第120話 ジェノサイドにんげん
フランちゃんが公式で自機化だって?!
やっと見つけたおーちゃんは、息も絶え絶えな痛々しい姿になっていた。
まるで、拷問でもされたかのように。
「おーちゃんによくも……」
「ま……す、た?」
許せない。
おーちゃんのワンピースを少し捲って見てみたら、お腹から黒い茨のツルみたいな紋様が全身を縛り付けるみたいに広がっていた。
これはたぶん呪詛の類ね……。
茨はちょうど胃の位置から広がってるので、呪詛を含んだ何かを飲みこまされたのかもしれない。
そして何より、おーちゃんはほとんど体を動かせないみたい。
こっちは毒、かしら?
能力の発動もできない所を見ると、全身の怪我はほとんど無抵抗のままされたんだと思う。
頬のすり傷からはまだ血がにじんでる。
あいにくポーションを持ってきていないので、とりあえず傷を舐めてあげるくらいしかできないわね。ごめんね。
おーちゃんをこんな目に遭わせたやつら全員、無間地獄に堕としてやりたいわ。
けれど、私が怒った顔をするとおーちゃんに余計な心配をさせてしまう。
だから今は微笑んでいよう。
「ま、ま……しゅ……げほ、おぇ」
「大丈夫よ、無理して声を出さなくてもいいわ」
何かを伝えたいみたいだけれど、今はおーちゃんの方が大事。
『大丈夫。なんとかなるわ、私に任せて』
こつんとおでこを押し当てて、声を出さずに済む【念話】で伝える。
『主様……。怖かった……』
「よしよし……。悪いけれど、もう少しだけ辛抱しててくれる? 外に出るには屋敷の中を通る必用があるの」
『……うん。がんばる』
「偉いわ。すぐに脱出するからね」
あぁっ、可愛い……!
こんなにカワイイおーちゃんに、なんて酷い事をしてくれたのよ。
毒で動けない上に、魔法や能力を封じられ、殆ど動けないのに痛めつけられて。しまいには呪詛まで飲まされて……。
「いたぞ! 捕まえろ!!」
階段の上から男が何人か、武器を構えてこっちに降りてくる。
人、ね。そういえば今まで私自身の意思で人を殺めた事は無かったわね。
けど、別に良心の呵責とかそんなものは一切ない。心はひたすらに純粋な感情で澄みきっている。
「ねぇ……死んでくれる?」
「は――?」
ドチャッ
男どもの体に一瞬網目状の線が走ると、まばたきする間に人の形を失って崩れ落ちた。
今の弱ったおーちゃんには残酷過ぎるから、おめめを隠してあげなきゃね。よしよし。
「帰ったらお医者さんに診てもらおうね」
「ん、ぅ……」
返事をしようにも、体をほとんど動かせないおーちゃん。
これはこれで可愛いことも無くはないけど、おーちゃん自身が辛いならそんなかわいさはいらないわ。
おーちゃんの体に気を使いながら、私はゆっくり階段を登る。色々散らかってぬるぬるしてるから、転ばないよう気をつけないとね。
「よしよしおーちゃん……」
「げほっ……うぅ……」
とっても苦しそうね……。このまま首を折ってあげて強制的に召喚解除……も考えたけど、それだけは無理ね。したくない。
そう色々悩みながら歩いていると
「っ!? な、なぜ貴女がここに?!」
「あら、また会ったわね」
入る時に壁をぶち破ったりしたから様子を見に来たのね。憎きオイカワがぬっと角から現れた。
アイツだけは……ここで殺しておきたいわね。おーちゃんを苦しめた罪を償ってもらわないと。
「どうやってここが解ったのか知りませんが……生きて帰れると思うなよ!! 来なさい、この娘を殺しなさい!!」
オイカワはギリギリ私の【絶対切断】の射程圏外。
あと数歩近づいて刻んでやろうと思ったら、天井やら柱の影やらから、ナイフや鉈を持った何人もの男が現れる。どいつもずいぶんと厚い毛皮の服を纏っている。
冒険者……ではなさそうね。
けど、さっき階段にいたゴミよりはいくらかできるわ。
「はははっ!! 彼らはA級討伐指定の盗賊団です! 一人一人が最低でもCランク相当の強者揃いですよ!!」
盗賊団ね……。人間にしては強い方なんでしょうけど、まさかたかだかCやBランクごときが私を止めるつもりなのかしら?
「残念だったな、お嬢ちゃんの命はここまでだ。大人を嘗めるとこうなるんだぜぇ?」
盗賊団の中でも一番身長の高いスキンヘッドの男が、巨大な戦斧を肩にかけて私に歩み寄る。
口元が服の襟に隠れて見えないけど、目つきから笑みを浮かべている事はわかる。
「ふふっ……。あはは!」
……哀れね。かわいそうで私まで笑えてきちゃう。
「どうした? 怖くておかしくなっちまったか?」
「ずいぶんとお喋りな死体ですこと」
無策にも私へ無防備に近づいてくる。
その斧で叩き割るつもりなんでしょうけど、馬鹿ね。
私の間合いに入った時点で、もはや死体と変わりないのよ。
「……言い残す事はそれだけか? 生意気なガキめ、死にやが……」
その時。
ガシャンと音をたて、戦斧が床に転がった。
その柄には、二の腕から先だけの両腕がびくびく痙攣しながらくっついている。
「あ?! ひゃ――」
生意気だから、両腕だけ先に落としてやったわ。
すると斧の男はだんだんと冷静に己の状況を理解して恐怖にの表情を歪めてゆく。
が、おーちゃんの為にも悲鳴をあげる前に全身を細切れにしてやった。
そこそこ強かったみたいだけど、所詮は一瞬でバラバラにできる程度。
おっとっと、汚い血がおーちゃんにかからないようにしてあげなきゃね。
「は……? な、何が起こった? 盗賊団最強の男が……、こ、こ、殺された?! こんなあっさり!?」
「で? まさか私からおーちゃんを奪えば勝てると思ってたのかしら? 馬鹿みたい」
「こ、心は痛まないんですか!? 人を殺しておいて!!」
「おーちゃんを傷つけるヤツらは人じゃないもの」
さて、後は盗賊団の残党どもとオイカワね。この屋敷には他にも伏兵がいるみたいだけど、このぶんなら何ともないわね。みんな等しくゴミ未満よ。
特にアイツ……オイカワは、楽には死なせないわ。
「……ひとつ聞いてもいいかしら? おーちゃんに、何をしたの?」
「は、はは……ワタシはその魔霊の少女を助けようとしていただけです!! 貴女が悪辣な契約で縛りつけていたから――」
「それならなんでおーちゃんはこんなに怯えているの? どうしてこんなに傷ついているの? 悪辣なのはあんたよ」
おーちゃんの為に爆発するのを我慢しているけど、このままじゃよくないわね。
さっさと殺してやりましょう。私は再び歩み始める。オイカワを殺す、ただそれだけのために。
「……ええい、何をぼさっとしているんですか!! 何とかしなさい!」
「な、何とかって……」
「わからないんですか!? わからないじゃなくてわかりなさい!!! 何とかするんですよ!!!」
オイカワが言葉足らずなおかげで、数秒寿命が伸びたみたいね。
……バカバカしい。
残党どもに私の足止めでもさせたいみたいだけど、全部無駄よ。
こいつら全員の命を潰したら、次はあんたの番。
死すら生ぬるいくらいに苦しみ抜いて、この世に生を受けたことを永遠に後悔させてあげる。
「ここまで言わなきゃ分かりませんか!! あのバケモノの足止めをするんですよ!!」
「ひ……わ、わかりましたぁ!!」
一瞬嫌そうな顔をするも、オイカワの命令には抗えないみたいね。
数は10人くらいね。【威圧】をぶつけて失神させてやろうかしら?
ううん、おーちゃんへの影響を考えたらやめた方が良さそう。
ま、何にしたって一匹残らず殺すのだけれど。
何人かが鉈を持ったやつが飛びかかって私の注意を逸らし、後ろの柱から弓を射ってきたり。
まあ、連携は良いわね。
けどね、そんなの全てが無駄なのよ。
「いぎゃ」
私に近づいた時点で終わり。鉈を持った連中は一瞬で膾へと早変わり。矢も私に刺さるはずもない。
一匹だけ首を残して、それを掴んで後ろで弓を構えるヤツにぶん投げた。
ゴシャッ
命中ね~♪
鈍くて硬くて水気のある音が後ろで聞こえても、私は前を向いて進み続ける。
残りの盗賊団のゴミどもが半ばやけくそに飛びかかってきたけれど、私の歩みを遅らせるまでには至らない。
空中で赤い霧になって散っていくだけよ。
あぁ、せっかくの白いワンピースがもう真っ赤になっちゃった。おーちゃんが回復したら綺麗にしてもらわないとね。
「さて、盗賊団とやらはこれで全員かしら?」
「ひっ、ひいぃっ!? な、なんなんですか貴女は!? 想像と違う! どうして魔霊の力を封じてそこまでの強さを……!」
「何か勘違いしてるみたいね。ま、どうでもいいわ。今からあんたは死ぬんだもの!」
「や、やめっ……死にたくない!!!」
腰が抜けて、まともに立ち上がれない様子。まるで生まれたての子鹿みたい。
ま、情けなんて無いんだけど。
「……ん?」
片手に【竜爪】を纏わせて、オイカワにとどめを刺そうとしたその時だった。
唐突になんの前触れもなく、後ろから何かが現れ攻撃を仕掛けてきた。
「申し訳ありませんオイカワ様!!」
「ロゲリス! よくぞ来ましたね!!」
ロゲリス、といったかしら。さっきおーちゃんを犯そうとしていた大男ね。生きてたのね。
未遂で済んで本当に良かったわ。
全く、おーちゃんを犯していいのは私だけよ。まだ1度もしてないけれど。
おっと、それより警戒しなくちゃね。
ロゲリスの背面からの蹴りは余裕をもって避けられたわ。けど、何かしら。違和感がある。今どこから現れたのかしら?
『主様……。そいつの能力は……【絶対隠蔽】、だ――』
おーちゃんが、途絶えそうな意識を保ちながら思念で情報を伝えてきてくれた。
ふむふむ、助かるわね。
「絶対隠蔽……。なるほど、相手のありとあらゆる認識能力から一切知覚されなくなる能力って事ね。さぞかし誘拐にはうってつけの能力ねぇ……」
「あれぇ……? なんでボクちゃんの能力を知ってるんだい?」
「さぁ? 何ででしょうね?」
こいつの能力で、おーちゃんが連れ去られた事に気づくのが遅れたっぽいわね。
こいつも殺しておかないと。
「ロゲリス! ワタシを抱えて逃げるのですよ!!」
「了解しましたオイカワ様!!」
「逃がさないわよ!!」
オイカワを殺すために爪を振るう。が、爪が届く前にオイカワとロゲリスの姿が消えた。
なるほど、【広域探知】すら欺くのね。さすがは〝絶対〟を冠するだけあるわ。
けれど、制限はあるはず。
「あ、いた」
だいぶ先の方で、パッとロゲリスの後ろ姿が現れた。
時間制限って感じかしら? 10秒で効果が切れるとみたわ。それでいて連続使用もできそうね。
おーちゃんには悪いけれど、少し走るわ。どうせオイカワも出口目指してるんだしね。
ロゲリスはパッと消えては現れて、また消えては現れてを繰り返している。現れた時に仕留めないと、また消えてどこにいるのかわからなくなる。
そうして、忌々しい事に屋敷の出口までたどり着いてしまった……。
ところが
「……へ?」
真っ暗な外、そこには赤と青2対の光が蠢いている。
暗さに目が慣れてくると、その光の主の全容がだんだんと見えてきた。
――それは、二頭の巨竜。
片方は真っ青で蛇のように細長い体躯を持つ龍で、もう片方は真っ赤なワイバーンに近い姿をした竜……。
……って、赤い方には見覚えがあるわ。
「ドレナちゃん?」
「おお我が主!! 会いたかったぞ!!!」
な、なんでここに?
おーちゃん片手に虐殺を繰り広げるカナンちゃん。
追記:第113話の会話にて登場した、蛇王を討伐した勇者を変更しました。奈落の勇者→混沌の勇者。
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