第117話 デートのちゆうかい
おちゃかわ!
今日は実に清々しい天気だ。日差しは強烈で、少しでも厚手の服を着てたら照り返しで焼き殺されてしまいそうなくらい。
こんな日こそ、絶好のデート日和であろう。
「ふふっ、とっても似合ってるわよ」
「ま、主様こそ……」
オレたちは今、前回うまくいかなかったデートの続きを楽しんでいる最中だ。
前と同様、今日はとっても暑いのでお互い真っ白なワンピースとつばの広い帽子を被っている。
夏の田舎で見かけそうな格好だな。
5日前、エリカちゃんと遊んでから、それはそれはお勉強に打ち込んでいた。
朝から晩まで、ずうっと。凄まじい集中力だなと思いつつも、いつもよりオレの相手をしてくれず寂しくなってきてしまった。
なので、今回のデートはオレから誘ってみた。
編入試験まであと2週間ちょっとしかないし、遊ぶのは今日だけだ。今日、このデートをしたら大人しくすると誓おう。
「風が気持ちいいねぇ、おーちゃん」
そよそよと木の葉の擦れる音が、緊張した心を落ち着かせる。
周りを見渡せば、木々の開けた小さな場所に色彩豊かにさまざまな花々が咲き誇っている。
オレたちは、以前にも訪れた秘密の花園にやって来ていた。
前はオイカワに邪魔されたあげく、雨まで降りだしてしまいデートは完全失敗に終わってしまった。
だが、今日こそは……!
「うふふ、照れてるの?」
「あうぅ……違うし!」
岩の上に腰掛けて、サンドイッチをもぐもぐしながらカナンとじゃれ合う。
「あのお花、おーちゃんに似てるわね」
「え? どれどれ?」
オレに似てる花とは一体……。
オレはカナンと手を繋ぎ、大岩から飛び立った。
前とは違ってオレは自力で飛べるようになったので、カナンと一緒に空中デートもできるのだ。
が、やっぱりカナンに先導されっぱなしだ。オレってヘタレなのかな……。
「これ?」
「このお花、おーちゃんに似て可愛いわよ」
それは、小さな小さな青いお花。これのどこがオレに似ているのかと思ったら、またそんな事を言われて……。
「あうぅ……。主様にも似てる……」
「あら、ありがと」
「あぅ……あうぅ……」
胸の奥がキュンキュンしてる……。こんなことで、こんなにときめいちゃうのはきっとカナンだからだ……。他の人に言われてもきっとこうはならない。
「ねえ、おーちゃん?」
「にゃ、なんでしょう!?」
もんもんしてる時に急に話しかけられてびっくりして変な声が出ちゃった。
「うふふ……。私ね、おーちゃんの事が大好きよ。それもただ好きなんじゃない、特別な好きって感情なの」
「は……にゃ?」
え、な、何……何の話?
待って、脳みそが追い付かない!!
「ふっふっふ、おーちゃんが大好きって事よ!!」
「むきゅーっ!?」
な、な、何なのますたー!?
しんみりしてると思ったら、いつも通りのテンションで抱きついてきたし!!
特別な事を話すのかと身構えちゃったじゃんか!
「ふふ、やっぱりおーちゃんカワイイ……!」
「あうぅ……何なんだよもう……」
お花畑の上で押し倒されて抱きつかれ、もんもんしつつもまんざらでもないのであった。
「ふう、おーちゃんも堪能したし次は何処に行こうかしら?」
「他にもいろんな所に行きたいけど、まだもう少しここでのんびりしてたいな……」
「ふふ、ここが気に入ったのねおーちゃん。私もここ好きよ」
この人の気配の無い楽園が、どうにも心地良い。
何をする訳でもなく、ただここで二人きりで空を眺めるのが楽しい事のように思える。
「そろそろ、おーちゃんには話しておかないとね……」
「ん? 何の話だ?」
ふと、カナンがオレにそう話を切り出してきた。
「私がおーちゃんと初めて出会った時、奴隷だったじゃない?」
「んー? そういやそうだったな。奴隷って、何か労働に使われたりするんだっけ」
「それはまだ、人力での労働が魔法技術に勝っていた時代の話よ。今どきの闇奴隷はね、偉いヤツらの嗜好品や愛玩動物として取引されてるの。
鳥人や魚人なんかは珍味として扱われたり、若い女の子は性玩具よ」
オレと自分の過去を共有したいと、カナンは奴隷時代の事を語る。
「私は後者ね。男の欲求を満たすために、そういう知識を仕込まれた上で売られた」
「え……? 仕込まれた!?」
「私の商品価値を保つために、一応は純潔のままよ。
けど、目の前で犯された子や、口に食べ物をたくさん詰め込まれて無理やり肥らされる子もいたわ。
そんな嫌なものをいっぱい見せつけられた」
び、びっくりした……。カナンが既に男を経験してしまっているのかと……。
が、それでもかなり気持ちの悪いものを散々見せられていたようだ。
「主様……」
「……ふう、少し話せてスッキリしたわ。奴隷時代に仕込まれたこの知識は、本当に好きな人の為に使いたいわね」
好きな人の為に。そう言うカナンは、笑いながらなぜかオレをじっと見つめていた。
狂信国といい奴隷といい、うちの主様はとてつもなくハードな人生を送ってるな。
「あら、慰めてくれるの?」
オレなんかがその気持ちを知る事はできないけれど、抱き締めずにはいられなかった。
*
「今日は楽しかったわね~」
緋色の光が影を黒く長くする逢魔時。オレたちは塔の町のデートスポットを一通り訪れて、満足した頃合いだ。
手を繋いで、町中のあちこちを巡った。
後は一通りの疲れを癒すために、デートの最後は秘湯とやらを目指して街中を歩いてる最中である。
「おんせんかあ……」
そういやあの宿以外で、温泉に入った事ないな。
カナンと温泉……いやいやなんでドキドキしてんだオレ! いつも一緒に入ってるじゃんか!
「あうぅ……」
「見て見ておーちゃん。ここ夕焼けが綺麗よ。
……あら、どうしたのおーちゃん? 顔が紅いわよ?」
気がつくと、塔の街を一望できる小高い丘の上を歩いていた。
確かに夕焼けがすごく綺麗だけど……
「にゃ、紅くない! 夕焼けのせいだもん! あっち向いてて!!」
なんだか恥ずかしくなっちゃったので、夕焼けのせいだって事にする。完璧な誤魔化しだ、気付かれまい。
「はいはい、そういうことにしておくわね」
「あうぅ……」
気づかれてるじゃん。尚更恥ずかしくなっちゃって、思わず顔を隠しちゃう。
後ろ向いてくれてるのはせめてもの優しさか。
あぁ、今日は楽しかったな。明日からはしばらくお勉強で、あまりお外には行けないだろう。
「私って、幸せ者ね。おーちゃんに出会えたから」
「……オレだって、主様に出会えて――」
なんだか照れ臭くてお互い顔を見れていないけど、その言葉に嘘偽りは無くて。
あぁ、夕陽が眩しいなぁ。
「ねえ、おーちゃん」
なんだよますたー。
また、返事をしないと。
後ろを向いたカナンへ返事をするために、声を出そうと口を開ける。
なあに主様?
そう、何気ない返事をしようとしたその時の事だった。
ふと、首筋にチクッとした感覚が走ったのは。
その瞬間、オレの意識は暗闇に引きずりこまれてしまい、返事をする事は叶わなかった。
「……どうしたの、おーちゃん?」
それが、最後に聞こえた言葉。
*
「すげえ効果……しっかり寝てるな?」
「へっへっへ、魔人特効のヤクなんだから当然だぜ。それより見ろよ。こいつガキのくせしてずいぶんと発育がいいぜ。後で許可をもらって、たくさん楽しませてもらおうぜ」
「そりゃあいい。ちっと幼過ぎるが、悪くはない」
「あ……ぅ……」
何が起きた……? オレは何をしてたっけ?
何も見えない。いや、暗いのか?
そうだ、カナンとデート中だったんだ。
綺麗な夕焼けを眺めていたら、急に意識が……
って……どこだここ!?
「ん……ぅ……?」
「おや、お目覚めですか」
「あ……ぉっ……あぇっ?」
なんだこの感じ? どうしてか舌がおぼつかない。声を出すだけで精一杯で、喉に力が入らない。
「気分はどうですか? バケモノさん?」
「ぁ……ぇ?」
この声は……聞き覚えがあるような。
何者かがオレの目元に触れると、真っ黒だった視界が開けた。
ここは……廃墟か何かか? 埃まみれでぼろぼろだが、薄汚れながらも豪華な装飾で彩られている。
恐らく屋敷だったであろう建物の一室か。そこにオレは囚われていた。
カーテンは閉めきられており、外の様子はわからない。
「ざまあないですねぇ、お姫様」
「……!?」
そこにいたのは、忘れもしないアイツ……。フカフカのコートに短パンという論外ファッションの男、オイカワだった。
クソ、なんでコイツが……
「……このワタシに向かって何ですかその目は? 立場というものを理解せてあげましょう!」
バチンッ!
頬に平手打ちが飛んできて、電撃のような痛みと衝撃が走った。
コイツ……カナンに殺されるぞ?
口も体もほとんど動かせない。
だがオレには、魔法という攻撃手段があるのだ。
とりあえず上位氷結魔弾をぶちかまして……
あれ? 出ない……?
「はっはっはっ!! お得意の魔力操作もおぼつかないようですねぇ! 実にいい気味です!」
「何……を……?」
どうしちゃったんだオレ?
魔力が全く練れない。いつもなら呼吸をするみたいにできるのに……。
「知りたいですか? 教えてあげましょう。
毒ですよ、即効性の。魔石の働きを著しく阻害する毒と、強力な麻痺毒を注射しました。それでいてまだ声を出せるなんて、さすがは化け物です」
「ぉ……く……?」
オレのあごをガサツに掴んで、汚い笑みを浮かべるオイカワ。
嘘だろ……? 動けない、魔法も出せない、試しに魔霊フォームになれないかやってみるもダメだった。
召喚解除もうまくいかないし……。
そもそもこいつ、何が目的だ?
「ふっふっふ。悪いようにはしません、このワタシの部下になりなさい。
あのガキ……カナンちゃんよりも、ずうっと上手に使ってあげますから。幸せにしてあげましょう」
は?! オレを下僕に? なるほどそういう事か。
論外過ぎる、誰がお前なんかの……。
バチンッ!
「言っておきますが、貴女がその気になるまでワタシはどんな手も使うつもりですからね?」
頬をぶたれた衝撃で眩暈がする……。
オイカワはオレの髪の毛を掴んで引っ張り上げると、今度は床に叩きつけてきた。
「はははははっ!! 何か言ったらどうですかっ! あぁ、喋れないんでしたねぇ! 失敬失敬っっ!!!」
更に、何度か蹴られても尚、抵抗すらできない。体が動かない……。
「けほっ、げほっ……」
くそう、くそう……。悔しい……。けど、絶対に従うもんか!
「ぜぇ、はぁ……力では屈しないですか。まあ、いいでしょう。時間はたっぷりありますから。次はどんな苦痛を味わいたいですか?」
――どんな手でも使う。
その言葉の意味を、オレは理解してしまっていた。
痛みだけなら耐えられる。カナンはもっと痛いのをたくさん経験してきたんだから。
けれど、一番こわいのは……。
「おやぁ? 目覚めたんだねぇかわいこちゃん」
オイカワの後ろから、太った大男がぬっと現れた。
そいつは確か、ロゲリスと呼ばれていたヤツで、とんでもないロリコンで……
「ロゲリス。コレが折れないようであれば、最後は任せます」
「かわいこちゃん、頑張って耐えたら、ぼくちんがいっぱいごほうびをあげるよ!! だから頑張って!!」
背筋にぞわっと鳥肌が立った。
気持ち悪い……だなんてレベルじゃない。生理的に無理、というのはまさにこういう事を指すんだな。
ははは。こんな悠長に考えているのも、現実から目を背ける心の防衛手段なのかな……。
「や……たぅ……け、ぇ……ま……ぁ」
助けて……
助けて主様!
ダムが決壊するように、感情がぽろぽろ涙として溢れて零れ出る。
もはや祈る他にできる事は無かった。
誘拐されてしまったおーちゃん。果たして穢されてしまう前にカナンちゃんは助けられるのか。
次回 超絶激怒カナンちゃん、爆走す。




