3.流行に乗ってみよう
「タピオカジュースって、流行ってるんだな」
「どうされたんですか? 藪から棒に」
「いや、ニュースでやってたから」
始まりはそんなやり取りから。
俺は暇つぶしに見ていたニュースで取り上げられていた話題を、何の気なしに少女へ提供した。なにやらオタマジャクシのようなものが入った飲料が人気らしい。
とりわけ、女子高生――シャルロッテのような年代の子に。
「どんな飲み物、なんですか?」
「えっと――こんなの」
興味を示したシャルロッテに、俺はスマホで検索した画像をみせた。
それを覗き込むと、彼女はキラリと目を輝かせる。そして、
「わっ! すごく可愛いです! それに美味しい、って書いてありますよ!」
外見年齢相応な反応を示した。
俺はそれを確認して、一つ頷いてからこう言う。
「それなら、買いに行ってみるか!」
「いいんですか!」
すると、シャルロッテは無邪気な表情を浮かべた。
こうやって見ると、やっぱり十代半ばの普通の女の子に見えてくる。女神であると言われても納得なのだが、女子高生と言われても違和感はなかった。
そんな女の子がそばにいるのに、炊事洗濯ばかりをさせるわけにはいかなかった。それに、俺自身もいまの流行には大変な興味がある。何故なら――。
「あぁ、いいぞ。俺も時代に取り残されたままは、嫌だからな!」
そういうことだった。
俺は仕事漬けの毎日でたくさんの時間を失った。
それならば、積極的にこれからを考えていきたいと、そう思ったのだ。――まぁ、そう思えるようになったのも、隣にいる少女のお陰なのだけれど。
「分かりました! それじゃ、行きましょうか!」
そんな彼女は、俺の意見に曇りなく同意してくれた。
一緒に生活するようになって数日。シャルロッテの明るさが、俺の固まっていた心を動かしてくれているように思えた。
◆◇◆
スマホでタピオカジュースを取り扱っている店を検索し、歩くこと数十分。この街でも比較的大きなショッピングモールに到着した。
平日の昼間ということもあって、客足は多くはない。
だから少しばかり繁盛する商店街、といっても差し障りないのだろう。
それでも、俺にとっては――。
「うわ……。少し見ない間に、こんなことになっていたのか」
十二分に、異世界の空気を感じる場所だった。
ある程度の知識はあっても、訪れなければ未知の地に他ならない。並んでいる店はどれも、まったく記憶にない物を売っていた。
タピオカも大概だったが、なんだろう――目が回る。
「大丈夫ですか、マサヒコさま?」
「え、あぁ。大丈夫……」
困惑する俺の気持ちを察してか、シャルロッテが俺の手を握ってくれた。
少しだけ強がるが、ちょっとだけキツいかも……。
「無理なさらないでくださいね? 私は、すぐ傍にいますから」
「あ、ありがとうな」
そう思っていたら、少女は腕を絡めてきた。
すると彼女の――決して小さくはない二つのそれが、強く押し当てられる。身体の芯が熱くなるのを感じたが、そこはどうにか自制心で押し止めた。
「さ、さて……。とりあえず、あの店だな!」
それでも、いつまで自律できるか分からない。
なので俺は頬が火照るのを感じつつ、前方の店舗を指差した。
「いらっしゃいませ~!」
前まで行くと、女性店員がにこやかに迎えてくれる。
「あの、すみません。タピオカジュースが欲しいんですけど……」
「はい! フレーバーはいかがいたしますか?」
「……フレーバー?」
が、注文の段階になってまたもや異世界。
俺は少しだけ眩暈を覚え、ちらりとシャルロッテの方を見た。すると彼女は冷静にメニューを指差しながら、こう助け舟を出してくれる。
「あ、私はこのバニラミルク、っていうのが良いです!」
――なるほど、フレーバーって味のことか!?
俺はそこに至ってようやく言葉の意味と、現実が合致した。
そうなれば怖いものなどない。ということで、こちらはカフェオレ味を頼んで、ドヤ顔を浮かべるのだった。そして、待つこと数十秒ほどだろうか……。
「ありがとうございました~!」
商品を受け取り、俺たちは手頃なところにあったベンチに腰かけた。
ストローを使ってタピオカジュースを堪能してみる。
「吸いにくいな、これ……」
「でも、美味しいですね!」
「まぁ、そうだな」
ふむ――見た目がオタマジャクシっぽくて抵抗はあったが、存外に美味しいじゃないか。タピオカジュース、試してみて正解だったな。
そう思いながら、俺はその食感を楽しんでいた。
すると、唐突にシャルロッテが――。
「あ、マサヒコさま。ちょっと交換しませんか?」
「へ……、交換だって?」
そんな提案をしてきた。
「え、いや。ちょっとそれは……」
「どうされたんですか? 耳まで真っ赤になってますけど」
――いや。だってそれ、間接キスになるじゃん?
俺は目を白黒させて、しどろもどろになってしまっていた。当惑している間に、首を傾げながらも少女は俺の手からジュースを取っていく。
そして、なんの抵抗もなしに……。
「ん~っ! こっちも、美味しいです!」
ストローに口をつけた――で、飲んだ。
頬に手を当てて、その程よい苦味にウットリとしている。
「あ、あわわわわわ」
そんな彼女を見て、俺は開いた口が塞がらない。
するとシャルロッテは、完全に思考停止に陥った俺を見て、おもむろに……。
「はい、マサヒコさまも!」
「はむっ!?」
自身のジュースのストローを口に突っ込んできた!
条件反射的にそれをくわえてしまった俺は、ドギマギしながらそれを飲む。
すると甘いバニラの風味が、口の中いっぱいに広がっていった。タピオカの食感も相まって、なんだろうか――不思議な時間が流れているように思える。
「どうですか、マサヒコさま!」
「お、美味しかった……」
「良かったです!」
俺の回答に満足したらしい。
シャルロッテは、カフェオレ味のそれを返しながら笑った。
「むぅ……」
「……いかがされましたか?」
でも、こちらの表情を見て首を傾げる。
どうやら俺が不満を抱いている理由を分かっていないらしい。だから、ここは一つしっかりと忠告しておくことにした。
「今回は俺だから勘違いされずに済んだけど、これからは禁止な? 誰にでもこんなことしてたら、いつか怖い目に遭うことになるぞ」――と。
それというのは、無警戒にこのような態度を取ることへのもの。
親心的なものからくる指摘だった。
だがそれを聞いた少女は、
「…………むぅ」
何故か膨れっ面になってしまった。
どうしたのか、と。そう訊ねるより先に、消えるような声で答えがきた。
「マサヒコさま以外に、こんなことしません……!」
そう言って、唇を尖らせるシャルロッテ。
少女の愛らしい仕草を見た俺は、
「ぐはっ……!?」
いよいよ、耐え切れずに倒れるのだった。
◆
で、その帰り道に俺たちはアパート近くの公園に立ち寄った。
ベンチに腰かけて、西へと沈みゆく夕日を眺める。
「美味しかったですね、タピオカ」
「うん。モチモチとしてて、面白い食感だった」
何気ない会話を交わして。
砂場で遊ぶ子供たちを見つめ、シャルロッテは微笑んでいた。
そういえば、異世界――俺の書いた小説の中には、どんな光景が広がっているのだろうか。彼女が子供たちを愛おしげに見守る姿に、そんなことを考えた。
「なぁ、シャルロッテ。そっちの世界は、どんな場所なんだ?」
「私のいた世界のことですか?」
「そうそう」
俺が訊ねると、ちらりとこちらを見てから考えるシャルロッテ。
そして数秒の間を置いてから、こう口にした。
「マサヒコさまが創造した世界ですから。とても優しい世界ですよ? 魔王は最終的に人間と和解して、今ではみんなが手を取り合って暮らしています」
それは、なんとも興味深い話。
俺は自身の頭の中にあった物語を思い返しつつ、自然と笑っていた。
「そっか、平和になったんだな。それは良かったよ」
「いえ。何よりも、マサヒコさまが心優しい方だったから、というのが一番です。もし他の方の手によって紡がれた世界であれば、こうはならなかったはずです」
「そんな、ものなのかな……?」
「はい、そんなものです。ですから私は――」
こちらの表情を確認してから、シャルロッテは一つ息を吸ってからこう言う。
「私は心から、マサヒコさまのことを敬愛しています」
それは、感謝と敬意だった。
キッカケは何気ない一つの行動だったけれど、結果として多くの人を幸せにした。無自覚な俺へハッキリと向けられた言葉だ。
少女はくすりと笑って、ベンチに置いた手に、その小さな手を重ねる。
そして、こう囁くのだった。
「私たちは、貴方を必要としていますから」
だから、安心してください。
だから、一人ではないです。
そこには、そんな意味合いが込められているように思われた。
俺は少しだけハッとして、彼女を見る。
「ふふふっ。マサヒコさま、ビックリしてます?」
「あ、あぁ……。少しだけ」
すると、そんな俺を茶化すようにシャルロッテは言った。
でもそれは、どこか心地の良いもので。幸せなため息が漏れた。
「少しだけ驚いたけど、それ以上に嬉しかった」
同時に思ったことが口をついて出る。
誰かに必要とされること。上司からはいつもコケにされて、存在を否定されて、当たり前に暴力を振るわれていた。そんな自分が、誰かに必要とされている。
それがとても、嬉しかった。
彼女は前に言った。
――ここにいてもいいんです、と。
いてくれてよかった、と。
それは単純なことのようで、何よりも大切なことだった。
「ありがとう、シャルロッテ。俺も、どれだけ感謝すればいいか分からない」
だから、俺は少女の頭を撫でる。
感謝を伝えながら、こちらもまた彼女のことを認めるように。
「えへへ……。ありがとう、です」
すると、シャルロッテは口をへにゃりとさせながら真っ赤になった。
なんとも愛らしい。自分に子供が出来たら、こんな気持ちになるのだろうか。
「さて。それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「はい!」
俺が言うと、少女は元気よく答えて立ち上がった。
明日もどこかに出かけようか。
そんなことを話しながら、二人で歩き出した。
タピオカ、意外に美味しいですよね。
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