第100話 まさかの強敵
本編でついに100話です
まだまだ夜明けの遠い時間帯。
テントに刻まれた刻印【映像投影】の効果で、天井に映し出された数多の星影が微かな明かりを与えていた。
「ん……ぅ……?」
ふと意識がぼんやりとしたままに重たい瞼を微かに開く。
オレの眉間のすぐ前で、みずみずしくて柔らかな唇の僅かな隙間から、時折湿った暖かい寝息がおでこを優しく撫でる。
「主様……」
いつになったら、オレを抱いてくれるのだろう。
けれど、主様はまだ子供なんだ……。
それはまだずうっと先かな……。それならいっそのこと……
って、何を寝ぼけて考えてんだオレ!?
ダメダメダメ!! こんな幼気な少女に手を出すなんて絶対にダメだからっ!!
……でも、カナンに求められたなら仕方ない……か? いやでも……
悶々としていると、細長く伸びたオレの黒い尻尾が、寝袋の中でカナンの太ももに巻き付いている事に感覚で気がついた。
これ完全に無意識だよ……。カナンが起きてたら絶対「おーちゃんカワイイっ!」ってむにむにされるやつだろうな……。
「んーふふ……かわ、いい……」
自分自身の思考に困惑していると、眠っていたカナンがもぞもぞと体を動かして、オレを抱き寄せるように更に密着してきて――。
「んぅ……!?」
ま、主様のくちびるが近い……。そ、それはちょっと大胆すぎるぞ主様!!?
でも……主様が寝ている今、この距離なら唇が届きそうで……。
いやいやいや、だからダメだってオレ!
*
「おはようおーちゃん」
「おはよ主様」
夜中に少し起きてしまったが、その後はぐっすり眠れたので問題ない。ほんとうに何もしなかったからね?
そしてカナンに軽く頬擦りされた後、いつもの服に着替えるべく寝間着をぬぎぬぎ。
なんだか今日はいつもより胸が張って痛いような……
なんの気兼ねもなく、シャツをめくって自分の胸を見てみる。
するとそこには、少し前までは真っ平らだったところに二つのゆるい膨らみができつつある事に気がついた。
なーんか最近妙に胸が張ってる気がしてたけど、いやまさか……
いやいやいや、ありえないって。
胸の話はひとまず置いといて、今日もまた襲撃に備えつつキャンp……じゃなくて、作戦を立てるのだ。
万が一襲撃が今日も明日も来なかったらどうするか、とか、そういう作戦だ。
……だが、それは杞憂に終わりそうだ。
「この感じは……今日は朝からおでましね」
「ん、さっそく来たか」
カナンの【広域探知】の範囲は最大直径10キロにおよぶ。
まだこの能力を獲得してからそんなに時間は経っていないが、さすがカナン、うまく扱えているようだ。
「山をひとつ挟んだ向こうから来ているみたいね。まだまだ遠いわ」
「なら、今の内にみんなに知らせないとな」
そうして急いでテントを出ると、既にリナエリとクラッドさんは焚き火の前で座って寛いでいた。寛いでいると言っても、すぐに動けるよう剣も服も装備も全て備えた状態でだ。
「おはようカナンちゃんとオーエンちゃん。おや……その顔はもしかして?」
「そうよ、ワイバーンの襲撃が来たの」
「おっ! やっときてくれたか!」
腕が鳴るぜと、エリナさんは剣を引き抜いて上空を見る。
「……で、ワイバーンどもはどの方角から来る?」
「北西ね。山の向こう側だからまだ見えないと思うわ」
「広域探知といったか。ここまで広範囲を感知できるとは……」
カナンのおかげで、ひとまずは不意を突かれる事態は避けられた。まあ突かれたとしても、オレの多重結界があるから問題は無かったりするが。
「数はどれくらいか分かる?」
「数? ちょっと待ってね……うーん、これは200匹以上いそうね」
「に、にひゃっ!?」
なんだってまたそんな……。
以前トゥーラムル王国にいた時もワイバーンの大群が発生していたのを思い出した。
これってもしかして原因は同じだったりするのだろうか?
あの時は迷宮が発生の影響で一帯の魔素量が増えた事が理由かと思っていたが……
「いやはや……他の冒険者たちを待避させて正解だったようだ。飛竜が200匹なんて、小国なぞ一晩で滅ぶ程の脅威だからね」
「それってなかなかとんでもないわね」
「ついこの間に〝黒死姫〟が狂信国を滅ぼしたばかりなのに、また一国滅ぼせる脅威が現れるなんてねぇ」
「さすがに上位魔人がいっぱいいるネマルキスなら滅ぼされはしないでしょ。ここの魔王様なんて特級に近い実力があるそうだし」
魔王……。
オレはツインテールの片側に着けた青龍の髪飾りを触って思い出す。
大海の女神の加護を持つという魔王のイルマセクさん、そこまで強かったとは思わんだ。
気のいいガテン系のおっさんだと思ってたけど、ちょっとランクアップ。
「んっ……?」
ふと、辺りの物陰に見覚えのある毛玉がたくさん隠れている事に気がついた。
名前は確か
「有翼兎ねぇ。珍しいわぁ」
「そういやこいつ昨日も結界の中に入ってきてたよな」
「もしかして飛竜から逃れる為に入ってきたんじゃないかしら? たまに人間に助けを求める程度には賢いらしいし」
なんとなんと、こいつらは結界の中がワイバーンのいる外よりも安全だと判断して入ってきたようだ。昨日のヤツはオレたちが安全かどうか、様子を見に来てたのかもな。
「……さて、いよいよ見えてきたわね」
「事前に打ち合わせた通りだ。〝迎え撃つ〟ぞ」
北西の空から、暗雲を思わせる影が近づいてくる。
しかしそれは、雲などではなく――
ドゴォンッッ!!!
――刹那。大きな火炎の弾が飛来し、多重結界の障壁に阻まれ大きな爆発を起こした。
この威力……上位炎魔弾くらいありそうだ。
だが、オレの作った多重結界の前には一切綻びすらつけられていないようであった。
「ギャオオオオッ!!」
一発では防がれると思ったのだろう。上空のワイバーンどもは、こちらへ一斉に火球を投下してきた。
空から炎の珠が降り注ぐ光景は、なかなかに戦慄するものがあるな。
まあでも結界があるから安心――
ドゴォッ!! ドシャアッ!!! ドカァンッッッ!!
「うぎゃっ!?」
「くっ、防音の術式をつけるの忘れてた……」
次から次へと爆音が途切れる事なく、結界内を叩きつけるように襲う。
【三半規管強化】の影響で鼓膜も強化されているカナンは多少五月蝿そうにしているくらいだが、オレやその他のみんなは耳を押さえて悶絶していた。
「くそ……こうなれば……」
以前ルミレインが使っていた術式? を思い出したので、それを能力として獲得できないか試してみる。
《能力:【防音結界】の獲得を観測しました。対象:オーエン》
「……あ、あれ? 急に静かになった?」
「おーちゃんが防音結界を張ってくれたのよ」
「へえ、ありがとうオーエンちゃん。それにしても、いつの間に防音術式を覚えたのぉ?」
「んー、術式じゃなくて能力としてだな……」
色々誤魔化すのめんどいし、前々から防音を持ってた事にしておこう。
さて。この多重結界には、攻撃や侵入を防ぐ以外にもある特性がある。
それは――
「〝氷刃〟っ!」
上へ掲げたオレの手のひらから、三日月状の氷の刃がいくつも放たれ上空へ飛んでゆく。
それらは多重結界の壁に当たる……事なくすり抜けて、炎弾を相殺しつつ外部にいるワイバーンどもを切り刻んだ。
それだけではない、放った氷刃は全てに闇魔法を付与しているので、傷口からどんどん黒い崩壊の連鎖が全身へと広がってゆく。
魔力への抵抗力が弱い相手には、闇魔法は一撃必殺に等しい恐るべき魔術なのだ。
ちなみに、魔弾術式を使わないのは魔力の節約のためだ。
それはさておき、見てわかるようにこの【多重結界】は内側から外へ魔法を放つ事が可能である。
これにより、一方的に結界の中から攻撃ができるのだ。
「――〝風神飛燕〟!!」
「歌唱魔法……〝焔の歌精霊〟」
クラッドさんが剣を振るう度に、巨大な風の刃……いや、ツバメの形をした真空の塊がオレの氷刃に混じって曲線的に飛んでゆく。
一発の威力はオレが使っている氷刃よりも上らしく、何体ものワイバーンが両断されいた。
一方のリナリアさんはというと、歌に連動するように、上位魔弾並みかそれ以上のエネルギーを含む焔の鳥のようなモノが現れた。
それは上空へ羽ばたき飛んでいき、狙いを定めたワイバーンを十体以上も貫いてはふっと消える。
しかし、10秒ほどするとまた焔鳥が現れてワイバーンどもを焼き貫いてゆくのだ。
なかなかエグいな……。
一方で、魔法の使えないカナンや近接専門のエリナリアさんは後ろで待機中だ。
つまんなそうにしているが、2人にはこれから飛竜の生け捕りをやってもらう予定だ。
それまでは、こうして飛竜をできる限り減らす手筈である。
計画は順調だ。
結界の外では、無数のワイバーンどもの死体が積み重なっていた。あとでまた回収しなきゃな。
「ん……ちょっと、何か大きなのが来てるわ」
大群を半分くらい減らした頃だろうか。ふと、【広域探知】で注意を巡らせていたカナンが言った。
その次の瞬間――
メリメリメリッッ!!!
「は!?」
「嘘だろ……?!」
ひときわ大きな大きな、刺々しい見た目をした飛竜が、多重結界へ強引に体当たりをかましてきた。
その結果は……
「そんな事、あんのかよ……」
結界自体は無事だ。さすがにこの程度で壊されはしない。
だがしかし、なんとこいつ……入ってきやがった。
結界の壁に無理やり体を押し込めた結果、突き抜けてこちらへと……。
「ゴルォォォッッッッ!!!!!」
《最上位飛竜
強度階域:第六域
所持能力:【竜爪】【大火炎】【魔力順応】》
は、はぁ!?
六域って、カナンと同格じゃねーか!!?
「こいつは私が!」
「待ってカナンちゃん! 外にあと3体同じのが……」
な、なんてこった……。
他の3体もこいつと同様に、【魔力順応】という能力を持っている。恐らくはこれが結界を抜けた理由なのだろうが……
「!!」
結界の中に入ってきたワイバーンが口を開いた――その瞬間。緋色の光が結界の中を埋めつくし、刹那に遅れて爆音が空間を押し潰すようであった。
「みんなっ!!!?」
「いや……これは」
爆炎の中から、歌声が聞こえる。
「わたしたちを、あんまり嘗めないでくれるぅ?」
「カナンちゃん、こっちは大丈夫だよ!」
「外の三匹を頼む。私たちならこいつ一匹くらい、何とかなる」
「みんな……」
確かにそれが最善なのかもしれない。
クラッドさんは第四域、エリナさんとリナリアさんは第五域だ。
三人が力を合わせれば、六域とも戦えなくはないだろう。
「主様。ここは言う通りにした方がいい」
「でも……ううん、わかったわ。三人とも、絶対死なないでね」
「「「もちろん!」」」
そうしてオレとカナンは、三人を信じて結界の外へ抜けるのであった。
次回からバトル回です。おーちゃんカワイイは少しおあずけ。
『今回も面白かった!』
『更新止まるんじゃねえぞ……』
『カナンちゃんはよおーちゃん抱けや』
『よくわかんないけどおーちゃんカワイイ!』
等と思っていただけたら、ぜひとも星評価を投げつけてから布教してくれよな!!




