第99話 舌先の魔法陣
きょうもおーちゃんかわいい……
「――これにこう描けばいいのか?」
「そうそうオーエンちゃん上手!」
オレは今、ハガキ大の厚紙に五芒星を崩したような形の図形を描いていた。
これがなんなのかと言うと、結界構築術式を発動させる為の媒体になるのだそうだ。
書いたのは全部で5枚。
野営地を全部包めるくらいに広大な結界を構築するには、莫大な魔力を持つオレが描く事に意味があるらしい。
1枚でも範囲結界は発動するが、5枚重ねた方が強度も持続も安定するとの事。
なるほどなるほど……。ちょうど術式の勉強をしたいと思ってたしピッタリだな。
「おーちゃんの魔力なら数日は持ちそうね」
当然の事だが、よりたくさんの魔力を込める程に結界はより強固に、かつ長もちするのだ。
「それじゃあ発動させるよ。オーエンちゃん、意識して。自分が込めた魔力が術式に流れる所を」
「ん……。おおっ?」
言われた通りにしてみると、魔法陣から白く淡い光が溢れだし、野営地を囲むようにドーム状の光の壁を作り出した。
「おーちゃんすごい! 初めてで成功するなんて天才よ!!」
「えへへ、そうかな……?」
……ハッ! いかんいかんまた幼女の肉体に精神が引っ張られてた。
さておき、これが多重結界ってやつなのか。即席で作った結界よりも頑丈でかつ長持ちしそうだ。戦闘中に作ってた簡易結界なんかは数分も持たなかったからな。それがなんと数日も持続するようになるとは。
これからは術式についてしっかり学びたいな。
「んー、そうだ。ついでだし、多重結界以外にも術式を教えてくれないか? 簡単なものでいいからさ」
「いいよいいよ、オーエンちゃんならすぐ覚えられるだろうしね」
しかし、エリナさんって魔法とか術式についてかなり詳しいんだな。脳筋で戦うタイプだと思ってた。
「ちょっと意外だな」
「人間は魔力がとっても少ないからね。あたしも魔法を使う時は、先人の編み出した術式と能力を併用してるんだ」
人と魔人の違い。それは、魔石の有無だそうだ。
魔石は大抵心臓の裏にあり、血液に乗って肉体を循環する魔力を調節したり貯めたりする役割があるという。
実はカナンの体内にも魔石はあるが、全ての魔力がオレという存在へ流れているために、ほとんど人間と変わらない。むしろ人間よりも魔力量が少ないかもしれないのだ。
「――これをこうして、特別な効果は刻まずに魔力を込めて……と。この〝魔力出力強化術式〟は、込めたぶんの魔力量だけ自分の出力以上の魔法が一回だけ使えるようになるものだよ」
「ふうん。もしかしてこれ、魔力の無い主様でも魔法が使えたり……?」
「多分使えるね。そもそも魔法を扱う技能があればの話だけど……」
な、なんてこった……! カナン自身が魔法を使えるなんてオレの役割が無くなっちゃう……!!
というのは冗談で、この術式は一回使えば効果の切れる使い捨てのようなものだそうだ。良かった、これならオレの役割無くなんないよ!!
とはいえ、この術式は保険として色々使えそうだ。
万が一、オレが倒される等して召喚不可になった時だとかにも。
魔力の無いカナンが上位魔弾を放ってきたら、そりゃあ相手もびっくりするだろうな。
「私、これでも【雷撃魔法】の能力を持ってるのよ? 魔力が無いからろくに使った試しはないけどね」
「それなら問題無いわねぇ。研究は必用そうだけれどねぇ」
いやまあ、カナンは魔法が使えないなりに魔力の操作や抽出をする技術を必死に磨き続けていた過去があるのだ。
その結果は静電気程度の雷撃魔法でしかなかったが……。
だがこの術式があれば、それはもうド派手な雷魔法をカナンが使える事は間違いない。
そんなこんなで、ちょっとした切り札ができたのであった。
「もぐもぐ……。ドラゴンのお肉って意外と美味いんだな」
「そうね、おーちゃんのお料理が上手だからってのもあるんじゃない?」
「焼いただけのお肉を挟んだサンドイッチの味にそこまで料理の上手さが関係するのだか」
【多重結界】も張って、あとは襲撃を待つばかり。
少しばかり小腹が空いたので、オレはみんなに軽くサンドイッチを作って振る舞ってみた。
試しに焼いたワイバーンのお肉を使ってみたのだが、これが想像以上に美味かった。
食感は鶏肉に近く、それでいて牛肉を思わせる歯ごたえと沸き出す肉汁が口の中を幸せにしてくれる。
これぞまさに肉汁の宝石箱や!!
思わず口元が緩んじゃう。
「んふふふ~……」
「おーちゃんったらまたまたすっごく可愛い顔しちゃって」
しょうがないだろ、だって美味しいんだもん。
こら、ほっぺをむにむにするな。
「うににぅ……お?」
「どうしたの?」
「そこになんかいる」
ソフトボール大の小さな影が一つ、視界の端を駆け抜けていった。
なんだろう? 【多重結界】の外から入ってきたのか、元からいたのか。一応一定よりも魔力の弱い存在は結界をすり抜けられるようにしているので、小動物が入ってきた事は考えられるけど。
「んー……? あら、出てきたわよ」
「おっ……おぉっ? なんだこの生き物?!」
岩影から恐る恐る出てきたのは、茶色い毛並みをした兎のような生き物だった。
だがそれは、明らかに兎ではなかった。なぜなら、その背中に大きな鳥の翼が生えていたから。
「昔読んだ図鑑で見た事あるわ。名前は確か〝有翼兎〟よ。下位の魔物の一種ね」
「へえぇ~。しかし変わった見た目してるなぁ。おっ、こっち来た」
……か、可愛い!?
なにそのくりくりしたおめめ!? 口元が絶えずひくひくしてるのも可愛い! いやふわふわしててなんかもう可愛いの十連コンボだな。
スクヴェイダーちゃんは、そのくりくりした真っ黒な瞳でオレをじいっと見つめてくる。
と思ったら、とことこと更に近づいてきてオレの手の指先にひくつく鼻を近づけてきた。
微かにふわりとしたものが指先に触れた途端、もふもふの塊は玉のようにころころと駆け出して逃げていってしまった。
「あぁ、逃げちゃった……」
ああ、もう少しでもっとモフれたかもしれなかったのに。くそー、残念!
オレがそう悔しがっている横で、何やらカナンが顔を押さえて震えている事に気がついた。
「ど、どうしたの主様? 大丈夫か?」
「か……ただでさえカワイイおーちゃんが、可愛いもふもふとなんて……。あぁっ、尊い……」
……うん。もふもふと戯れるオレの様子を見ていて悶絶してたようだな。
鼻からなんか赤いものがどくどく溢れだしてるんだけど。心配になってくるくらい出てるんだけど。
まあカナンなら大丈夫だろ。うん。
「むふっ、うふふふふ……。今晩はたっぷり吸ってあげるから覚悟しなさい……」
「ほ、ほどほどにな……?」
ようやく鼻血が収まったと思ったら、何やら嬉しそうだ。
今夜は嫌な予感しかしない。……そろそろオレの貞操もついでにいただかれちゃうのでは?
その時は……初めてだから、その、優しくしてほしいな……。
そしてやって来ました、夜です。
結局のところ今日はワイバーンどもの襲撃は無かった。クラッドさんいわく、ワイバーンの襲撃は昼にしか来ないらしい。
なので警戒するに越したことはないが、夜はしっかり休むべきだという。
ちなみに夕ごはんは焼き肉パーティーだったな。
……さて。
「確かこう書いて魔力を込めれば【魔力出力強化術式】が……」
「おーちゃんも勉強熱心ねぇ?」
「主様もカッコいい魔法、使ってみたいだろ?」
「そうね、昔は魔力が無いなりに色々試してたものね」
今日教わった術式を活用できれば、魔力が一切無いカナンが上位雷撃魔弾を放てるかもしれないのだ。
けれど、なかなか上手くいかない。紙に魔方陣は上手く書けても、魔力を込める過程で調節に失敗しがちなのだ。魔力が多すぎて燃えてしまったり、魔法の効果が勝手に発動して凍てついてしまったり。
【多重結界】は上手くいったのに。恐らくはこの紙とインクに込められる魔力量を大幅にオーバーしているのだろう。なら少なめに――と思っていたところ
「そうねぇ、じゃあ別のものに書いてみたらどう?」
「別のものって?」
ぺろりと舌を覗かせて、カナンは何やらニヤニヤしている。
「前に買った撥水性の高いインク、覚えてるかしら? あれを使って、書いてみたらどうかしら? 私の、ほほひ?」
カナンは、んべっと出した舌を指さしていた。
……うん。
手のひらや足といった、自らの体に魔法陣をタトゥーのように書いて使う人もいるとは聞いた。
その上で多分こういう使い方も想定されているのだろう、インクには甘い味がつけられていたようだ。
とはいえ、これは少し……。
「なんか、絵面的にまずくないか?」
「んっ……なひあ?」
カナンの口の中から外へ露出した桜色のそれへ、オレは黒いインクを浸けたペンの先で五芒星の模様を描いてゆく。
「いや別に……」
「……んふふふ」
舌をんべっと出した状態で、口角を上げて何やら嬉しそうな様子のカナン。
別に何もイヤらしい事なんてしてないハズなのに、なぜだか不健全さがすごい。
カナンの舌をここまで間近でじっくり見たのなんて、
初めて……いや、前に丸呑みにされた時以来だ。
「よし、書けたぞ」
「んーっ……お疲れおーちゃん」
長いこと露出していた舌をしまい、いちいちオレの頭をなでなでしてくるカナン。
「一応、インクが滲んでたりしないか確認したいな。口を開けて見せてくれるか?」
「いいわよ。はい、あーーー♡」
よし、ちゃんと書けてるな。
書いたばかりだけど、唾液で滲んでいる様子もない。改めて、このインクも凄いな。
「……んっ?」
カナンの口内を観察していたら、真っ白な犬歯が徐々に伸びてきているのが見える。それから唾液も溢れて……
「ふふ……ふふふ……このまま吸血したら、どうなっちゃうのかしらねっ?!」
そう言うカナンの瞳が金色から緋色に染まってゆく。
そして、獣にでも取り憑かれたようにオレの体に覆い被さってきた。
ついに来たな、吸血衝動。
「……いいよ主様」
床の上で寝転がり、首をさらけ出す。
「んっ……」
すると、涎滴るカナンの舌が、味見をするかのようにオレの首筋をつつーっと一舐め。その直後、鋭く心地よい痛みが舐められた所にぷつんと挿入ってきた。
それからオレは眼を閉じて、カナンに全てを委ねる。
ごくごくとカナンの喉の奥で流れる音を、間近で聞きながら。
――このまま、一線を越えてしまわないだろうか。心のどこかでそんな淡い期待を抱きながら。
けれど、今回もその期待が叶う事は無かった。
「ぷはっ。ごちそうさま、おーちゃんっ♡」
「ふぅ……はふぅ……」
オレからすれば、いたっていつも通りの吸血だ。少しいつもより多めに吸われたくらいで、特別な事は特には無い。
――何かが物足りない。ここ最近、吸血される度に貧血気味の脳が考える。けれどその気持ちを口に出すには、オレはまだ臆病だった。
あー、空からおーちゃんのえっちなイラスト降ってきたりしないかなぁ……(クソデカ独り言)
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