第127話 ジョニーの実力
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観客、と呼ぶべきか。
実戦試験を終えた受験者たちは、最後の実戦試験を受けている少女の様子を何気なく見ていた。
「かわいそうに、あの子もきっとなすすべなく負けてしまうんだろうな」
数十人いる受験者の最後の一人。
それは、華奢で幼く小さな金髪の女の子だった。
多少は魔法の心得はあるのだろうが、実戦なんてやった事の無い可愛い気のある娘……。
「きっと才能はあるんだろうね。さっきの試験でもなかなか良い感じだったみたいだし。でもジョニーさん相手じゃね……」
いざ強者であるジョニーとの戦いが始まるまで、観客の誰もがそう思っていた。
しかし、違う。
「……えっ?」
なんと華奢な少女は、初手でいきなりジョニーの背後を取った。誰も隙すら見つけられなかったジョニーの背後をだ。
するとそれまで受け身で全ての戦いを制してきたジョニーが、自ら攻めに転じた。
「俺たちには本気どころか、戦ってすらいなかったのかよ……」
紅い珠を操りビームを放ったり、魔法で攻撃したり。
それまでは受け身で受験者たちのあらゆる攻撃を受け流ししていたジョニーが、幼い少女を近づけさせまいと必死に攻撃しているのだ。
彼女はそれに対しても器用に受け流し、あるいは魔法を素手で引きちぎったりしていた。
「なんなんだあの子……凄い、ジョニーと渡り合ってるぞ!」
その場の受験者たち全員が、息を飲む。
カナンは無自覚なままに注目の的になっていたのだ。
*
「――〝影魔召喚〟」
それを形容するならば、巨大なお人形だろう。
――血の通っていない無機質で白い肌、吹雪のように白く長くなびく髪、そして全身を包む薔薇の花びらを思わせる真っ赤なドレス。
美しさと不気味さを兼ね備える顔の眼窩には、真っ黒なくぼみがあるだけだった。
『あれって……』
『そうね、おーちゃんと同じ――』
それは〝影魔〟と呼ばれる、特殊な魔霊だ。
「カリス、大量の【造血】や」
『了』
カリス、という魔霊の球体関節がギギっと動き、図上に車よりも巨大な紅い珠が現れた。
凄まじい量の〝血〟だ。
「追尾しろ!」
巨大な血の中から、小さな血球がいくつか飛び出し紅い尾を引いてカナンめがけて飛んでくる。
カナンは触れたらまずいと直感的に悟り、血球から逃げる。
しかし
「どうしたどうした、逃げるだけならなんもできへんで!! 中位炎魔弾!」
追尾してくる血の球の表面に魔法陣が浮き上がり、なんと炎の魔弾が発射された。
自身の意のままに血を操れる能力を、ジョニーは遠隔的に術式まで発動させられるまで洗練させているのだ。
おーちゃんがやる場合、周囲へ強引に己の魔力を充満させてやる所だ。
ジョニーのものはそれよりずっとコスパが良い。
「中位氷結魔弾! ……ちっ、仕方ないわね。【多重結界】!」
氷結魔弾を放つもあっさりと相殺されてしまう。
やむなくカナンは舌に込められた貴重な魔力を消費し、結界を展開した。
それでも結界は炎弾をいくつか打ち消すと、砕け散ってしまった。
その僅かな時間に、カナンは照準を定める。
だが
「中位雷……」
「させんで!」
カナンの足元の地面が突如大きく凹み、バランスを崩してしまう。
これだけなら空中を蹴って対処できるが、そこへジョニーは追い討ちをかける。
「そこや! 〝中位風魔弾〟! からの、〝爆血球〟!!」
近くを漂っている血の球から、風の魔弾が飛んでくる。更に他の球が、勢いよく膨張しそして爆ぜた。
(やり手ね……。けど――)
しかしカナンは、防御行動をとらなかった。
「効かないわ!」
「なんやと?!」
なんとカナンは、魔弾と爆ぜる血球に正面から突っ込んでいった。
「何してんだあの子!?」
野次馬たちが悲痛な叫びをあげる。
しかし、彼らの心配は即座に杞憂に終わった。
「いや……見ろ! 魔法を打ち消しているぞ!」
【絶対切断】を【竜鎧】に纏わせた最強の鎧だ。
術式による魔弾程度なら、体当たりで強引にかき消せる。
カナンは、魔法の試験だから防御も魔法に頼るつもりだった。しかし、ジョニーが【影魔召喚】や【操血】といった能力を使っているのだから、カナンも能力の使用を解禁したのである。
とはいえ、やはり魔法をメインに立ち回るのをやめるつもりはなかった。
「下位雷撃魔弾」
弾幕を打ち消し強引に突き進み、その先にいるジョニーへ距離を詰める。
その過程で、カナンは唐突に雷の魔弾を口からジョニーの足元へ発射した。
「っ!? しまった……」
ジョニーが立っているのは、さっきカナンの氷結魔弾とジョニーの炎魔弾がぶつかり合った場所。
そこは、氷が溶けて水浸しになっていた。
「やっと近づけたわ!!」
「くっ……やるなお嬢ちゃん!」
足元から感電し、一瞬とはいえ体が痺れたジョニー。カナンは一気に間合いに入り、ジョニーに雷を纏った拳を振り下ろす。
ジョニーに圧倒的敗北を喫した観客たちの歓声が立ち上った。
しかし
「だが、残念やったな」
突如、ジョニーの体が無数の黒くひらひらしたものにばらけた。
カナンの拳は虚空を斬り、背後の少し離れた位置に再びジョニーの姿が現れる。
全身を蝙蝠の大群に分散させたのだ。
吸血鬼の固有能力、【蝙蝠化】だ。
「今のは危なかったで……。しかし、こいつでおしまいや! カリス!」
『……了』
ジョニーは、カナンを試す為に大技を放とうと思い立った。
この子……カナンなら、当たっても死なないだろうと。
根拠は無い。ただ、試したくなった。どこか懐かしい雰囲気を纏わせる少女に、期待を抱いて。
ガコン、とカリスの口にあたる部分が開き、その中で魔力の塊が紅い光の珠となっていく。
――上位魔弾。しかも能力を介したものである。
「……やれ」
『〝上位光魔弾〟』
カリスの口の中から、膨大な魔力が光の弾丸となって解き放たれる……!
「おいおいおいおい、いくらあの子でもあれはヤバいんじゃねえか!?」
その通りである。上位魔弾といえど光の速さで発射されては、カナンといえど回避は不可能。
そこでとった行動は、ひとつ。
「【影魔召喚】!!」
同じく影魔を召喚することだった。
オウカはカナンを両腕で抱えるように包み込み、光の弾から身を呈して庇った。
「魔霊……? わけがわからない、次元が違う……」
観客たちは、もはや何が起こっているのか理解できないでいた。
他者よりも優れた力を持っていた彼らにとって、圧倒的格上という存在は先入観をいともたやすく叩き壊した。
(――ワイと同じ影魔使いやと……!? 何もんやこのカナンって子は!)
オウカの召喚に驚愕するジョニー。しかし頭は冷静なまま、攻めの手は緩めない。
オウカは紅いビームを食らいながらも、別段効いてないので自分の体に少し意識を向けていた。
すると、凄まじい違和感を感じ取った。
(……あれ? なんか、魔霊形態のオレ……なんか姿が前と違う気がするんだけど?)
腕が少し細くなっている……というより、間違いなく全身が華奢になっている。
しかも、コートの下半身部分がスカートみたいにひらひらしており、足は厚底のヒールみたいな形状になっていた。
極めつけは胸だ。ふたつの大きな変な膨らみがぶら下がっており……。
そう。なぜか体型が女の子っぽくなっていた。元から中性的な姿だったが、なぜか今は完全に女の子の体型になってしまっていた。
「おーちゃん、お胸ができてる……」
『やっ、触るなって……んー、帰ったら好きなだけ触らせてあげるからって』
カリスのビームはまだオウカの手甲を撃ち続けている。
時間の一分半まであと10秒。
ここでカナンは、おーちゃんが舌に込めてくれた全ての魔力を解き放つ。
『〝多重結界〟』
(カリスの魔弾を弾いた……! かなりの強度の結界やな)
オウカが攻撃しては試験にならない。
カナンが攻撃に集中できるよう、オウカは円形の多重結界でビームを防いだ。
「次は私のターンよ!」
「カリス、攻撃やめて防御や!! 全力で防御するんや!」
ジョニーは結界の上に更に血の繭のようなものを作り出し、自分を包み込む。更にカリスがそれを抱擁するように抱き抱える。
『それくらいしてくれるとありがたいな。これで怪我でもされたら目覚めが悪いからな』
「いくわよ! 〝広域雷魔撃〟!!」
カナンの口内から、全てを焼き付くす紅き無数の稲妻が放射状に解き放たれる。
(高等術式やと!? なんちゅー逸材や。こんなんまるで……魔王やで――)
会場の床を粉々に砕き、稲妻は他の受験者を守るための結界に沿って上空へと流れ、紅い光の柱を作り出す。
終末の光景のようなそれは、他の学科の生徒たちを軽くパニックに陥れるほどであった。
「はは……」
粉々に砕かれた試験場の床、立ち上る巨大な土煙、いまだ空気中でぱちぱち弾ける紅い雷。
目の前で巻き起こった災害と呼ぶ他ないそれに、観客たちは渇いた笑い声を出すほかなかったのである。
カリスはジョニーの各種能力を超強化するような役割です。おーちゃんみたいに殴りかかったりするのは不得手。
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