてな。尊敬するわ」
実は広域雷魔撃を放った時点で、カナンの舌の残り魔力は1割強って所だった。それでもこの破壊力だ。人に向けて撃っていいもんじゃあない。
「序盤こそ術式に翻弄されとったが、冷静に対処して一気にワイを追い詰めた。立ち回りも力もワイを上回っとった。
まさかカリスを出してなおここまでやられるとはなぁ……」
「こっちだって近づくの大変だったわよ。直に広域雷魔撃放っても避けられそうだったしね」
お互いに称えあってるな……。この二人、気が合うのだろうか。なんか雰囲気だけじゃなく、顔つきもどことなく似てるような……。
「ま、お互い楽しめたって所やな」
満足げに笑うと、ジョニーはパチンと指を鳴らす。
すると周りを囲っていた結界が解除され、その向こうにいる受験者たちと目が合った。
「ひ、ごめんなさいっ、舐めた口聞いてすいませんでしたぁっ!!」
真っ先に貴族のボンボンくんが腰を抜かしながら土下座してきた。
カナン的にはどうでもいいやつだったのだが、本人は見下したような態度をとってしまったから怒らせていたと思っていたようだ。
「気にしなくていいわよ。私もあんたを気にも留めてないから」
「は、はいっ……」
眼中にすら無いと言われ、逆に落ち込んでるボンボンくん。ドンマイ。
彼の他にも、受験者の中からは色んな声があがっていた。
「なんて力……もしかして、あの娘……いや、あのお方は勇者様なのではないか?」
「僕には魔王にも見えたなぁ……。すごかった」
「あんな怪物と一緒に学べるかよ……」
カナンも受験者の一人なので、その集まりの中に並んだ。が、周りのみんなからは尊敬とも畏怖ともとれる眼差しをむけられていた。
「少しやり過ぎちゃったわね。この床、直せるのかしら?」
「心配いらん。あとでワイが術式でちょちょいのちょいで直せるんでな」
万能なんだな、ジョニーちゃんは。
あらゆる属性の術式を扱えるし、他の受験者たちにも治癒魔法をかけていたり、何でもできるみたいだ。ここまで術式を会得するには相当な苦労があったのではなかろうか。
「みんなお疲れさん、実技試験はこれにておしまいや。ワイとの戦いは映像やら解析術なんかで記録されてるからな、後でゆっくり厳正に評価が下される」
ジョニーが再びパチンと指を鳴らすと、床の上にホログラムのようなものが現れる。
ジョニーと戦っている受験者の動きを再現したもののようだ。
こんな所もなかなかハイテクだな……
「ま、もしこれで受からなかったとしても、そいつが無能だったとは限らん。以上や、解散!」
ジョニーの解散宣言にそのまま踵を返す者、一礼してから去る者、すぐには去らないものなど、受験者たちの様子はまちまちだった。
「おおそうだ、カナンちゃん。ちょっといいか?」
オレたちもジョニーにお礼くらいしてから去ろうとしたのだが、逆に呼び止められてしまった。
「何か用かしら?」
「すまんな、個人的に少し聞いておきたい事があるんや」
聞きたい事だって? 影魔の事だろうか。
「カナンちゃん、キミの種族って何なん? 魔力が無いみたいやけど、普人ではないやろ? 書類には『混血魔人』と書かれていたし」
「普人……? あぁ、私は人間じゃなくて一応魔人ね、生まれつき魔力は無いけど。詳しくは知らないけれど、色々と混ざってるらしいわ」
「やっぱりそうか。勘やがその中に、ワイと同じ吸血鬼も混ざってるやろ?」
「よく解ったわね」
この人ヴァンパイアだったんだ……。ヴァンパイアといえば、カナンのベースになった種族だ。何か気になる事でもあったのだろうか。
「……陽の光は、平気なんか?」
「平気よ?」
「そうか。……キミは日光の下を歩けるんやなぁ。ちょっとだけ羨ましいで」
日光か。そういえばヴァンパイアって本来は陽の光を浴びると死んでしまうんやじゃなかったっけ。
ジョニーちゃんは、どうやら結界とあの黒いコートにかけられた、術式かな? で日光からヴァンパイアにとって有害な効果を取り除いているらしい。
「しかし11歳……。そんでもって吸血鬼……。まさか、な」
「?」
「あぁ、すまんすまん何でもないで。引き留めて悪かったな」
ジョニーはひらひら手を振り、おどけてみせた。
「そう。今日はありがとうございました」
「そんな堅くなんなくたってええで。入学したら後輩になるんやから」
気のいい人だ。入学したらお世話になりそうだ。
そう思いながら、俺たちは試験会場を後にするのであった。
その後はオレを幼女形態で召喚し、観光がてら最初の駅まで徒歩で移動する事にした。あ、オレはふよふよしてるからな?
あちらこちらに半袖白ワイシャツに蒼色のプリーツという格好の女の子が歩いている。
どうやら学生は授業を受ける際には制服の着用が義務づけられているらしい。
ちなみに男は蒼いチェックのついたズボンだ。こちらもカッコいい。
「私もあの制服を着る事になるのね……。楽しみだわ」
「主様にとっても似合うと思うな」
うん、めっちゃ似合うはず。
だってあれだぜ? スカートの蒼いJCの制服って感じだぜ? 芋臭い服でも美少女な主様にそんなオプションつけてみろ、とんでもない事になってしまうだろ?
「ありがと。おーちゃんにも似合うわよ?」
「あ、あうぅ?」
……言われると思った。
でもオレは従者だからな、着ける事は無いのだよ。多分。
とはいえまあ、似合いそうではある。機会があったら着てやらんでもない。
ちょっとだけある胸を張ってみる。それを隣で微笑ましそうに見つめるカナン。うーん、恥ずかしい。
照れ隠しに顔を隠しつつ、カナンの歩幅に合わせてふよふよ。
やがて、白亜の街並みにはとても目立つレンガの駅舎に到着した。
建物の中に入り、魔法の丸いエレベーターに乗って地下へと下りる。
そこから少し進んで結界を通り抜け、何かの広告らしき看板の立ち並ぶ長い長いレンガの地下通路を進む。
「まるで地球の地下鉄だな……」
「地球……おーちゃんの故郷にもこういう所があるのね」
「まあな」
しかし長いな。
最初に来た時、こんなに長かったっけ?
道を間違えたか?
しかも、オレとカナン以外に誰ともすれ違わないんだけど。薄暗くて少し不気味だ。
「……ん?」
同じような風景が続く中で、妙なものが現れる。
道の脇に佇む、ピエロかありゃ? 白黒ツートンの、左右で白黒色の違う笑い仮面を被ったピエロのような人が、うつむいて佇んでいた。
全身を包むマントの中から片手だけ出し、赤い風船の紐をつまんでいる。
「……」
ぶ、不気味だ……。はやく通り過ぎよう。
『……』
「へ?」
ピエロは、手に持つ風船をオレに差し出してくる。
オレに、受け取れって事か?
『……』
頷くピエロ。なんなんだ……。とりあえずオレは、差し出されたものを受け取ろうと手を伸ばす。
受け取りたくもないのに、なぜか手を伸ばしてしまう。
ゆっくりと、しかし確実に手が風船へと伸びていく。
やがてあと少しで指先が触れてしまう……その時だった。
「何してるのおーちゃん?」
「っ!? ……っはあ、はあっ」
ずうっと水の中に潜り続けていたような、永い永い、何時間にも感じられた息の詰まる感覚。
カナンの一声で現実に戻って来れて、息が苦しい事に気がついた。
「一人でぼーっとして、どうしたのよ?」
「え?」
一人で? そんな馬鹿なと思い、振り返る。
そこにピエロの姿は無く、壁にはファッションのものらしき広告看板がかけられているだけだった。
「……な、何でもない」
「なんでもなくないわ。すごい汗かいてるわよ?」
「……は、はやく行こうっ!」
「え? えぇ」
後からやってきた遅すぎる恐怖が、オレの背中を押しこんだ。
走るように、全速力で地下通路を飛んでいく。並走するカナンは心配そうにオレの顔を覗きこんでいた。
あのピエロの事もいつの間にか忘れ、宿へと帰ってきたオレたち。
「おかえり、どうだったい?」
「ただいま。楽しかったわ」
「それはよかった。ヒッヒッヒ、あたしの子孫も昔はあそこに通っていたもんさぁ」
子孫って。女性に歳を聞くのはタブーだけど、何歳なんだこのおばあさん。
人間の十倍以上の寿命を持つ亜人種が大勢いるこの世界では、玄孫とか子孫とかの世代まで生きている人はそう珍しくないのかもしれないが。
挨拶もほどほどに、カナンとお部屋へ向かう。
すると待ち構えていたかのように、ゴスロリを着たエリカちゃんが部屋の前でスタンバっていた。
「かーなーんちゃーんっ! エリカと、遊ぶのですっ!!」
「わっ!? リカちゃん!」
こちらの姿を見るなり、カナンですら反応が遅れる速度で飛びかかってくるエリカちゃん。
そうしてカナンは、エリカちゃんに馬乗りのような状態へ押し倒されてしまったのである。
「……リカちゃん、ちょっと今日はまだ予定があるの。明日のお昼くらいならいいわよ?」
「んむむ~、じゃあ明日ぜったいに遊ぶのです!」
予定なんてあったっけ?
怪訝に思いつつも、カナンはエリカちゃんを退散させる事に成功していたのである。
それから部屋に入り、カナンと夕食時までゆったりくつろぐ。
やがていつもより少しはやく夕食が机に配膳された。
今日のごはんは……ふむ、麻婆豆腐か。
「美味しっ!? まーぼーどーふ、こんな料理があるのねぇ」
山椒の痺れる辛さと唐辛子の辛味が見事にマッチして、お肉と豆腐の旨味を引き立てている。
カナンはずいぶんと気に入ったようだ。学園に引っ越したら今度作ってあげようかな。
他には、半熟の温泉玉子とお味噌汁がまた絶品だった。まさか半熟とはいえ、ゆるめのたまごを食べれるなんてな。他の所じゃ病気の危険があるとかでしっかり火を通さないといけなかったのに。
料理が美味しい至れり尽くせりなこの宿で過ごせるのも、あと少しか。なんだか寂しいな。
「ごちそうさま~」
ご飯を食べ終わり、心地よい満腹感が眠気を誘う。
温泉に入って、また少し本でも読んで寝るか。
と思っていたのだが……。
「おーちゃん、デザートがまだよ?」
「デザート? そんなのあったっけ?」
変だな、デザートなんて出てなかったはずだけど……。
そんな風に思っていたら、カナンがいつの間にか後ろにいて……
「ふふ、鈍感なおーちゃんも可愛い♡」
「はにゃんっ……!?」
かぷっ、とお耳に甘噛をふいうちされてしまう。
そして更にいつの間にかカナンの手がオレのおしりのほうにあり、尻尾の付け根を握られて変な声が出てしまう。
「ごほうび、ちょうだい♡」
ごほうび……そ、そういえば試験が終わったらオレを好きにしていいってお約束をしていたような気がするような……。
でもまあ仕方ない、オレも別に嫌じゃないし。むしろ抱いて……!
頑張った主様への、ごほうび……。
「あぅ……いいよ、好きにして。お勉強いっぱい頑張った、ごほうび……」
「潔いおーちゃんもカワイイ……っ♡」
諦めて、というよりも自分から。お布団の上にあお向けで寝ころんで、上から被さるカナンの背中に両腕を回して。
お部屋に【防音】も施して、いつでも受け入れられるようにして、それから――。
だんだん誘い受けと化すおーちゃん。カナンちゃんの性欲強すぎる。
前回更新時、ランキングのそこそこ高いところまでいけてました。ありがとうございます。