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ローズの薬屋へようこそ!

作者: かんな月

 昔ながらの立派なレンガ造りの建物が立ち並ぶ大通り。

 その通りにいささか不似合いなこじんまりとした薬屋がある。

『ローズの薬屋』という可愛らしい木の看板を見上げてから、俺は慣れた手つきで立て付けの悪い店のドアを開けた。いつものように、ドアベルが軽く鳴る。


「いらっしゃいませ――って、なんだ。リュカか」


 お店のカウンターに座ったまま挨拶した店主のローズは俺の顔を見るなり、一瞬で愛想笑いを引っ込めた。

 いつも通りの対応に苦笑しつつ、俺もいつも通り言い返す。


「俺だって客だぞ? 少しは愛想良くしろよ」

「ハイハイ。えー、あーあーあー」


 まるで歌手が音を合わせるように、わざわざ喉の調子を整える。

 そして、繰り出される必殺営業スマイル&トーク。


「いらっしゃいませ。ローズの薬屋へようこそ! 当店では一般的なお薬は勿論のこと、毒薬・劇薬・魔法薬。果ては非合法のちょっと危ないお薬まで、お客様のご要望があれば何でもご提供致します」

「おい。最後」

「非合法のくだりはいつもは言わないから安心して」


 言わないだけでやってるんかいっというツッコミは心の中に留めておく。

 藪をつついて蛇を出したら面倒だ。


「それより今日は何の用?」


 早々に営業スマイルを出し惜しみして通常運転に戻ったローズに俺もいつも通り答える。


「ああ。風邪薬を頼む」

「はいはい。『カゼヒキノンノン』ね。他にもピンポイントで効く『ネツサガール』『セキトメール』『ハナミズバイバイ』とかあるけど、どうする?」

「常備薬にするつもりだから総合的なやつで」

「じゃあ『カゼヒキノンノン』ね」

「つーか、もう少しどうにかならないのか? そのネーミング」

「何よ? 私の薬にケチつけるつもり!?」


 普段から自称天才美少女薬師とのたまっているローズが形の良い眉をつり上げる。

 確かに、薬作りの腕は良いし、可愛らしい顔立ちだとは思う。

 ただ、美少女については後ろに疑問符がつく。

 知り合った時から年齢不詳だが、おそらく二十歳は過ぎているはずだ。

 言ったら怒るので、口にはしないが。


「俺は別にローズの薬にケチをつけてはいない。商品名にケチをつけている。ひいては、ローズのネーミングセンスにケチをつけている」

「しょせん凡人には天才のhighなセンスが理解できないのね。仕方がないわ。悲しい事だけれどね」


 highなセンスじゃなくて、廃なセンスだろっと心の中でツッコミを入れる。

 口には出さない。


「確か『カゼヒキノンノン』だったら、奥の薬品棚に在庫があったはず……。あっ、そうだ!」


 カウンターの後ろに引っ込む寸前でローズがクルッと振り返る。

 その顔には、恐ろしいほどの愛想笑いが張り付いていた。


「ついでに『グングンノビール』と『スクスクソダーツ』もご一緒に如何ですか? これさえあれば、少し元気が無い庭木や植木の植物も見る見るうちに元気な姿に生まれ変わります! しかも現在キャンペーン中につき、二つセットでお買い上げいただいたお客様に限り二割引! 二割引でのご提供になります!! この機会に是非お買い求めください!」

「いらない」

「そんなこと言わずに。この間、調子にのって大量に作り過ぎちゃって在庫が有り余ってるのよ」

「だからって、押し売りは止めろ」

「ちぇっ。まあ、いいわ。すぐに『カゼヒキノンノン』持って来るから、ちょっと待ってて」


 口を尖らせながら、今度こそローズがカウンター奥の部屋へ消えて行く。

 手持ちぶさたになった俺は、何とはなしに視線を店内に巡らせる。


 棚に置かれた形の違う色とりどりの薬品ビン。

 その薬品ビン一つ一つに商品名のラベルが貼ってある。

 さすがに遠目で見ただけではラベルの文字まで読み取れないが、恐らくハイ(笑)なセンスの商品名が貼られているのだろう。

 さらに視線をカウンターまで移すと、何故か小さな薬品ビンが一つ無造作に置かれている。

 俺は思わずその薬品ビンを手に取った。

 その薬品ビンには商品名が貼られておらず、代わりに赤で大きく返品と書かれたラベルが存在感を主張している。


 ローズは、性格はアレだが薬作りの腕は確かなはずなのに、返品なんて珍しいこともあるものだとぼんやり考えていたら、ローズにいきなり声を掛けられた。

 びくっとしながら視線を移すと、注文した風邪薬(商品名は絶対言わない)を片手に持ったローズがカウンター越しに俺の手元を指差す。


「あっ、その薬」

「ああ、悪い。勝手に見て」

「いや。そんな所に無造作に置いてた私が悪いんだから、別にいいんだけど……」


 さすがに返品なんてばつが悪いのか、ローズの歯切れが悪い。

 今回の件は、俺にも落ち度があるため、何となく罪悪感を抱く。

 その感情がおそらく俺の判断力を鈍らせたのだろう。

 気付けば、口からこんな言葉が漏れていた。


「それにしても、ローズの薬が返品なんて珍しいな。何の薬だったんだ?」

「――――それ、訊いちゃう?」


 キランとローズの目が鋭く輝いたのを見て、俺は自分の失言に気づいたが、すでに踏み抜いた地雷は元には戻らなかった。


「大好きなあの人に想いを伝えたい。でも勇気が出ない。そんな貴方にオススメ! その名も『ドキドキホレール』」

「どきどきほれーる?」

「使用方法は簡単。好きな相手と二人きりの時に飲ませるだけ! 無味無臭・無色透明だから、何にでも混入可能で使いやすいっ」

「混入すること前提かよ!?」


 華麗に口からツッコミが飛び出す。


 仕方ない。

 これはどうしても心に留め置くことが出来なかった。

 俺もまだまだ修行不足だな。


「ちなみに効能は『ドキドキホレール』を飲んで最初に見た異性に好意を持ちます――というのは建て前で、実際は絶対服従。踏もうが、舐めようが、頭髪を根こそぎ奪おうが、貴女への愛が溢れて止まりません! まさに愛の奴隷!!」

「恐ろしい薬だな」

「ただし薬の効果が切れた後のアフターケアは一切ありません。使用時は自己責任でお願いします。なお個人的には『愛の奴隷』状態の時に弱みを握っておくことを強く推奨しております」

「ローズは一度、犯罪者として牢屋に入った方がいいな。あっ、もしかして返品の理由はこれか!」


 ローズの説明を聞いて依頼者も良心の呵責かしゃくを感じたのだろう。

 しかし、ローズにこんな薬の依頼をする人間がまともな神経をしているはずが無かった。

 ローズは、俺の台詞を完全に無視して話を続ける。


「ただ精神に作用する薬は調節が難しいのよね。効き目が強過ぎると『呪い』になるし、弱過ぎると時間によって効力にバラつきが出るし。今回も『これじゃあ、ドキドキホレールじゃなくて、トキドキホレールだっ!!』て言われて返品されちゃったのよね。全く、困ったものだわ」


 濁点が有るか無いかで、えらい違いだな。

 というか依頼者……。


「そういえば、効き目が強過ぎると『呪い』になるって、どういうことなんだ?」


『呪い』と『薬』。

 不穏な二つのキーワードには触れない方が良いと分かってはいるが、溢れ出る好奇心には勝てなかった。


「簡単に言うと、服用してから効果が一定時間続く物を『薬』。永続する物を『呪い』っていうのよ。中には『呪い屋』っていう呪い専門店もあるみたいだけど、ウチは『薬屋』だからね。『呪い』の類は置いてないの。だから、安心安全。健全な商売をお約束しております!」


 どの口が健全な商売とかほざいた?

 健全という言葉の意味を今一度辞書で確認する事をオススメする。


「ただ天才美少女薬師としては、返品されたままで終わるのはモヤモヤするわけよ。というわけで、『呪い』一歩手前まで効力を極限まで強めた『ドキドキホレール改』が何とここにっ!」


 ローズが大袈裟な芝居を打ちながら、サッとカウンター裏から青い小瓶を取り出す。


「リュカ。試しに飲んでみない?」

「飲むわけないだろ」

「そんなこと言わずに。借金の保証人欄に名前書かせたりしないから」

「信用できるかっ!」

「ちぇっ。……イヤだ、私ったらお客様にお茶も出さずに。すぐ用意するわね」


 オホホホとわざとらしく笑い声を上げるローズを一瞥しながら冷たく言い放つ。


「分かりやすすぎだな。いいから早く風邪薬を寄越せ」

「ハイハイ。すぐ袋に詰めるから」


 俺に背を向けて、何やらゴソゴソと薬を紙袋に詰めるローズ。


「はい、お待たせしました。お代は……はい、ちょうどですね。毎度ありがとうございます!」


 俺から受け取った薬の代金をしっかりと握り締め、ローズが極上の営業スマイルを浮かべる。

 しかし、すぐにニヤリと不敵な笑みに変わった。


「あと、さっきの薬、サービスで入れといたから。好きな相手に使ったら感想聞かせてね」

「おいっ!」

「良いじゃない。これで脱・童貞も夢じゃないわよ?」

「ふっざけるな!」

「えっ、違った?」

「違わねぇよ! 童貞だよ!! つーか、何言わせんだっ」

「勝手に言ったクセに」


 ローズが不満げに口を尖らせる。


「まあ、良いじゃない。使いたくなかったら、使わなければいいんだし。でも使ったら……よろしくね」


 まだまだ文句は山のようにあったが、ローズにウインク一つで無理やり追い返された。



 ◇ ◇ ◇



 それから数日後。

 俺は再び『ローズの薬屋』を訪れた。

 立て付けの悪いドアを開けると、ドアベルがいつものように軽やかに鳴る。


「いらっしゃいませ――って、何だ。リュカか」


 カウンターに座ったローズがあからさまに残念そうな顔をした後で、ふと何かに思い至ったのか突然愛想良く話し掛けてくる。


「あっ、もしかして例の薬の感想聞かせに来てくれたの?」

「まだ使ってねーよ」

「あっ、そう」


 態度も声も地の底に落ちたローズに呆れつつ、俺はいつもの台詞を放った。


「俺、客な」

「ハイハイ。えー、あーあーあー。――いらっしゃいませ。ローズの薬屋へようこそ! 只今キャンペーン中につき『オハダスベスーベ』『ウルオイタップリ』『ムダゲサラバ』の美容三点セットをまとめてお買い上げ頂いた方のみ、何と三割引! 三割引でのご提供になります!! この機会に是非お試しください」

「押し売りするつもりなら、せめて目の前の顧客に合わせた物を勧めろよ」

「それじゃあ……コレ。頭髪が寂しくなった一部の男性に大人気! その名も『ツルピカナオール』。大好評につき、今ならお値段据え置きで10%増量中!! この機会に是非お試しを」

「俺の髪はまだフサフサだっ!」

「じゃあ、要らない?」

「……必要になった時は是非お願いします」


 クソっ!

 だって、仕方ないだろ!?

 父も祖父も曾祖父もみんなハゲの遺伝子には逆らえなかったんだよっ!!


 敗北した俺をクスクス笑うローズに恨みがましい目を向ける。


「折角、今日は手土産を持って来てやったのに、そんな態度だと」

「何? 手土産って」


 俺が言い終わるのを待たず、ローズが食いぎみにカウンターから身を乗り出す。


「あっ、ケーキ?」

「ああ。この間、三番通りに開店したばかりの店のオススメ品をいくつか」

「やった! あっ、いけない。私ったらお客様にお茶もお出ししないで。すぐ用意するわ。折角だし、奥で一緒に食べましょ」

「店はいいのか?」

「ちょっと早いけど休憩中の札を掛けとくから平気平気」


 ルンルン気分で入口の札を休憩中に掛け替えて、ローズがカウンター裏へ消えて行く。



 それから、十数分後。

 俺は、店の奥にある生活スペースに通された。


 使い込まれた味のある小さな木製のテーブルと向かい合うように置かれた二脚の椅子。

 その内の一脚に座ると、ローズが俺の目の前にお茶とケーキを置く。

 続けて、向かいの席にもお茶とケーキを並べてから、ローズも空いている椅子に腰掛けた。


「うわぁ。美味しそう! いただきまーす」


 ローズが生クリームたっぷりの苺のケーキにフォークを突き立てる。

 そのまま、パクパクと数口食べ続けたのを静観してから、俺はニヤリと笑った。


「ローズ」

「うん。何? あれっ、リュカは食べないの? お茶も飲んでないじゃない」


 口の回りに生クリームをつけたローズが俺の手元を見て首を傾げる。

 俺は意地悪い笑みを浮かべると、口を開いた。


「薬入りのケーキの味はどうだった?」

「え?」


 ローズの手からフォークが落ちる。

 そして、せわしそうに視線がケーキと俺の顔を往復する。


「――さっき、薬はまだ使ってないって」

「その時は『まだ』使ってなかっただろ?」

「……」


 顔面蒼白で挙動不審なローズなんて初めて見る。

 どうやら、思った以上の効果があったらしい。


「――なんてな」


 さすがにこれ以上はかわいそうなので、俺は明るく笑いながら、ローズに押し付けられた例の薬を懐から取り出した。

 テーブルの中央に小瓶を置くと、ローズが目にも留まらぬ速さで奪い去る。


「あれ? 減ってない……」

「嘘だよ」


 小瓶の中身を確認しているローズにネタばらしをする。


「ケーキに薬なんて入ってない。そもそも一滴だって使ってない。ただ、こういう事もあるんだから、いくら客から頼まれたとはいえ、何でもかんでも簡単に請け負うな。いつか痛い目みるぞ」


 いつもなら何かしら言い返して来るローズも、今回ばかりはシュンと項垂うなだれる。

 十分反省しているようだし、これ以上追い打ちを掛けるのも良くないかと、場の空気を変えるためティーカップに指をかけた。


「この話はここまでにして、気を取り直してお茶にしようか?」

「あっ」


 ローズの小さな呟きに、俺は口に運ぼうとしていたティーカップをテーブルに戻した。


「……何盛った?」

「なっ、何も入ってないわよ。変な言いがかりは止めてくれる?」


 強気に言い放つローズだが、その目は明らかに泳いでいる。


「そうか。なら、飲んでみろよ。コレ」

「そ、それは……」

「飲めるだろ? 何も入ってないなら」

「うっ! ううっ!」


 しばしの葛藤かっとうの後、覚悟を決めたローズが「借金の保証人だけは……」と言い残し、潔く呪い一歩手前の薬入り茶を煽った。



 ◇ ◇ ◇



「おいっ、聞いたか?」

「聞いた聞いた! 何とあのローズが心を入れ替えたとか」

「俺、初めて押し売りされなかったよ」

「私なんて、色々迷って結局買わなかったのに笑顔で『ありがとうございました』って言われたわ」


 あの日から十日後。

 街中を歩いていると聞こえてくるローズの噂噂噂。


 ローズ……。

 普段どれだけ評判悪かったんだ?

 あまりの事に涙を禁じ得ない。


「でもさぁ。いつ行っても笑顔のローズって、ちょっと怖いよな」

「そうそう。あの無愛想な感じと営業スマイルの露骨さがいい味出してたのに」

「私は意外と押し売りされるの楽しみだったのよね。特にあのネーミングセンス(笑)」

「まあ実際、無理やり買わされた事なんて一度も無いしな」


 優しい笑い声を聞きながら、俺は心の中で「心を入れ替えたローズは期間限定だからお早めに」と呟いた。

 そして、足早に大通りへ向かうと、ローズの薬屋のドアを開ける。

 立て付けの悪いドアに取り付けられたベルがチリリンと音を奏でた。


「いらっしゃいませ。ローズの薬屋へようこそ!」


 笑顔のローズが出迎えてくれるのも、今日まで。



(完)


最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! 二人の会話が可愛かったです。 期間限定の良い人ローズ、明日からは薬の効力切れで通常営業なんですね♪ お互い好意は抱いていないのかしら? 薬の力を借りて、ローズとリュカがく…
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