エメラルド・グリーン
けんけん、と咳が出る。
私は麻のシーツの上で寝返りを打つ。
お父様は、遠い海の彼方においでなの。
私と同じ、エメラルド・グリーンの瞳をしたお父様は英国の大尉。
日本に来られた時に、お母様と出逢って恋に落ちた。
お国の事情で帰国しなければならなくなった時も、きっといつか、私とお母様を迎えに来ると約束された。
戦争がみんなを殺気立たせて、荒れた空気は私にも伝播した。お母様はそんな私を守るようにぎゅっと抱き締めてくれた。
私は病弱でベッドに伏せることが多かった。
うちはお父様がいらした頃に建ててくださった洋館で、そこここにステンドグラスが使われて、中にいると光と遊んでいるような心地になった。庭には蘇鉄の樹が植えられた。繁茂した蘇鉄が緑の葉を広げてまるでお父様の腕みたい。
けれど蘇鉄には毒があるのよとお母様が言う。
食用にも出来るけど、その手間は大変なものなのですって。
そう言うお母様の目は洞のように虚ろだった。
私は横になっている時、よく窓の外の青い空を眺めるけど、この空がお父様にも続いているのだと思うと不思議な心地になる。
それは自分を慰める行為でもある。
お父様は、きっといらっしゃる。
けんけん、と咳をするとお母様が切なそうに私の頭を撫でて、甘い飲み物をくれた。
それもとびきり上等の江戸切子のグラスに入れて。色はエメラルド・グリーン。私の目と同じ色。
貴方の目はお父様譲りね。
お母様はよくそう言った。
そう言う、お母様の声はどこか氷の欠片を含んでいるようで、私はお布団の下で手を握り締めた。
お母様はエメラルド・グリーンを愛していた。
今も愛している。
お母様の黒い目が大きくなる。
真っ黒が、日に日に大きくなって、私を呑み込みそう。
お母様。
大好きなお母様。
斜陽の淵にいるお母様。
けんけん、と咳が出る。
お父様。
もう戦争も終わりました。
早く迎えに来てください。
お母様は心が壊れてしまった。
私に毒を盛り続ける。
エメラルド・グリーンの瞳を待ち侘びます。
お父様。
早く私とお母様を助けて。
写真提供:空乃千尋さん