第98話 恋バナには色々あり
知識の引き出しがほしくて学術文庫本を何冊か買って読み漁ってたらいつの間にか二週間近く間が……
「――という訳で、オイカワの洗脳を受けた者はランク関係なく全員帰還する事になった。大変申し訳ないが、同士討ちは避けたいのでな」
そんなクラッドさんの話に反対する冒険者は、誰一人としていなかった。
事実、オレとカナン、エリナリアさんとリナリアさん、そしてクラッドさん。この5人以外の冒険者はみなオイカワの洗脳に抵抗できなかったのだ。
オイカワが味方である確証が無い以上、この判断は正しいと思う。
十数人の冒険者たちがテントを畳み、だだっ広くなった野営地にオレたちは残った。
オイカワの能力はかなり凶悪だ。だが、それよりもその部下と思われるあの大男の方が数段不気味だった。
カナンの背後を取ったのもそうだが、その蹴りを受けて平然としていたのだ。気持ち悪さのあまり【明晰者】で視るのを忘れていたが、耐久力だけならSランク並に達するのではなかろうか。
ただ、オレにとってはそんな情報よりも、あの目つきの方が恐ろしい。
男が女の子へ向ける、欲望の混じった視線。それもアイツのは、隠すつもりもなく一層濃いものをオレへ向けてきた。
どろっと粘り気のあるあの目が、まだどこかからかオレを見ているような気がしてならない。
「よしよし……私がいるから大丈夫よ。私がおーちゃんに指1本触らせないから」
「主様……」
自分でも驚くくらい情けない声が、カナンの胸の中で出た。
男がここまで、ここまで恐いなんて思ったのは初めてかもしれない。むしろ、常日頃からこの視線を浴び続けている女の子には尊敬の気持ちさえ湧くくらいだ。すげえよ。
しばらくカナンになでなでされて気持ちが落ち着いた。
他のみんなに見られながらで恥ずかしくないのかって? 今さらだよそんなの。
「――そういえば、クラッドさんはなんで主様がアイツの洗脳を斬れるって気づいたんだ?」
「おぉ、君にも意図が伝わっていたか。端的に言うと、カナンちゃんの【絶対切断】を知っていた事だ」
「なんで私の能力を知ってるのよ?」
【絶対切断】……。こいつも他の能力とはどうにも違う印象があったが、有名だったりするのか?
「か……カナンちゃん。〝絶対〟系の能力って、能力の中でも別格……。英雄が所持する類のヤツだよ?!」
「へぇ……」
なるほどなるほど、〝絶対〟を冠する能力は総じて強力であると。
うん。英雄どころか、ひとつ国を滅ぼしてるからな。あの時は暴走状態だったけど。
なおその【絶対切断】は、獲得後すぐに【刈り取るもの】とかいう高位の能力に統合されたらしいけど。
カナンは〝絶対〟を所持してるどころか、より高位の能力の一部としているのだ。……が、これを軽々しく口に出す訳にはいかなさそうだ。
明晰者いわく、【高位】を持つ者の強さはほぼ例外なく〝特級〟クラスだという。
極めて一部の存在しか所持していない能力らしく、個人の持つ技能というよりは、もはや兵器や災害に近いものだそうだ。
そして前者の〝絶対〟系がどの程度の立ち位置なのかはよくわからないが、〝刈り取るもの〟の中に納まってるのだから多分高位よりは下だろう。
だが、通常の能力の中では最上位に位置するのは間違いあるまい。
今のところ〝絶対〟系はカナンの【絶対切断】しか見たことがないが、どうやら他にもあるらしい。絶対防御とかあったりするのかな?
ま、何はともあれオレの主様はスゲーって事だな。
詳しく調べるのはまた今度にしておこう。
「さて、今日はこれからどうするのかしら?」
「飛竜の襲撃を待っておきたい。ここ数日、襲撃の頻度が増しているのでな。恐らく今日か明日にはまた同規模の群れが来るだろう」
「なるほどね」
あれほど大規模な群れが一体どこを住処としているのか。
それを突き止めるべく、襲撃してきたらあえて一匹泳がせて巣まで案内させてやろうという作戦なのだ。
「これまでにも何度かやろうとはしていたがことごとく失敗してしまっていてね。この険しい山脈で空を飛べる相手を追跡するのは難しかった」
「そこで私たちの出番って訳ね」
「……そっか! カナンちゃんなら空を駆けられるし!!」
クラッドさん、昨日のワイバーンとの戦いを見ていた冒険者に聞いたのだろう。
確かにカナンの【空中跳躍】は空中で地上と同様の動きができたりと便利だが、実は持続的ではないのだ。長距離の移動には不向きである。
だが――
「おーちゃんとなら、できなくはないわね」
「オーエンちゃんって空飛べるの?」
「あぁ、〝本来の姿〟の時ならな」
言わずもがな、悪魔フォームの事である。アレを本来の姿とするのは些か疑問な所もあるけど、この幼女の姿はあくまで『魔霊の魔人』という形なので語弊は無いと思う。
「本来の姿……?」
「そういえば、2人がどんな能力で戦うのか聞いてないわねぇ。教えてくれるぅ?」
そんな訳で、オレとカナンの能力について説明しなければならなくなった。
とはいえ、ある程度かいつまんでおおざっぱに解説した。オレが高位の氷結・闇魔法を扱える事。カナンの近接戦闘特化の能力群やらなんやら……。
その中で、【刈り取るもの】とそのベースとなっている【魂喰】についてはあえて伏せておいた。
前者に関してはあまり目立っても困るという事と、後者の【魂喰】はどうも色々と異質で不気味なのだ。教えるのはもっと信頼できるようになってからにしておきたい。
「――でねぇ、わたしの住んでいたところに、まだ小さかったエリナが溺れて沈んできたのよぅ。それを助けてあげたのが馴れ初めねぇ……」
「思えば、きっとあれが一目惚れってやつだったんだな。一目見た時からリナリアに夢中で夢中で、あたしは毎日海岸へ会いに行ってたよ」
「うふふ……。あの時のエリナはそれはそれは臆病で泣き虫でねぇ、その癖してわたしの前ではおませに振る舞ってて……」
「あぁもう! その話はしないって約束したじゃんっ!!」
赤くてクセのあるショートヘアーの上から頭をリナリアさんになでなでされて、エリナリアさんは不機嫌そうにむっとほっぺを膨らませた。
「エリちゃんかわいーいー! それでそれで? それから二人はどうなったの?」
リナエリの馴れ初めの話に興味津々なカナン。
……なーんで恋バナなんてしてるんだっけ?
あぁそうだ。オレの魔霊としての姿について話していたら、オレとカナンがどうやって出会ったのかって話になっていって。
そうして気がついた時には、なぜだか恋バナみたいになっていたのだ。
「……」
まずい、気まずい。
カナンとリナエリの三人は楽しそうに話しているけど、男性陣のオレとクラッドさんは全然ついていけてない。オレを男に含めるかは諸説ありだが。
「なあ……気まずくないか?」
「なんだい、オーエンちゃんは恋バナに興味無いのかい?」
「無くはないが、なんだかついていけなくってな……。オレ、人化するまで男のつもりだったし……。魔霊に性別なんて無いんだろうけど……」
「なんと」
それを聞くと、クラッドさんは拍子抜けしたように言った。
「私にはカナンちゃんと同じくらいの娘がいるものでな、ついつい今まで女の子扱いしていたが、もしや嫌ではなかったか?」
「嫌って……女の子扱いは別にそんなでも。変に気を使われる方がむしろ嫌だな」
「そうかそうか、では今まで通り接するとしよう」
しかし娘いるんだなクラッドさん……。いやまあ妻帯者な雰囲気はあったけども。
「なになにー!? クラッドちゃん奥さんいるのー?!!」
「そっちの話も面白そうねぇ。聞かせてくれるかしらぁ?」
うわ、嗅ぎ付けてくるの早いな!?
女の子の聴覚ってほんと地獄耳だな。オレも今は女の子だけど。
「やれやれ、仕方がないな。美しき彼女との出会いは15年前のよく晴れた日でな――」
クラッドさんの奥さんは、なんと異世界人だったそうだ。
彼女は突如元の世界から飛ばされてやってきた『転移者』だそうで、森の中で訳もわからないまま魔物に襲われていた所を助けてあげたのが馴れ初めだったという。
クラッドさんはとある小国の貴族の家で産まれ育った。家の後継ぎに関するいざこざが激しく、ときたま暗殺なんていう物騒な言葉が聞こえる事もあったという。
それらが嫌になって飛び出した先で後先考えずに冒険者を始め、ひねくれていた時期であった。
当時は色々とスカしていて、彼女の前でもつっけんどんに接していたとか。
とはいえ、どこにも行くあての無い彼女には、良くて娼婦、最悪闇奴隷にされてしまう可能性が大きかった。
スカしていても、なんだかんだで見捨てられなかったのだ。
幸い彼女も異世界人の例に漏れず、強力な異質能力を持っていたため、一緒に冒険者をやる事ができた。
彼女はスカして取り繕うクラッドさんの悩みを見透かしていた。
そうして共に過ごす内に、やがてお互いに意識し始める。
しかし、そこでクラッドさんの家が接触してきた。
ある日、クラッドさんは突如として騎士数人に取り囲まれて、捕まってしまった。
貴族の家なのだ、四男のクラッドさんといえどその呪縛からは逃れられない。
他所の家の娘との政略結婚が、全く知らぬ間に決まっていたという。
クラッドさんは戦った。
決して諦めず、彼女を信じて結婚を拒否し続けた。
クラッドさんを諦めさせる為に、外で待つ彼女の元へ暗殺者が送られた事もあったという。
だが、彼女は暗殺者をものともしなかった。
彼女の異質能力は、認識と情報の解析に特化したものであり、更にクラッドさんに対人戦闘技術も鍛えられていたので暗殺は不可能だったのだ。
内部と外部で協力し合い、なんと双方の貴族家が裏で行っていた悪事を全て白日に晒す事に成功する。
金の横領や違法な薬物の売買はもちろんのこと、代々に渡って行われてきた闇奴隷を使う非人道的な実験の数々を、国内国外に向けて明らかにしたのだ。
こうなってはもう、政略結婚どころではない。
そしてクラッドさんの育った家は貴族から外され、破滅の末路を辿るのであった。
なお、腐っているのはその家だけではなく、国全体から腐臭が漂っていたそうであるが、それはもうクラッドさんの知る所ではないのである。
「あんた、そんなに凄い大恋愛してたんだね」
「尊いわねぇ……。そういうのもっとほしいわぁ」
……なんだか映画を1本観たような気分だな。
リナエリも目頭を熱くして、満足そうに頷いている。
するとクラッドさんは、思い出したように話を続けた。
「そうそう、実は一人娘が去年から学園都市……イセナランダ学園に通っていてな。依頼をこなしがてら、一年ぶりに会いに来てたのさ」
「へえぇ。実は私も来月から通うつもりなのよ。なんて名前の子なのかしら? 会えたら仲良くしたいわ」
「なんとカナンちゃんも!? 娘の名前は〝フィアーノ〟、だ。もし会えたらぜひともよろしく頼む。ああぁ、とっても美しくて可愛い娘なんだ! あぁ、はやく会いたい……。薄桃色の髪に月のような蒼い瞳はそれはそれは美しくて――」
こりゃまた奇遇な事もあるんだな。イセナランダ学園に行ったら、早速友達ができそうで嬉しそうだ。
……そういえば、オレってカナンと一緒に学園に入っても大丈夫なのだろうか? 使い魔や従者ならセーフ? まあダメでも召喚解除された状態で一緒に通う事になるだろうけれど。
ふとそんな疑問が湧いたものの、延々とフィアーノちゃんの可愛さを語るクラッドさんの親バカっぷりの前に、なんだかどうでもよくなったのであった。
クラッドさんの奥さん、実は既に登場してます。勘と記憶力の良い人なら気づいてるかもしれませんね。
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