第119話 囚われの姫君
サバトの女王というフリーゲームのヒロインがわたしの性癖に超刺さったのにストーリー悲し過ぎて落ち込んでます。
「機嫌を直してくれると嬉しいな、お姫様?」
何都合のいいこと言ってんだこいつ。さっきまでオレの事を殴ったり蹴ったりしてたくせに。
オレは今、椅子に縛られた状態である。ただでさえ全身が痺れて動けないのに、更に拘束とは。よほど警戒されてるらしい。
「ワタシの下につくのなら、甘いものを好きなだけ食べさせてあげますよ?」
「……」
ふざけんな。一瞬だけ甘いもの食べたくなった自分を殴りたい。
オイカワは、さっきとはうってかわって穏やかな交渉をしようとしていた。
だが、何をされてもオレは絶対にコイツなんかの下にはつかねえ。
「……子供だと思っていましたが、そうでした。高位魔霊の人化形態、子供なのは見た目だけなんですね?」
やっと気づいたのか。というか、子供だと思いながら殴ったりしてきたのか?
「しかし最上位飛竜を屠るまでの力を持っていて、なぜあの子供に拘るんですか? あんなものよりも、このワタシと契約しましょう。特別扱いしてさしあげますから!」
「……」
そんなものでオレの心を掴めると思うなよ。オレの心も身体も全て主様のもの。第三者に易々と触れられる事すら虫酸が走る。
「かわいそうに……。ワタシは知ってますよ? カナンのあの力は全てあなたのもの。あなたが貸しているものなんですとね。それをまるで自らの力のように誇示する事のなんと滑稽な事か!
Sランクへと擁立した貴族もどうせ大した権力も無いでしょうに。
ワタシとあなたの力があれば、更なる高みへ行けますよ! さぁ、ワタシと契約をしましょう!」
なんなんだよコイツ。今度は憐れみだしてきた。カナンのパワーは別にオレのものじゃないんだけどな。
あぁ、握り潰してやりたい。魔霊形態になれてたら、こんなヤツ瞬殺なのにな。オイカワの強度階域なんて第2域の上位くらいだし。
しかし、オレに今できる事は黙って言いなりにならないことだけ。
「……本当にバカですね。ワタシがここまでしてやってるのに、その誠意を踏みにじるつもりですか? でしたら、好きなだけ後悔させてあげましょう」
「んっ……?! えぅっ……」
オイカワはビー玉サイズのどす黒い球体のナニかを懐から取り出すと、それをオレの口の中にに押し込んでくる。
辛うじて動く舌で抵抗しようとするけど、何もできずオレの喉はそれを反射的に飲み込んでしまった。
な、なんだこの感じ……?
お腹の奥で黒くて冷たくて嫌なものが、身体中にぞわぞわと広がっていくような……。
「げほっ……うっ……?!」
次の瞬間、大量の毒虫が内側から内臓を突き刺すような凄まじい痛みと気持ちの悪さが、オレを襲った。
「貴女に飲み込ませたものは〝呪縛の宝珠〟という魔道具です。これより貴女は、呪縛によりその苦しみを受け続ける事になります。逃れる術はただひとつ、ワタシの配下になると誓うこと。それだけです」
「えぅっ……ま、しゅ……ぁ」
苦しい……苦しいよう……。
助けて、誰か……。ますたー。
「どれだけその苦しみに耐えられるか、これは見ものですねぇ!」
*
イルマセクさん……。ドレナスさん。カナン……。コルダータちゃん……
頭の中で誰に助けを求めても、この苦しみが和らぐことはなかった。
「なかなかオイカワ様もエグい事するなぁ」
「ははは、だが見てておもしれーぜ?」
……どれだけ経ったのかわかんない。ほんの数分だった気もするし、何時間も経ったような感じもする。
いつの間にか、カナンにボコボコにされたあのチンピラどもの内の2人が、オレの見張りについていたらしい。
「へっへっへ、いい気味だぜ。ガキが調子に乗るからこうなるんだよ」
「おらっ、こないだのお返しだ!」
チンピラの片方が、オレの縛り付けられた椅子を蹴り飛ばす。
椅子が倒れて、オレは何もできないまま床で頬を擦りむいてしまった。
「おいおい、あんまり傷つけたら怒られちまうぜ?」
「おっと、気をつけねえと」
チンピラどもは椅子を起こしてオレの頬に触れようとした。
その時、オレはそいつらと目が合ってしまった。
「……なぁ、なんかさ。こいつエロくね? なんかすげームラムラすんだけど」
「確かに。ずいぶんと発育がいいしな、いいもん食わせてもらってんだろうな。もう我慢できねえ……! こっそり1発だけ抜いてくか? どうせバレねえし」
……は? え、ちょっと待て?!
ただでさえ苦しいのに、そんな事されたら……。
「俺が先だ!」
「いーや、おれが先だね! こいつの処女をもらうのはおれだ!」
ひ、ひいぃっ!?
やだ、やだやだやだ! オレの初めてがこんな所で奪われるなんて、絶対に嫌!
「ま……す、ぁ……」
その時だった。
後ろの扉が開いて、ソイツが入ってきたのは。
「調子はどうだいお嬢ちゃぁん?」
「ろ、ロゲリスさん!」
「んー? 血が出てる!! こら、女の子は大事にしないとダメでしょうが!! せっかくの可愛い顔がもったいない!!!」
「す、すいませんロゲリスさん!!」
太った大男、ロゲリスが部屋に突入してくるなりチンピラどもを怒鳴り付けた。
た、助かった……のか?
「あーあー、可愛そうに……。ふむふむ、偉いねぇ。まだ折れていない」
ロゲリスはチンピラどもを部屋から追い出すと、おもむろにオレの拘束を解いた。
どういうつもりだ?
「……?」
「偉い偉い。とぉってもえらいよぉ。そんな偉い子ちゃんには、特別なご褒美をあげなくっちゃぁねぇ……!」
ごほうび……? いや、まさか……
や、やめろ! お姫さまだっこをするな! それをしていいのは主様だけだぞ!
抵抗したくても、麻痺したこの体では身をよじる事さえできない。おまけにお腹の内側から突き刺さるような痛みがあり、正直これに耐えてるだけで限界だ。
「安心してよぉ。とぉってもきもちいからぁ。ボクとっても上手いんだよぉ?」
体の麻痺が無かったら、即自死を選んでいるだろう。そうすれば主様の中に帰れるから……。
くっ、殺せ! っていう女騎士の気持ちが今ならよくわかる。
凌辱されるくらいなら死を選ぶって、まさにこの気持ちだろう。
しかし動けない。
「よぉしよぉし、かわいいねぇ♡」
「う……はな、せ……」
「離さないでしゅよぉ、ふひひ……」
うぅ、こいつの手べたべたぬるぬるしてる……。しかも臭いし……。
ロゲリスはオレを抱えたまま、階段を降る。
ここは屋敷の地下らしく、ところどころに燭台で灯りがついているが、それ以外は不安になる暗さだ。
地下の構造は単純で、廊下が一本真っ直ぐに奥まで続いている。左右のあちらこちらに扉があるが、目指しているのは一番奥の部屋らしい。
そんな地下の廊下の一番奥にある扉を、ロゲリスは開けた。
「さあ着いたよ。ここでたぁっぷり楽しもうねぇ、かわいこちゃん♡」
ひぃ……!?
そこは、窓もなく完全に閉めきられた石室だった。
床には擦りきれた赤いカーペットが敷かれ、壁には火の灯った燭台と手枷がぶら下がっている。
そして、妙に小綺麗でこの部屋には不自然な、大きめのベッドが置いてあった。
ロゲリスは、そのベッドの上にオレをあお向けに降ろす。
ま……まさか……
「はい、動かないでねぇ。これをごっくんしたら、もぉっと楽しくなるから。フヒッ……でゅふっ!」
ロゲリスは、懐から何やら真っ赤な錠剤のようなものを二つ取り出した。ひとつは自分の口に、もうひとつはオレの口に……。
や、やめろ……。
抵抗すらできないまま、オレはまた得体の知れないものを飲み込まされてしまった。
「今のはねぇ、レッドリーチっていう魔物の体液を使ったお薬でねぇ? 飲むと〝ごほうび〟がすうっごく楽しくなるんだぁ」
ど、どうしよう……。苦しい上に、体が熱くなってきた。気持ち悪い。嫌だ。
そんなオレの気持ちなんて気にも留めず、ロゲリスはオレの上に覆い被さってくる。
くさい……きもちわるい……
「あぁ、キテるキテる……。その顔もかわいいねぇ。可愛すぎて思わず食べ殺してしまいそう……!」
やだ……。
やだやだやだ!
助けて……
『諦めちゃダメですよ! おーちゃん!』
脚が、ほんの少しだけ動いた。
その一瞬に、オレは半ば反射的にロゲリスの股間を蹴りあげた。
「おぐっふぉ!?」
完全に油断していたのだろう、まさかの不意打ちを食らったロゲリスはそのままベッドから転げ落ちて悶絶している。
今の声は一体……?
よくわからないが、助かった……のか?
「げ、元気だねぇ……。ボクちゃんはそんな元気な子も大好きだよぉ! 元気な子の目から光が消えていくのを見るのが、だぁいすきなんだ!!!」
「……っ!」
少しだけ怯んでいたロゲリスが起き上がり、再びオレに覆い被さってきた。
もう体のどこも動かせない。
くそ、一体どうすりゃ……
今度こそおしまいかと思った、その時だった。
「おーちゃん!」
聞きなれた声が聞こえたその瞬間、部屋の扉が板チョコみたいにへし折れ吹き飛んだ。
そこに立っていたのは――
「ま、ます……たぁ……!」
「おーちゃんから離れなさいっ!!」
カナンは宙を蹴り、呆然とするロゲリスの顔面に回し蹴りを叩き込んだ。
「ごあっ!?」
凄まじい衝撃が走り、ロゲリスは何をする事もなく壁に叩きつけられて動かなくなった。
「おーちゃんっ……! あぁ、ごめんねおーちゃん! ごめんね、私がもっと気をつけていれば……」
「い、……へぃ、き……」
「ひどい怪我……! 私のおーちゃんになんて事を……」
頬の傷をぺろりと一舐めされてから、オレはカナンの胸にぎゅうっと抱きしめられる。
温かくて、優しくて柔らかくて、強ばった心がほぐされていくようだ。
「よしよし、私が来たからもう安心よ。よしよし……」
「あぅ……あうぅ……」
――あぁ、オレは今、心の底から安堵しているのか。
主様が助けに来てくれて一安心。そう思ったら、目から勝手にぽろぽろ涙が溢れだす。
そんなオレの頭を優しく擦って、カナンもまた安堵の表情を浮かべていた。
囚われのおーちゃんを助けるのはやっぱりカナちゃんだね。
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