21話
ビスマスをアイテム袋に収納し、タンタルスライムをポケットに入れた俺は路地裏に入っていった。
路地裏の更に奥に行くと、開けてはいるが太陽の光があまり当たらない場所に出た。
そこでしばらくウロウロとしていると目の前に襤褸を纏った、痩せこけた男が出てきた。
髪は全体的に短く刈り上げ、ギョロついた目に口元だけを隠す沢山のミミズが張り付いたようなデザインの不気味なマスクを付けている。
更に目に付くのは、両方の鎖骨から1本ずつ、左右の脇腹から2本ずつ計6本の管が飛び出ている事だろう。
(さっきの視線はこいつか?)
警戒していると、男が口を開いた。
「アッ、あな、あなたがいつ、イツキさんっですね?ね?わたっ、わたくしぃっ!ま、ままままっ、マーザンと申しますぅっ」
男はギョロギョロと片目を忙しなく動かしながら、金切り声に近い声でつっかえつっかえ喋った。
……これはまた濃い奴が出てきたな。少し辟易としていると、マーザンは俺に向かって指を指し、金切り声を更にキンキンさせながら叫んだ。
「あナっ、あなたっ!わた、わたくしがしっかりと挨拶をしているのにっそれ、それそれをぉっ、む、無視しますかぁっ!?」
どうしよう。至極まともな事を言っているんだが喋り方が気になって頭に入って来ない。まぁ挨拶されて返さないのはどんな悪人だろうが失礼か。
「申し訳ない、確かに俺がイツキ・キサラギだ。それで、俺に何の用か聞いてもいいか?」
「アッ、あやまりましたぁネッ!ならば許しましょうっ!そそそうですっ、わたっ、わたくしは!わたくしこそがっ、正常なんですっ!」
そう叫ぶとぶつぶつと1人の世界にトリップし始めた。
(濃い……。名古屋のカレーうどんにもつ煮とデミグラスソースをぶち込んで更に煮込んだやつぐらい濃い奴が来た)
ゲンナリしながらも根気よく話しかけていく。
「もしもーし、マーザンさん?俺の質問には答えてくれないんですか?」
「おっおっおっ。こっ、これはトンだ失礼をっ!きょ、今日イツキさぁんに話しかけたァ訳は、イツキさんの持つ大金全てとっ!男でありながら職業が踊り子のイツキさんを実験台としてっ!すすす、スカウトをしに来たんでっすっ!」
興奮し始めた男が叫ぶ度に体から飛び出ている管から、紫や黄色、赤等の毒々しい煙が吹き出し始めた。マーザンって名前と実験台の発言から、この男が毒使いマーザンって事は分かっているが何の毒かは分からないな。
(鑑定するしかないか)
結果、紫が目眩や吐き気、黄色が麻痺毒、赤色が火傷した時の水脹れが大量に出る毒煙だと判明した。また、3つの毒は空気に触れると3分程で無害化されるみたいだ。これなら近隣住民の被害を気にしなくていいな。
だが、俺自身は気をつけなくてはいけない。特に赤色の毒は吸い込んだりしたらおぞましい死に方をしそうだ。
とりあえず……。
「スカウトも金を渡すのも、もちろん断らせてもらう。金を渡すのは論外だし、スカウトに応じたりしたらろくな死に方しなさそうなんでね。まだ死ぬ訳にはいないんだよ」
「そっ、そうですかぁ!ざざざっ、残念でございまぁすねっ!ならしっかり、きっかり、きっちりと!仕留めてから実験してあげますよぉっ!!」
マーザンは1段と大きな声で叫ぶと、身にまとっていた襤褸を剥ぎ取った。
「う"っ!?」
「どっ、どうですこの体はァ!中々にイイでございましょ、しょう!?」
マーザンの体は、所々が爛れたり継ぎ接ぎになっていた。そして管に関しては無理やり体に埋め込んだらしく、管が飛び出ている傷口からじゅくじゅくとした変な汁が垂れている。
今まで出会った人間で1番ヤバイ奴に出会ってしまった。その衝撃に固まっていると、マーザンが痩せこけた体に似合わず俊敏に動き出し俺に迫っていた。
「くそっ、しまった!」
「おっほほほぉぅ!すっ、スグ直ぐすぐにぃっ!仕留めて差し上げますからねぇえ!」
マーザンの体のインパクトがでか過ぎて反応が遅れた俺が悪態をついた瞬間、マーザンが毒を撒き散らしながら俺の懐に飛び込んできた。
(ちぃっ!)
心の中で舌打ちをしながらマーザンが撒き散らした毒を吸わないように息を止めた時、腹に衝撃を受けた。
「がはっ!?っ、ぐぶ……!」
少し紫の毒を吸い込んでしまい吐き気がこみ上げてくる。それをぐっと堪えながらマーザンを見ると、どうやら口元が開くようになっていたらしいマスクの隙間から、腕ぐらい太い触手や小指程の細さの様々な触手が生えていた。
「っはぁ、はぁ。ちっ、本当に化物かよ。口元から卑猥な物を生やしやがって」
「な!?ななな、なにが卑猥なぁんですかッ!まるで毒の神、ビーヴァルトの様だとは思いませんかァ!?卑猥物と神々しさが分からないっ、所詮踊り子のイツキさんにっ!あえて教えて差し上げますがァ、わたくしの職業、毒触術師は毒のエキスパァートッ!まさに毒の神と呼んでも差し支えないンですよぉほほっ!」
よし、興奮したマーザンが話しまくっている間に吐き気は治まってきた。しかしこのまま長引いたら不利だな。リスクはあるがマーザンを怒らせて、カウンターを決める短期決戦しかないか。
「なにが毒の神だ!ただの卑猥物の神じゃねぇか!この歩く公然猥褻物がっ!」
「またっ!?またあなたっ!あなた貴方アナタぁ!よ、よくも言いましたねェ!?」
怒り過ぎて、喋っている間もずっと動き回っていた片目が今にも飛び出そうになっている。もう一押しか?
「ふん、お前なんか卑猥物の神で充分だ顔面卑猥野郎!」
「もっ、もういいいいですっ!あなっ、あなたはもう要らないっ!今!ここで肉片の一欠片共々ぐちゃぐちゃのドロドロにしてあげまぁすよッ!」
かかった!
ただの挑発にかかったマーザンは、俺に向かって真っ直ぐ突っ込んできた。そこにすかさず拳をぶち込むが、当たる直前マーザンに避けられてしまった。
「かっ、カカカ、カウンター狙いなんて見え透いた罠に、ひっ、ひひ引っかかると思いですかァ!?」
「ちぃっ!」
「次はわたくし「ガッ!」のぉぉーっ!???」
マーザンに反撃されると思い一瞬身構えたが、反撃しようとしたマーザンが何かに足を取られ体制を崩した。
ちらりとマーザンの足元を見ると、タンタルスライムがぷるぷると震えていた。
いつの間にポケットから出たんだ!?だが今は助かる!
「ひっ!?まっ!待ってくださっ『ドゴォンッ!!』げぼぉっ!?」
体制を崩したマーザンに、今度こそ拳を叩き込んだ。強めの拳を叩き込まれたマーザンは地面を軽く割りながら白目を剥いてその場に沈んだ。今回はタンタルスライムのお陰で助かった。撫でながら礼を言う。
「さてと、気を失ったマーザンをどうするか。ロープは……無いな。マーザンが着ていた襤褸で縛るか」
襤褸でマーザンを縛っていると、いつもの音が聞こえてきた。
ピロンッ
Lv.が22になりました。
称号 [Sの証Ⅰ]を入手しました。
スキル『縛者』を入手しました。
『挑発』のLvが上がりました。
また何かおかしい称号を手に入れてしまった。なんだSの証Ⅰって。俺、確かMの証Ⅰも持っていたよな。
「1人SMが出来てしまうな〜ってアホか!はぁ〜、こんな称号ばっかどうしよう……。とりあえずマーザンを関所まで連れて行って衛兵に渡すか」
タンタルスライムをポケットに入れ、縛ったマーザンを背負った時にその声は響いた。
「はーい、そこを動かない事ね。気色悪い最低ランクの踊り子さん。マルカ達がどうなっても知らないわよー?」
「お前は……ギルドの受付嬢。いや、女盗賊長ビッサーラか!」
そこに居たのは、まだギルドで仕事をしているはずのビッサーラだった。しかもロードとゲルナらしき人物2人が、気を失っているマルカさんとユラちゃんを連れていた。
「はー、なんで踊り子風情にバレちゃったのかしら。これでも何年も隠せていたんだけど。ギルドの動きが分かる今の立場は惜しいけど、捕まる訳にはいかないからアンタの有り金と口封じに命も奪わせてもらうわ。
ついでに、この2人も奴隷商に売り払って多少の金にしなきゃいけないわね。正体も知られてしまった事だし。
でも売っぱらう前に、うちの団の男共の性処理道具として使ってやろうかしら?前々から気に入らなかったのよね、この女。ロード、確か前仕入れたのは壊れて捨てちゃったんでしょ?」
胸糞悪い事をべらべら喋っているビッサーラに対し、不用意に怒りださないにするのを堪える。そんな俺を気にもせず、ロードと呼ばれた大柄な男がビッサーラの問いに淡々と答えた。
「前の女壊れた。巣穴捨てた。今頃ゴブリンの腹の中。俺こいつがいい」
そう言ってロードが持ち上げたのは、気を失っているユラちゃんだった。
(まだだ、今はまだ攻撃する時じゃない。今攻撃してしまったらユラちゃんやマルカさんが危ない)
自分自身に言い聞かせながら歯を食いしばって、殴りかかろうとするのを我慢する。するとマルカさんを抱えて隣に立っていた猫背の男、ゲルナがユラちゃんの顔をまじまじと見ながら舌舐めずりをした。いちいち癇に障る事をする……。
「はーん?よぉく見たら可愛い子だぁ。こりゃ大人になったら美人になるぞぉ〜。まぁ、また壊れたらゴブリンの巣穴に放り込むから大人にゃあなれないけどなぁ!ぷひゃひゃひゃひゃっ!
そうだ。ロードは別に1番最初にヤラなくてもいいんだろぉ?なら俺が1番なぁ?成長して大人にはなれないが、身体は俺が大人にしてやるよぉ〜」
そう言ってゲルナが、気絶しているユラちゃんの頬を舐めた。それを見た時には、俺は走り出していた。そしてその勢いのままゲルナの体に向かって飛び蹴りを放つ。
ゲルナは俺の顔を見て顔を青ざめさせながら、マルカさんをその場に離し、その飛び蹴りを両腕をクロスさせて受け止めようとしたが威力を殺しきれず壁に向かって吹っ飛んでいき、最終的に壊れた壁の下敷きになった。
「……は?」
「ゲルナ飛んだ」
驚くロードとビッサーラを気にとめず、ゲルナを吹き飛ばした時足場にし、威力を無理やり方向転換させロードに殴りかかる。
「死に晒せゴミ共がぁぁぁぁあ!!」
俺が殴りかかって来たのに気づいたロードは、咄嗟にユラちゃんを放り出して右手でガード、左手でカウンターを放ってきた。俺はそのカウンターを受けながらも、右手のガードを弾き飛ばしありったけの力を込めて殴った。
「ぐぅっ!おおぉらぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
怒りに任せたパンチは見事ロードの右手を破壊した。ロードの骨と俺の指の骨が折れた感触を感じながら、ロードが泣き喚くのを関係無しにもう片方の腕で更に1発ぶち込む。
「がっ!?ごっ、ぼ……」
血と胃液をを吐きながら倒れたロードが起き上がる気配が無いのを確認し、カウンターを食らって切れた口の中に溜まった血を吐きながら腰を抜かしたビッサーラの前に立ち塞がる。
「おい厚化粧。覚悟は出来てんだろうな?」
「ひっ!?な、なんなよアンタ!アンタはお、男なのに踊り子にしかなれなかったグズの筈でしょうが!?そんなアンタが、なんでデハク達どころかロード達も倒せるのよ!?そんなのおかしいでしょうがぁ!!」
自分の予想外の事が起きて喚く厚化粧。冷や汗で化粧が溶けてきて化け物だな。それより
「男で踊り子のなにが悪いっ!少なくとも盗賊よりはマトモだ!それと、俺は腰抜かした女をぶん殴る程鬼畜じゃねぇからな。そこだけは安心していいぞ」
俺がそう言うと、青を通り越してもはや白になりかけていた肌に多少赤みが指し、心底安心した表情を浮かべるビッサーラ。だが、俺が手にした人物を見てぴしりと表情を固めた。
「確かに殴りはしない。だけど関所まで…いや、お前がココに居るならギルドでも良いか。ギルドまで連れて行く時に不意打ちされたらたまったもんじゃないからな。マーザンの毒を使わせてもらう。間違えて赤色の毒煙を吸うなよ?」
「ひぃぃぃぃっ!?」
腰が引けているビッサーラを捕まえ、無理やりマーザンから出ている黄色と紫色の毒煙を吸わせる。
暫くすると、ゲロを吐きながら目を回した麻痺状態の厚化粧が出来上がった。ついでにロードにも麻痺毒とゲロ毒を食らわせた。そのせいで辺り一面がゲロ臭くなってしまった。
「あー…やらかしたな」
「ぷひゃひゃひゃひゃぁ!!油断したな化け物ぉ!俺ぁただじゃ捕まらねぇぇぇよぉぉ!?」
完全に油断していた。壁の下敷きになったゲルナがまだ動けるとは思いもしなかった。
ゲルナは最後の悪足掻きとばかりにへし折れている腕でナイフを握りしめ、倒れているマルカさんに突き立てようとした。
「間に合えぇぇぇ!!」
「ぷひゃひゃひゃひゃ!間に合わねぇよぉ!死ねぇぇっ!『ドゴスッ!』お"ぉぉんっ!?」
な、なんだ?マルカさんにナイフを突き立てようとした瞬間、変な声を出したと思ったら倒れたぞ?まるで何かにやられたみたいに……。
「あ、まさかっ!」
ポケットを探るがタンタルスライムが居ない。ふとゲルナの後ろを見ると、タンタルスライムが三角コーンの下にバネが付いているような形になっていた。
「もしかしてゲルナのケツにそれ、ぶち込んだのか?」
「ぴぎゅっ!」
頬を引き攣らせながらタンタルスライムに聞くと、褒めてとばかりに元気良く鳴いた。確かに助かったしお手柄なんだが、こんな太い三角コーンロケットをぶち込まれたゲルナに少し同情する。
「まぁ悪人だしな…いいか」
とりあえずタンタルスライムを撫でてからポケットに入れ、ゲルナにもマーザンの麻痺毒とゲロ毒を吸わせてからユラちゃん達を縛っていたロープでマーザン以外の3人を縛った。
とりあえず問題は片付けたし、マルカさんとユラちゃんを起こすか。だけどユラちゃんは頬を拭いてからだな。
閲覧ありがとうございます。投稿遅れてすみません。




