ケレテレス上陸戦ー7
少年らしい人物は腰に下げていた無駄に大きなククリナイフを構える。
「誰だか知らんが、一人で飛び出してくるとは相当命知らずみたいだな」
そう言ったのは不死鳥に所属するタンク職であるドルブだ。
「あぁ? てめぇらなんて俺一人で充分……って言いたい所だがそうもいかねぇ」
クレイムはそう言うと懐から親指サイズの6個の紅色の宝石を取り出す。
その場にいる全員はそれが封印石と呼ばれるマジックアイテムの類だと瞬時に理解した。
封印石はモンスターを中に封じ込めることが出来るアイテムで、更には封じたモンスターを自在に召喚し、使役する事が出来ると言う物だ。
とは言え、強力なモンスターを使役すればするほど、数が増えれば増えるほどコントロールが困難になり、使役者の魔力量や素養がその分求められると言う代物でもある。
クレイムは封印石を地面に放り投げ、足で一気に踏み潰す。
硝子が割れる音が微かに響き、クレイムの足元から煙が立ち上がる。
クレイムがその場から離れた瞬間、煙の放出量は増大し、宙に舞い上がった煙は段々とモンスターの姿へと変容していく。
そこから姿を現した6体のモンスターを見て、冒険者達は自身の目を疑った。
体長8メートル程の赤黒く、象の様に分厚い肌を持つ巨人で、オーガの上位種であるハイオーガ。
劣化し、ボロボロになったローブを纏った骸骨の魔法使い、エルダーリッチ。
四足歩行で魔法に対する絶対耐性を持ち、艶々とした黒燐を身体中に覆われ、人間の4、5倍の体高は優にある巨龍で、その無限とも言える食欲で当たりの生態系を破壊し尽くす事から暴食龍と呼ばれ、忌み嫌われるドラゴン。
幅20メートル、高さ10メートル程のジェル状にドロドロに溶けた肉塊で、醜悪な臭いを放つモンスターであるランド・グラブスター。
9つの頭を持ったヒュドラと呼ばれる巨大なドラゴンの一種。
全身を黒い剛毛に覆われ、筋肉質な体格、身長は通常のトロールの5倍程もあり、20メートル近くあるトロールキング。
そこに召喚されたモンスターはどれもが強大な力を持っており、危険等級と呼ばれる強さ基準では、最低のハイオーガでも、Aクラス冒険者以上の強さであるA+級はあるだろう。
エルダーリッチ、トロールキングその他の連中はSランク冒険者相当のS級。
ヒュドラや暴力龍に関してはSランク以上の強さであるS+級が当てがわれているくらいだ。
「ヒュドラと暴食龍か、厄介な……」
バイデルは剣を構え、戦闘態勢に入る。
「これだけ上位のモンスターを同時に操れる訳がない‼︎ 私だってエルダーリッチを操るので精一杯なのよ⁈」
そう声を荒げたのは、獅子の白銀に所属する魔物使いである、リユス・ファフーンと言う赤髪で短髪の若い女性だ。
「メイリスに魔力を分けて貰ってなかったら、こんな連中操れなかっただろうよ……」
クレイムはそう呟き、指につけている指輪を一瞥する、これはメイリスの魔力がふんだんに込められた魔封石が埋め込まれており、これだけ強大なモンスターを同時に操れるのはその為だ。
「お前ら、やれ‼︎」
クレイムが命じると、モンスター達は一斉に冒険者達へと襲いかかる。
先頭にいたハイオーガが、他のモンスターよりも先に冒険者の一団へと辿り着く。
「聖斬撃!」
拳を振り下ろそうとするハイオーガの眼前に、シルフが飛び出し、剣を振るう。
剣の刃から聖属性を帯びた衝撃波が放たれ、ハイオーガの両腕をバターの様に斬り落とす。
シルフは他のSランク冒険者の様に高威力な攻撃はできない。だがその代わりに聖属性の技を一通り会得しており、その攻撃手段のレパートリーは他のSランク冒険者を追従させない程である。
それが不死鳥のメンバーにして、代々優秀な騎士を輩出してきた名門貴族であるオーディア家の長女。最優の女騎士とまで言われたのが、このシルフ・オーディアその人だ。
「獄炎」
シルフの攻撃に追従する様に、ミリシアが魔法を唱える。
ミリシアの掌から漆黒の炎が放たれ、それがハイオーガに吸い込まれる様に黒炎が向かって行った。
「アガァァアゥ‼︎」
ハイオーガの体に漆黒の明かりを吸い込む特異な炎が纏わり付き、苦しみの余り甲高い咆哮をあげる。
ハイオーガは黒炎に焼かれ、その場に倒れ伏せる。
しかし、今度はハイオーガの亡骸を踏み越え、他のモンスター達が一斉に進撃してくる。
「不死鳥に先手を取られるな、俺らも行くぞ!」
バイデルはそう言い放ち、剣を前に向け突撃する。
それに続く様に他の冒険者達もモンスターの群れへと突撃して行った。
冒険者達とモンスター群れは衝突すると激しい戦闘へとなる。
様々な剣技や魔法が炸裂し、暴食龍の吐き出す火炎やエルダーリッチの魔法と交差する。
そこで行われる戦いは想像を絶するもので、モンスターもそうだが、何より冒険者の動きが人間のそれには思えない程に俊敏で、異常な程に身軽に動き回っていた。
これが人類の、戦士として、魔導師として最高峰の存在なのだろう。しかしモンスターもモンスターでギルドでは特別討伐指令が出される様なもの達である、お互いに一歩も引かず、五分五分の戦いが続く。
「どうして……どうして、分かったのでしょうか? こんなにも離れていては探知魔法が届く訳がないのに……あんなに魔族軍の偵察や斥候の手が及んでない場所を選び抜いたはずなのに……」
ネフェリアは後方でその壮絶な戦いを見ながら、様々な事を考察し、ぶつぶつと呟いていた。
正直、魔族が此処を嗅ぎつけてくるなど予想外であった。敵は少数精鋭で巨大なケレテレスを全て偵察できる程の頭数は居ない、そして十二極術の一つに数えられる最高峰の探知系魔法、『監視者の瞳』ですら届かない程の距離はある筈だ。
なのに何故分かったのか、いくつかの考察の余地があるが、それ以上に自分の考えの甘さを痛感する。
「ネフェリア、危ない‼︎」
ラァダがネフェリアに怒鳴りつける。
彼女はその声を聞いて辺りを見渡すと、自分の周りに居た兵士達が切り刻まれ、辺りを地面を赤く染め上げていた。
次の瞬間、ラァダの目の前に軍服を身に纏った少年が現れ、首元にククリナイフを振るった。
斬り落とされたラァダの首が宙を舞い、しばらくしてから地面に落ちる。
「え……なに……?」
クレイムはそのまま地面を蹴り上げ、ネフェリアとの間合いを詰める。
ネフェリアの知覚出来ない速度で近づいた彼は、ククリナイフの柄頭でネフェリアの太腿辺りに強く打ち付ける。
「うっ……!」
ゴキッ、と骨が折れる音が聞こえると同時にネフェリアはバランスを維持出来なくなり、その場に倒れ込む。激しい痛みがやってきたのはそれからだった。
「お前は、神聖リユニオン帝国の四聖者の一人だな?」
「そうですが、貴方は……?」
ネフェリアは痛みで叫び出したい気持ちを強く抑え、落ち着いたトーンで話す。
「七代魔将の一人だ、それだけ言えば充分だろ。お前は有用性が高いからな、捕虜として連れて行く……そこの男と違って、命がある分ありがたいと思え!」
「くっ……」
ネフェリアは最後の切り札として、ロープの下に隠し入れていた無駄に華美な装飾が施されてた、ナイフと言ってもいいサイズの小さな短剣に手をかける。
(もしもの時にこれを持ってきといて助かった……使う時が来るとは流石に思ってませんでしたが)
ネフェリアが短剣を抜こうとした瞬間。
無数の光の塊が降り注ぎ、辺りの大地を目が開けられないほどの閃光が覆う。
「あ、あぁぐ……クッソ‼︎」
クレイムは余りにもの光量で、目に痛みが走る。とてもじゃ無いが、目を開けるのは不可能だ。
しかし、その光は不思議とネフェリアには一切の眩しさを感じさせなかった。
「ネフェリア様! ご無事ですか⁈」
辺りを覆う眩い閃光を掻き分けて現れたのは、一人の女騎士だった。
端麗な顔立ちで、ブロンドの長い髪で毛先に掛けて淡い青色となっている。
鎧はアダマンタイト特有の金属光沢を放っており、リユニオン聖教における主神であるブロマ・リユニオンの紋章が刻まれていた。