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英雄支援隊の活動記録 ~英雄達の裏ではこんなことをやっていました~

作者: 甲田ソーダ

ある国には「英雄」と呼ばれる者達が存在する。



世界最悪の犯罪組織と戦う選抜された人たちのことだ。



そんな彼らを助けるために組織された隊が作られた。



『英雄援護隊』



彼らの主な仕事は援護射撃。



主な攻撃部隊は英雄だが、それだけでは当然人不足である。



そんな彼らとは戦力では確かに劣るが、それでも戦闘力が高い人々で編成された隊。



それが『英雄援護隊』



幹部クラスの者になると、その実力は英雄達とは大差ないほど強さを持っている。



国民を直接守っていることからも、国民(彼ら)からの信頼も厚く、人気も比例して高い。



しかし、この記録はそんな『英雄援護隊』の話ではない。



英雄を援助する隊はその他に、もう一つある。



国民からは「税金泥棒」と罵られ、国の貴族達からも「無能ども」と見下げられた者達の集まり。



ヘラヘラと彼らの悪口を流して、必死に国民達のために命を張った者達の活動記録。



戦闘力なんてほぼ無に等しいのに、陰から必死に国を支えていた。



その者達の名は――





『英雄支援隊』





――――――――



活気にあふれていることが、王国の外からも確認できるほどに、王国内はお祭り騒ぎだった。



王国の玄関ともいえるその立派な門の中をくぐった先には、人々の道ができていた。



その人の道を堂々と歩く者達は、一部を除いて、一目で激戦だとわかる痛ましい傷を身にまといながら、しかし、堂々とした様子で歩いていた。



「すげぇ! すげぇよ、アンタら!」

「けど、あんまり無理しないでくれよ!」

「俺達の明日はアンタらにかかっているんだ!」

「次も頼むぜ!」



その満身創痍の人々に、国民は声援を送る。



その声援だけで、中心いる彼らは傷が癒えるような想いをする。



しかし、最後に入ってきた部隊を見た途端、突然、人々は目の色をガラリと変えた。



それは、どこまでも冷たい目だった。



「ハッ。相変わらずきれいな体してんな」

「今日も英雄様達の後処理かよ」

「おい、後でこの辺のゴミ拾いしとけよ」

「何でこんな奴らに、俺達が金を取られるんだ」



さっきまでの声援がまるで嘘のように、次々と暴言が最後の部隊に向けて、吐き出される。



ある者が投げたゴミが、その部隊の先頭にいた青年の頭にポカンと当てられた。



けれども、その青年はそれに怒る様子を一切見せず、ヘラヘラと笑みを浮かべるのみ。



そのとき、追い討ちをかけるような言葉が響いた。



「使えねぇ」



と。



その言葉に何人かがピクリと反応する。が、先頭の青年が片手をかざすと、その者達は悔しそうに下唇を噛んで俯いた。



ひどい光景が後ろで起きているというのに、前にいる人気者達は誰一人後ろを振り向かない。



それが当然であるかのように。



彼らに仲間はいなかった。



誰からも疎まれる、苦痛を与えられ続ける日々。



なんで俺達がこんな目に、とどれだけ思ったことだろう。



敗戦した人々のように歩く部下達を見るに堪えかねたのか、青年が顔を半分だけ後ろに覗かせて。



「今日も最高の働きだったよ」



その言葉だけが、彼らにとって救いだった。



――――――――



城に入ると、彼らは誰にも気付かれないように兵舎にすぐ移動した。



「いやぁ、今日も相変わらずの応対だったね」



兵舎に入ると、先頭にいた青年が笑ってそう切り出した。



「隊長はよくあれに耐えられますね」

「ん?」



グッタリとした様子で椅子に座った女性がそう言うと、青年はポカンと首を傾げた。



「だって僕達がどこよりも怪我していないのは事実じゃない」



証拠を見せるように大きく手を広げると、確かに青年の体には泥はあっても傷はない。



それは座っている部下達も同じである。



しかし、女性は呆れるように首を横に振った。



「そっちではありませんよ。隊長」



女性の隣で、大きく足を広げてて座る、体格のよい男性も、うんうん、と頷きながらそれに同調する。



「俺達が言っているのは最後の言葉ですよ」

「最後の言葉……? ……あぁ、あれ」



いかにも今まで忘れていた、という顔を青年はしたが、それ以外の皆は全員忘れてはいなかった。



『使えねぇ』



あの言葉だけは、見逃す訳にはいかなかった。



「俺達がいなかったらってこと。全然考えていませんよ、あれ」

「まぁ、そうかもねぇ」



それでも、青年の顔はまったく崩れない。



「まぁ、それは何? 慣れてるからね」



気持ちはわからなくもないけど、と最後に付け足す。



けど、他の者達は同じように割り切れない。



「僕達はあくまで縁の下の力持ち。別に国民に僕達の活躍を知られていなくたって、僕は別に構わない。……むしろ逆くらいさ」

「逆、ですか?」

「うん」



彼らの兵舎は城の一階にある。そのせいで、他の部隊とは違って町を見下ろすはできない。



しかし青年は、自分と同じ目線にある町を見渡して、その景色を楽しむ。



何でもない日常を心の底から楽しむように、明るい声を部屋に響かせる。



「誰も気が付かないってことは、要は、僕達がそれだけ事件を小さくできたってことなんだと、僕は思うんだよ。戦から帰ってくる英雄達を、何事もなく笑顔で迎えるのが国民の仕事。英雄達はその笑顔を武器に、また戦場に向かっていく。『国民の笑顔を守る』のが英雄や援護隊の仕事。けどね、僕達の仕事は『笑顔を作る』ことだと思うんだよ。実を言うとね、僕は嬉しいくらいさ。僕達を貶す彼らを見ることがね。僕らを貶して、それでも今日も、国民が笑顔で英雄達を迎えてくれたことが。僕はとても嬉しかったんだ」

「相変わらず、体調はどこかズレてますよ」

「そうかな?」

「絶対そうですよ」



けれども、お世辞とか自分達を励まそうと言っているわけではないことが素直にすごいと思う。



これが隊長の本心なのだと。本音なのだと。心に響いてくる声をしている。



「隊長には敵わねぇよ」



フッと男が笑うと、周りにいる者達も笑い始める。



暗い空間だった部屋の中も、気付けば笑顔と笑い声であふれていた。



すると、突然「静かにしろ」と言わんばかりで、兵舎のドアを思い切り叩かれた。



ビクリと隊長が驚いたのを、部下達は見逃さなかった。



そこで、



「……隊長はこれも許せる系?」



と、挑発的を質問をしてみると、青年は今までとは少し違う笑みを見せて。



「さすがに今のはちょっとイラッとしちゃったよ」



その言葉に全員が腹を抱えて笑った。



――――――――



森の中を必死に走り回る音と、誰かの叫び声が轟いていた。



「待ちやがれ! この野郎!」



その声の主は図体の大きい男で、必死な形相で森を走り回っていた。



見た目どおりのその大きな体は、やはり走りを得意としないようで、なかなか相手との距離を詰められない。



むしろ、どんどん離されていく。



「クソォッ!」



それでも諦めず必死に追いかけるが、体力が削られていくばかりで、どんどん差をつけられる。



すると、その追いかけられている相手の前に女性の姿が見えた。



「あ、やべぇ!」



男がやってしまったとばかりに声に、女は振り向いて――



「おぉ~。よしよし。いい子だね~」



その豊満な胸で、何事もなくしれっと『その子』を受け止めた。



「あぁ~! くそぉ! また負けたぁ!」



心の底から悔しそうに頭を地面に擦りつける男を、女は不敵な笑みを浮かべて見下ろす。



「私に勝とうなんて百年早いわよ」

「なんだとぉ!?」



顔上げようとした男の後頭部を足で押さえつけると、



「ふふふ」



女は得意気に笑って、足をグリグリと擦りつける。



「ぐっ」



屈辱的だと言わんばかりに顔を赤くする男。



それを、女が笑っていると、ふと、後ろからガサゴソと草が揺れる音がした。



「あ、隊長!」

「た、隊長!?」



女の言葉に男が顔を真っ青にする。



見られたくないものを見られてしまった、とばかりに。



「えっと……。何やってるの?」



隊長と呼ばれた青年が、その光景に思わず尋ねた。



「ち、違うんですよ! こ、これはですね!」

「隊長、この人。こういう趣味の持ち主なんですよ」

「なっ! お前、そんなわけねぇだろ!」

「でも、顔が真っ赤じゃない。興奮しているんでしょ?」

「違うにきまってんだろ!」



羞恥から逃げようと、男は地面に顔を自ら押しつけるが、それでは逆に情けなく見えてしまうことに気付いていない。



そこで青年は女性に、



「とりあえず足、離してやってよ」

「えぇ~。まぁ、隊長がそう言うなら……」



足を男の後頭部からどかすと、男は女を睨みつける。



「後で憶えてろよ……!」

「やだ。怖い怖い」



下手な怯える演技をする女は、先ほど捕まえた『その子』を守るように抱きしめる。



「こんな男に追いかけられるなんてなんて可哀想なのかしら」

「んだとぉ……!」

一匹・・も捕まえられない男がすごんでもねぇ」

「ぐぐぐ……」



喧嘩を始める二人の間で、青年は「はぁ」とため息をつくと、



「喧嘩は後にして。今はそれより」



女性に抱きしめられている『その子』の頭を撫でた。




「国の保護動物に登録されている【ニジシカ】の保護が優先だよ」




今回の彼らの仕事は、国の保護動物であるニジシカの保護。



今はこうして平和そうに見えるこの森も、近いうちに戦場となる。



戦場になれば、この森にいる動物たちも巻き込まれてしまうだろう。



今や、ニジシカはこの森にしか生息していない希少動物。



この森のニジシカの絶滅は、ニジシカという動物の消滅を意味する。



「かつては存在した」過去の動物となってしまうのだ。



青年に触られたニジシカは、そんなことも知らず、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴く。



「後でこの子の体を洗った方がいいわね。こんな男に追いかけられちゃってかわいそうに……」

「俺は触ってねぇだろ!」

「捕まえるのが下手だものね」

「うぐぐ……!」



墓穴を掘らされたような男が、恨めしそうに女を睨む中、青年は帰る支度を済ませていた。



「二人とも。ほら、早く帰るよ」



そんな青年の後ろをニジシカが当然のようについていくのを、男は羨ましそうに見つめる。



「動物と話せる魔法を持っているお前はまだしも、なんで隊長はあんなにも動物にすぐに懐かれてんだよ……」

「それに関しては同感ね。隊長ってば、今ドラゴンを飼っているようだし。子どもだけど」

「マジで言ってんの? ドラゴンって多種族には懐かねぇって話じゃねぇのかよ」

「本当よ。ついこの間『ドラゴンが最近自分で餌を獲りに行き始めた。僕の餌じゃ物足りないらしいんだけど、どうすればいいかな?』なんて聞かれたわよ。そんなの知るわけないでしょ」

「あぁ……あるある。そういうこと」



自分にはできないことをしている相手から言われることを考えて、男もげっそりとした様子を見せる。



もしかしたら、男にも身に覚えがあるのかも知れない、と女は思う。



何が一番タチが悪いのかというと、青年に一切の悪気がない点だ。



責めるにも責めれない。



そんなことしたら、あの隊長のことだ。これ以上なく申し訳なさそうに謝ってくるに決まっている。



「二人とも~?」



そんな部下達の苦労を知らず、早く帰ろうよ、と呼ぶ年下の隊長。



「「……はぁ」」



二人のやけに疲れた様子に首を傾げるのだった。



――――――――



ある日、彼らは村にいた。



「近いうちにここは戦場になります。ですから――」

「いいや! 儂たちはこの村を離れる気はない! 死ぬときはこの村と一緒だと決めているんだ!」



村の長と思われる老人が青年の説得をつっぱねる。



青年は困ったように後ろの二人を見るが「隊長ができないことを自分達にどうしろと?」というような表情を浮かべる二人。



「帰れ! 王国のゴミが!」



村を締め出された青年は珍しく真剣な表情で考えていた。



「あの村長さえ何とかできれば……なんだけどね」

「えぇ。見る限り、あの村長だけが反対している感じだったわね。後ろの村人達がかわいそうに私達を見てたわよ」

「けど、ゆっくりもしていられないし」



青年の発言に彼らの空気がピシャリとさらに引き締まる。



いつ戦が始まるのかなんて誰にもわからない。



王国側が戦をまだ始めたくないと思っていても、敵が待ってくれるはずもない。



近いうちに、と青年は言っていたが、正直な話。それは明日かもしれないのだ。



予想外なことが起きる可能性は何をしたってあり得る。



「どうしますか、隊長?」

「普通に交渉していてもダメよね……」

「そうだね……」



何かいい策はないかと、頭を悩ませる青年は突然「あっ」と何かを閃いたように、手をポンと叩いた。



「これならいけるかも」

「本当ですか!?」

「さすが隊長!」



その案を説明すると、彼らは「それしかない」と顔を明るくした。



それが最善であると口を揃える。



しかし、その案を思いついた青年だけが不安そうな顔をする。



「けど、この方法はなかなか時間がかかるんだよねぇ」



さっきも言ったが、時間との勝負だ。あまりゆっくりもしていられない。



もっと他にいい方法はないか、と考えようとするが。



「いや! それが一番早い方法ですって!」

「そうですよ。その案でいきましょう」

「早速準備しないと!」



と、仲間達がすぐにその準備を始める。



他の可能性考えている暇があるなら、先に思いついたことを行動して少しでも早さを求めるべきだ。



やるべきことが決まった一同は俄然やる気を増していく。



あっという間に準備を終えた彼らは、今日の夜にも出かける準備をした。



選ばれたのは体格がいいだけの男とその他少数の人だけ。



それ以外は依然、ここで待機だ。



「もちろん、何かいい方法を思いついたら、俺達を待たずにやっちゃってください! こっちはなんとかしますので」

「大丈夫?」

「任せてくださいよ!」



青年にビシッと親指を立てる男を不安そうに見つめる女。



それに気付いた男がニヤリと口の端をあげた。



「なんだよ。珍しく俺を心配かよ」

「えぇ、心配よ」

「なっ……!?」



予想外の言葉にドキリとした男は、自分の顔が熱くなるのを感じた。



「あなたみたいな筋肉ダルマがお偉いさん方に交渉できるのかって」

「だと思ったよ、クソ野郎!」

「女性に向かってクソ野郎なんて。ひどいわねぇ」



相変わらず可愛くねぇ奴だ、と改めて思い直すと、男は手頃な石を自身の足下に置いた。



「三日後にここに」

「頼んだよ」

「あぁ! やっぱり俺には隊長しかいねぇよ!」

「あ、ついでに、僕の部屋の前にシドラのご飯置いといてね。部屋の鍵は開いているけど、開けない方がいいよ」

「任しといてください!」

「パシリにされているのにも気付かないなんて、ホント、アンタって馬鹿ね」

「あぁ? なんか言ったか、この野郎?」



最後まで喧嘩するなよ、という周りからの視線に咳払いをすると、男はドンと自分の胸板を叩いた。



「それでは行ってきます!」



と馬に乗って、走り去っていった。



青年は残った者達を見ると、



「僕達もやれることはやろう。彼も言っていたけど、交渉とか、ね」



そう言って、寝る間も惜しんで、村人達、特に村長の説得について考え始めた。



――――――――



三日後。



村との交渉部隊は隊長を含め、疲れた様子を見せていた。



思った以上に村長の意志が固いのだ。



まだか、まだかと、隊長もあるものを待ち望んでいた。



「そろそろと思うんだよなぁ」

「筋肉ダルマがちゃんと仕事を果たしていれば、ですが」

「彼はあぁ見えてちゃんと仕事をする人だよ」

「……知ってますよ」



すっかり野宿で、女の命とも言える髪を、ぼさぼさにしてしまった女が、遠くの空を見ていると、キラリと何かが太陽光を反射した。



「来ましたね」

「やっぱり彼の魔法は役に立つね」

「自分がしっかりとイメージした場所にしか投げられないのは難点ですが」

「魔法にデメリットはつきものだよ」



空から向かってくるそれは一枚の紙だった。ぴらぴらと、まるで羽のように空を泳いで、ゆっくりと三日前に男が置いた石の上に着地する。



その紙を拾い上げた青年は、緊張の面つきで紙をゆっくりと広げた。



そして、パァッと青年は子どものような笑みを見せて、



「許可が下りたよ!」



と、証拠を見せるように、皆に紙の内容を見せびらかす。



「よし! それなら早速説得再開だね!」



もう時間はないと走る青年は心の底から嬉しそうだった。



――――――――



ついに戦が始まった。



今回の相手は毒の使い手らしく、当然魔法も毒系統の魔法であった。



英雄達はその毒の使い手を倒しに森の中へと入っていき、外で数人だけ、中の様子を遠目で見守っていた。



その中には、当然彼らもいる。



毒の使い手である以上、戦闘終了後、必ず森に甚大な爪痕を残すことはすぐにわかっていた。



その毒を処理するのも彼らの立派な仕事。



といっても、配布された毒の中和剤を森全体にばらまくだけだが。



「今日も勝てますかね、隊長」

「わからないけど、やっぱり勝ってほしいよね」

「勝ってもらわないと、私達の国は終わりよ」



相変わらずの三人が呑気に口を叩いている間も、森の中では轟音が鳴り響いていた。



草木が倒れる音がその戦闘の苛烈さを教えてくれる。



「俺達が鬼ごっこしていた森が、こんなにもあっけなく倒れていくなんてな」

「鬼ごっこ、というよりシカごっこだと思うけど」

「でも、これでも最小のダメージだと思うよ」



この森の中に動物達がいたと思ったらゾッとする。



人間の戦に、無関係の動物を巻き込むのは、やはりいいものではない。



「隊長、隊長。『あれ』で今戦闘がどうなっているかわかるんじゃないですか? 教えてくださいよ」

「いや、『あれ』を使ったところで誰がどれなのかわからないし」

「試しにっすよ。試しに」

「ちょっと。隊長が困ってるでしょ」

「なんだよ。今、使えねぇ魔法は黙ってろ」

「それはアンタもでしょう」

「まぁまぁ。二人とも」



相変わらず、いつどこでも喧嘩ばかりしている二人。



しかし、実は相性がいい二人を見ていると、こんなにも心が和むのはなぜだろう。



「少しくらいなら大丈夫だよ」



青年の承諾に、女は心配そうな表情をむけて、



「無理、しないでくださいよ?」



と、言ったが青年は、



「これくらいなら全然」


と、女の心配をよそに、ゆっくりと目を閉じる。



そして、カッと目を見開くと、その目は、いつもの青年の目ではなかった。



「……」

「……隊長?」



目を開いてから、ピクリとも動かない青年を男は心配そうに見つめる。



「隊長、何か見えました?」

「……どうなってやがる・・・・・・・・?」

「えっ?」



いつもの優しい口調が消えていた。



だが、男達にとって、そんなのは些細なことでしかない。



「どうしたんですか?」

「おい! 準備をしろ!」

「え、隊長!?」



いきなりどうしたのか、と尋ねようとする男の肩を、女は引き留める。



「何かいけないものを見てしまったようね。魔力の流れを見ることができる、あの眼で」

「おいおい。マジかよ……」



何があるのかまでは青年にもわからなかった。



青年の目が何かを見ているのは間違いない。



けれども、何もないはずのところをチラチラと何度も確認するように見ている青年を疑うことはない。



「準備はいいか!?」

「大丈夫です!」

「行くぞ!」



そう言って彼らは森の中へ歩いて入っていく。



森の中で馬を使うのは得策ではないと判断したのだろう。



他の部隊が、そんな彼らを、死地に飛び込む哀れなバカ共、と嘲笑う。



だが、彼らはそれを気にもならないと、青年の後ろをついていった。



――――――――



青年の後ろをついていく部隊は、青年が足を止めると、当然、足を止めた。



「これか……」

「隊長、これは?」



青年の見つめる先には、四角い小さな箱が、ポツンと置かれていた。

大きさにして一辺8㎝ほどの紫の立方体。真上の面には数字がゆっくりと減っているのが見て取れる。



「爆弾……いや、毒ガス発生装置ってところか。しかも、時限式」



その言葉に周りがどよめく。



「おい、あまり声を出すなよ。敵にバレる」



十中八九、この装置を設置したのは敵方だろう。



この森ごと英雄達を抹殺するつもりだ。



相手は毒の使い手。自分の毒に死ぬはずもない。



「つまりは時間稼ぎの戦闘ってわけだ。この装置が相手にとって、最大の切り札。そんな装置の近くに、俺達がいるとバレてみろ。たちまち、狙われるぞ」



ここにいるメンバーの誰一人、戦闘力は皆無。狙われたら逝く道しかない。



そのとき、大きな揺れが森全体を揺らす。



士気を高めるような雄叫びまで聞こえる。



「どうやら英雄達が押しているようだな。勝敗は決まったようなもんだろ。戦闘の方はな」


相手ももともとそのつもりだったのかもしれない。



自分では英雄達には勝てない。



けれども、その命と引き替えに英雄数人の命を奪えるなら安いものだ。



そんなところだろう。



「させるかっての」



青年は躊躇せずに立方体を拾い上げる。



森が何度も揺れているのに爆発しないということは、動かしても問題ないことを証明する。



だが。



「これをどう処理するか」



屈強な体を持つ英雄の命を奪うための装置。強力すぎる毒ガスに決まっている。



この短時間で、この場で処理するのはほぼ不可能だろう。


「投げますか? 俺の力で」

「どこに投げるつもりだ?」

「海とかはどうでしょう?」

「ダメだ。それでは海の魚が毒に侵される」



どこかの山であってもそれは同じだ。



一見、どこか無関係な場所に飛ばそうが、かならずその毒ガスの影響が生じる。



「ならどこに?」

「それを今考えているんだ」



だが、いくら考えても青年の頭には都合のいい場所が見つからない。



頭を悩ませる青年の隣で、今度は女が「はぁ」と悩ましげな息を吐く。


「今、関係ない話をしないでもらえるかな?」

「はぁ? お前、隊長に向かって何を……」

「隊長じゃないわよ。他の誰かさんよ」

「俺のことか!?」

「静かにしてって言われたでしょう。それに、あなたじゃない」

「はぁ?」



何を言っているんだこいつ、と女を小馬鹿にするような顔をする男。



その顔にイラッとしたのか、女は強めの口調で言い返した。



「だから! さっきからお腹減ったとか無関係なことを言っているやつがいるのよ! 誰かわからないけど!」

「いやだから! 俺には聞こえねぇって。空耳じゃねぇのか!?」

「そんなわけないでしょ! 今も聞こえてるんだし」



その瞬間、青年の目が見開いた。



「それは本当だな!?」

「え、えぇ」

「……だとすれば」



青年は手に持っていた立方体を男へと投げ渡す。



渡された男は、何をすればいいのか、といった様子で首を傾げるが、青年は説明もせずに、空を見上げて何かを探しているような素振りをする。



他の人もそれにならって、空を見上げるが、見渡す限りの青い空しかない。



となると、青年にしか見えないものを探しているのでは?



そう思い始めたところで、青年の目が一点を指した。



「残り何秒!?」



その一点を見つめながら、青年が尋ねる。



「あ、あと……さ、三十秒!?」



嘘だろ!?



と、男が慌て始めるが、青年は「ギリギリか」と何かにすがる思いでその先を見つめる。


「落下地点を王国に!」

「え、えぇ!?」

「早くしろ!」

「は、はい!」



青年に言われたとおり、男は魔力を練り上げる。



「五、四、三……」



時限装置以外の何かの時間を数えた青年は、そのタイミングにあわせて叫んだ。



「今だ! 投げろ!」

「どうなっても知りませんよ!」



そう言いながら、男は全力で立方体を投げる。



すると、まるで、その立方体に羽が生えたように、落下しそうで、どんどん斜め上へと上っていく。



「……ろ」



青年が何かを呟いた。


「……え?」

「食べろ~~~~!」

『えぇ~~~~!?』



立方体が飛んでからもう十秒ほど経っている。



そろそろ爆発だ。



なのに。



「…………あれ?」



ズドォォォォォン……。



何かが倒れたような音が聞こえる。



だが、これは爆発音ではない。



英雄達が毒の使い手を倒した音だ。



では、爆発音は?



「……任務完了」

「え?」



何が起きたのかまったくわからない、ときょとんとした顔の中、青年はゆっくりと目を閉じて、再び開ける。



目を開けた青年は皆の顔を見て笑った。



「終わったよ。僕達の任務」

「終わったって……。まさか、解散ですか?」

「何を言っているの?」



王国に毒ガスを放ってしまったことへの罰か、と聞いているのだが、青年はヘラヘラと何事もないように、相変わらず笑っている。



「そろそろ来るんじゃないかな?」

「な、何がですか?」

「あ、来た来た」



男の質問に答えず、青年は先ほど見ていた空に目をやる。



すると、何かがキラリと光ってこちらに向かってきている。



「な、何だ!?」

「え、あれってもしかして……」



その正体にいち早く気付いた女が青年を青ざめた顔で見る。



すると、青年は笑顔で。



「うん。毒ガスを体内で消化できる聖竜だよ。そして、僕のペットでもある」

『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』



マジでなにもんだよ、この隊長はよぉ!?



皆の気持ちと声が重なった。


――――――――



「……でも、他に気になるって言えばあれだな。俺達を後処理って呼ぶ奴ら」

「それは私も思ってた。後処理より前処理の方が多いよね。8:2くらいで」

「必ず最後は後処理だけど、前処理はやることが多くてなぁ」

「まぁまぁ、国民はそれを知らないわけだし」



いつもの青年と男、女が城の廊下を歩いていると、一枚の紙が落ちていた。



誰かの落とし物だろうか、そう思って拾い上げてみると、それはチラシだった。



「ねぇ、ちょっとこれに行ってみようか?」

「何です、それ?」



男の質問に、青年は微笑んだ。



「僕達のお手柄の形、かな?」



――――――――



城の近くで楽団の発表が行われていた。



その楽団は世界でもトップレベルの楽団で、彼らのする演技はどれも観客達を魅了させる。



話によると、その楽団はある一つの村から作られたのだという。



とある楽団員の話によると、その日は村人全員を観客の特等席に座らせて、村全体が楽しんだという。



なんでも「そちらの楽団を王国で行いたい。せっかくだから村人全員で見に来てはどうか」という話があったらしい。



さらに、その楽団の演技のなかに、国の保護動物であるニジシカが出たらしい。



彼らは嬉しいことがあったとき、体を七色に光らせる体質があるが、それを楽団員達は当然のように使いこなしていた。



しかし、なぜだろう。



それ以外の理由もあって、体を光らせていたようにも見える。



なぜかはわからないが。



彼らのやること何もかもが、国民達に笑顔を与えている。



――これは誰にも知られないそんな彼らの活動記録。



認められることのない、悲しい彼らの最高の記録である。



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