第13話 上位悪魔と決着
蛍光緑の現実離れした色彩の土煙が立ちこめる。
バランスを崩し倒れた悪魔に、オレは更なる追撃を加えてゆく。
『オラオラ無駄無駄無駄ァっ!!!』
空間に現れては消えるを繰り返すオレの腕が、悪魔をぼこぼこに殴りまくる。悪魔の腕がひしゃげたり目玉が飛び出したりと、かなりグロテスクな事になっている。こうかはばつぐんだ。
【部分召喚】発動中は、オレの意思で体の一部だけを実体化させる事ができる。一部だけなので完全に召喚するよりも圧倒的に魔力消費が少なく済む。
『縺翫�繧�』
『む……カナン下がれ!』
体の左半身がボロボロに歪み、黒い液体が口から滴る。そんな悪魔の様子が少し変わった。
2対の腕を地面に下ろし、自分の影の中に手を入れる。そこから、漆黒の長剣が2本と漆黒の大楯がひとつ取り出された。
「向こうもやられっぱなしになるつもりはなさそうね」
『ああ。だが、オレ達も易々と反撃を許す訳にゃいかねえ』
――虹の天使のステンドグラスを背に向けたアスターの言葉が思い出される。
『【部分召喚】は、カナンの近くでしか発動できないのだ』
『まあ、それくらいなら許容範囲だな』
『でもなー、実はこれ、中々に面白い裏技があるのだ! 許容範囲どころか、この能力が主力になるまであるのだ!――』
――
『カナンは高いところ平気か?』
「何よ藪から棒に? 平気に決まってるじゃない」
フンと鼻を鳴らし、胸を張る。暗い所は怖くても高所は平気か。
『なら問題ない。早速やるぞ!』
「えっ……?!」
カナンの服をビリっと突き破り、背中から黒いコウモリのような〝翼〟が突出した。
大きさはカナンの体に合ったサイズである。オレの意思で翼をばさりとはためかせ、カナンの体が宙に浮き上がった。
「わぉ、さすがおーちゃん。これなら空中でも戦えるわね。
……でも、コルちゃんのお洋服を破っちゃうのは減点よ。帰ったらおしおきね」
『おしおきっ!? ご、ごめん勘弁してくれ!』
「ふふ……覚悟しておきなさい。さて、やるわよ!」
悪魔が2本の剣を振るい、カナンを叩き落とそうとする。
だが、動きは緩慢で、オレでも見てからの回避が間に合う。
『オラッ!!』
隙を見て、拳を顔へと叩き込む。
だが悪魔もそこまで阿呆じゃない。手に持つ大楯で咄嗟に防ぎ、剣でカウンターを狙ってくる。
後方に飛び退いて回避した。
『それならっ! 【氷刃】!』
カナンの翼から大きな三日月状の氷が発射される。
悪魔はそれを剣で振り払った。
「手数が多くて面倒ね。動きが遅いのが幸いだけど」
『ああ。カナンの剣が効くんならもう少し戦えそうなんだが……待てよ?』
悪魔には同じ悪魔(?)であるオレの攻撃が効く。だが、カナンの攻撃は全くと言っていいほど通用しない。回避行動すら取らなかったのが、何よりの証拠である。
……では、なぜ〝魔法〟には反応するのか?
『カナン! 剣を前に掲げろ!』
「了解、何か考えがあるのね!」
【魔性付与】
物体に魔力の属性を帯びさせるアビリティだ。
属性を纏う物質には影響を与えず、それに触れた別の物質にのみ魔法の効果を与える。
例えば、炎魔法を付与した剣で敵を斬るとしよう、剣そのものは熱の影響は受けない。が、斬られた敵は焼かれてしまうとか。
これを、カナンの剣に使った。
付与した属性は『闇と氷』だ。刀身が黒く冷たく妖しく輝いている。
「これで私の攻撃もアイツに通用するって訳ね」
再び悪魔に接近し攻撃を仕掛ける。ただし、今度はあえて敵の剣を避けず真っ直ぐ進む。危ないって? 果たしてそうだろうか?
『オレの手は硬いんだぜぇ!!』
悪魔の剣を、召喚したオレの両腕でガードする。見た目が鎧みたいになってんだから、硬いに決まってるハズだ。
無防備になった悪魔の首へ、カナンの剣先が突き刺さる!
「はああああ!! 死ねええええ!!!!」
『驥手憶縺ョ謔ェ鬲秘「ィ諠�′!!?』
絶叫する悪魔の喉笛を、何度もなんども、突き刺し、切り裂き、深く抉る。
黒い瘴気が悪魔の体を蝕んでゆく。
「思い知ったか!?」
『繝舌き縺ェ縲√≠繧雁セ励↑縺��……こ�な��とになるは��主��』
なんか聞き取れる言葉が混じってたような……まあいい。
カラス頭の悪魔は、仰向けに地面に倒れこんだ。持っていた影の武器は、空気に溶け込むように消失し、動かなくなった。
『やったか?』
「どうだろう? 結界は解除されてないみたいだし、まだ何かあるかも」
悪魔の上から降り、遠くの方で隠れていたコルダータちゃんの元へ歩いてゆく。
「悪魔がこんなに怖い魔物だったなんて……
怖くないおーちゃんって変り者な悪魔だったんですね」
『悪魔なのかすら怪しいがな』
「とにかく、ここから早く出たいわね。結界にどこか綻びでもあればいいケド――」
ザクッ――
ふと、カナンの足元から妙な音がした。
カナンはなぜかバランスを崩し、その場に倒れてしまう。
「カナ……ちゃん?」
『おいおい……足が……!』
右足の膝から先が、切断されていた。足元で一瞬黒いものが影の中に入っていった。
ずるりと切断面がずれて、紅い肉面が露になる。
「な……にが……!?」
倒したはずの悪魔の方を振り返る。
そこに死体は無かった。
代わりに、そこで魔方陣が3つ浮かび上がり、中から2回りほど小さな烏頭の悪魔が3体現れた。
「中位悪魔……多分……ヤツの手下ね……」
『今は喋るな! 奴らはオレが相手をする。部分召喚だけでどこまでやれるかはわかんねーが……、先に氷結魔法で止血をしておくから! 死ぬんじゃねーぞ主様!』
クソが! 死んだふりをしていやがったなあの烏め。こちらが油断した隙に、影の中から攻撃してきたらしい。さすがに傷が深く、カナンを仕留めるには至らなかったようだが、戦力を落として配下に殺らせるには十分過ぎる。
『ギエェェェ!!』
『くっそが!! すばしっこい奴らめ!』
オレは頭を部分召喚し、敵の位置を把握しながら攻撃する。しかし、体が小さい分動きが速く、ちっともオレの攻撃が当たらない。
『ゲッゲッゲ!!』
『やめろっつってんだろうが!』
二人に飛びかかる悪魔を一匹叩き潰す事に成功した。そのおかげでオレの中の魔力がだいぶ回復したが、完全召喚に必要な量にはまだ遠い。
『クソがっ!!』
―――
「カナちゃん……わたしは今日、二人に勇気をもらったよ」
「コル……ちゃん?」
「自分なんかどうせ何にもできないって、今日までずっと思ってた」
「そうね……私も……おーちゃんに会うまでは……同じだった」
「どうせ意味無いって、やる前から諦めてた。でもね、それは違うんだってカナちゃんが気づかせてくれた。本当にありがとう」
「何よ……照れるじゃない」
「これからいくらでも照れさせてやりますよ!
わたしもカナちゃんを守れる。たった今、全てを悟ったんです!」
コルダータの手の中で、淡く優しい光が零れ落ちる。それがカナンの傷口に触れた時、奇跡は起きた。
「……え」
「いたいのいたいの、飛んでけ……」
―――
なんだなんだ、二人の方でなんか光ってるんですけど?!
『どりゃぁっ! お、よっしゃ2匹目!!』
あと一匹潰せば完全召喚ができそうだ。
ちょっと二人の方を確認……んん!?
「心配させたわね、もう大丈夫よおーちゃん」
カナンが立っていた。切断されたハズの右足もなぜか戻っている。
ついに人間をやめたのか?
「失礼ね、コルちゃんの魔法のおかげよ! 凄いんだから!!」
『おぉ! コルダータちゃんもついに魔法デビューか!』
「えっと、頭の中で誰かがわたしに、二種類の魔法の使い方を教えてくれたんです。それは――」
誰かが? 親切な神様でもいたのかね。
まあとにかくだ。
『ギャッ!?』
たった今雑魚の最後が片付いた。
後は親玉の上位悪魔だけだ。
『……縺励�縺ィ縺�・エ繧峨a』
お出ましだ。カナンの足元から、水中から浮かび上がるように頭から現れた。喉元は、いくらか受けた傷が塞がっているように見える。
「〝オウカ〟」
影の中からカナンを攻撃しようたって、そうは問屋が卸さない。
オレは部分ではなく、完全な体を持って召喚された。もう後は、殴り蹴り合うだけだ。
『さあ、ケリをつけようじゃねえか』
カナンを肩に乗せ、地面から体が半分出ている悪魔の頭を思い切り蹴り飛ばした。
影といっても、オレの体に映る影からは出れないらしい。
これはまずいとでも言いたげに、悪魔は地上に上がってよたよた走って逃げようとした。しかしこれも問屋が卸さない。
「わたしもついに、魔法で念願の攻撃ができるんです!」
【上位地操作魔法】っ!!
『縺薙l縺ッ縺セ縺輔°!?』
コルダータちゃんが床に手を着けると、地面がせり上がり、うねり、巨大な腕の形を成した。そしてその手は、悪魔の体を逃げないようがっちり掴まえる。
『くたばれ!』
オレの踵落としが直撃する。怯んだ悪魔へ更に何発も殴り、蹴り、頭突きをかます。だんだんと悪魔は声を出さなくなり、やがて体がぼろぼろと砂のように崩壊を始める。そして、オレの中の魔力残量がぐんと回復したのであった。
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