第48話 一人きり
ドロシーさんの家に到着する。
彼女はすぐに笑顔を見せてくれた。それだけで儀式は成功したのだとすぐに分かった。
前回と同じ部屋に案内された。
ドロシーさんはお茶を二つ用意してから、おれの正面に座った。
「儀式はうまくいったわよ。一日も掛からなかった。半日くらいで終わったかしら。今は眠ってるけど心配ないわ。早ければ明日の夕方には目が覚める」
「……ありがとうございました」
深く頭を下げた。
「いいのよ。それよりあの子のこと、大事にしてあげてね。きっと今まで、すごく辛い思いをしてきたから」
「……はい。あの、レビアのこと、見ても大丈夫ですか?」
「うん。いいわよ。ついてきて」
部屋を出て、廊下を歩いた。
やはりこの家はどこか懐かしい感じがする。
突き当りを右に折れ、その一番奥の部屋についた。
ドロシーさんが扉をゆっくりと開ける。中はオレンジ色の小さな灯りが天井に灯っているだけで、薄暗かった。
部屋の中央に布団が敷いてある。
足音を立てないように近づく。レビアが気持ち良さそうに眠っている。彼女の小さな寝息が聞こえた。思えばレビアの寝顔を見るのは初めてだと気がついた。
「儀式の間、ずっと君の名前を呼んでたのよ」
「おれの?」
「うん。きっと君を心の支えに思っているのね」
こんなおれでも、少しはレビアの役に立つことができているのだろうか。
もしそうなら、期待に応えたいと思う。
レビアは無事に儀式を終わらせた。
本当によかった――。
女性の寝顔をいつまでも見ているのも悪いだろう。
ドロシーさんとともに部屋を出た。
さっきの部屋に戻り、またテーブルを挟んで座る。
ドロシーさんにはまだ聞きたいことがある。
「ドロシーさん、人間を魔物や魔人に変えてしまう魔法というのは存在するのですか?」
「人を?」
頷く。
ドロシーさんは不思議そうな顔でおれを見ていたが、やがて口を開いた。
「あたしが知る限り、そういう魔法はないはず」
「そうですか……」
「でも、組み合わせ次第ではできないこともないかな。例えば、そうねぇ」
ドロシーさんはお茶を両手に持ちすすった。
「魔物の血液とかがあればできなくはないかな。考えたくもないけど」
「血液?」
「そう。それに魔法をエンチャントして人間に投与するとか。呪術に近い考え方ね」
そういえば、どこかで注射器が落ちていたのを見た気がする。
疲労してしまいあのトンネルは全て探索できなかったが、もしかしたら資料があるのかもしれない。
「でもそれは、人間の肉体を生贄に捧げて魔物を復活させる行為に近い。そんなことをすればその人間は消えてしまう」
「仮にその投与された人間がいたとして、元に戻る手段はあるのですか」
ドロシーさんはお茶を両手に持ったまま、じっとテーブルの中央を見つめた。考えを巡らせているようだ。
「そうね。難しいわ。その浸食は不可逆的な変化のはず」
「……例えばおれの退魔の力とか」
「退魔の力ね……。どうなるのかしら。たしかに魔物の部分だけ取り除けるかもしれないけど。でもそうだったとしても、一時的なものね」
ルナを元に戻すのは難しいのだろうか。
おれの力で人の姿に戻すことはできても、それは本当の意味の自由ではない。
「まるで本当にそういう人がいるみたいな顔ね」
「あ、いや……」
「この世界にはまだ未知の魔法が数多く存在していると考えられてるの。もしかしたら、退魔の魔法を永続的にかける方法も見つかるかもしれない」
おれに魔法の知識はない。ドロシーさんが慰めで言ってくれているのか、本当にそうなのかは分からない。
でも可能性があるのなら行動をするべきだ。
「すみません、変な質問をしました」
「うん。何か困ったことがあったら言ってね」
「ありがとうございます」
ドロシーさんと目が合った。
彼女は顔を赤くしながら、どこか寂しそうに顔を背けた。
やっぱりおれの顔を見るとクロノを思い出すんだろうな。
早く記憶を取り戻したい。ドロシーさんの為にも。
「ドロシーさん。ウイリアムさんと連絡を取りたいのですが、どういう方法がありますか?」
「ウイリアムさんと?」
「はい。実は――」
おれはドロシーさんに昨日の出来事を簡単に説明した。
ルナが誘拐されたこと。ヴェルナリスを助けるために兵士や街の人の力を借りたこと。ルークさんに助けを求めたこと。
「そうだったの」
「はい」
「オロガレス教団か。まだ先導士を狙うような人間がいたのね。……そうね、手紙だったらペコに運ばせるわ」
「いいんですか?」
「うん。それ以外の方法だと時間が掛かるしね」
何だか頼りっぱなしで申し訳ない気持ちになる。
だが甘えることにしよう。
この恩はきっといつか帰そうと心に決めた。
「じゃあ紙とペンを持ってくるから」
「はい。すみません」
「いいのよ。気にしないでね」
彼女はレビアの世話をするということで、紙とペンを渡すとすぐに出ていった。
きっと一人で手紙を書く時間をくれたのだろう。
考えた結果、ルナのことだけは伏せて書くことにした。
きっとウイリアムさんなら受け入れてくれるような気がしたが、それでもおれの勝手でルナの秘密を話すわけにもいかない。
手紙を封筒に入れ待っていると、ドロシーさんが戻ってきた。
どうやら食事の準備をしてくれたらしい。ありがたく頂くことにしよう。
食べてみると、ぜんぶおれの好きな味ばかりだった。
たぶん、クロノの好きだったものを出してくれているのだ。きっとおれはかつて、ドロシーさんの料理を食べたことがあるのだろう。おれの中に眠るクロノの記憶が、懐かしさを感じているのが分かる。
色々と話をしながら食事をした。
おれたちが旅をしてきた話や、ドロシーさんについても。
ドロシーさんは主にマジックアイテムを作る仕事をしているそうだ。あのマジックボックスの運営にも関わっているらしい。おれたちが遊んだあれも、ドロシーさんが開発したものらしい。
本当に魔法というのは不思議だ。
今でもまるで創作の話を聞いているような気分になる。
クロノは異世界から来たというが、それのせいだろうか。だがおれは魔法の言葉や文字を理解することができる。この差は一体何なのだろうか。
食事を終えて、一度帰ることを告げた。
「明日、また来ます」
「うん。待ってるからね」
何となくその言い方に、色々な意味を感じてしまった。
それは多分、おれの負い目がそうさせるのだろう。
ドロシーさんに別れを告げ街へ出た。
まだ人が多く歩いている。なるべく人の少ない方へ行こう。
歩きながら、この足でそのままルークさんの所へ行くことを決めた。
彼はあの店にいるだろうか。
裏路地を通ってスマグラーへ向かう。
すっかり道も覚えてしまった。表通りの綺麗な街並みも好きだが、この辺りの雰囲気も嫌いじゃない。
いつか飲みに行けたらいいと思う。ヴェルナリスは酒が好きだから、きっと一緒に行きたがるだろう。
スマグラーの看板は消えている。
ノックをすると返事が返ってきた。いつも店内にいた若い男が出迎えてくれた。
彼に案内され中へ入る。
「実はルーク様はもうこの国を出てしまいました」
「そうなんですか?」
ちゃんとお礼が言えなかった。
またいつか会える日が来るだろうか。
「クロ様がいらっしゃったら、これを渡すように言われています」
彼は懐から封筒を取り出した。
手紙だろうか。
「どうぞそちらへお掛けになってください」
「分かりました」
ソファに座ってすぐ、彼がアイスティーを出してくれた。
そのままカウンターの方へ行く。おれは封筒から手紙を取り出した。
おれたちは次の街へ行くことにした。
もしおまえがおれに礼を言いに来たつもりなら、もうこの件のことは忘れろ。これはおれの目的でもあった。むしろこちらが感謝しているくらいだ。
それにおれがおまえを助けたのはおまえが先導士だからだ。
つまり、いつの日かおれが救おうとする全ての人間の為になると思ったからだ。
おれのことを勘違いするといけないと思ったから、一応書いておくが、おれが誰か個人の為に動くことはない。その点は忘れないでほしい。
銀髪の男のことだが、あいつは死んだ。
どうやってか自殺をしたようだ。情報が得られなかったことが悔やまれるが、あの施設を調べればまだ何か分かることがあるだろう。この件はハイラインの領主に引き継いである。おまえが気にすることはない。
またどこかで会うことになるだろう。おまえの記憶が蘇ることを祈っている。
そして、おれの意志に賛同してくれるなら、その時は協力をしてほしい。
それではまた。
ルーク・オルストーン。
手紙を読み終え、おれはある文字の一点を凝視した。
死んだ。
あの銀髪の男は死んだのか。
複雑な気持ちだった。
奴らはルナの体を弄んだ。
そして望まぬどこかへ連れて行こうとした。
それは許せないことだ。
だが。あいつは果たして悪だったのだろうか。
記憶のないおれにそんなことを言う権利はない。
視線を手紙の下の方へ移す。
おまえの記憶が蘇ることを祈っている。
そして、おれの意志に賛同してくれるなら、その時は協力をしてほしい。
記憶を取り戻した時、おれはおれでいられるのだろうか。
今まで目を背けていたが、今になって怖くなった。
それはきっと、ルークさんの強烈な思想がおれを恐怖させるのだ。先導士とは本来、普通の人間とは違う視点を持っているのだと強く痛感させられる。
だが。このことから逃げてはいけないと思う。ドロシーさんのように悲しんでいる人が他にもいるかもしれない。
それに生きている限りこの問題は一生付きまとうのだ。
逃げていたって、いつか突然思い出すのかもしれないのだから。
ふと文字が薄れたように見えた。そのまま字を見ていると、あっという間に文字が消えてしまった。これも魔法なのだろうか。
アイスティーを一気に飲み干して、立ち上がる。
「ありがとうございました」
「いえ、とんでもございません。もう行かれるのですね」
「はい」
入口へ向かう。彼は扉を開けてくれた。
彼にもう一度礼を言って、店を出た。
路地を歩いていくうちに、何となく一人でいるのが急に寂しく思えた。
情けなくて、ふと笑ってしまった。
どうして急にそんなことを考えてしまったのか。
もしかしたら今日は、記憶がない事実に色々と直面したからかもしれない。それとも、色々とやることを終えて、記憶を取り戻す日がまた近づいたからかもしれない。
帰ろう。
ルナとヴェルナリスのところへ。
そんなことを考えながら、一人きりの夜の道を歩いていった。




