If
僕と君の「If」の会話。
もし…
「もし、付き合いだしたとても清楚な彼女が、柄にもないヘヴィメタルが好きだったらどうする?」
君はそう言って、グラスに残ったアイスコーヒーを一気にストローで吸い込んだ。人がまばらな午後の喫茶店には、僕達以外には年老いたマスターがカウンターの向こうでスポーツ新聞を広げている以外、誰もいない。ただ、僕と君の声以外は、スピーカーから流れるスローテンポなジャスが流れるだけだった。
「もしの話をするのは君らしくないね」
僕はコーヒーカップに溶けているミルクを眺めながら答えた。
「まぁ、昔付き合ってた男の影響かな?とは考えるよ」
「なるほど。まぁそうだろうね。君はその後どうする?」
その後…どうだろうか?僕は目線だけを天井にやり、考える。
「キミは嫉妬深い男じゃあないと思うがね。」
虚空を見つめる僕に、君は一言付け加える。
「そうだね…あくまでも考え方次第だけど」
前置きをしてコーヒーを一口飲む僕を、君は好奇心旺盛な目で見つめているのが、どこか心苦しい。
「人によっては、悔しいだろうね」
僕の答えになるほど、と君はつぶやく。
「…彼氏とうまくいってないのか?」
どこか寂しげなそのつぶやきに、僕は尋ねた。きっと苦虫を噛み潰したような顔だろう。
「まぁ、そんなところさ」
あっけからんと答える君は、さらに質問を続ける。
「なぜ悔しいと考えるか教えてほしい所だね。」
何故、か。
「そうだなぁ。上手い例えは出てこないが…他の男の痕跡が残ると、独占欲みたいなものが刺激されるんじゃないかい?」
僕の答えは、恐らくあっているだろう。
「そうか…そんなものなのか」
拍子抜けしたような君の顔は、初めて手品をみた子供のように純真無垢だった。
「男は馬鹿な生き物だよ。それだけは20年男をやってる僕が断言する」
「キミがそういうならそうなんだろうね。きっと鑑定書や保証書の類が付属してくる位深い発言だよ」
そう言って軽快に笑う君の声に、カウンター越にマスターがこちらを一瞥するが、直ぐに新聞に目を落とすのが僕の視界の隅に映った。
「はぁ…」
一通り笑い尽くした君は、深いため息をつく。
「まぁ、確かに彼氏とうまくいってないのさ」
自嘲気味にそう言うと、僕の目をチラリと見る。
「…ここから先は、僕の立ち入る範疇じゃあないと思うがね」
「流石だ」
君の意図は手に取るように分かるし、君も僕の考えていることは分かっているはずだ。
「分かってて聞いたんだがね。キミみたいな物わかりの良い彼氏なら、僕もどれだけ救われた事か…」
その前で君はワザと大袈裟にテーブルに突っ伏してみせた。
僕は無言でコーヒーをすする。
「まぁ、多少吐き出してすっきりしたよ」
そう言うと、君は勢いよく体を起こす。
「悪いな。」
一言詫びを入れた僕は伝票をとり、カウンターへ向かった。
「いやはや、悩みを聞いて貰ってコーヒーまで奢って貰うとは…申し訳ないね」
店の外には、秋風が吹いていた。
「気にすんな。バイト代が入ったんだよ」
僕はそう強がりを言いつつも、外気温と同じくらい寒い中身の財布を鞄にしまう。
「そうか…まぁ、甘えておくよ。」
君はニコリと笑顔でそう言った。
「それでいいんだよ。君は」
「うん?」
どうやら、僕の言葉に疑問符が浮かんだらしい。
「だから、僕だけじゃない。彼氏の前でもそうやって甘えとけ。」
「ああ、なる程。女は愛嬌ってやつかい?」
すこし違う気もするが…
「そういうことにしとこう」
こういうことにしておいた方が、君のためさ。正直な君だ。きっと彼氏に全てを話したんだろう。
「まぁ、何もかも正直にならなくてもいいんだよ。男なんて、多少ヨイショで強がらせておけば」
「ありがとう、肝に銘じておくよ」
今にも泣き出しそうな曇天の下、ゆっくりと歩いていく。
「それじゃ、僕はこっちだから。」
ピヨピヨと音を立てる信号機の前で、僕は言った。
「ああ、本当に今日はありがとう、親友。」
「おう、また学校でな、親友。」
いつも通りのダブルミーニング、トリプルミーニングですね。全く能がない私ですが楽しんでいただけましたでしょうか?