第126話 実技試験
ジョニーちゃんを推そう
「学生風情と言うんなら、ワイに見せてみその力」
赤黒い髪をかきあげ、ジョニーは受験者たちを挑発する。
そもそもこの学園の魔導戦闘学を希望するという者は、それなりに才能や自信があるという事だろう。
その中にカナンもいる訳だが。
「実技試験の項目は3つや。まずはこれ、ワイが術式で作ったこの土人形たちを各々の得意な魔法で攻撃してみい。ほんでこの中にある核を壊すんや」
「なんだ、動かない的を撃つなんて簡単じゃないか」
「その通り、実に簡単な試験や。だから調子乗って魔力を使い果たすなんてアホな事したらあかんで?」
そうして、実技試験が始まった。
まず土人形に攻撃したのは、額に短い角のある少年だった。
「焼き尽くせ……。中位炎魔弾!」
少年が翳した掌から、オレンジ色の火炎の大きな弾がミサイルみたいに放たれる。
それは土人形の胸部あたりに炸裂し、大きな爆発を起こした。
が……
「へ、無傷……!?」
受験者たちの中でざわめきが生じる。
中位魔弾は、まあそれなりに強い術式とされているのだ。
「どうしたん? 簡単やろう、当てるのは」
「なんで傷ひとつ……」
「結界……それも多重結界ね。頑張れば貫通できる程度の強度に設定してると見たわ」
「正解や、ええ勘してるなお嬢ちゃん」
場数を踏んで色々と見てきたカナンには、これくらい推測するのは朝飯前だろう。
「ほんで、先陣切ったあんちゃんも偉いで。これで土人形の強度を知れたんやからお手柄や」
この人、めちゃめちゃ褒めるな。
一応試験なはずだが、まるで授業を受けてるみたいだ。
それからは、各々が人数分用意された土人形に魔法を放っていた。
あるものは炎の弾で、あるものは水の刃であるものは風で巻き上げた小石で……。
しかし、傷はつけられても一撃で核まで届いた者はいなかった。
「どうした君、魔法を使わないのかい? あぁ、魔力が無いんだったね失敬」
「核の場所を見定めてるのよ。一撃で貫くつもりだから」
「強がりはやめるんだね、あの土人形の強度にはこの僕でさえ骨が折れる。君程度が出せる魔法ではとても――」
さっきからなんなんだこのボンボンは。
やたら初対面のカナンに絡んできては、すっげーマウント取ってくる。よっぽど自分に自信が無いのだろうか。
カナンは羽虫でも払うように相手をしつつ、土人形の核に狙いを定めた。
――その時の事だった。
突如、土人形を数体消し飛ばす程の大爆発が起こったのは。
「な、なんだ今のは……!?」
「上位魔弾かしら」
この爆発を巻き起こした犯人は、赤紫色の髪をした男の子だった。年齢はジョニーと同じ高校生くらいだろうか。気だるそうな顔をしている。
「あー……? 俺、またなんかやっちゃった?」
「他の土人形まで壊すんはやり過ぎや。自分のやった事も理解できんなら集団行動には向いとらんで……けど課題はクリアやな。魔力出力量は申し分ない」
へえ、一撃で壊せるやつもいるんだな。
でも加減ができなさそうだし、苦労も多そうだ。
そんなこんなでカナンも狙いが決まったようだ。
ぺろっと指先を舌に刻んだ陣に触れ、魔力を抽出する。
右手の人差し指の先端がパチパチと紅い電気を帯びると、人を指すように人差し指だけを土人形に向ける。
そして――
「〝中位雷魔弾〟」
バチンッ。
圧縮され、貫通力に重きを置いた赤き魔弾が土人形の眉間を貫いた。
すると、弾が開けた孔の部分からパラパラと崩れおちていった。
「魔力を圧縮させて威力と干渉力を高めたんか。核もピンポイントで捉えとる。なかなかやるやん」
「ぼ、ぼくは見ていたぞ! そいつはズルをしている! 口の中に何か仕込んでいた!」
カナンの様子を見ていたボンボンが、鬼の首を取ったかのように言い立てる。
「そうなんか? ちょっと口を開けて見せてみ」
「あーん」
怪しむ様子はなく、多分ジョニーは最初から知っている。だが、周りを納得させる為にあえてカナンに口を開けさせた。
「んー……、これは問題ないで。こいつは魔力を貯蓄する術式やな。
試験で見るのは魔法を扱う腕なんや。だから魔力が少ないヤツでも存分に力を振るえるよう、この術式だけはあらかじめの使用を許可しとる。なんで口の中に刻んどるのかは知らんけどな」
「いやしかし……」
「しかしもあらへん。土人形の核を貫いたのは純粋にこの子の実力や。魔力が無いなりに努力してきた賜物やで」
ジョニーちゃん……いい子だ。
それはそうと、以前までの陣では1発出したら終わりだったのだが、オレも成長した。使いたいぶんの魔力をカナンの意思で抽出できるようになったのだ。
そのおかげで今日の試験、なんとかなりそうである。
「――次は扱える術式の種類やな」
そう言って、ジョニーは地面に手をつける。
するとぼこぼこと土が隆起し、破壊された土人形たちと同じ物体を作り出した。
あれ、ジョニーが作ったやつだったのか。
「簡潔に説明するとな、自分の得意属性以外でさっきと同じ事をやるんや。どれだけ複数の属性の術式を扱えるかっちゅー試験やな」
なるほどな。オレには耳の痛い試験だ。
だが、カナンならば――
「風よ――。水よ――。炎よ――。氷よ――」
カナンの五本の指から、異なる属性の魔法が同時に発射され土人形に殺到する。やろうと思えば雷以外の属性も扱えなくはないのである。
魔力を練って抽出する、という技術においてはこの場にカナンを上回る存在はいないのではなかろうか。
「あぁ、やっぱり他の属性だと威力が低いわね」
「せやけど、複数の属性を同時に発動できるってだけで凄いで。ワイが同じ年齢だった頃はそんな器用な真似できんかったわ」
少し落ち込むカナンを励ますように褒めてくれるジョニー。
とはいえ別に贔屓してる訳ではなく、他の人も丁寧に褒めている。
なので不満の声があがる事は無かった。
実技試験の二つ目も終わり、受験者たちは最後の試験に向けてピリピリしていた。
正直、厳しいと聞いていた実技試験も二つ目まではそこまできつくはなかった。なので、必然的に問題の3つ目こそが恐ろしい。
皆一様に、そわそわしていた。
「3つ目の試験は……実戦や」
「実戦……?」
「せやせや、ワイとみんなのタイマンガチ対決やで」
なんと、ジョニーと戦う事になるのか。そりゃあ審査員の実力が高いはずだ。
『ふふ……楽しみね』
『主様は相変わらずだな。オレは今回は出なくていいな?』
『そうね、私だけでやるわ』
ジョニーとの戦いは一人ずつ行うらしい。時間制限は1分半、戦いかたは魔法を使っていれば何でもいいとの事。
「誰からでもいいで?」
瞳を細め、挑発的に手招きするジョニー。
まず最初に名乗り出たのは、試験の最初に炎魔弾を放った額に角のある少年だった。
「お、お手柔らかに!」
「そな緊張せんでええって。ほな先手は譲ってやるから、どこからでもかかっておいで」
少年は、緊張しつつもジョニーに向かって炎の魔弾を放った。
弾速は速くはなく、見てからの回避も余裕そうだ。
ジョニーはそれを片手で受け止め、恐らく【魔力操作】で消し去った。
が、少年は負けじと何発も弾を放つ。しかしジョニーには一切届かない。
少年は弾を放ちつつジョニーに近づこうとするが、飄々と避けられてしまう。
「がむしゃらに撃ってもなんにもならへんで。〝下位水魔弾〟」
「わっぷ!?」
ジョニーの手からぱしゃっと水の弾が飛び出して、炎の弾を打ち消しつつ少年の足元ではじけた。
「え、うぇ?!」
水は意思を持ったように動き、少年の足を持ち上げて転倒させた。
「さて、時間や」
1分半が経過し、角の少年の実戦試験が終わった。
「魔弾術式はコスト低くて便利やが、それゆえに安易な連発は単調で対処しやすい。当てるよりも、相手を動かすきっかけくらいに思った方がええで。
まあ、弾をたくさん放てるのは悪くはなかったで。立ち回りを覚えたら良い感じになると思う」
「は、はい……! ありがとうございました」
「おおきに。ほな、次」
なんだか優しいな。無情にぼこぼこにする訳でもなく、受け身で対処しつつ相手の動きを分析している。
ジョニーを相手にどれだけ食い下がれるかを審査するのだろうな。
『私はあえて最後にするわ。楽しみは最後にとっておくものだもの』
『そうか』
カナンは、ジョニーの動きを観察してから戦うつもりのようだ。
ただの試験といえど、戦いならば本気で挑みたいらしい。
「ぼくの力を見せてあげよう! 〝風よ舞い踊れ、旋天風〟!」
「ほほう」
カナンに絡んでいた貴族のボンボンくん(名称不明)は、小さな竜巻のようなものをあちこちで巻き起こしていた。設置型の術式のようだが、ジョニーに向けて撒き上げた小石を飛ばしたりして牽制する。
そうして隙を見つけたと思ったのか、中位風魔弾をぶちかます。
「はっはっはっ!! どうだ、ぼくはお前たちとは違うのだ……ほげっ!?」
「アホか、油断大敵やで」
いつの間にか背後に回り込んでいたジョニーに背中をげしっと蹴飛ばされ、変な声をだして派手にすっ転んだ。
他にも何人かが戦略を練ってジョニーに挑むも、あっさりと受け流されてから隙を付かれて終わっていた。
赤紫の気だるそうな少年は、適当に放った弾が大爆発を巻き起こし他の受験者たちを青ざめさせていた。しかしジョニーは、爆発を真正面から無効化させていた。
具体的には、自身に多重結界を張りつつ【魔力操作】で迫る爆風に指向性を持たせて逸らしていた。なんだそのすごい技。
「氷縛蕀」
「お、えっ?」
赤紫の少年の身体を氷のイバラのようなものが縛り上げる。
そこへジョニーは余裕そうに歩いて近づいた。
「威力は凄まじいが、制御はできんようやな? ここまで近づかれたら、攻撃するにも自分ごと爆破する事になる。詰みや」
ありとあらゆる魔法に対処し、現状全ての受験者に勝利しているジョニーちゃん。
次はとうとうカナンの番だ。
「やっと私の番ね」
「最後はキミか。……ん? どこかで会うたか?」
「知らないわね、初対面よ」
「そうか、まあええわ。かかってきな」
*
両手をぺろっと舐め、紅い電気を纏わせるカナン。
ジョニーは、カナンがそれなりにできる相手であると踏んでいた。
だが、どれくらい動けるのかは予測できていなかった。
「じゃ、いくわよ」
視界から、カナンの姿が消えた。
否、生半可な動体視力では認識できない程の速度でジョニーに迫ったのだ。
(な、速い……!?)
一瞬にして自分の背後に回り込んでいたカナン。
ジョニーは驚きつつも、何とか迫る拳に反応して回避に移る。
「驚いた、なんちゅー凄まじい速度や。こいつは少しはワイの力も見せな失礼になりそうや」
――【造血】
――【操血】
ジョニーの回りに、紅い水玉がいくつか現れた。
それは血液。ジョニー自身の血液が、【造血】という能力により体外で精製された。
そしてそこから、カナンへ向けて血がビームのように放たれる。
【操血】は、ジョニーが己の血液を自在に操れる能力である。
カナンはバックステップでそれを躱し、様子を窺う。血のビームは地面に突き刺さり、不発に終わった……かに思われたが
「挟み込め!」
「!!」
ジョニーがきゅっと握り拳を作ると、突如カナンの足元の床がせりあがった。そしてくの字に折れ、カナンを挟み込もうとする。
「炸裂しろ!」
ボン!
カナンは即座に反応して抜け出すが、それに染み込んでいた血がジョニーの意思に反応し、爆炎魔法の術式を発動させた。
至近距離で起きた爆発の中から、炎を纏った石つぶてが散弾のように襲いかかる。
カナンは【竜鎧】で防御を行いつつ、煙の中からジョニーに接近を試みる。
しかし、逆に煙の中から血の鞭が飛び出しカナンの両腕に巻き付いてしまった。
「氷縛蕀!」
血の鞭は、術式により氷の蔦へと姿を変えた。
これでカナンの動きを封じた、かに思えたが……
「ふんっ!」
カナンは強引に氷の蔦を引きちぎった。
(氷縛蕀を無理やり壊したやと? あの感じ、氷結魔法に耐性があるみたいやな。少しでも油断したらワイでも危ない)
試合開始から、まだ30秒と少ししか経っていない。
接近されてしまえば、危険であると判断したジョニー。
「ほんま凄いなぁ、ワイとここまでやり合える子は久しぶりやで。こいつは本気で相手しないとアカンなぁ」
ジョニーは、内心でカナンとの戦いを楽しんでいた。
強度階域にして第五域の上位。
ジョニー・ナイト・ウォーカーは、Sランク冒険者をも凌ぐ実力者である。
そんな自分と渡り合える存在など、学園内でも数える程しかいない。
心のどこかで、この娘がどこまでやれるか試してみたいと思った。
だから、試験では使うまでもないと思っていた〝切り札〟を解き放つ事にする。
「さて……ここからは本気や。
――来い、〝影魔召喚〟!!」
ジョニーの足元……その影が地面から剥がされるように起き上がり、実体化してゆく。
それはだんだんと大きく膨れあがり、色と形を変えていき――
「驚いたわね……」
それは、少女の形をした人形。
真っ赤なドレスを身に纏い、白い髪を流した上品なお人形だった。
そんな姿の巨大な〝魔霊〟が、ジョニーの後ろで無機質に妖しく美しく立ち上がった。
影魔使いは惹かれ合うッッ!!




