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第42話 誘拐

 ドロシーさんの家に戻った頃には、もう日が大分傾いてきた。戻ってすぐ、儀式を行うことをドロシーさんに告げた。彼女は儀式について説明してくれた。


 儀式を行っている間、おれはここにいることができないらしい。理由を聞いてみると、おれの封印を打ち破る異能が、儀式に影響を及ぼす可能性がある、ということだった。


「わたしは大丈夫ですよ。ルナとヴェラについていてあげてください」


 とレビアは言っていた。強い瞳をしていた。


 さっきの飴玉あめだまの何が彼女を変えたのか分からないが、レビアは強くなったんだなと思った。レビアなら儀式は大丈夫だと確信できた。


「でも一度クロを宿へ送っていかないといけません」

「んー。そうだったかぁ。日が沈み切っちゃうと色々変わるわねぇ。先導士を一人にさせるわけにもいかないし……。そうだ、あたしが送ってあげる」

「送って?」

「おいでおいで」


 ドロシーさんに手招きされて、レビアとともに外に出た。


 玄関の脇に背よりも高い竹ぼうきが置いてある。

 ……もしかして。


「まさかそれで飛んでいくんですか?」


 ドロシーさんはくすっと笑った。


「そんなわけないじゃない」


 違ったようだ。

 そりゃそうだろう。何故おれはそんなことを考えたのか。


 ドロシーさんが指笛を吹いた。

 何かと思って見ていたら、今度はばさばさと上から音がした。


 ――鳥?


 黒い羽を羽ばたかせた鳥がこちらに近づいてくる。


「で、でけぇ!」


 やたら大きな鳥が着地した。

 黄色いくちばしに鋭い目、なんていう種類の鳥なんだろう。


「ペコ。いい子いい子」


 ドロシーさんが頭をでた。

 鳥はばさばさと羽を動かした。喜んでいるように見えた。


「紹介するわ。あたしの使い魔のペコ」

「……ペコ?」

「ペコ。彼を宿屋に送っていってくれる?」


 クワッと高い声で返事をした。


「ドロシー様の使い魔は人を運べるのですか?」

「うん、すごいでしょ」

「ど、どういうことですか?」

「この子に君を運んでもらうの」


 嘘だろ。

 いくらでかい鳥だからってそんなことができるのか?


 ドロシーさんは鳥に触れたまま小さな声で何かを呟いた。

 すると一瞬鳥の体が青白く輝いた。


「今のは?」

「この子にエンチャントを施したのよ」


 エンチャントって魔法の付与のことだっけ。


「大丈夫なんですか? こいつ」


 と言ったら鳥がおれの膝を突いた。

 痛い。


「あはは、大丈夫よ」

「でも、おれ、魔法を解く力があるみたいですし」


 ドロシーさんはおれの方に向き直った。


「君の異能だけどね。やっぱりわたしが昔研究してた魔法が絡んでると思うのよ。退魔の魔法とわたしは呼んでたんだけどね」

「退魔の魔法……」


 ――青年の身体が世界と同化する。

 赤の輝きがその場に満ちていく――。


「……どうしたの?」

「い、いえ……」


  おれは首を振った。

  今一瞬だけ頭に浮かんだ光景は一体――。


「簡単に言うとね、君の方向に向かう魔法を打ち消しているんだと思う。だからこの子に触れてもエンチャントは消えないと思うの。触ってみて」


 おれは鳥の頭を触る。

 こいつは嫌そうな顔をしながらも大人しくしていた。


「そういえば馬に乗った時は解除されてなかったみたいでした」


 あの馬にもエンチャントがされていたのか。

 鳥は鬱陶うっとうしそうにおれを見ているだけで、特に変わった様子はないようだ。


「そして退魔の魔法にはもう一つ効果がある。それはね。魔族を滅ぼす力よ」

「魔族を滅ぼす力?」

「そう。エーデルランドで魔人と戦った時、何か感じなかった?」


 どうだっただろうか。無我夢中でよく分からなかった。


「例えば君に触れるのを嫌がったり」

「うーん。……言われてみれば」


 そういえば傷口に貫手を喰らわせた時、やつは苦しんでいたように思う。

 それに急に動きが鈍くなっていた気もする。

 ひょっとして、あれに勝てたのはその力のおかげだったのだろうか。


「ここに来る途中、ある村で魔物除けの効果があるという結界を見ました。あれと同じようなものですか?」

「んー。ちょっと違うかな。結界は強い力を放って威嚇するような感じ。退魔はその逆。魔法や魔族を打ち消す力」

「へぇ」

「それがどうして君の体に掛かっているのか分からないけど……」


 ――おれは一体。

 ――クロノは一体何をしたのだろうか。


「この街にも――って、あんまり話していると時間がなくなっちゃうわね。君たちの宿はどこ?」


 レビアが地図を取り出した。


「ここです」

「ペコ、いい?」


 またクワッと鳴いた。まるで人の言葉が理解できているみたいだ。

 これも魔法なのだろうか。


「それじゃあ、これから一日は会えなくなるし、その後もマナ切れで眠ってしまうと思うけど」

「レビアをお願いします」

「うん。任せてね」


 ドロシーさんは微笑んだ。自信に満ち溢れる顔をしていた。

 本当のドロシーさんはこうだったんだな、と思った。


「ルナやヴェラに何も言わずに決めてしまいました。彼女たちに説明しておいてほしいです」

「あぁ、伝えておく」

「クロ。……わたし、これが終わったらルナとヴェラに言うつもりです」


 レビアは自身の胸に手を当てた。

 そこは刻印のある場所だった。


 レビアがにこっと笑った。


「儀式のこと、心配しないでくださいね」

「うん」

「……………しましょうね」

「え?」


 レビアは恥ずかしそうな顔で首を振った。

 なんだろう。聞き取れなかった。


「ペコ、行きなさい」


 ばさりと翼を羽ばたかせて飛び上がり、おれの頭上にやってきた。

 そして、肩をがしりと掴まれる。


 足がふわりと浮いた。

 そのまま持ち上げられる。不思議と掴まれた肩は痛くない。


 どんどん上昇する。二人の姿が離れていく。ドロシーさんが手を振っていた。

 高くなっていく。瓦屋根の天辺が見えた。


「お、落とすなよ……」


 クワっとペコは鳴いた。


 更に上がっていく。

 た、高い……。冷たい風が強くなった。ひゅうひゅうと耳に風の音がしている。

 もうレビアとドロシーさんの姿が豆粒くらいになった。


 恐怖を紛らわすつもりで目線を上げた。

 そしておれはその光景にはっと息を呑んだ。


 地平線の向こう側へ日が暮れ始めているのが見える。

 夕陽と夜を繋ぐ美しい色合いの空の下、街は、うっすらと青く光る水路が幾何学的な模様を描いていて、家の明かりがそれを彩っていた。


 こんな光景はもう見ることはできないかもしれない。

 この空の寒さも、羽ばたく音も。

 この瞬間を心に刻みつけよう。強くそう思った。


 宿屋の方向に向かって移動してゆく。


 それにしても不思議な光景だ。この水路の魔石は何か意味があるのだろうか。川を挟んで左右対称に、きっちりと設計されているようだ。


 その模様を見ていると、ふと気がついた。

 これは、ひょっとして文字だろうか。そう認識した途端、おれはその模様の意味を理解した。


 そうか。これは――。


 しかし。何かおかしい。

 何がおかしいんだろうか。


 ――あぁ、あの辺がおかしいのか。


 そのうちに、徐々に降下していくのを感じた。

 文字が見えなくなっていく。おれは思考を打ち切った。


 街が近づいてくる。

 さらに高度を下げ、ある建物の屋上に降り立った。


「……もしかして」


 どうやらここはおれたちが泊っていた宿のようだ。

 昨晩ここで型を練習したからよく覚えている。


「早い。もう着いたのか」


 後ろでペコが鳴いた。

 ゆっくり移動していたように感じたが、いつの間に相当な距離を移動していたようだ。


「ありがとうな。ペコ」


 そう言って頭をでようとしたが、その鋭いくちばしで突き刺された。無

 愛想な顔をしておれを睨んでいる。触られたくないようだ。


「可愛くないやつだな」


 屋上の扉のドアノブに触れる。回してみるとカチャリと音が鳴った。

 ロックは掛かっていないようだ。


 それを見届けたと思えるようなタイミングで、ペコは空へ向かい羽ばたいていった。おれは見えなくなるまでそれを見届けた。


 扉から室内へ入り、階段を下っていく。


 もうルナたちは帰ってきているだろうか。

 買い物をしていくと言っていたが。


 部屋の前まで行き、扉をノックをした。

 返事はない。どうやらまだ帰ってきていないようだ。


 ……どうしよう。困ったな。

 部屋に入っても明かりをつけられないし。


 一階のロビーで待ってるか。


 そう思って振り返ろうとした時、何かが廊下の隅に落ちているのが一瞬見えた。


「なんだ?」


 近づいて持ち上げる。

 廊下の隅に靴が落ちていた。


「これって……」


 ――ヴェルナリスが履いていた靴だ。


 おれは靴を持ちあげる。間違いない。彼女の靴だ。

 なんでこんな場所に……。


 もう一度部屋をノックした。


「おい! いるか? ルナ! ヴェルナリス!」


 返事はない。

 じわりと背中に嫌な汗が流れた。


 おれはドアノブを握った。ロックが掛かっている。しばらくすると手応えが変わった。

 扉を開け部屋に入る。かすれた呻き声が聞こえた。


 部屋へ進む。

 冷たい空気が髪をなびかせた。部屋の窓が空いている。カーテンがこちらに向かって揺ら揺らと動いていた。


 ベッドとベッドの間で何かが動いたのが分かった。

 そちらに歩み寄る――。


 ベッドの影から足が飛び出している。

 片方だけ靴が脱げていた。


 近づく。徐々に姿があらわになっていく。そして。


 その光景を見た時、後ろから殴られたような気分がした。


「ヴェルナリス!」


 頭から血を流したヴェルナリスが倒れていた。

 彼女の頭をゆっくりと抱えて上半身を起こした。


「ヴェルナリス!」


 もう一度名を呼ぶ。

 すると彼女の眉がびくっと動いた。ゆっくりとまぶたを開いた。虚ろな目でおれを見た。


「…………クロ」

「大丈夫か? 何があった?」

「ルナが……。ルナが、連れていかれた」

「連れていかれた?」


 ヴェルナリスが口元を震わせた。


「あぁ……わたし……なんてことを。わたし……」


 彼女はおれの胸元を掴んだ。全身に震えが広がっている。

 怯えた瞳でおれを見た。


「どうしよう……クロ。……助けて」

「大丈夫だ。落ち着け」


 おれは彼女を抱きしめた。


「大丈夫だから」


 わずかに震えが治まったように思えた。


「銀髪の大男に襲われた」


 ――銀髪の大男?


「ルナはわたしを守ろうとしてくれた。けど……。わたしはルナを……」


 彼女の身体から力が抜けたのを感じた。


「どうした?」


 ヴェルナリスは気を失っていた。


 叫びたい気持ちを押し殺した。

 今おれがするのは叫ぶことじゃない。


 ヴェルナリスを抱きかかえて立ち上がる。

 とにかく彼女を助けなければ。


 そのまま扉を蹴飛ばして外へ出た。一階へ降りる。

 ヴェルナリスを抱えたおれを見て、店主はひどく驚いた顔をした。


「お、お客様。彼女は……」

「怪我をして気を失っています。すぐに手当てがしたい」

「大変だ……。診療所から人を呼んできます」


 店主は慌てて店を出て行った。

 おれはヴェルナリスをロビーのソファに寝かせた。もう一度彼女の体を見る。


 ……血はもう止まっている。

 見た感じでは頭以外に怪我をしている箇所はない。


 一体、何があったんだ。

 ルナは。ルナはどこへ行ってしまったんだ――。


 彼女の手を握り待っていると、店主が戻ってきた。

 その後ろに白衣を着た数人の男が立っていた。その内の一人は担架を持っていた。


「こっちです!」


 そう言うと、そのうちの一人がおれに近づいた


 彼らはヴェルナリスに近づき、顔の傍に耳を近づけた。

 それから首に手を当てた。


「お名前は?」

「ヴェルナリスです」

「ヴェルナリスさん! 聞こえますか?」


 男がほおを叩き呼びかけた。

 ヴェルナリスは小さな声でうめき声を上げた。だが彼女は目覚めなかった。


「どれくらい気を失っているのですか?」

「気を失ったのはついさっきです。すぐに貴方達を呼びました」


 男は彼女の髪をかきあげて、傷のあたりを見た。


「どのように怪我をされたのですか?」

「……すみません。分からないのです」

「そうですか」


 彼は怪我をしている頭の部分に両手をかざした。


「ヒール(癒せ)」


 そう唱えると、その手を中心に青白い輝きが一瞬見えた。

 輝きが消えると同時に、ヴェルナリスの表情が心なしか和らいだ。


 男は立ち上がり、おれを見た。


「応急措置はしました。詳しく調べてみないと分かりませんが、命にかかわるものではないと思います」

「……そうですか。ありがとうございます」


 おれはほっとため息をついた。


「ただ原因が分からなかったので、強めに治癒の魔法をかけました。半日以上は目が覚めないかと思います。このまま診療所へ運びましょう」


 手慣れた素早い作業で、担架へ彼女を載せている。


 ――どうする。おれは何をするべきだ。何が最善だ。

 考えろ。


 彼らの準備が終わる直前に、おれは指示を出していた男へ声を掛けた。


「お願いがあります。この街の兵を手配してもらえませんか。彼女を護衛してもらいたいのです。それも厳重に」


 彼は怪訝そうな顔でおれを見た。

 おれは彼にだけ見えるように、そっとフード持ち上げた。


「……あぁ、あ、貴方は……」

「お願いします。外に兵士がたくさんいたと思います。呼んできてもらえませんか。今すぐ」


 しばらく混乱した形相を見せていたが、彼はすぐに冷静さを取り戻した。


「すぐに呼んできます」


 彼は他の白衣の男達へ説明をすると、店をすぐに出ていった。残った男たちはおれのことをじろじろと見ていた。たぶんおれが先導士だということは聞かされていないようだ。


 おれはまだ困惑している店主に近づいた。


「銀髪の大男の姿を見ましたか?」

「ぎ、銀髪? いえ。そんな男は見ていません」

「貴方はずっとここにいたのですか?」

「えぇ、いたにはいたのですが……」


 店主が言い淀んだ。


「何故か急に睡魔が襲ってきまして。どうも居眠りをしてしまっていたようです。ほんの僅かな時間ですが」


 居眠り。

 偶然とは思えない。


「銀髪の少女が出ていくところを見ましたか?」

「いえ。夕方に戻ってくるのは見ましたが。そういえば居眠りをしてしまったのは、そのすぐ後です。普段はそんなことないのですが……」


 出ていく時はあの窓から飛び降りたのだろうか。ロックが掛かっていたのは、多分そのおれが中からそうしたのだろう。


 店の扉が開いた。

 彼が戻ってきた。その後ろには三人の兵士がいる。


 兵士の一人がおれに近づいた。

 迷惑そうな顔をしておれを睨んでいた。


「来れば分かると言われたのですが」


 おれは先ほどと同じように、彼にだけ見えるように髪を見せた。

 彼もまたひどく混乱している様子を見せた。そして膝をつきおれに頭を下げた。これでおれが先導士だということが他の人間にも分かってしまうだろう。だが仕方ない。


 落ち着いたのを見計らって声を掛ける。


「貴方達の力をおれに貸してくれませんか」

「……は、は! 何なりと!」

「この子を厳重に護衛してもらいたいのです。無事でいてくれるなら場所は問いません」


 彼は緊張した声で返事をした。


 その返事を聞いておれはすぐに駆け出した。

 店主を連れて二階へ上がり部屋へ入った。


「すみません。明かりをつけてもらえませんか」

「……はぁ。あ、あの一体何が起こっているのですか? 私には何が何やら……」

「仲間が誘拐されたのです」

「ゆ、誘拐?」


 彼は震えた声を出しながら明かりをつけてくれた。


 ベッドの脇にマジックボックスと書かれた紙袋がいくつか置いてあり、そのうちのいくつかが倒れていた。

 中身が床に転がっている。その傍に鞘の抜けた刀が落ちていた。ヴェルナリスは戦おうとしたのだろうか。


 窓に近づき外を見た。外は暗い。完全に夜になってしまった。

 三方向に路地が伸びている。人の姿は見えない。


 ふと足元にバックパックが当たった。


 おれは足元のバックパックを探った。これはヴェルナリスのものだ。銀貨や紙幣の入った袋がある。強盗を疑ったが、どうやら違うらしい。部屋を見渡したが、ルナのバックパックはないようだ。何故ルナのバックパックがないのだろうか。


 この部屋に他に気になるものは見つけられなかった。

 手がかりは乏しい。


 どうする?

 街を走って探すか? だが闇雲に探しても見つけられるとは思えない。


 ならドロシーさんの所へ?

 いや、駄目だ。もう儀式は始まっているかもしれない。レビアを不安にさせてはいけない。


「そうだ……」


 ふと頭の中に、ある人の姿が思い浮かんだ。

 おれは走り出していた。

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