第118話 助けてますたー
カナンちゃん視点です
だって、女の子同士なんだもの。
この想いを言葉にする事に、今まで少し躊躇していた。
おーちゃんが元々は男の子だった、という事は知っている。けど、今はかわいいカワイイ女の子で、同性の体にこの気持ちを抱くのはおかしい事なんじゃないか。
本の中では男の子同士が恋愛している事なんて当たり前みたいにあったけど、現実はそうじゃない。推しカプみたいにはそうそうならないのよ。
私は女の子同士で一線を越えてしまう事を恐れてた。
おーちゃんなら受け入れてくれると思う。けど、何度か襲ってみても、あとちょっと勇気が足りなくて一線を越えるような事はできなかった。
でもね、今日こそは踏み出してみたいと思うの。
エリちゃんとリナちゃんを見たからかしら。デートをして、気持ちが昂ってるからかしら。
いや……なんでもいいわ。
おーちゃんの全部が大好き。
おーちゃんの全部が欲しい。
この気持ちは、誰にも邪魔できない。
なんて言葉にしたらいいだろう。ううん、考えても無駄ね。
夕陽がこんなにも綺麗なんだから、考える方が不粋ってものよ。
「ねえ、おーちゃん」
私は後ろにいるおーちゃんに、いつもみたいに声をかけた。
そして、なあに主様? って可愛らしい返事をしてくれる。
……はずだった。
「どうしたのおーちゃん?」
しかし、返事は無い。
何か変な感じだ。どうしたのかしら。
振り返って見てみると、そこにおーちゃんの姿は無かった。
「おーちゃん……? 隠れてるの?」
嫌な予感がして、【広域探知】で見てみる。すると、少し離れた所でおーちゃんの反応があった。
私から、遠ざかってる?
どうして?
嫌われちゃった?
いや、この感じは……
「おーちゃんっ!!」
私は咄嗟におーちゃんのいる茂みの方へ走り出す。
そこで見たものは、おーちゃんを担いだいつだかのチンピラどもだった。
「うぇ、なんで気づくんだよ!」
「だがもう遅いぜ! 残念だったなぁ!!」
何が狙い? どうしておーちゃんを?
いや、どうでもいい。おーちゃんを連れ去ろうというのなら、殺す……!!
「おーちゃんを返せ!!」
あいつらの戦闘力はゴミ以下。だから、一撃でまとめてミンチにしてやる。そのつもりで【竜爪】を飛びかかり放ったのだけれど……
一歩、遅かった。
ゴミどもの立つその場に青白い陣が浮かび上がぶと、僅かな風を残して居なくなってしまった。私の爪は、地面を抉っただけ。
「おーちゃん……あぁ、ああぁぁぁっ!!! おーちゃんっ!!」
私の馬鹿!!
なんでもっと早く気づいてあげられなかったの! 馬鹿馬鹿馬鹿!!!
どうしよう、そうだ【広域探知】!
……ダメみたい。おーちゃんは最大探知範囲よりも遠くにいるみたいね。
……。
パニックになるのが一番ダメよ。落ち着いて、考えるのよ。
こういう時、頼れるのは――
「オーエンちゃんがぁ、拐われたぁ?」
「マジで?」
「マジよ」
街中の憲兵さんにも通報して、後は冒険者ギルドで助けを求めてみる。
するとそこで、リナちゃんとエリちゃんの二人とたまたま再開できた。
「リナちゃん、エリちゃん。おねがい……助けて!」
「当たり前だよ! 必ず助けるよ!」
「問題はそいつらの後ろに何がいるのか、よねぇ……。闇奴隷商人かしらぁ?」
探すにしても、手がかりが無さすぎる。
この三人じゃどうにもならないし……。
「私も力になろう」
「えっと、クラッドちゃん!?」
「私はこう見えて情報通なのでな。探りを入れてみるとしよう」
ダンディな顎髭をたくわえたおじさん……クラッドちゃんまでもが助けにきてくれた。
黒いスーツにシルクハットという格好が、見慣れているものと違いすぎて一瞬誰かわからなかったけど。
これが私服なのかしらね。こっちの方が似合ってるけど。
ううん、今はそんな事よりおーちゃんよ。
こうしている間にも、辛い目にあってるかもしれない。
どこにいるの、おーちゃん?
私も、微力かもしれないけど、この街の人たちに誘拐犯について心当たりが無いか聞いてみることにした。
あとついでに【広域探知】の端にひっかかる事を期待してあちこちも飛び回った。
けれど、どちらもなーんの進展も無かった。
憲兵さんも必死に捜索してくれているけれど、そっちも成果はなし。
どうすればいいのよ……。おーちゃん……おーちゃん……!
「あれ? カナン、なのです?」
「奇遇ですね。こんな所で何をしているのですか?」
塔の元で座り込んでいると、ふと誰かに話しかけられた。
この声は……リカちゃんとマツリちゃんね。2人ともお出かけしてたのね。
浴衣姿じゃなくて、リカちゃんはスカートにトランプの絵柄の模様の刻まれたゴスロリを、マツリちゃんは正真正銘のメイド服を着ていた。
こんな状況じゃなかったら、一緒に宿へ帰ってた所だけれど……。
「あのね――」
私は2人に、何が起きたのかを包み隠さず打ち明けた。
「そんな事が……」
「なんて卑劣なのです! エリカの友達を連れ去るなんて、罰当たりにも程があるのです!! 地獄に堕ちるのです!!」
「おーちゃんの為に怒ってくれてありがとう。2人とも、何か手がかりになりそうな事を知らないかしら?」
あんまり期待するのはよくないけれど、少しでも希望があるなら聞いておかないといけない。
「エリカは……んー、うーん……んー。南! 南の方にいる……気がするのです!!」
「お嬢様、それじゃあ説得力ありませんよ?」
「……ふふ、2人ともありがとうね。とりあえず南の方から探してみる事にするわ」
心配してくれる人がたくさんいる。それだけでも、心の支えになってくれる。
「必ず見つけられるのです!」
何か手がかりが見つかっているかもしれない。
私は、2人と別れてもう一度ギルドへ向かうのであった。
「カナンちゃん。有力とはいえないんだが、少し怪しい情報を見つけたぞ」
「! どんなのよ!!? 教えて!!」
ギルドに戻るなり、クラッドちゃんが何かを見つけたと教えてくれた。
有力でなくてもなんでもいいわ。
「カナンちゃんっ!」
「もしかしたらぁ、闇奴隷商人の仕業かもしれないわよぅ!」
リナちゃんとエリちゃんもギルドへ戻ってきて、憲兵さんや街の噂から集めた情報を教えてくれた。
リナエリちゃんとクラッドちゃん。双方が得た情報は、どちらもほぼおなじものだった。
2週間ほど前にも誘拐未遂事件があり、犯人が捕まった事があったという。
犯人はこの街に住む人間の青年で、どこにでもいる学の無いチンピラだった。
捕まった犯人は当初何かに対してひどく怯えた状態で会話も成り立たなかったとか。
落ち着いたところで取り調べをしようとした所、自らの首にペンを突き刺して自害してしまったという。
そこら辺にいるただのチンピラが、そんな簡単に自害をするかしら?
確かな情報ではないものの、そいつの脳には精神操作を受けた形跡があったという。しかし細かい術式の跡は焼き切れてしまい、特定の能力によるものなのかどうかの判別はつかなかったらしい。
恐らくこのチンピラは闇奴隷商人の組織の下っぱで、余計な事を口走る前に殺された……って所かしら?
あるいは……いや、あいつも闇奴隷商人と繋がりがあってもおかしくはないわね。
「それだけで十分よ。犯人に心当たりがあるわ」
「でしょうね、あたしも同じこと考えてた」
オイカワ……
あの異世界人なら、そこらのチンピラを洗脳して利用して、情報を話しそうになったら自害させるなんて事もできそうね。
「あとは場所ね……」
私の【広域探知】の範囲は直径10km。
キロメートルって、たしか異世界人が持ち込んだ長さの概念だったかしら。
それより遠くに連れていかれてしまったと考えられるけど、いくら私でも探して回るには広すぎる。
もしもおーちゃんが自死すれば、強制的に召喚解除がされて私の中に戻ってはこられるけれど、そんな辛いことをさせたくない。
絶対に、見つけてあげる……!
改めて決意した、その時だった。
〝助けて……〟
〝助けて、主様!〟
――おーちゃん?
おーちゃんの声が聞こえる!
あぁ、そっちにいるのね。
今すぐ向かうわ。待っててね、私が必ず助けてあげるから。
「……カナンちゃん? どこいくのカナンちゃん!?」
周りの声なんてすっかり聞こえなくなっていて、私はギルドを飛び出しおーちゃんの〝いる〟方向へ、南の方角へと駆けていくのであった。
おーちゃんを助ける為に。そして、おーちゃんを拐った連中を地獄に堕とすために。
等速100km以上で駆け抜けるカナンちゃん




