第39話 マジックボックス
耳にくすぐったさを感じて、唐突に目が覚めた。
――なんだ。
――ルナか。
またこいつおれのベッドに……。
…………。
眠い。まあいいや。
……。
「起きてください」
レビアに体を揺すられ、目が覚めた。
「おはようございます。朝ですよ」
「うん……おはよう」
おれは体を起こしあくびをした。
「ルナは?」
「まだ寝ています」
隣のベッドを見る。
毛布が丸くなっているのが見えた。
夢――じゃないよな。
ルナがベッドに入ってきていた。何なんだろう。
「ま、いいか」ともう一度あくびをした。
ベッドを出てこの部屋の入り口にあるトイレに向かう。
なんか開きにくいな。
建付けが悪いのか?
「クロ、待ってくだ――」
扉が開いた。
「…………」
「…………」
ヴェルナリスと目が合った。
しゃああ、と何かの音が聞こえた。
彼女の顔が見る見る紅潮し、次に泣きそうな顔になった。
おれは扉を閉めた。
「さて……」
レビアの冷たい視線に耐えながら再度ベッドに入った。
「起こすところからやり直してくれ」
今日も一日が始まる。
ヒリヒリする右頬をさすりながら宿屋を出た。
「……変態」
ヴェルナリスはまだ怒っている。
「悪かったよ……」
「……何回見れば気がすむんだ……君は」
気をつけよう。
マジで。
「さあ! 今日はドロシーさんを探そう」
極めて明るい声を出して彼女たちに言ってみた。
だが返事はなかった。レビアはもちろんのこと、事情を知ったルナも冷たい目でおれを見ていた。
仕方ないじゃないか? ロックが外れてしまうのだから。
「と、とりあえず行こうか」
頑張ろう、おれ。
店主に訊いてみたところ、彼は分からないと言いつつも、ドロシーさんが住んでいるだいたいの場所を教えてくれた。とりあえずその辺りまで行けばいいだろう。
裏路地を通りながら街を進んでいく。
昼間は一層の注意をしなければならない。髪をどれだけ隠しても、目の色で違和感を持たれてしまうかもしれない。人に近づくことはできない。
いつか何も気にせず街を歩ける日が来るのだろうか。
その光景を想像することが出来ず、少しだけ悲しい気持ちになった。
大きな橋を歩いて川を渡り、店主が教えてくれたエリアに入る。
こちら側の方が高い建物が多い気がする。それに歩いている人も多い。
地図を見ると路地がないようだったので、仕方なく大通りを歩いた。
こちらにも細い水路がいくつも走っている。日が出ているからか水路の底の青い輝きは見えなかったが、きっとここもあの魔石の装飾がされているのだろう。
「なんだあれ」
大通り沿いに一際高い建物があった。
ガラスが張られた入口の上に、派手な赤色の看板が掛けられている。
マジックボックスと書かれていた。
建物自体も赤い模様が入っていて、他の建物より存在感がある。
「なんだここ? 随分派手だな」
「娯楽施設のようですね」
レビアが宿の店主にもらったマップを見ながら答えてくれた。この店のことも書いてあるようだ。
「娯楽施設?」
「魔法を使った娯楽用の設備がたくさんあるみたいです」
娯楽用の設備……。
すごく気になるぞ。
「ルナ。おれはここにドロシーさんがいるような気がする。おまえはどう思う?」
「そうね……。わたしもそう思う」
「よし! 入ってみよう」
そう言ったところで腕を掴まれた。
「こら。こんな所にいるわけないだろう。スフィラ屈指の大魔導士様だぞ。っていうか君たちが行きたいだけだろ」
「いや、でもマジックとか書いたあるし。やっぱりいるんじゃないか? 魔法繋がりということで」
「駄目ったら駄目だ。こんな所に入ったらすぐにお金がなくなってしまう」
「見るだけだよ、見るだけ。頼む」
「そ、そんなに行きたいのか?」
「うん」
食い入るようにヴェルナリスを見ると、やがて彼女から目を逸らした。
「分かったよ。……もぅ、今回だけだぞ」
「ありがとう!」
「本当に分かってるのか? 全く……」
四人揃ってガラスの扉へ近づく。扉が自動的に開いた。
店内に入ると白いタイルが敷き詰められた明るく広い通路があった。ちらほらと人が見える。賑やかな人の声の後ろに、小さな音で音楽が流れていた。
通路の壁に店内の案内図が掛けられている。
各フロアはそれぞれ別の施設が入っているようだ。
「四階建てみたいですね」
「とりあえず一階から見ていくか」
「見るだけだからな……」
通路を進み、左側の部屋へガラスの扉から入った。
色々な音楽が同時に鳴っているのが聞こえた。賑やかで楽しげな雰囲気があった。 白いタイルの床の上に、背より少し高い箱がたくさん置いてある。ガラスの箱が多いようだが、色の箱もあった。
その箱の間を大勢の人が行き交っていた。
「なんだろうね? あれ」
ルナも知らないようだ。
「入ってみましょう」
遠くから透明の箱を見る。
中にはぬいぐるみが入っているようだ。
その正面にいる男が手をかざすと、箱の中にある小さなシャベルのようなものが一人で動き始めた。
ぬいぐるみをすくいあげる。
が、ころりとシャベルから転がり落ちてしまった。男は悔しそうな顔をしていた。
「魔法を使ったゲームみたいですね」
「……。もしかして、おれ、出来ない?」
レビアは悲しそうな顔をしておれを見上げた。
「わたしが代わりにしてあげますっ」
「……なんとなくだが、それだと意味がないんじゃないか? 多分」
「残念です……」
まあ仕方がない。記憶が蘇ったらマナも使えるようになるのだろうか。
そうなったらまた来よう。絶対。
「あれ、ルナとヴェルナリスがいない」
「あっちにいるみたいです」
いつの間に。
それぞれ違う場所にいた。
まずヴェルナリスの方に向かう。
「何やってるんだ?」
彼女の前に腰くらいの高さの木の箱がある。
その箱の上面にはいくつも穴が開いていた。ヴェルナリスはおもちゃのハンマーを持っていた。
軽快な音楽とともに箱から不細工なぬいぐるみの人形が顔を出した。
ヴェルナリスがハンマーで叩くと「ぎゃっ」と音がした。
次々とぬいぐるみが出てくる。次第にその速度が速くなってきた。
あの中に人がいるのか?
それとも魔法なのだろうか。
「お、怒ったぞー」
と子供のような声が箱の中から聞こえた。
穴から一斉に人形が出てくる。
「なんの! はぁぁぁぁああああ!」
――速い!
ヴェルナリスは猛烈な速度でその全てを叩いていた。しばらく訓練をしていないが、おれの目には全く衰えていないように見える。
「参りましたー」
とまた声が聞こえた。
箱の上の空間に、突然、赤い文字で数字が浮かびあがった。
どよめきが起こった。いつの間にか人が集まっていた。
彼らはヴェルナリスを見て拍手をしていた。ヴェルナリスは照れるような顔をしてハンマーを箱の上に置いた。
「おまえが遊んでるじゃないか」
「す、すまない。勧められてつい断れず……」
ヴェルナリスも加えて、今度はルナの方へ行った。
ルナは絵がたくさん張られている箱の前にいた。
「ルナも何かで遊んでたのか?」
「ううん……、まだ」
ルナは絵を見つめているようだった。その絵を見てみると、それが普通の絵ではないことがすぐに分かった。
まるで現実を切り取ったように二人の女性が写っている。
彼女たちは腕を広げてポーズを取っていた。他の絵を見ると、そこにも女性が描かれていた。みなそれぞれ色々なポーズを取っていた。
「この箱に入った人の絵がすぐに作れるんだって」
「へぇ」
「みんなで、入りたいな……」
ルナが甘えた目でヴェルナリスを見つめた。
「う、うん。わたしもさっき遊んでしまったし……」
扉を開けて箱の中に入った。
中は真っ白の空間だった。正面の壁に赤い点がぽつんと書かれている。その逆側には椅子があった。そこに座れということだろうか。
四人だと少し狭い。
ヴェルナリスが銀貨をいくつか取り出した。
コイン入れに銀貨を投入する。
「じゃあ、行くよ。目の前の赤い点を見つめてね」
大人の女性の声がどこかから聞こえた。
「な、なんだ?」
「好きなポーズをしてね。3、2、1――」
すると目の前が一瞬光った。
「もう一枚行くよ。準備はいいかな? 3、2、1――」
また光った。
「この瞬間を絵にするということでしょう」
「そうなのか?」
「これで最後だよ。3、2、1――」
光る。
「好きな絵を選んでね」
赤い点が消えた。
代わりにそこへ三枚の絵が突然映し出された。
「す、すごい。これも魔法なのか?」
「オルハルトにこのようなものはなかったです」
「エーデルランドもだ」
ルナは壁に近づいて、まじまじと絵を見比べていた。
おれ以外の三人はしっかりポーズを取っているようだ。おれは変な方向を見ていた。
ルナは唸り声を出して悩んでいたが、やがて一番右の絵に触れた。
「次は背景を選んでね」
別の絵が六枚出てきた。色々な景色が写っている。
ルナはその中から、月が浮かぶ星空を選んでいた。
「外の取り出し口に出しておいたよ。また来てね」
箱の外へ出る。
扉のすぐ右下にあった窪みに絵が入っていた。思ったよりも小さい。
ルナはそれを持つと、目を輝かせた。
「見て」
とこちらに絵を向けた。一枚の絵ではなく、四分割されているようだ。星空の下におれたちが写っている。
ルナはもう一度絵を見た。
優しい瞳でじっと見つめている。
それから目を閉じて、胸にゆっくりと抱きよせ微笑んだ。まるでその絵を深く心に刻んでいるようだった。
――ルナのこんな嬉しそうな顔、初めて見た。
それを見れただけでも、ここに来てよかったとおれは思った。
それからおれたちはその部屋にしばらくいた。
おれができそうなものは残念ながらないようだった。彼女たちが遊んでいる間、おれはその姿をひたすら羨ましい気持ちで見ていた。
彼女たちが十分満喫したということで、通路に出た。
「こ、ここは恐ろしい場所だ。いつの間にか銀貨を取り出してしまう……」
「ねえ、他には何があるのかしら?」
レビアが案内図へ近づいた。
「二階に魔物屋敷というのがあるみたいです」
「魔物屋敷?」
「魔物を知らない今の子供たちに、その恐ろしさを伝えるための施設のようです」
「そ、そんなものとっくに知ってる! わたしは嫌だぞ」
「わ、わたしも行かないからね!」
おれも行きたくない。そんなところ。
「三階では演劇がやってるみたいです。普通の演劇ではなく、魔法を使ったものみたいですよ」
「魔法……おれでも見れるのか?」
「大丈夫みたいですね。魔石を使ったものではないようです」
「ふーん。じゃあ、とりあえず行ってみるか」
通路を進み階段を上る。
二階を通過するとき、ヴェルナリスがレビアにしがみついていた。
三階につく。明るさが抑えられていて落ち着いた印象がある。
床の色も白から茶に代わった。
左にカウンターがあり人が立っている。その奥に赤い扉があった。あの扉の向こうで演劇が見られるということだろう。
看板が置かれている。
何気なくその文字を見てみた。
クロノ・リュートの戦い――。
そう書かれていた。背景に荒野の絵が描かれている。
「もうすぐ始まるみたいですよ」
うーん。見てみたい。ドロシーさんにも会うことだし。
ヴェルナリスは許してくれるだろうか。
そう思って彼女を見ようと思ったら、いつの間にかいなくなっていた。
「おーい!」
声がした方を見る。
いつの間にかカウンターの方にヴェルナリスがいた。
紙を持った手を振っている。
「チケット、買っておいたぞ」
「え? いいのか?」
「当たり前だろ。クロノ様が主人公の劇だ。見ないわけにはいかない」
そういえばヴェルナリスはクロノに救われたんだった。
「ポップコーンや飲み物もあるみたいだぞ!」
ヴェルナリスはにこにこと笑いながらお金を取り出していた。こいつ、案外浪費家なんじゃないのかな……。
ポップコーンと飲み物を持って、扉の奥へ入った。
椅子がたくさん置かれていて、人がまばらに座っている。劇場と違うのは、そこに舞台はなく、代わりに大きな黒い幕が下ろされていることだ。
四人で座って待っていると、やがて音楽が消えた。
そして明かりがふっと消え、暗闇になる。
正面の壁一面に、突然ある景色が写った。
鉛色の空が覆う見渡す限りの荒野。地面の草が揺れている。これは魔法で写されたもののようだ。
果てしない荒野に、黒い革服に黒い髪の青年が立っていた。
その下に「クロノ・リュート」という文字が表示された。
場面が切り替わる。
劇場から悲鳴が聞こえた。
ヴェルナリスとルナも小さな声を上げた。
青白い皮膚に黒い模様のような線がいくつも入っている。
黒い瞳。黒い髪。黒い翼。
それは明らかに人外だった。その人外の下に「魔王」という文字が写る。
二人は対峙したまま互いに視線をぶつけている。
風が吹き、砂埃が舞った。
数秒の時が過ぎる。
やがて青年が動いた――。
激しい戦いの末、クロノ・リュートが渾身の蹴りを放った。
魔王の体が折れ、そのまま地面に崩れ落ちる。
魔王は最後の足掻きに自爆を仕掛けた。
白い閃光とともに爆発音が響く。光りが薄れる。砂埃が舞う。そこに立っている人影が徐々に姿を現していく。
ボロボロの姿のクロノが立っていた。
――こうして、クロノは魔王を滅ぼし、世界に平和が訪れた。
クロノはまだ見ぬ魔人を討つため、長い旅に出たのであった――。
荒野を歩いていくクロノの背中が、徐々に小さくなっていく。
明かりがぱっと点いた。
どうやら終わったようだ。
場内に歓声と拍手が起こった。
「お、おい! ルナ、レビア! 拍手をするんだ」
パチパチと両隣から音が聞こえる。
その音を聞きながらおれは先ほど見たものを思い返した。
クロノの戦った魔人は、そのあまりの力が故に、魔王と呼ばれていた。
他の魔族を引き寄せるほどの強大な魔人。クロノはそれを、肉体一つで打倒した。
――どこかでおれはこれを見たことがある気がする。
だが同時に、おれが見たものはこれではなかったような気もする――。
それにあの劇の最後。
クロノは死んだんじゃなかったのか。
その時、誰かに呼ばれた気がした。
「どうしたのですか?」
「いや……誰かに呼ばれた気がして」
振り返ってみる。出口に向かう人の列が見える。
あれ、また聞こえた。
「ルナ、今聞こえなかったか?」
立ち上がって振り返った。
「誰もクロのことなんて呼んでないけど?」
「いや、でも確かにあっちから……」
人が徐々に少なくなっていく。すると、女性がこちらを見て立っているのが分かった。
長い赤髪の女性で、大きく胸元が露出した服を着ていた。マフラーをして口を隠しているが、その人が美しい大人の女性だと分かった。
その女性がこちらに近づいてくる。
な、なんだ?
彼女はおれたちの正面に来ると、おれの顔をじっくりと見た。
おれは咄嗟にフードを深くかぶり下を俯いた。
「や、やっぱり。生きてたのね……」
「え?」
今、この人なんて?
おれのこと……、知っているのか?
「うっ……うぅ」
「あ、あの?」
「ふえぇぇん」
「ぶはっ!」
突然、泣かれながら抱きしめられた。
い。息が……。
「クロノ!」
「……は?」




