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第38話 思想

 レビアたちが片膝をつき頭を下げた。

 おれは固まっていたことを思い出し、慌てて彼の手を握った。


「あ、あの。クロといいます」


 彼と目が合う。鋭い目でおれを見ている。全身に痺れたような緊張があった。


 ――先導士。

 これが本物の先導士なのか。目の前にただ立っているだけなのに、圧倒されるような感覚がある。


「そこに座るといい、クロ。君たちも同席して構わん」


 ヴェルナリスが緊張した声で「はい」と言った。


 横長のテーブルの手前側の席に着いた。

 彼女たちは座らずにおれの後ろに立ったままだった。ルークと名乗った先導士はおれの正面に座った。


「この部屋は完全に外部と遮断されている。フードを外しても構わない」


 おれは頷きながらフードを外した。


「あの……どうしておれをここへ?」


 自分の声が震えたのが分かった。

 緊張しているんだ。


「そうだな。きっかけから話そうか」


 彼は腕を組み、少し間を開けた。


「数日前にどうやらオルハルトがおれの所在を確認しているらしい、という情報が入った」


 ナレードさんがおれのことを調べていた時のことだろうか。


「気になって調べていたところ、偶然、ハイラインとエーデルランドの領主たちが先導士に関する連絡をしていることを知った。三日前のことだ。その後ハイラインに無理を言ってこの国に来させてもらったんだ」

「あの……貴方はこの国の人ではないんですか?」


 ルークさんは少し驚いた顔をしてから息をふっと吐いて笑みを浮かべた。


「そうか。君は記憶を失っていたんだったな。おれは別の国の先導士だ」


 その時、部屋の奥からノックの音がした。

 入口とは違う扉だ。


「入れ」


 扉が開いた。

 手にトレイを持った女性が入ってきた。危なっかしい足つきでトコトコとこちらに近づいてくる。


 レビアと同じくらいの歳だろうか。ウェーブの掛かった長い金髪の、幼い顔立ちをした少女だ。青と白の模様の入った可愛らしい服を着ていた。


「アイスティーを持ってきましたぁ」


 彼女はルークさんとおれの前にグラスを置いた。


 目が合った。


「わ、わわわ!」


 彼女の視線がぐるぐると色んな方向に彷徨った。


「先導士様だぁ……」


 彼女はトレイで顔を隠すようにした。

 と思ったらそれを少しだけ下げて、おれの顔を覗くようにして見た。ぱちぱちと大きい目が瞬きしている。


「あの、何か?」

「あ、あのぉ、わたし、ロクサーヌと申します。ロキと呼んでください」

「は、はぁ。おれはクロといいます」


 見つめられている。

 な、なんだ。


「ロキ、もう下がってろ」


 ロクサーヌと名乗った少女は、はっとした顔をすると、見るからに落ち込んだ顔を見せた。

 続けて、しゅんとした声で「……はい。マスター」と言った。


 トボトボと入ってきた扉の方へ歩き、その向こうへ消えていった。


「すまないな。話を戻そう」


 あの子のおかげだろうか。

 ちょっとだけ冷静さを取り戻せた気がする。


「どうしておれが泊まった宿が分かったのですか?」

「宿? あぁ、あの手紙のことか。なんてことはない。この街の全ての宿泊施設に同じものを置いてきただけだ。君たちがどこに泊まるのか知っていたわけではない」

「す、全て!?」


 そんな大規模なことが行われていたのか。どれくらい宿屋があるか分からないが、簡単なことではないだろう。


「あの手紙を持ってるか?」

「はい……、これですよね」

「それには色々な仕掛けを施してある」


 折りたたんであった紙を広げる。


「あれ?」


 するとそれは、ただの白い紙だった。文字も魔法印も消えている。


「この街にばらまいた手紙の文字も今頃それと同じように消えている」


 どうやって……、と訊こうと思ったがやめた。理解できると思えなかったからだ。


「それともう一つ。この手紙は先導士でなければ見ることはできないようになっていた」

「そうなんですか?」

「あぁ。一見何でもない文章に見えるが先導士のマナに反応すると本当の文章が浮かんでくるように作った。だからここへ到達できる者は、先導士かあるいはその傍にいる者だけということになる。魔導士なら解析できるだろうが相当な時間が掛かるはずだからな」


 一瞬で文字が変わったのは、それのせいだったのか。

 だが先導士のマナに反応というのはどういうことだろう。


 おれはマナを扱えないはずなのに――。


「どうかしたか?」


 ルークさんがおれを見た。落ち着いた目をしている。なのに、心まで見透かされてしまうような鋭さがあった。


「いえ……」

「そういうわけで、ばらまいた手紙からここの情報が洩れることはない。君がここへ来たことによって君たちに迷惑が掛かることもないだろう。その点は安心してくれ」


 あぁ、ルークさんはおれが心配しているのか。

 少し怖い人かと感じていたけど、案外そうではないのかもしれない。


「はい。でも何故そこまでしておれに?」

「君がどういう先導士なのか見ておこうと思ってな」


 ルークさんはおれの顔を観察するように見た。

 忘れかけていた緊張がまた蘇ってきた。


「そしておれがどういう先導士なのかも伝えておこうと思う。もし君がおれの考えに賛同できるなら、是非協力をしてもらいたい」


 ルークさんはグラスを手に持ち口をつけた。

 これから大事な話をするのだということが何となく分かった。


「君は本来国家というものが存在することを知っているか?」


 そういえば前にレビアが言っていた気がする。


「はい。たしか今は機能していないと聞きました」

「あぁ、その通りだ。魔族の脅威が去り、共通の貨幣を使う時代になった今でも、国家という概念自体が浸透していない。領主がその土地を統治する時代が長すぎたのだ。領土間の交流も未だに希薄だし、国家に属するメリットがないと各領主は考えている。だが――おれはこのままではいけないと考えている。何故だか分かるか?」


 おれの足りない知識では分かりそうもなかった。

 おれは首を横へ振った。


「おれたち先導士の存在だ」


 ルークさんはおれを真剣な目で見つめた。その瞳には異様な迫力があった。


「豊かになり危険がなくなれば、領民はより安心できる生活を求めて活動するようになる。はっきり言えば、おれたち先導士が属する領土へ人が集まり始めるのだ。現に十年前から今日までの間で、どこの国も領民の数が大きく増減している」


 シエナの街の彼らやニックさんのことを思い出した。

 彼らにとって先導士は希望なのだ。それは身を持って体験している。


「いずれ貧富の差が大きくなる。先導士の奪い合いが始まるかもしれない。そうでなくても領土間で争いを始めるようになるだろう。おれはそう考えている」

「奪い合い……」


 ふいにナレードさんのことを思い出した。

 彼は先導士を保護して恩を売るために、暗殺者だったレビアにおれを襲わせた。


「回避する方法はただ一つ。おれたち先導士が領土ではなく国家という名のもと一か所に集まることだ。そうすれば人々は国家に頼らざるを得なくなる。領主も国家を無視できなくなるだろう」


 ルークさんは再度グラスを持ち口へ運ぶ。

 ゆっくりとグラスをテーブルへ置いた。


「これがおれの考えだ。今の話を聞いて君がどう思ったか率直な意見を聞きたい」


 おれは深呼吸をしながら、自分がどう思ったのかを考えた。

 考えて言葉にする。


「おれは……。おれには記憶がありません。だからそこまでまだ考えられないというのが、正直な気持ちです」

「そうか……」


 ルークさんは軽蔑を含んだ瞳でおれを見た。

 彼を失望させてしまっただろうか。


「先導士の力は強大だ。おれたちには全ての人間を救う義務があるという認識はあるか?」


 ルークさんがおれを見ている。

 彼の真剣な問いに本心を伝えなければならない、と思った。例え軽蔑されようと正直に答えなければならない、と。


「おれは目の前のものを守るだけで精一杯です。全ての人をなんて考える余裕はありません。少なくとも今は」


 彼はふん、と鼻で笑った。


「目の前のものを守ると言えば聞こえはいいが、それはその他大勢を見殺しにするということだ。先導士というのはそういう存在だ」

「例えどれだけ強くなっても全てを守ることはできない。ある人に、そう教えてもらいました。だからおれは、全てではなく、守りたいものを守ります」


 ルークさんの表情が強張った。


「たしかに全てを守ることはできないかもしれない。だが先導士は公平でなければならない。特定の人間や領土の味方をすれば、それはその他を見捨てることになる」


 彼の言葉には強い信念を感じる。そしてそれは、正しいものなのだと思う。

 記憶のないおれに、彼を否定をすることはできない。


 だがおれは頷きたくなかった。


 自分が守りたいと思ったものを守れないくらいなら、その他全員を救おうと思わない。

 ――そう口にしようとした時、また部屋の奥の扉がガチャリと開いた。


「お! お茶を! お茶を持ってきましたぁ!」


 さっきの彼女が両手にグラスを持ってこちらに走ってきた。


「きゃ」


 彼女が派手にすっ転んだ。グラスの割れた音がした。


「ロキ……誰が入っていいと言った」


 ロキと呼ばれた少女は転んだまま顔だけ上げた。


「……ごめんなさい」

「もういいから。そこを片付けろ」

「はい。マスター……」


 ロキは立ち上がると、力のない足取りで扉の奥へまた消えていった。


「すまなかった。……記憶がないということは理解していたんだが、熱くなってしまった。申し訳ない」


 彼は険しい顔を崩した。


「……いえ。こちらこそすみませんでした」

「だが記憶を取り戻したあと、おれの言ったことをもう一度考えてほしい」

「はい。必ずもう一度真剣に考えてみます」


 ロキが戻ってきた。ほうきとちり取りを持っていた。

 沈んだ表情をしている。


「おれはしばらくここにいる。君に会う以外にも目的があってな、まだ数日はいるつもりなんだ。もし何か困ったことがあったら言ってくるといい。先導士のマナにだけ反応するよう入口をロックしておこう」

「はい。ありがとうございます」


 お互い言葉を失い、自然な沈黙が流れた。

 おれは立ち上がる。


「それじゃあ、行きます」

「あぁ、十分注意してくれ」


 もう一度ルークさんに別れを告げて、おれが先頭になり階段を上った。

 一階に上がると、先ほどの男が再び頭を下げた。男は隠し扉を閉めて、入口の方へ行く。扉に手をかざした。


「ロックを解除しました。どうかお気をつけて」

「はい。ありがとうございました」


 扉を開け外に出る。


 少し歩いたところで「ぷはぁー」と気の抜けた声がした。振り返るとヴェルナリスが深呼吸していた。


「息が止まるかと思った」

「わ、わたしも……」


 ルナも同じように疲れた顔をしていた。


「ヴェルナリスでも緊張するのか?」

「あ、当たり前だろう」


 ……おれの時はそんな素振り見せなかったのに。


 でも、そうか。おれなんかと違って、あの人は正真正銘の先導士だ。

 彼には先導士としての強い信念を感じた。もしかしたらそれは、おれにないものかもしれない。


 その時、足音が聞こえた。目線を向けると、先ほどの店からロキが出てくるのが見えた。こちらに走ってくる。


「な、なんか危ない。転びそうだ」


 と思った時、また「きゃあ」と聞こえた。

 その体をいつの間にか移動していたレビアがキャッチした。


「大丈夫ですか?」

「はい…。ご、ごめんなさい」


 近づくと、レビアに抱かれたままのロキがおれを見つめた。


「あ、あのお! マスターは悪い人じゃないんですよ。本当なんです」

「え? マ、マスター?」

「ぶっきらぼうで不器用なだけなんです。だから嫌いにならないで……」


 彼女の瞳が潤んで見えた。


「わ、分かってる。嫌いになんてなるもんか」


 そう言うと、ロキは満面の笑みを浮かべた。

 なんというか表情豊かな子だ。


「ありがとうございます」


 彼女はレビアから離れ、ぺこっとおれたちに向かって頭を下げた。

 金髪の長い髪を揺らしながら店の方へ走っていく。


「きゃっ」


 あ、危ない。


 つんのめったものの、どうやら転ばずに済んだようだ。


 ロキはこちらを見ず、そのまま店に戻っていった。


「あまりここにいるものよくありません。行きましょう」

「そうだな」


 おれたちは宿屋に向かって歩き出した。


 路地を曲がり店が見えなくなったあたりで、脇腹をつんつんと突かれた。

 ヴェルナリスがこちらを見ている。


「なあ。クロがさっき言ってたのって……」

「え?」


 その目を見つめ返すと、ヴェルナリスは慌てたように目を逸らした。


「やっぱりなんでもない」

「なんだよ……」


 次に反対の腕をレビアが絡みついてきた。

 何なんだ……。こっちはなんか不安そうにしているし。


「どうした?」

「なんでもありません」


 そういうのが流行ってるのか。

 そう思ったら、今度は左手をルナが掴んだ。


 そして――


「い、痛ってぇ!」


 か、噛まれた……。


「何すんだよ」

「なんでもない」


 ルナは少し怒って見えた。

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