第52話 ハイライン領の夜、三
日が変わり、次の日の夜。
おれたちはハイライン領最後の街に到着した。
ようやくここまで辿り着いた。
なるべく大きめの宿屋を彼女たちに気付かれないように探した。
ここのところ寝不足が続いている。昨日は酔ったヴェルナリスがおれのベッドに入ってきて、また眠れなかったのだ。
受付を終えたヴェルナリスが戻ってきた。
ついてない。何と二人部屋が二つしか空いていないらしい。もう宿屋を探すのも時間的に難しいだろう。
こんなことなら最初の宿屋にしておけばよかった。高かったけど。
おれはレビアと同じ部屋になったらしい。
「二人にお願いして、一緒の部屋にしてもらいました」
恥ずかしくなるようなことをレビアは言った。
とりあえず部屋へ入ってみることにした。
ベッドは離されているようだ。
「クロ、シャワーを浴びますか?」
「うん」
「ではお湯を出してきますね」
「ありがとう」
レビアは一度シャワールームに入りすぐに戻ってきた。
お湯の出る音が聞こえてきた。
「では一緒に入りましょうね」
「え?」
聞き間違いだろう。
と思ったら、レビアがメイド服を脱ぎかけていた。
がしっと腕を掴む。
「お、おい」
「何ですか?」
「何故脱ごうとする」
「わたしも一緒に入ります」
だいぶ前に同じ台詞を聞いた記憶がある。
懐かしい。
そうか。おれももう懐かしむということができるようになったんだな。
じゃなくて。
「駄目ですか?」
「だ、駄目です」
「残念です……」
諦めてくれたようだ。
「でも。クロに見てもらいたいものがあったのです」
胸元を広げるようにした。
「見てください。刻印、消えましたよ」
その言葉を聞いて、背けていた目をちらりと向けた。
「本当だ」
鎖骨の下のあたりにあったはずの刻印が消えてきた。
「クロとドロシー様のおかげです」
「レビアが頑張ったからだよ」
レビアはにこっと笑った。
「もっと下も、見てみますか?」
「し、下?」
どういう意味だ。
「わたしの胸、見てみますか?」
「ぶっ!」
顔を赤らめて、もじもじと床を見つめている。
恥ずかしくないわけではないようだ。
「な、何故……」
「ドロシー様が男の人は女性の裸を見ると喜ぶと教えてくれたのです」
あ、あの人。何を言ってるんだ。
「それにクロはドロシー様の胸をちらちら見てました」
否定できないのが悔しかった。
そりゃ見るだろ、男なら。
「クロにはわたしの出来ることを、全部してあげたいのです。クロがしてほしいこと、どうかわたしに全て言ってください」
レビアは一歩おれに近づいた。
「わたしにはどんなことを言ってもいいんですよ。何でもしてあげます」
「レ、レビア?」
「クロは恥ずかしがり屋さんなのも知ってます。でも大丈夫ですよ。ルナとヴェラには内緒です」
レビアが頬を染めたまま上目遣いにおれを見て、
「今のわたしに刻印はありません。わたしは今、自分の心でそう言っているのです」
優しく微笑んだ。
ま、まずい。オルハルトの屋敷で似たようなことがあったが、あれとは全然違う。
何と言うか、頭がくらくらする? これが誘惑というやつなのか。
「と、とりあえず! シャワーを浴びてくる」
逃げるようにシャワールームへ逃げ込んだ。
何故あんなに積極的なんだ。ドロシーさんのせいか?
大丈夫かな、今日の夜。
シャワーを浴び終えて部屋へ戻り、レビアと交代する。
とりあえず、いつの間にかくっつけられていたベッドを元に戻した。
そうだ。今のうちに寝るか。寝てしまえばいい。
ベッドに潜り、布団をかぶった。
だが案の定眠れそうになかった。かすかに聞こえてくるシャワーの音と、さっきの出来事のせいだ。
シャワーの音が止んだ。
しばらくしてレビアが部屋へ入ってくる音が聞こえた。
「クロ、眠ってしまったのですか?」
返事をしないでいると、レビアが明かりを消した。
そして、何故かおれのベッドに入ってきた。
「あ、あの? レビア?」
「起きていたのですか?」
「何故おれのベッドに」
「ルナとヴェラばっかりずるいです。わたしも一緒に寝たいです」
……知ってたのか。
レビアはおれの背中にくっつくようにしてベッドに入った。
「クロ、ごめんなさい」
「え?」
「クロのことを傷つけてしまいました」
後ろから服の中に手を入れられる。
ひんやりとした冷たい手が、おれの腹の傷跡を触った。そこはレビアに斬られた場所だった。
「そんなこと気にするな」
「はい。でも謝りたかったのです」
優しく撫でるように傷口を触れている。
くすぐったい……。
レビアの手が徐々に下がっていく。
へその下をなぞり、そして指の先がズボンの隙間へ――。
「あの、くすぐったいんだけど!」
とつい大きな声を出してしまった。
「あ、ごめんなさい……」
レビアが手を離した。
あ、危なかった。
「クロ、こっちを向いてほしいです」
おれは振り返った。
すぐ目の前にレビアがいる。息がかかるくらい傍に。
ただそれだけで胸が高鳴った。
「抱きついてもいいですか?」
「う、うん」
レビアはゆっくりとおれの胸に顔を埋めた。
「抱きしめてほしいです」
「こ、こうか?」
言われたとおりにする。
「心臓の音が聞こえます」
「うん」
「落ち着きます」
「そっか」
「あとでわたしも抱きしめてあげますね」
「い、いいよ」
「不安なことはないのですか? それが少しでも和らぐなら、クロを抱きしめてあげたいです」
不安か。
ないと言ったら嘘になる。でも。
「大丈夫だよ。ありがとう」
そう言った。
「クロは強い人です」
強くなんかない。
でもそう言ったら、きっとレビアは否定するだろうなと思って、言うのはやめておいた。
しばらくしてから、レビアの寝息が聞こえてきた。
どうやら眠ったみたいだ。
おれはため息をついた。
なんだか翻弄されてるなぁ、おれ。
長い夜が更けていった。




