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第34話 弱さを見せるということ

 食堂へ案内された。


「す、すげえ」


 見るからに食べきれないであろう豪華な食事がテーブルの上に用意されていた。


「いいんですか?」

「勿論でございます。さあさ、どうぞお掛けください」


 おれたちはテーブルへ座る。

 ナイフやフォークの数を見ると、どうやらおれたち四人分ということらしい。


「あの、ニックさんは?」

「……申し訳ありません。旦那様はまだ手が離せそうにないようで」

「そうですか」


 おれたちだけで食べきれるだろうか。


 使用人の女性はおれたちへ冷たい水を出してくれた。

 おれは相当喉が渇いていたようで、一気に飲み干してしまった。使用人の女性は笑顔を浮かべ、また水を注いでくれた。


「お酒もございますが、いかがいたしますか?」

「お酒ですか」


 そう言えば飲んだことないな、と心の中で呟いた。


「飲みたいです」


 そう言うと、慣れた手つきでボトルを傾けた。

 グラスに濃い赤色の液体が注がれる。

 匂いを嗅いでみると、つんとする感覚とともに芳醇ほうじゅんな香りが鼻をくすぐった。


「お嬢様方はどうされますか?」


 ルナたちは酒を飲まないようだ。


 使用人の女性は部屋の隅に移動した。

 どうやらおれたちの世話をする為に待機するようだ。そんなに気を使わないでいいのに……。


「あの、もしお忙しければここは構わないですよ」

「……はぁ、しかし」

「ニックさんを手伝っていただいた方が、おれも嬉しいです」


 少し躊躇とまどっていたものの、


「すみませんですなぁ。――それではどうぞ、ごゆっくり」


 そう言って部屋を出ていった。


 早くニックさんも休めればいいが。


「さて」


 再度料理を見る。

 ごくりと喉が鳴った。ものすごく腹が減っている。


「いただきます」


 おれは肉を手に持って喰らいついた。

 ハーブの香りとともに濃厚な味わいが口の中で溢れた。


 ルナは既にフォークでウインナーを突き刺して、くんくんと匂いを嗅いでいた。

 それからばくっとかぶりついた。


 レビアは美しい動作でナイフとフォークを操っていた。

 なんて綺麗な動きなんだ。ずっと見てられる。


「見られると恥ずかしいです」

「わ、悪い」


 おれは酒の入ったグラスを手に持ち口へ含んだ。

 ……なんか変な味だ。それに喉、というか胸が熱い。これが酒なのか。


 ヴェルナリスがテーブルを見つめていることに気がついた。


「ヴェルナリス、食べないのか?」


 彼女は困った顔でおれを見た。


「やっぱりわたしはあとで一人で食べる」


 そう言って立ち上った。


 がっついていたルナがぴたりと動きを止める。


「体調が悪いの?」

「そうじゃないけど……」

「まだおれたちと一緒にいたくないのか?」

「ち、違う! そうじゃないんだ。そうじゃなくて……ああ、もう!」


 どすどすと足音を立ておれの方へやってきた。


「か、貸せ!」

「あ! おれの酒!」


 ヴェルナリスはおれのグラスを持って、酒を一気に飲み干した。


「何しやがる……」


 ヴェルナリスの顔が見る見るうちに顔が赤くなっていった。

 ヒックとしゃっくりをした。


「その、わたしは食べ方が汚いから……。見られたくない」


 ぼそっと言った。


 おれはテーブルへ目を向けた。

 ナイフとフォークを両方使わないと、食べられないものが多い。


「……じゃあ、わたしも……。片手だけで食べる」


 ヴェルナリスが首を振った。


「い、いい! やめてくれ」

「では食べやすいように切ってあげます」


 そう言ってレビアが立ち上がった。


「……そんなことしてもらうわけには……」

「いいんですよ」


 レビアはヴェルナリスの席へ移動し、ナイフとフォークを持った。

 そして凄まじい勢いで両手を動かした。


 す、凄い。

 この速度で全て綺麗に切られている。


 目の前の様々な料理が、あっという間にフォーク一本で食べられるようなサイズにカットされた。


「……すまない」


 ヴェルナリスが恥ずかしそうに言った。レビアは「またいつでもやってあげますよ」と答えた。


 ヴェルナリスはしゃっくりをしながら、レビアがカットした料理を見つめていた。

 座らないのかと思って見ていると、突然、


「わ!」


 と叫んだ。


「な、何ぃ? 急に大きい声出さないでよ」

「う……すまない。……その、わ! わたしのことだけど! ……ヴェラと呼んでほしい」


 ルナとレビアに言っているようだった。


「ヴェラ?」


 ルナが言うと、こくりと頷いた。

 それから赤い顔で深呼吸をし、不安げな顔で口を開いた。


「わたしは、君たちを何て呼べばいいかな」

「レビアでいいですよ。ヴェラ」

「わたしも、ルナでいいけど……」


 ヴェルナリスは上目遣いに彼女たちを見た。


「ルナ、レビア……ありがとう」


 ルナとレビアは優しく笑っていた。

 それにつられたのか、ヴェルナリスも少しだけ微笑んだ。


 初めてヴェルナリスの笑顔を見た気がする。

 おれはボトルを片手に持って酒を注いだ。何となくいい気分だった。


 その後、わいわいと話しながら食事をすすめた。魔人の話はしなかった。何故かヴェルナリスはおれよりも酒を飲んでいた。


 一番どれが美味しいかとルナに訊かれ、プリンを指さすと、彼女たちは盛大に笑った。






 夕食を終えたあと、おれだけニックさんに呼び出された。


 魔人のことを色々と聞きたいと言われた。

 特徴やどうやって倒したのかを知りたいということだった。おれは魔人の姿やあの不気味な表情や声などを事細かく伝え、覚えている限り戦闘の一部始終を伝えた。


 話をしながら、自分でもよく勝てたなと改めて思った。


 ヴェルナリスとの戦闘を想定して、ある程度攻撃を喰らうのを覚悟で突っ込む戦法を考えていた。

 あの一瞬、腹を刺された状態で攻撃できたのは、それのおかげだと思う。

 本当に肉を切らせて骨を断つことになるとは思わなかったが……。


 だがそれを考慮しても、やはりヴェルナリスでも勝てない相手におれが勝てたのは不思議だ。レビアの一撃が効いていたのだろうか。


 話を続ける。

 おれたちはこれからどうするのがよいか、という話になった。


「シエナの警備では不安です。あまり長居されない方がよいかもしれません」


 どういう意味か分からずに訪ねてみると、彼は少し驚いた顔をした。

 おそらく記憶があれば訊くような質問ではなかったのだろう。


「オロガレス教団ですよ」


 ――オロガレス教団?


 おれはリアクションをどう取るか決めあぐねた。知っていて当然という雰囲気が感じられたからだ。


 そのまま聞いていると、どうもそれは先導士を排除しようとする危険な組織であると分かった。ナレードさんが同じようなことを言っていたことを思い出した。あれは嘘ではなかったようだ。


「ウイリアム様からは心配しすぎだと怒られるかもしれませんが……。ケルン城なら私も安心です。せわしなくて申し訳ありませんが、戻った方がよろしいでしょう」

「そうですか……。分かりました」


 彼女たちとも話をしなければ。出発するなら明日の早いうちがいいだろう。


 話を終えて戻ってみると、レビアとヴェルナリスはもう眠ってしまったとルナに聞かされた。レビアは昨夜から一睡もしていなかったようで、だいぶ疲れていたみたいだ。


 ルナに魔石を操作してもらってシャワーを浴びた。


 お湯を浴びながら体を見た。

 大きな傷の跡が腹に残っていた。触ってみると突っ張ったような感覚があった。


 体が千切れかけるほどの怪我が一瞬で治るなんて。

 先導士の異能という言葉だけで片付けてよいのだろうか。だいたいどういう原理で治っているのか―-。考えても分かるわけもなく、自分のことを知りたいと思う気持ちと、それを恐れる心だけが肥大していくのを感じた。


 シャワーを終えて、個室に戻った。

 部屋はオレンジ色の弱い明かりが灯されていた。おれは自分で明かりを消すことができない。きっとルナが気を使ってくれて暗くしてくれたんだろう。


 ベッドに入り目を閉じる。

 すると、これまでの色々なことが頭に浮かび上がってきた。


 夕方まだ寝ていたせいだろうか、それとも酒を飲んだせいだろうか。

 妙に頭が冴えていて、どうやら眠れそうになかった。


 かちゃりと音がした。

 扉が音を静かに立ててゆっくりと開いた。廊下の明かりを背負って、人影が立っている。


 人影は扉をしめ、おれの方へ近づいてきた。

 一瞬ルナが入ってきたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。


「ヴェルナリス?」


 そう言うと、彼女がびくりと震えた。


「お、起きてたのか」

「どうした? 何かあったのか?」


 彼女はそこに立ったまま落ち着かない様子を見せた。

 左腕で二の腕を抱えるようにして俯いている。


 どうしたんだろうか。


 ヴェルナリスが何か言いたそうな顔でおれを見ている。

 まだ酒が残っているのか、顔が赤くなっているのが分かった。


「その……眠れなくて」


 彼女はもじもじしながら続けた。


「一緒に寝たい……」

「…………は?」


 聞き間違いか?

 と思ったら、ヴェルナリスがおれのベッドに潜りこんで来た。


「お、おい。どうしたんだよ。酔ってるのか?」


 ヴェルナリスはおれの体を強引に押してベッドへ入ってきた。

 どうしたものかと固まっていると、


「一人で部屋にいると、その、昨日のことを思い出して。……今日だけでいいから、お願い」


 ヴェルナリスが切ない声で言った。

 おれは思わず、


「……分かったよ」


 と言った。

 言ってしまった。


 おれはベッドの中で彼女に背を向けて横になった。

 距離が近い。背中にヴェルナリスの体温を感じる。


「こら……、こっちを向いてくれないと意味がない」


 ……。

 まじかよ。


「甘えていいって言ったくせに」

「う……」


 し、仕方ないか。


 おれは彼女のほうを向きなおした。

 至近距離から潤んだ瞳で見つめられる。彼女の呼吸の音が聞こえた。


 やばい。

 心臓がばくばくして壊れてしまうのではないかと思った。

 顔がものすごく熱くなっているのが分かった。


「君、勇敢なくせにこういうのは駄目なんだな」

「お、おまえは恥ずかしくないのか?」

「……。わたしは、お、おしっこ漏らしたところを君に見られたんだぞ。あれ以上恥ずかしいことなんて――」


 ヴェルナリスの体がびくっと大きく震えた。


「ど、どうした?」

「おもらしを見られたこと思い出したら、何か体が……」


 彼女は切ない顔をして、はあはあと息を荒げていた。

 酒の香りを含んだ吐息が顔にかかった。


「わたし。……恥ずかしいところ、君に全部見られた。……体も。心も……」


 ――ま、まずい。

 ――なんか変な気分になってきた。


「ヴェルナリス? だ、大丈夫か?」


 ヴェルナリスはおれの胸に顔をうずめた。

 彼女の桃色の髪から石鹸の匂いがした。


「ぎゅうって、してほしい」

「は、はい」


 おれは言われるがまま彼女を抱きしめた。

 細い体だ。こんな細い体で、一人で戦ってきたのか。


 しばらくそのままでいると、ヴェルナリスの呼吸が落ち着きを取り戻した。


 「クロ……」


 とヴェルナリスが呟いた。

 初めて名前を呼ばれた。


「……落ち着く」


 そのあとすぐ、すうすうと寝息が聞こえてきた。

 彼女の顔を見る。どうやら眠ってしまったようだった。


 おれはほっとため息をついた。

 とりあえず安心してくれたみたいだし、よかった。そういうことにしておこう。


 彼女の無防備な表情を見ると、また悶々とした気持ちが強くなった。


 長い夜になりそうだ。

 おれはまた、ため息をついた。

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