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第41話 レビアの決意

 ルナが床に仰向けになってすぅすぅと眠っている。

 ドロシーさんが戻ってこないまま、かなりの時間が過ぎた。


 重苦しい空気が流れていたが、ヴェルナリスが口を開いた。


「なあ、クロ」

「ん?」

「わたしが思い描いてたドロシー様は、いつも勇敢で弱さなど微塵も見せない女性だった。そう思ってた」

「うん」

「でも、あの人もあんな風に涙を見せるんだな」

「……うん」


 ふとレビアの表情が沈んだのに気がついた。


「どうした?」


 そう聞くと、レビアは首を振った。

 それから憂いを帯びた瞳をおれに向けた。


 どうしたんだろう、と思ったとき、足音が聞こえてきた。


 扉がゆっくりと開く。

 目を腫らしたドロシーさんが部屋へ入ってきた。


「ごめんね。取り乱しちゃって」


 と言いながら、おれの正面に座った。

 まっすぐに見つめられる。


「君のこと、何も考えてなかったね。ごめんね」

「そんなこと……」


 先ほど感じた居心地の悪さは消えていた。

 代わりに心がじりじりと痛んだ。人を傷つける痛みをおれは初めて知った。


「貴女たちもごめんね」

「ドロシー様……」


 ヴェルナリスがそう呟いた。


「よく考えたらさ、やっぱり今の君はクロノじゃないのね」

「……え?」

「あいつ。君みたいに優しくなかったし」


 そう言って目線を伏せた。


「ごめんね」


 もう一度そう言ってから彼女はふっと笑みを浮かべた。


「みんな、お昼は食べた?」

「いえ」

「じゃあ何か持ってくるわ。すぐ戻ってくるから。もう少しだけ待っててね」


 ドロシーさんはまた立ち上がり、部屋を出ていったが、今度はすぐに戻ってきた。


 彼女の後ろに食器を載せたトレイがふわふわと浮いている。それも三つほど。

 あれも魔法なのか? いいな。便利そうだ。


 テーブルの上に料理が並んでいく。


「山いもをすり下ろしてご飯にかけてあるの。あとデザートにシュークリーム」

「ありがとうございます」


 シュ、シュークリーム。

 食べたい。


「もしかして君って甘いものが好き?」


 しまった。シュークリームを見ているのがばれてしまった。


「……はい」

「クロノも好きだったのよ」

「そうなんですか?」


 ドロシーさんは頷いて、おれに食べてみるよう促した。

 シュークリームを手に取った。


「いただきます」


 ぱくりとかじる。

 濃厚だが重すぎないクリームとぱりぱりの軽い生地が、それは美しいハーモニーを奏でている。つまり、幸せだ。


 ぐすっと音が聞こえた。

 ドロシーさんがまた指を目の下に当てて泣いていた。


「あ、あの……」


 困ったな。


「いい匂いがする……」


 ルナがすくりと起き上がった。そしてすぐに、机の上の料理の匂いをくんくんと嗅いでいた。


「ねえ、食べていいの?」

「こら。ドロシー様に向かってなんて口の利き方を……」


 そういったヴェルナリスをドロシーさんが制した。


「いいのよ。好きなだけ食べてね」

「うん!」


 こうして食事が始まった。


 食べながらドロシーさんは昔の話をたくさんしてくれた。ほとんどがクロノの話だった。話すのを聞いていて、この人はクロノのことがまだ好きなんだな、と思った。ヴェルナリスは神妙な顔で彼女の話を聞いていた。


 十年の前の出来事、十年前の人間に想いを馳せるというは、一体どれほどの想いなのだろうか。

 おれには想像ができなかった。

 この人の為にも、おれは記憶を取り戻さないといけないと思った。どこか懐かしく感じる料理を食べながら。






 食事を終えて一段落してから、また話を再開した。


「おれたちが来たのは、記憶がないことや異能のことについての相談です。だからさっきほとんどのことを話してしまいました」

「そうだったのね」


 ドロシーさんは髪をかき上げた。


「記憶を一時的に封印するオブリビオン(忘却せよ)って魔法があるけど。それを解除するというなら出来るんだけどね。でも君の場合は違うみたい。残念だけど魔法的な要因じゃなさそうね」


 仕方あるまい。だがそれは分かっていたことだ。だからこそウイリアムさんはザリオルの先導士に会えるよう手配してくれたのだと思う。


「それともう一つ目的があったのですが――」


 おれはルナとヴェルナリスを見た。


「おれとレビアとドロシーさんだけで話がしたい。席を外してくれないか?」

「どうしてだ?」

「おれとレビアに関わることをこれから話すからだ」


 ルナとヴェルナリスは顔を見合わせて、どちらからともなく頷いた。


「長くなりそうか?」

「分からないけど、長くなるかもしれない」

「分かった。じゃあわたしたちは先に宿屋へ戻ってるよ」

「ルナ、ヴェラ。……ごめんなさい」


 ヴェルナリスはレビアへ微笑んだ。


「気にしないでいい」

「ヴェラ、買い物していかない? マジックボックスの四階にお店がいっぱいあったよ」

「だ、駄目だ。またお金がなくなってしまう……」

「見るだけだから。ね?」

「うーん」


 立ち上がり玄関まで一緒に行く。


「じゃあ、買い物しながら戻るね」


 ルナが笑っている。

 ここぞとばかりに買うつもりなのだろうか。


 ルナたちが見えなくなるまで見送ってから、また部屋へ戻った。


 レビアはおれの隣に座った。

 彼女が緊張しているのが分かった。


 ドロシーさんが正面に座り、真剣な目でおれたちを見ていた。

 おそらく彼女はこの指輪のことを知っているのだろう。


「相談したかったのは、この指輪のことです」


 おれは手をテーブルの上に出した。


「それ……呪術だよね。しかも禁じられたはずの」


 おれの代わりにレビアが「はい」と答えた。


「わたしには刻印があります」

「そう……。もしかして貴女は……」


 遮るようにして、


「人を殺す道具として育てられた人間です」


 とレビアが言った。


 ドロシーさんは眉を寄せ怒りを含んだ表情を見せた。

 ぎゅっと拳を握ったのがここからでも見えた。


「噂には聞いたことあったけど。……ひどい」


 ドロシーさんは慈愛に満ちた瞳をレビアに向けた。


「あたしにこれを解除してほしいってことなのね。……外してあげたいけど、でもね、この術を外すことはあたしでも……」


 おれは指輪を指で掴み、ぐりぐりと持ちあげた。

 ドロシーさんが驚いた顔をしておれを止めようとしたが、構わずそのまま外す。

 外れた指輪をテーブルに置いた。コト、と小さな音が鳴った。


「理由は分かりませんが、何故か指輪を外すことができます。……多分、ロックを外した力と同じ現象だと思います」

「……一体どういうことなのかしら」


 おれは残りの指輪も外し、テーブルへ並べた。


「見てみるわ」


 ドロシーさんはテーブルの上の指輪を凝視した。

 真剣な顔のまま瞬きもほとんどせずに、しばらくの間見続けていた。やがて息を吐きながら表情を和らげた。そして。


「これなら解除できる」


 と言った。


「本当ですか?」

「うん。今この術はとても不安定な状態にある。そのほころびをついていけば、解除できるわ。……でも」


 ドロシーさんはレビアを見た。


「解除の儀式は一日は掛かる。その間、もしも貴女の心が極度に不安定な状態になった時、最悪の場合は死に至る。そしておそらく貴女のマナを使い切ってしまうでしょう。解除後でも二日は動けなくなるわ」


 死、という言葉を聞いて身体が硬直した。


「心が不安定っていうのは、どういう状態なんですか?」

「そうねぇ。例えばさっきのあたしみたいな状態ね」


 ドロシーさんは自虐的な笑みを見せた。


「恐怖、怒り、不安、期待。心に色んな感情が押し寄せて、涙が止まらないような、もうどうしていいか分からないような。そんな心の状態」


 レビアはおれの腕をぎゅっと掴んだ。

 彼女はすがるような顔でおれを見つめていた。


「クロ……」

「レビア、おまえが決めるんだ。おれはこの指輪を一生つけていたっていい」


 レビアは首を振りながら、


「わたしはクロの負担になりたくありません。でも……わたしは……」


 レビアがおれの腕を強く掴んだ。

 しばらく見守っていると、やがてレビアが口を開いた。


「ドロシー様。もしも今日お願いしたいと言ったら、すぐに儀式を行うことができますか?」

「そうね。夕方までには準備ができると思う」

「少しだけ外に出たいです。駄目ですか?」

「えぇ。準備だけはしておくわね。もちろん儀式をしない選択をしても構わない」

「申し訳ありません」


 ドロシーさんがテーブルの指輪を一つづつてのひらに載せ立ち上がった。


「じゃあ、あたしは奥の部屋にいるからね。日が沈む前までに帰って来てね」


 彼女は扉を開けて部屋を出ていった。


「クロとお話がしたいです」

「うん」


 立ち上がりフードを被り直した。


 彼女とともに玄関へ向かう。

 その間レビアはおれの腕をずっと離さなかった。


 外に出て、二人並んで歩いた。

 人の少ない方へ自然と足を運び、やがて広い川沿いの街路に出た。川は日の光を反射して白く瞬いていた。


「ここはなんだか似てますね。あの時に見た場所と」


 レビアがフェンス越しに川の水面を見ながら言った。

 二人で見たあの湖のことを言っているのだと分かった。


「あそこから下に降りれるみたいです」


 道沿いにあった階段を下る。

 川のすぐ側まで来ることができた。


 そのまま川沿いを歩いていくとベンチを見つけた。

 二人でそこへ腰を掛け、緩やかに流れる川を眺めた。せせらぎが心地よい。ずっとこのまま座っていたいと思える場所だった。


 しばらくぼおっと水面を見つめていた。

 やがてレビアの方から口を開いた。


「わたし、行きたい場所。見つかったんですよ」

「そうなのか?」

「はい」

「それって、聞いてもいいか?」


 レビアは困ったような顔で、


「クロには内緒です」


 と言った。


 笑っているようにも思えたし、泣いているようにも思えた。


「初めてそう思ったのはケルン城にいた時です。でもその気持ちは、とても恐ろしいものだったのです」

「恐ろしいもの?」

「クロに助けてもらっただけで幸せなはずなのに、何故だかふと胸が苦しくなって、理由も分からず不安になって。すごくイヤなことを考えてしまいました。わがままな想いです。特にヴェラが来てからはそれが強くなりました……」


 何故ヴェルナリスの名前が――。


「わたしは血に汚れています。こんなわたしが抱いていい想いなのかと、何度も自問しました」

「おまえは汚れてなんかいない。そんなことを考えるな」


 レビアは微笑みを見せた。


「クロなら優しい言葉を言ってくれると思いました。だから言ったのです。……イヤな女です。わたしは」

「レビア……」

「そしてドロシー様の話を聞いていて、もっと恐ろしくなりました」


 今度は何故かドロシーさんの名前を上げた。


 レビアが深呼吸をしたのが分かった。


「クロ、今日は何をしても怒らないでくれますか?」

「え……?」


 何をしてもって。


「いきなりビンタとかはやめてくれよ」

「ふふ、そんなことしませんよ」


 レビアはおれの方へ座ったまま体を寄せた。


「怒らないで聞いてくださいね」

「うん」

「わたしは、死ぬことは怖くないのです」

「死ぬことは怖くない?」


 おれはレビアの言葉を待った。


「だからさっき、儀式に失敗すると死んでしまうと聞いても、あまり恐怖はありませんでした」


 そうだったのか。

 でもレビアは不安を感じているように見えた。


「わたしが怖いと思うのは……」


 レビアは目線を落とした。おれの手を見ているように見せる。

 指輪をずっとはめていたからか、その痕がくっきりと残っていた。


 またレビアが深呼吸をした。

 顔を赤くなっているように見える。


「怒らないでくださいね……」


 と言って服のポケットに手を入れた。

 何をするつもりなのかドキドキして待っていると――。


「それは?」

「マジックボックスのゲームで取った景品です」


 細い棒の先に丸い玉がついている。

 その玉の周りの紙をびりびりと破いた。


あめか?」

「はい」


 黄色の飴玉あめだまが先っぽについていた。

 何故そんなものを。


「わたしが食べさせてあげます」

「は?」

「食べさせてあげます」


 な、何なんだ。

 力のこもった声を聞いて、思わず頷いてしまった。


 レビアが立ち上がった。

 そしておれの膝の上に跨るように乗ってきた。

 彼女の体重と柔らかさを太ももに感じる。


「お、おい。レビア」

「怒らないって言ってくれました」


 と泣きそうな顔で言った。

 そ、そうだっけ?


「舐めてみてください。きっと美味しいですよ」


 真正面に座ったレビアは、おれの口の前に飴玉を突き出した。


「舐めてみてください」

「は、はい」


 ぺろっと舐めてみた。

 甘い。


「レ、レビア?」


 レビアの顔が真っ赤だ。

 なぜだろう。


「唇でも味を感じることができますよ」


 そう言って飴玉をおれの唇にぴたりと触れさせた。


「どうですか?」

「あまり分からない……」


 はぁはぁとレビアは呼吸を荒げた。興奮して見える。

 どうしたんだろう。


「目を閉じると……。きっと味が分かりますよ」


 レビアは手でおれの目を覆った。

 目の前が暗くなる。


 しばらくの間、川のせせらぎとレビアの呼吸だけ聞こえる時間が流れた。


 そして。


 また、唇に飴玉あめだまが触れた。

 甘い感触がした。


「ど、どうですか?」

「あ、甘かったかな」


 はぁはぁとレビアが息遣いを荒げたのが分かった。


「わ、わたし……もう……」


 どうしたんだと言おうとしたが、先に彼女が言葉を放った。


「つ、つつ、次は、し、舌を、舌をべえってしてください」

「べえ」

「動かないでくださいね………」


 舌にざらりとした感触がした。

 飴玉あめだまがおれの舌の上をなぞるように動いている。くすぐったいような、しびれるような、そんな感触だった。

 舌全体を弄ぶように飴玉あめだまが動く。


 やがてあめが舌から離れた。ねちゅっと音がした。


 レビアが激しく息をしている音がすぐ近くで聞こえた。


「クロ……どうでしたか?」

「なんか……変な感じ」

「わたしも……」

「わたしも?」


 レビアが手をどかす。

 視界が復活した。


 耳まで真っ赤にしているレビアがいる。呼吸は更に荒くなっていた。

 とろんとした瞳は、少し潤んで見える。


 レビアがおれの膝の上から降りた。

 そしてまたおれの隣に座った。


 レビアは肩で呼吸をしていた。

 少しづつそれが治まっていく。


「レビア、今のは一体?」

「……わたし、儀式を受けます」

「え?」

「負けません……わたし」


 レビアは強くそう言った。

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