第50話 ハイライン領の夜、一
ブリーズを出て次の街で、食料や水、テント、それからコートやマフラーを買った。
マジックボックスで遊び過ぎたせいで、お金がほとんどなくなってしまった。
その日はその街の宿屋に泊まることになった。
そこは一人用の個室がたくさんある宿屋だったようで、久しぶりに別々の部屋で寝ることになった。
いつになっても彼女たちと同じ部屋で寝るのは慣れない。
今日は久しぶりにゆっくりと眠れる。
そう思っていたのだが。
その日の夜中、ルナがおれの部屋へやってきた。
また耳と尻尾が生えていた。
訊いてみると、レビアに見せる為にそうしたそうだ。ルナの顔を見ていて、レビアはルナを受け入れてくれたのだとすぐに分かった。
眠れなくなったのは残念だが、ルナの顔を見ていたらそのことはどうでもよくなった。
「クロ。ごめんね、迷惑かけて」
「いいんだ。気にするな」
「ありがと」
ルナがおれのベッドに入ってきた。
一人用のベッドだから、もちろん狭い。
……これはきっと眠れないだろう。
「あ、そうだ。クロにも」
ごそごそと布団の中でルナが動いた。
そして何かを取り出した。
「これって」
「マジックボックスで作った絵。あれって分割されてたでしょ? それをね、四つに分けたの」
至る所に破けた跡があり、つぎはぎだらけだが、一つも欠けている場所はない。ルナがきっと直したのだろう。
「ありがとうな」
「うん……」
おれは絵を眺めたあと、枕元に置いた。
ルナがこれを大切に思う気持ちはよく分かる。
おれもそうだからだ。そして多分、レビアやヴェルナリスも。
ルナがおれの耳元に顔を寄せた。
「ありがとう、クロ」
「何がだよ」
「クロが言っていたこと、分かったよ。どうしてレビアやヴェラを信じられなかったんだろう、わたし」
ってことは、今はもう信じることができるようになったということか。
「信じるって、こういうことだったんだね」
なんて答えていいか分からず黙っていると、
「ふぅー」
と、急に耳に吐息をかけられた。
体がびくっと震えてしまった。
「あは、可愛い」
「やめろよ……」
と思ったらまた息を吹きかけられた。
また体が跳ねる。ぎしっとベッドが揺れた。
「や、やめろ」
「あむあむ」
「のぉ!」
耳を甘噛みされた。
「い、いい加減にしろ!」
「ご、ごめん。つい……」
しまった。心臓が。
これでまた眠りが遠ざかった。
ルナがおれの腕に頭をぴたりとくっつけるようにした。
白い耳がゆっくりと動いていた。
「クロって名前、気に入ってる?」
「え? うん、そうだな。気に入ってる」
「そうなんだ。よかった。本当はね、その名前すごく適当につけちゃったんだよ」
そ、そうだったのか……。
「で、でもあの時頭がくらくらしてたし。クロのこと別に何とも思ってなかったし」
「いいよ。気に入ってるし。それよりルナは?」
「わたし?」
「ルナって名前、気に入ってるのか?」
「うん。もうこの名前以外で呼ばれたくないよ」
よかった。
そう言えば、あの時は満月だった。そうじゃなければルナは別の名前になっていたのだろうか。そう思うと考え深いものがある。
「でもさぁ、わたしたちって名前が一つしかないよね」
「一つ?」
「レビア・エイルフォンとか。ヴェルナリス・デイズウォーカ―とか」
「あー、そうだな。そう言われてみれば」
「あ、あのさ。じゃあ、い、一緒の名前をつける? わたしと」
「そうだなぁ」
不便な場面もあるだろう、きっと。
考えてもいいかもしれない。
「今度何か考えておくか」
「……うん」
ルナがおれの腕をぎゅっと掴んだ。
「ど、どうした?」
「なんでもない……」
えへ、えへへと小さく笑ったのが聞こえた。
何なんだ……。
「クロ、わたしとキスしたい?」
突然言われた言葉にどきんと鼓動が鳴った。
「な、なんだよ急に」
「したい? したくない?」
「分からないよ……そんなの」
一緒のベッドに入っている時にそんな話をしないでくれ……。
「わたしのこと、可愛いって言ったのに」
「そ、そうだな。言ったかも」
たしか最初の森で。
「キス、したい?」
「ルナ? ど、どうした? 急に」
というか突然何なんだ。からかってるのか?
ドキドキしながら次の言葉を待っていると、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
ルナの顔を見ると、目を閉じ気持ち良さそうな顔で眠っていた。
……寝たのかよ。
おれはため息をついた。
なんだか翻弄されてるなぁ、おれ。
長い夜が更けていった。




