第124話 交わりの後で
朝チュン。ノクターンに番外編を投稿しました
ちゅんっ、ちゅんちゅんちゅん。
かわいい小鳥の鳴き声が響く。朝陽とともに、朝の訪れをオレたちに告げる。
……いや、朝じゃねえわ。
お昼に近い時間だな。
いつもはもっと早く起きるのに、どうしてこんなに寝てしまったのか。
「んにゃ……? おーちゃんおはよう」
「おはよ主様。お昼だよ」
「くぁ……いけない、そんな時間なのね」
いつも通りオレを抱き枕にして寝ていたカナンが目を覚ます。
しかし、いつもと違ってオレもカナンも、何も身につけていない。
白い肌が陽の光に照らされて、幻想的な目映さを纏っていた。
オレは思い出した。
昨晩、何があったのかを。
「おーちゃん……可愛くて美味しかったわよ♡」
「にゃ、あうぅ……」
カナンに、抱かれたんだ。
夜中じゅうずうっと、空が白み始めるまで。力尽きそうになるたびに回復薬で回復させられて、何度も何度も何度でも……
宣言通り、めちゃくちゃにされちゃった……
「また、しようね♡」
「あぅ、うん……!」
思っていたより、とってもよかった……。
あぁ、思い出すだけでもんもんしちゃうぅ……。
さすがに起きて動かないとまずい。
ので、そそくさと下着をはいて着替えを用意する。
黒いホットパンツと、灰色のパーカーを羽織る。お揃いだ。
いつものゴスロリメイドは半ば戦闘用なので、ゆったりしたい日は普通の格好もするのだ。
「あら? おーちゃん髪に何かついてるわよ」
「へ? 取ってー」
何だろう、糸屑かな。
カナンはオレの髪に手を伸ばしてそれを取ろうとするが……
「痛っ!?」
「えっ?! ごめんおーちゃん!」
「あぅ、大丈夫」
なぜか髪の毛を、引っ張られた。
変だな、髪の毛に絡まってるのかな。
カナンの手を煩わせるのもなんだし、鏡を見ながら自分で取る事にする。
……のだが、鏡を見て違和感に気づいた。
「ん? これって……」
右のもみあげ……いや、サイドバングっていうんだっけ。耳のそばに垂れてる髪のかたまりの中に混ざっているそれに触れてみる。
それは、まごうことなき髪だった。いや髪なんだが、色が違う。
オレの黒い髪の中に、一筋の赤いメッシュが入っていたのだ。
染めた記憶なんて無いし、昨日まではこんなの無かったはずだ。
寝てる間にこうなったって事か……?
「あれ? なんか手首にも……」
うっすらとしていて寝起きでは気づかなかったが、両手首に痣のようなものがついている。鎖で縛られた痕のような、奇妙な痣。
「おーちゃん、足首にもあるわ」
「えぇ?」
言われた通り、足首にもある。なんだこれ……。
……んむむ。なんかお腹の下の方がむずっとしたぞ。位置はあれだ、赤ちゃんを育てる所の上。
……嫌な予感がする。
パーカーをめくってお腹を見てみると、やっぱりあった。
1対の黒い蝙蝠の翼みたいな痣……というより入れ墨みたいのが。
《検索中……。〝魂の契約〟が更新された事によって発生したものと推測されます――》
【明哲者】いわく、オレとカナンの〝魂の契約〟が、一夜の交わりによって〝魂の主従契約〟へと契約が書き換えられたらしい。手足と子宮の痣は、契約が強固となりその繋がりが視認できるようになったものなのだとか。
ちなみに、オレたち以外の他者にはこの痣は見えないらしい。これなら安心だね。
……安心できるか! 主従契約って、いつの間に……!? 確かにカナンに全部あげるって言ったけど、それのせいか?
なんかピザ食べたいとかいう適当な理由で取り付けた契約が、いつの間にか主従になってしまっていた。えぇ……。
主従契約するには主側の血を摂取するのがどうのと言ってたが、血じゃなくても体液ならよかったって事なのかな? いや魂の契約だし関係ないか?
「何はともあれ、これで私は名実共におーちゃんの〝主様〟って事ね」
「あ、あぅ……。今後ともよろしく、主様」
「よろしくねおーちゃんっ!」
ぎゅーっと抱かれて、また頭の中が爆発しちゃいそうなくらい熱くなる。
お互い昨晩の熱がまだ冷めやらないので、ごはんを食べに行くついでに頭を冷ましに少しだけお散歩する事にした。
実はこのちゃぶ台、オレたちが食事がいらないと念じると用意されないのだ。眠ってる間にも用意されてなかったので、さぞや高度な魔法道具なんだろうな。
そんなこんなでオレたちは部屋を出て、旅館の外に出ようとしたのだが……
「おやぁ、今からおでかけかい? 昨日はお楽しみだったねぇ」
「っ?!」
階段を下った先の番台に座っているおばあちゃん、ラントさんにそう急に言われた。
何で知られてるの……?
「ヒッヒッヒ……。次からは防音術式を忘れない事だねぇ」
「んうっっ……。そういえば忘れてた……」
「つ、次から気をつけましょう!」
珍しくカナンも慌ててる。
次……って、いつになることやら。
*
お昼の温泉街は、なかなか新鮮なものだった。いつも夕方に帰り道として通ってるだけだったので、色々なものを見落としていた。
「ぷはっ、美味しいわね」
「ねー。これ美容にいいらしいよ」
温泉は疲労回復とともに、様々な健康効果がある。ちなみにここのは貧血や重めの生理、そして魔力を癒し美肌に効くらしい。
飲んでも浸かっても健康に良い、なんともありがたい温泉だ。
そんな温泉の健康効果にあやかって、そういう指向の食べ物や飲み物を売っているお店とかもたくさんあった。
その中から、魔菜スムージーという飲み物を買って飲んでみている。
蓋のついた紙のコップにストローがつき、女子高生が好んで飲んでいそうな形態だ。
薬草や葉物野菜を豊富な魔力を持つ土壌で育て上げ、〝魔菜〟と呼ばれる状態のものだけを厳選して使った贅沢なスムージー……らしい。
中の深緑の液体はすこしとろみがあり、マンゴーに似た果物の甘酸っぱさと風味が、葉物の青臭さを美味しさに昇華させている。
甘味づけに使われている果物も、国内で生産された〝タマメロ〟というものを使ってるらしい。ちょっと見たけど、トマトっぽい見た目のフルーツだった。
総じて元も子もない言い方をすれば青汁に近いのだが、味と香りの深みは段違いだ。
めっちゃ美味しい。冷たいので温泉で熱くなった体を冷ますのにもピッタリだ。しかも美容と健康にとっても良いなんて、こんなの毎日飲みたくなっちゃうな。
「ストローを咥えるおーちゃんもカワイイわね♡」
「ん、あうぅ……」
隙あらばオレをカワイイと褒めてくれるこの生き物はなんなんだろう。
かなり言われ慣れてるはずなのに、むずむずしてきてしまう。
くしゃっと頭を撫でられて、次の所へ向かった。
スムージーは全部は飲まず、主食を買ってから一緒に流し込むつもりなのだ。
さて、どれがいいか。
昨日はかなり体力を消耗したので、スタミナのつくものが食べたい。
ので、お肉の料理を食べることにした。
きつね色の薄い生地を円錐形に丸め、その中にレタスや玉葱といった野菜と、焼いたお肉をぎっしり詰めたものだ。
食欲をそそる甘辛いソースがほどよく絡み合い、具の旨味を引き立てている。
こりゃまた美味いな。
スムージーと合わせてもお値段は良心的だ。時々食べに来ようかな。
「ソースがほっぺについてるわよ」
「んにゃ!?」
いきなりほっぺをぺろり。
な、何をするだー!?
「お、お外ではダメだよそんなの……」
「えぇー? でも、獣人とかはよく舐め会ったりしてるわよ?」
「そ、それはそれ! よそはよそ!」
確かに道中でペロペロしてる獣人カップルとかいたけどさ、オレたちは獣人じゃないし……! というかまた熱くなってきちゃうじゃんか!
「ふふ、仕方ないわね……。それじゃあ、お外じゃないならいいのよね?」
「うぇ? あぅ……いいよ」
誰も見てないなら、いいもん。昨日あんなことをした仲なんだから、ちょっと舐められるくらいはべ、別にっ……。
「ふふっ、冗談よ。お腹も膨れたし、帰ろっか。お勉強しなきゃね」
「うん……」
そっと手を繋いで、宿へと向かう。
象をも殴り飛ばせる膂力を持つカナンは、オレの歩幅に合わせ優しく手を引いてくれる。
あぁ、オレはカナンに愛されているんだな……。
白昼からもんもんとさせられてしまうのであった。
宿に帰ってからは、ようやく本格的な勉強に取り組みだした。
食事に使う机以外にも、勉強机みたいのがいつの間にか部屋の片隅に置かれていた。のでそこで黙々とカリカリ……
もう編入試験まで二週間もないが、どうも課題の教科書に書かれていることの七割くらいはカナンも知っているらしい。
読書とかしまくってたからな。カナンは同年代と比べても相当賢い部類だろう。
なぜ、カナンはイセナランダ学園に入るのか。
ルミレインが勧めたというのが最初ではあるが、最たるのはコルダータちゃんである。
武力だけでは、どうにもならない事もある。
コルダータちゃんの肉体を奪ったティマイオスと戦うには、強さ以外にも地位や人脈が必要だろう。
それには、学園でしっかり学びの機会を得るのも大切だ。何よりイセナランダ学園には、世界中の有権者の子供も入ってくるのだ。
そういう人物を味方に引き入れるというのも、必要なのだと思う。
ティマイオスは、カルトとはいえ相当な信者数を抱える宗教の唯一神を名乗っている。
明星の勇者と深淵の魔王が和平を結んだとはいえ、かつてあったという大戦の影響で人間に憎しみを抱く魔人はいまだに多い。
魔人は人間よりも寿命が長いので、戦争の当事者もまだ多く残っているはずだ。
そういうのが行き場の無い憎悪に駆られ、デミウルゴス教に取り込まれてしまうのだ。
「――ふう、今日はこれでおしまいね」
「おつかれ、主様」
ざっと半日。教科書とにらめっこをし、ノートに筆を走らせ続け、カナンは少し疲れた様子で床に寝転んだ。
一度切り替えたら半日もずっと勉強に集中できるって、なかなかできる事ではない。
「おーちゃんもお疲れ様」
オレも簡単な本をゆっくり読んで、今日1日で何とか一冊消化した。
文字の勉強もだいぶ進んできたところだ。学園に入ってから恥ずかしくない程度には、読み書きができるようになったのではないか。
途中夕食をとりながら、今日やると決めた課題を全て終わらせた。
頭を使った心地よい疲労感が、温泉に入りたい欲求を掻き立てる。
「いつでも温泉を貸しきりにできるなんて、考えてみると贅沢な話よね」
「だねぇ。この宿を紹介してくれたルミレインには感謝しないと」
さっと服を脱いで、いつもの露天風呂で体を洗う。
遠くに見える夜中の海が月の光を反射し、贅沢で幻想的な景色を見せてくれる。
「あぁ、昨日から色々疲れたな……。まさかアンナコトヤコンナコトをされるなんて……」
「そうねぇ……。そういえば、おーちゃんの血を吸ってからね。我慢できなくなったのは。どうしてかしら」
確かに、オレを襲った時のカナンは明らかにおかしくなっていた。よかったから良かったけど……
「あぅ……、もしかしたらオレの中に残ってた毒にやられたのかも……」
「毒?」
「うん、毒というよりは薬の成分――」
ロゲリスに犯されかけた時、直前に媚薬を飲まされてたんだ。
その成分がオレの血の中にまだ残っていて、それを飲んだカナンに影響を与えたのかもしれない。
とはいえ血中のなんて微量だろうし、昨晩のカナンの様子から元々我慢の限界だったのかもしれない。
……うう、思い出したらまたもんもんむずむずしてきた。
「さ、先に出てるねっ!」
「あらあら」
今日もドキドキしっぱなしだ。
オレの後を追うようにカナンも温泉から出て、下着と浴衣を纏う。
髪を乾かして歯を磨いたらあとは寝るだけだ。
「おーちゃんかもーん!」
横になったカナンが、自分の入ってるお布団をめくって催促する。
今日も抱き枕にしてあげるっていう意思表示だ。
その誘いを断りはしない。オレはいつも通り、カナンの腕の中にもぐりこんだ。
「ねぇ、おーちゃん……。今日もする?」
「えぅ……!?」
抱き枕だけじゃない、またそういう意味で抱かれないかとも誘ってくる。
けれどオレは
「き、今日はシないもん!」
「あら残念、どうして?」
「疲れてるし……それに、明日もお勉強しなきゃだし……。受験、受験が終わるまではシない!」
そう、今日はお昼前まで起きられなかったのだ。
毎日してたら色々と疎かになってしまいそうだ。
……という言い訳だ。やっぱりまだ怖いし、2日連続はさすがに体力的にキツい。
「お受験終わるまでって、ずいぶん長いわね?」
「あぅ……ご褒美! 頑張った先にご褒美があれば、頑張れるでしょ? だから、終わったら好きなだけ食べていいから……」
「なるほどね。じゃあ、しばらく我慢するわ。受験が終わったら……覚悟することね?」
「ひゃ、ひゃい……!」
あれ、これ問題を先延ばしにしただけなのでは?
ああもういいや。なんかもう、どうにでもなーれ!
「ふふふ、それじゃおやすみおーちゃん♡」
「おやすみ主様」
灯りを消して、眠りにつく。
いつも通りの感触、いつも通りのぬくもり。けれど、もういつもの気持ちではなくなっていた。
どくん
どくん
どくんっ……
主様の心臓の音が聴こえる……。あぁ、落ち着くなぁ。
暗闇の中で、オレはカナンの心音にまどろみへと誘われてゆく。
眠りとも覚醒ともつかない僅かな時間に、カナンの胸の奥に微かな光を見た。
蒼く、十字架の形をした光。
いつか見た、オレの本体でもあるカナンの魔石の光だ。
それと重なるように、ほんの一瞬だけ、赤いハートの形の光が見えた気がした。
ノクターンに交わってるカナおーの様子を投稿しました。まさかの短編日間ランキングで9位。本編より伸びてんじゃねえか。
なお、規約上ここに直でリンクは貼れないのでご了承ください。詳細は活動報告か前話のあとがきをよろしくおねがいします。




