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第08話 顔

「ご自分がどのような姿形をしているのか、覚えておられますか」

「……。いえ。覚えていません」

「そうですか。レビア。鏡を持ってきなさい」

「はい」


 彼女――レビアと呼ばれた少女は部屋を出ていった。


 鏡を使って自分の姿を見ろ、ということなのか。


 おれはどんな顔を、どんな姿をしているのだろうか。

 それがさっきの言葉――センドウシと何か関係があるのだろうか。


「いやはや、まさか記憶がないとは。だが――。なるほど」


 あごに手を当て、何か考え込んでいるようだった。

 ふと彼の指が目に入った。人指し指、小指、薬指に指輪をはめている。反対の手を見ると、そこにも指輪があった。それらはどれも歳に合わないデザインに思え、少し違和感を覚えた。


 何となく質問ができず、沈黙が続いた。居心地の悪い時間だった。

 少ししてレビアが戻ってきた。手には布を被せられた鏡と思われるものを抱えていた。


 彼女はおれの正面に立つと、前置きなくすっと布を外した。


 一瞬鼓動が激しく胸を打った。角度の問題で、鏡の中の自分の姿が見えることはなかった。

 おれは恐怖を感じている――。

 自分の顔を見るのが怖い。馬鹿らしくて情けないが、正直な気持ちだった。


「ご自分の姿を見れば、記憶が蘇ることもあるかもしれませぬ。用意ができましたら声をお掛けください」


 心の準備など出来ていないが、構わない。

 恐れていては先に進めない。


「大丈夫です。鏡をこちらへ向けてください」


 レビアが傾けていた鏡をこちらへ向けた。


 ――これが、おれか。


 若い。ルナより少し上くらいだろうか。二十、いや十代後半だろう。

 思っていたより若かったことに少し驚いたくらいで、顔自体は拍子抜けするくらい平凡だった。

 ほおに手を当てる。鏡の中の黒髪の青年も同じように腕を動かした。


 ――実感が持てない。これが自分であるという確信がない。


「その様子では思い出せなかったようですな」

「残念ですがそのようです」

「ご自分の顔を見て、何か思うことはありましたかな」


 もう一度鏡を見る。


「見知らぬ他人が鏡に写っているのは奇妙な気分ですが、それ以外は特に何も感じません」


 ナレードさんは驚きと戸惑いを混ぜ合わせたような複雑な顔を見せた。


「簡単に説明しましょう」


 おれは頷いた。


「黒い髪と黒い目を持つ人間は、古代より先導士と呼ばれております。先導する者という意味ですな」


 ――先導士。


「彼ら先導士はみな人並み外れた異能を持つと言われています。現在この大陸全土において確認されている先導士は、たったの十二名。この広大な大地においてたったの十二名、です。――この意味が分かりますかな」


 その口ぶりから、極めて希少な存在だということは十分に伝わった。

 だがどうにも自分のこととは思えない。どこか他人事のように感じてしまう。


「髪や瞳が黒いだけで、先導士と呼ばれるのですか? つまり普通の人間は、黒い髪や黒い目を持っていないと?」

「生まれたばかりの赤子が黒い髪や黒い目をしているということはありますが、三歳を超える頃には一目見て黒ではなくなり、歳を重ねるごとに薄さは増していく。一般的には、十歳を超えた時に髪が黒いままであれば正式に先導士と認められます」


 一体どのような理屈でそうなるのだろう。遺伝などはしないのだろうか。歳を取ったらどうなるのだろう。疑問は多く浮かんだが、まずは一番気になることを質問することにした。


「つまりおれはその十二名の中の誰か、ということでしょうか?」


ナレードさんは眉を寄せ首を傾げた。


「何とも言えないところですな。十二名全てではありませんが、性別や年齢などの情報を非公開にしている国もありますし、最初から先導士の存在を外部へ公開していない国があることも否定できません。貴方の外見から調べてみて、分かればよいのですが……」


 先導士。一体どんな存在なのだろうか。


「自分がそうであるという実感がありません。異能の力とは何なのでしょうか」

「ふむ。……それでは話をいったん戻しましょう。貴方をここへ連れてきた経緯を説明します」


 ナレードさんは説明を続けた。


「先導士のように見える人間が血溜まりの中で倒れている。村の人間からそう知らせを受けて、半信半疑で数人の兵とともに村へ向かいました。村ではたしかに髪の黒い人間が血まみれで倒れていて、とても生きているとは思えないほど大量の血が流れていました。念のため確認すると、腹が裂かれているにも関わらずなんとまだ脈があった。これは一大事と思い、一緒に倒れていた少女とともに、この屋敷へ搬送しました」


 おれは無意識に腹へ手を当てた。

 死ぬほどの血が流れていたと聞いて、ますますなんの痛みもないことが不思議に思える。


「屋敷へ戻って、もう一度体をあらためてみると、腹の傷は完全に塞がっておりました。あきらかに人の限界を超えた治癒能力。これが貴方の――先導士としての異能なのでしょう。それ以外に説明がつきません」


 先導士という存在が未だ信じられないが――。腹の傷が治っているのは事実だ。

 この異能のおかげで、おれは死なずにすんだ。


「今度はこちらが聞いてもよいですかな。貴方が倒れていた理由を」

「ええ。分かりました」


 さて、どうしたものか。ルナのことを考える。


 おれが保護されたのは先導士だからだろう。そもそも見捨てられる存在ではなかったということだ。

 だがルナはそうではない。

 彼女はおれの傍にたまたまいたという理由で保護されただけだ。


 ルナが追われていることや実際に集団と遭遇したことは、省いて説明しようと決めた。話題に上がるようなら、そこでまた考えればいい。


「……まず最初に目覚めたのは見知らぬ森でした」


 森で目覚め、歩いているうちにルナと出会った。そのルナが意識を失ったので、助けを求め歩いているうちに村へ辿りつき、仮面の女に襲われた。腹を切り裂かれたあとその女は去っていった。

 極力ルナのことには触れずに話を終える。


「仮面の女……ですか」


 幸いなことにルナにはあまり関心はないようだった。

 良かったと思う反面、ふと何故だろうと疑問もわいた。

 深夜の森で出会うなど普通ではない。なぜナレードさんはルナに触れないのだろうか。


 話題は仮面の女に移る。


「何故おれは襲われたのでしょうか。やはり先導士だからですか?」

「そうでしょうな。先導士はほとんどの人間にとって英雄でありますが、そう思わない人間もいる。中には先導士を排除しようとする過激な組織もあります」


 おれは無意識に髪を触っていたことに気がついた。

 この髪が黒いせいで殺されかけたというのか。――いや、それ以外にも目的があったはずだ。


「殺す以外にも目的があったように思います。これくらいの石に、マナを込めろと言われました」


 手で輪っかを作り大きさを伝える。


「はあ。それはおそらく魔石ですな」


 魔石?

 また知らない単語が出てきた。そもそもマナが分からないというのに。


「まあ頭のおかしい連中のことです。あまり深く考えない方がよろしい。この屋敷は安全ですし、ひとまず問題ないでしょう」


 そう、なのだろうか。

 分からない。今のおれには情報が足りなすぎる。正しい判断ができると思えなかった。


「――大分お疲れのようですな。今日のところは終わりとしましょう。目覚めたばかりだというのに、話をし過ぎてしまいました」


 ナレードさんは立ち上がる。


「しばらくの間はこの屋敷でお過ごしになってください。貴方の身の回りの世話は全てレビアにさせます。何かご希望があればこの娘に申しつけてください」


 後ろに控えていたメイド服の少女を見る。

 言われるまで彼女がいたことをすっかり忘れていた。なんというか、ひどく存在感の薄い子だ。


「記憶を取り戻す方法や、あなたを狙った組織、それから他国の情報などをこれから何日かかけて調べてみます。何か分かったらお伝えするようにしましょう」

「あの、色々とありがとうございます」

「いえ、良いのです。間もなく夕食です。ゆっくりと休んでください」


 レビアが扉を開く。

 ナレードさんは短く最後に挨拶をし、それから出ていった。


 ばたりと扉が閉まると、おれは彼女に気づかれぬよう小さくため息をついた。


 疲れた。ずっと気をはっていたし、何よりもあまりにも突拍子のない話の連続で、頭が追いつかなかった。


「レビアさん、と呼べばいいですか。今の話のとおり、おれには記憶がありません。面倒をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」


少女は表情を変えずに、


「レビアで構いません。それにそのような丁寧な言葉使いはどうかおやめください。ゲストに気を使わせては使用人の名折れです」


 と言った。


 そういうものなのだろうか。

 本当に嫌がっているように見えたので、そうすることにしよう。


「分かった。よろしく。レビア」


 レビアは小さな声で「はい」と返事をした。

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