第125話 学園都市
しんしょーとつにゅー!
カナンに襲われたあの日から一週間以上経ったこの日。ついに、学園への編入試験当日だ。
「おはようおーちゃん」
「ん、おはよ主様」
いつものようにカナンに抱かれて目覚めたオレは、ほっぺにおはようのちゅーをする。くちびるに直接しないのは、試験が終わるまではしない約束だからだ。
「ふふ、私ったら朝から幸せ者ね」
オレのほっぺにもちゅーをしてきたカナンは、もぞもぞと起き上がった。オレも支度を整えて、精のつく朝食を食べる。
格好はいつもの服だ。オレは案の定のゴスロリメイド服。
カナンは、軍服風な赤いロリータだ。
冒険者としての格好でもあり、おしゃれで戦闘にも向いた服。勝負服ってやつである。
「行って来るねおばあちゃん!」
「ヒッヒッヒ、健闘を祈ってるよ」
意気込んでいざ出発。
ラントおばあちゃんに挨拶して、宿を出る。まだ夏場の気候ではあるが、どこか遠くに秋の涼しさを感じる朝の空気だ。
「2人とも久しぶり」
「久しぶりね、ルミちゃん」
宿の前の木に、ルミレインがもたれて立っていた。
が、いつもとなんだか格好が違っていた。
黒いホットパンツの下で黒いタイツが脚をきゅっとさせている。
上半身はオーバーサイズの白いシャツが腰まで包み、その上に赤いネクタイを絞めている。
……女子大生かな?
なんかそういう雰囲気がある。JKからJDに進化していたルミレインが、イセナランダ学園まで付き添ってくれるようだ。
学園ではJDではなくて教師だそうだが……。
バスと列車で一時間半。
塔の街から学園都市の最寄りの駅までは、それくらいかかった。
以前にも霊峰へ行くために通った事はあるが、降りるのは初めてだ。というか、あの時は寝てたなぁ……。見るのも初めてだ。
「地下、ね」
途中まで広がっていた湖や森や花畑といったのどかな風景から一変。
列車はずんと下ってゆき、トンネルの中をずっと進んでいった。
まるで地下鉄の駅だ。
ホームの床と壁はレンガで作られており、青い光を灯すランタンが各所にぶら下がっている。不思議な光景だ。
それからオレたちはホームの中腹あたりにある階段を登り、改札口へと出た。
そこには改札機の代わりに半透明な壁の結界が貼られており、きっぷを持っていれば一回だけ通れる仕組みだ。
なお、通るときっぷは白い塵になって消えてしまった。
「こっちだ」
改札の外には、幅の広いレンガの通路が二手に分かれていた。一方は駅舎の外へ、もう一方は学園都市の入り口へと繋がっているようだ。
『編入試験を受ける方はこちら⇒』という立て看板が設置されている。ありがたいな。
他にも試験を受ける為にやって来たであろう親子たちが、オレ達と同じ道を歩いている。
あ、オレはふよふよ浮いて移動してるけどな。
長い通路を進んでいると、かなり開けた所に出た。
天井も高く何から何までとても広くて、他にもいくつもの通路が合流した場所らしい。
その奥は駅の改札と同じような結界が塞いでいる。あれが学園都市を隔てる門のようなものか。
「これは?」
「……学園都市への通行証。これがなきゃ入れない」
「あら、ありがとう」
ルミレインが懐から青い腕輪のようなものを二つ取り出し渡してきた。
なるほど、これを着けていれば結界を抜けられるのか。
オレ達は腕輪を着け、半透明な結界をくぐり抜けていった。
そこからまた少し進むと、なんとエレベーターがあるではないか。
ただし現代的な箱形ではなく、円形の足場をドーム状の結界が包み込んでいる。乗降時には結界が無くなり、移動中にだけ展開されるようだ。足場の中央を円柱形の芯が貫いており、それを軸に上下に移動するらしい。
オレたちも乗ってみたが、こりゃすげえ。
「ハイテクだな……」
「はいてく? 何それ?」
「あぁ、技術力が凄いって事だ」
色々と凄いものを見せつけられてワクワクしてきた所で、ついに地上に出た。
そこは、異世界なのに近未来を感じさせる光景だった。
白亜の高層建築がずらりと並びつつ、各所に繁る緑が自然と人工物を調和させる。
その上空には、青い帯状のものがあやとりの紐みたいに入り組んでいる。
「はは……。すげえやこりゃ……」
ここ、学園の内部だよな?
間違えて未来のSF空間に迷いこんだんじゃないよな?
「編入試験会場までは船に乗っていく」
「船?」
――そしてルミレインが案内したのは、駅……というか船の発着所だった。
ただし、とんでもなく高い建物の上にあった。
「これに乗るのか……」
街中の上空に張り巡らされている青いものは、どうやら魔法で設置された水らしい。これは専用の乗り物が移動するための路となっているのだとか。
うわぁ、すっげぇ……。
小さめの旅客機くらいはある、船と飛行船を融合させたような丸いフォルムの乗り物。
その発着所である塔の最上階で、それは停まっていた。
言うなれば、巨大なジェットコースターの乗り場というべきか。架線の代わりにあるのは、横向きの水の柱だが。
この船は広大な学園都市内を繋ぐ重要な乗り物のひとつで、学生なら無料で利用できるそうだ。また、今回の編入試験の受験者も特別に無料だ。ありがたい。
「わぁ、すごい……」
船の中は木目調と金属が融合したスチームパンクっぽい様相だった。進行方向に向いた座席がずらりと並んでおり、旅客機の幅を広くしたような構造だった。
そんな空間が何階かある事を、所々の階段が示している。
入り口ではパネルのような機械に腕輪を提示する事で乗れるようになるようだ。ICカードみたいなもんかな。
そうしてオレたちは、窓際の座席を確保する。
空中なら地形や障害物を気にする事なく最短で道を繋げるので、利用者はとても多いそうだ。
「おっ、出発だ」
船がぐらりと揺れ、ゆっくりと動き出した。
薄暗いタワーの中から大空へ、いざ出航だ。
街の上空の水の道を通って、船は旅立った。
「わぁ――」
真っ青な大空の下に白亜の街並みが、どこまでも見渡す限りに広がっていた。
高層ビルのような構造の建物も、高くはないがかなりの面積を持った建物も。あるいは、巨大なドーム状の構造物まで。
どこか地球に似ていてどこか違う、不思議な世界がそこにはあった。
ここが、この世界屈指の超巨大学園……イセナランダか。
国際学園都市イセナランダ――
直径はおよそ30km。
四方を円形の結界で囲み、外部からは自らの情報が登録された通行証を持たなければ入る事さえ許されない聖域。
人口はおよそ7万人。そのうち、4万人が学生であるという。
残りの3万人は、教員や学生の暮らしを支える施設の従業員、あるいは研究者などだ。
学園であり、世界屈指の研究機関でもあるらしい。
地下には巨大な研究施設や、貴重な研究材料が山ほど保管されているという。
「着いたよ」
30分くらい経っただろうか。
船が大きな建物の中へと入り、停止する。出航の時と同じく発着所だな。
完全に船が停まって少しすると、扉ががしゃんと開き、座っていた人たちが続々と降りていく。
オレたちも船を出て、円形結界エレベーターに乗って地上へ降りてゆく。
地上に着いてからは、道に沿って設置されている立て看板を頼りに歩く。
ここ、バスも列車も通ってるんだな。でもルミレインがわざわざ船にオレたちを乗せたのは、あの景色を見せるためだったのだろう。
「ボクはここまで。こことは別の学科の実技試験の審査員だから、中までは案内できない」
一口に学園と言っても、皆が同じ校舎で授業を受ける訳ではない。いくつかの学科に分かれ、それぞれが別々の校舎で学ぶのだ。
ちなみにルミレインは〝仙術学〟という所の講師もやってるらしい。
だから、今日はカナンが目指す学科とは違う所で忙しいのだ。
「……さて、ドキドキするわね」
目の前にあるのは、受験会場となる白亜の校舎だ。
しかし、校舎と言うにはそれはあまりにも巨大過ぎた。
円柱形の塔の周りを囲うように、三角形の同じくらいの高さの建物が3つ並んでいる。5階ごとに円形のタワーと廊下で繋がっているらしい。とんでもない高層建築で、40階はありそうだ。
「だな。ここからはオレは入れないらしいから、どうしようか」
「おーちゃんは可愛すぎるから、一人にしちゃうのは不安ね……」
可愛すぎるからって何だよ。
オレの身はオレで守れるっての。
でもなぁ、この間の誘拐の件もあるしそうなる気持ちは分かる。
だから今回は、召喚解除という形でいく。
「〝戻れ〟」
ふっと視界が一瞬だけ暗転した後、カナンの体の感覚が伝わってくる。
カナンの肉体に憑依した状態……というよりこっちの方が本来の姿らしいけどね。
『それじゃ、いくわよ!』
『がんばれ主様!!』
そうして、カナンは目の前の建物の中に足を踏み入れた。
*
〝魔導戦闘学〟
それがカナンの選んだ学科だ。
魔力がゼロなのにこれを選んだのには、かつて必死に魔法の勉強をしていた経緯があるのだろうか。
あえてそこについては触れないでおいた。
『ふぅ、思っていたより簡単だったわね』
目の前の紙を纏め、軽く深呼吸をするカナン。周りからはカリカリとペンを走らせる音が聞こえる。
試験内容はふたつ。筆記試験と、実技試験だ。
まずは筆記試験がとりおこなわれ、その後に己の実力を示す実技試験が待っている。
筆記試験に関しては、カナンは余裕にこなしていた。時間にも余裕があり、万一のミスが無いよう何度も見直す。
そうして、筆記試験は問題なく終わった。
そしてだ。
一番の難関と言われる、実技試験。
ルミレインから聞いた話でしかないが、筆記が満点でも実技能力がダメならば余裕で落とされるらしい。
何より、実技試験の内容もかなり厳しいとか。
実技試験の会場はこのビルの裏手にあるドーム状の建物。
普段は攻撃魔法の実験場として使われているらしい。
そこへカナンたち受験者たちは試験官に誘導される。
「おいそこの君……。わかるぞ、君には魔力が無いな?」
「……」
「無視しないでくれたまえ、君だよ金髪の娘」
「私? ……何よ?」
移動中、年齢で言ったら中学生くらいの少年にいきなり声をかけられた。
なにやら無駄に派手な服装をしており、どこかの貴族のボンボンなんじゃなかろうか。
「用は無い。ただ、君のような無力な者がいると、少なくともライバルが一人減ってくれて嬉しくってね」
「あぁそう。よかったわね」
何かマウントを取られているが、カナンは適当に受け流していた。
そうこうしている内に、会場に着いた。
そこは、広く平らな野球場のような場所だった。屋根はなく、かなり開放的だ。
その中央に、土を固めた人形のようなものがいくつもずらりと並んでいる。
――その手前に、黒いコートを纏った赤黒い髪の少女が立っていた。
コートの下には制服だろうか、青いチェック柄のミニスカートを履いている。
「ワイは審査員の〝ジョニー・ナイト・ウォーカー〟や。一応生徒でもあるんや。
ジョニーちゃんって呼んでくれてもかまへんで?」
ルミレインと同い年くらいか、少し上に見える。
切れ長で赤い瞳と異様に白い肌を持ち、どこかカナンに似た雰囲気を放っている。左目の真下にある雫のようなほくろが印象的だ。
てかなんで関西弁風なんだろう……。
彼女がニッと笑うと、鋭く鋭利な牙が光って見えた。吸血鬼……か?
『……なぁ、あの人どこかで見なかったか?』
『え、知り合いだったかしら?』
なーんか見覚えあるんだけど、どこで会ったっけ?
ただそれよりも、いま一目見ただけでわかった。
「学生風情が審査員だと!? 高貴な私をどこの馬の骨とも知れない学生ごときが評価など、不届きな! 納得いかん!!」
受験者の中からそんな声が挙がる。
「あはは、まあ安心せえ。ここでは貴族も平民も関係あらへん、みーんな平等や。何よりこう見えてワイは審査員やれるくらいの実力はあるんやで? おかげでいっつも忙しいんやけどな」
――見ればわかる。気にせずへらへらしているけれど、あの練り上げられた魔力……とんでもなくできる。よもやすると、カナンより……と。
新キャラ、ジョニーちゃんの登場です。実は霊峰からの帰りの列車で既に見かけていたり。
お気に入りのキャラです。




