第29話 ガクー遺跡
ルナが短い悲鳴を上げた。
レビアの腕をぎゅっと掴んでいるのが見えた。
「首なし死体……ですか」
ニックさんは頷いた。
「一人目の犠牲者はこの街の商人の男でした。数日家に帰ってこないということで捜索していたところ、彼の遺体がガクー遺跡で見つかりました。彼には頭がありませんでしたが、来ていた服や体の特徴から特定に至りました」
ニックさんは指を組みじっとテーブルへ目を落とした。
「その数日後、商人の仲間だった男が二人遺跡へ入り犠牲に。更にその数日後、調査に向かった四人の兵士が帰らぬ者となりました。彼らはみな同じように首を切られ、体だけが見つかりました。まるで物を置くような風に、ぞんざいに、体だけがまとめて捨てられていたのです。あの無残に折り重なった姿を私は生涯忘れられないでしょう」
その光景を想像すると血の気が引くのを感じた。
一体誰が何のためにそんなことを。
ニックさんの瞳に静かな怒りが満ちているのが分かった。玉のような汗が額をつうっと流れた。彼はハンカチで額を拭いた。
「それ以降は十名以上で隊を作り調査を進めました。犠牲者は出なかったものの結局犯人は分からず、消えた首もまだ見つかっておりません。唯一分かっているのは、残された体には鋭利なもので切り付けたような跡があるということだけです」
「魔物が犯人の可能性があるとウイリアムさんから聞きました」
「ウイリアム様はそうお考えのようですね」
オルハルト領で出会った魔物を思い出す。あの不気味な生き物には無機質な知性があったように感じた。魔物が犯人だとしたら、人の首を切るという行動は何を意味しているのだろうか――。
「おれたちはその遺跡を調査すればいいということですか」
ルナが怯えているのが視界に映った。
当然だろう。おれだって恐怖を感じている。
「そうですね。たった一日とはいえ、先導士様が調査を行ったという事実があれば、領民はそれだけで安心するでしょう。勿論我々の兵も護衛につけますので、ぜひご協力を――」
「必要ありません」
ヴェルナリスが突然言った。
ニックさんが戸惑いの表情を浮かべている。
「必要ないと言ったのです。護衛はわたし一人で十分です」
「しかしですな……」
「邪魔だと言っているんです」
強い口調だった。彼女の話し方は他者に歩み寄ろうとしない強固な意志が感じられた。
口を出すべきだろうか。力がないおれには判断ができない。レビアをちらりと見た。彼女はこの件については何も言わないようだ。
「ま、まあ。いずれにせよ調査は明日です。詳細は明日また話をしましょう」
ニックさんは立ち上がり笑顔を浮かべた。この空気を変えようと彼が気を使っているのが分かった。
「皆さま長旅でお疲れでしょう。食事の用意をいたします。それまでどうぞお休みください」
「申し訳ないですが、わたしは一人で頂きたい」
「は、はぁ」
笑顔がひきつったのが分かった。
「かしこまりました。この部屋にいたままでもよいですし、自由に出歩いても構いません。何かあれば使用人に声を掛けてください」
ニックさんが部屋を出ていった。
すぐ後にヴェルナリスが立ち上がった。おれたちに何も言わず彼女も続けて退室した。
何なんだろう、あいつは。
何故あれほどおれたちを拒絶するのだろうか。少し異常とも思える。
気になるが――今は目の前の問題から考えよう。
「ルナ、やっぱりおまえはここに残ってくれ」
ルナは青ざめた顔をしたまま、
「いやよ。ついていく」
と言った。
何が彼女を駆り立てるのだろうか。
「分かったよ」
ルナの様子を見て、もう説得はできないだろうと思った。
「それにしても、魔物が首を切るなんてことがありえるのか」
「ありえない話ではないと思います。過去にも似た事例があったと記憶しています」
「だが……何が目的なんだ」
レビアは目線を落とした。
「魔物や魔人が何を目的としているのか、現在でもよく分かっていません。何か目的があって、結果的に人が死んでいるだけだと考える学者もいます。――おそらく人間には理解できないものでしょう」
おれは寒気を感じて二の腕をさすった。
明日、遺跡へ向かうことになる。何もなければいいが……。
しばらく客間にいると、ノックの音が鳴った。食事の準備ができたようだった。
ニックさんに用意してもらった食事を終えたあと、おれたちは個室へ案内された。
マナが使えないことは、レビアが上手く隠してくれた。ヴェルナリスは結局一度もおれたちの前に姿を現さなかった。
ベッドの上で新矢戸流空手道の指南書を読んでいるうちに、ようやく眠気が襲ってきた。
大分遅い時間だった。布団を頭まで被り目を閉じた。明日の無事を祈りながら、おれは眠りについた。
朝。目が覚めてすぐ、屋敷の庭へ出た。
準備体操をしてから参光の練習を開始した。
この型は大分身についてきたように感じる。そろそろ他の型を練習してもいいかもしれない。昨夜気がついたが、実戦で使用できる唯一の型というものが最後のページに載っていた。普通の型と少し違う体系をしていたので、まだまだ手が出せそうにないが、いずれは身につけたい。
練習を終え戻ろうとした時、ヴェルナリスが庭にいるのが見えた。
彼女もおれと同じように朝の稽古を行っているようだ。体を動かしながら刀を振っている。
彼女の表情は固い。どこかぎこちなさのようなものを感じる。城で見た彼女の表情とは少し違って見えた。ヴェルナリスもまた緊張しているのだろうか。
「何か用か」
彼女はあからさまに拒絶の姿勢を見せた。
「おれも練習をしてたところだったんだよ」
「練習?」
「体術の練習だ」
彼女はおれの言った言葉が理解できないような顔をした。
「再戦はなくなったんだ。もう必要ない」
何を言っても聞いてくれなそうだったので、別の話をすることにした。
「なあ、護衛をいらないって言ってたけど、大丈夫なのか?」
「……邪魔なだけだ」
多いに越したことはないと思うが、それは素人の考えだということなのだろうか。
「信じるぞ、おまえのこと」
言うと、彼女ははっと驚いた顔を一瞬見せた。
だがすぐにいつもの不機嫌な顔に戻ってしまった。彼女は振り返ると屋敷の方へ戻っていった。
準備を終えると、おれたちは数人の兵に囲まれるようにして屋敷を出発した。
ガクー遺跡への道中は兵が同行するが、調査は四人だけで行うことになった。
レビアもそれでいいと言っていたので、おれはそれに従うことにした。
街から少し離れたところで、辺りの雰囲気が変わってきた。
大きな岩が目立つようになった。
それから人工物だと思われる形の整った四角い石の残骸が転がっているのが分かった。
坂のきつい道を登っていく。徐々に木が多くなっていく。
進むにつれ、岩にこびりついた緑色の苔が目立つようになった。木に隠れて日が当たらないからだろう。
次第にルナが遅れ始めた。
ヴェルナリスが忌々しそうに彼女を見ていた。
一度そこで休憩を取った。ちょうど昼の時間帯だったようだ。言われるまで気がつかなかったのは、いつの間にか空が曇っていたからだ。どこか薄暗いようにさえ感じた。湿った空気が辺りを包んでいる。
休憩を終え、歩みを再開した。
坂を上り切って少し進んだところで、遠くに建造物が見えた。
石で造られた建物のようだ。
半壊し、地面に石が転がっている。太い木の根が建物に絡まるようにへばりついていた。似たような建物が奥までずっと続いている。それは完全に森と一体化していて、不思議な景色だった。
「ここが遺跡ですか?」
兵士に訊くと「そうです」と答えた。
「あの、本当に四人だけで向かわれるのですか?」
おれは答える代わりにヴェルナリスを見た。
視線に気がついたヴェルナリスは、
「貴方達の護衛は必要ありません」
と答えた。
「そうですか。我々はここで待機しています。万が一何かあれば我々にお申し付けください」
「分かりました。皆さんもどうかお気をつけください」
もう一度遺跡を見渡した。
木が生い茂っていてどこまで遺跡が続いているのか分からない。正面に細い石道が見える。後から人の手で歩けるように瓦礫を撤去したのだろう。
「行こう」
彼女たちに声を掛け、兵士たちと別れ遺跡へ入った。
おれとヴェルナリスが並んで歩き、その後ろにルナとレビアが続いた。ルナはレビアの腕を掴んだまま歩いているようだった。
建物へ近づく。
この石の建物は一体どれくらい前に建てられたのだろうか。建物の屋根があった場所から太い木が生えている。想像もつかないほどの時を経てきたのだろう。
「ちょっと待って」
後ろから声を掛けられた。ルナが立ち止まっていた。
彼女は目を閉じ集中しているように見えた。
「大丈夫。行こう」
遺跡を進んでいく。
遠くに少し広くなっている場所が見えた。
通路が十字に交差している場所のようだ。その脇に大きな四角く平らな石がいくつか地面に生えるようにして立っている。その石にも苔が生えていて、遺跡の一部のようだと分かった。
中央へ進む。石の地面が変色しているように見えた。
この辺りだけ妙に茶色く汚れている。
「なんだろうな、これ」
「これは……血の跡ですね。大分時間が経過しているみたいですが」
ここで死体が発見されたのだろうか。首のない死体が重なっている光景を想像すると、ぞくぞくと背筋に嫌な感触がした。
「道が分かれている。どっちに進む?」
「ちょっと待って」
ルナが再び目を閉じた。
「おい。さっきから何をしているんだ」
「黙ってて」
ヴェルナリスは苛々とした顔でルナを見ている。
「こっちかな」
そう言って右側の通路の先を指さした。
「何か分かったのですか?」
「うん。微かだけど、血の臭いがする」
音を聞いていたんじゃなかったのか。
「馬鹿馬鹿しい。血の臭いなんてするわけがない」
「あんたは黙ってて」
ばちばちと視線が交差する。
「ともかく進んでみよう」
道を進む。何気なく道の脇に立っている石板を見た。
何か模様のようなものが掘ってある。
不思議に思い見ていると、
「これは古代文字です」
とレビアが言った。
「古代文字?」
「はい。スフィラには古代に使われていた文字がいくつか発見されています。ガクー遺跡の古代文字もその一つです」
「へぇ」
文字か。あらためて石板を見てみる。
――あれ。
「観光に来たんじゃないんだ。早く行くぞ」
ヴェルナリスがおれの腕を引っ張った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「……なんだ?」
――分かる。おれはこの文字の意味が分かる。
これは――。
「これ、魔物と人間の戦いのことが書いてある」
「クロ、分かるの?
「うん。何となくだけど」
「そんなわけあるか。未解読文字だぞ」
何故おれはこの文字の意味が分かるのだろうか。
これはきっとおれの問題だ。
今は調査へ集中するべきだ。
少し考えてそう結論を出した。それにしても、おれは一体何者なのだろう。自分の正体を考えると身震いがした。
道を進んでいく。
何度か別れ道があったが、ルナが選んだ方向を選択していった。
ルナは歩いている最中、何度も立ち止まった。ヴェルナリスはルナが立ち止まる度に苛ついていた。眉間に皺を寄せ、きつい目つきでルナを睨んでいた。
大分進んだところで再びルナが立ち止まった。
「止まって」
「いい加減にしてくれ。さっきから何なんだ」
ルナはヴェルナリスに言葉を返さず、真剣な表情で何かを探っていた。
「何かある」
そうルナが言った。
ルナはくるっと体の向きを変えた。
「こっち。変な臭いがする」
ルナが見た方向には道はない。代わりに、半分崩れた石の建物がある。
「変な臭い?」
「うん。なんだろう、これ。生臭くて気持ち悪い」
「進んでみるか?」
ルナは不安そうにして顔を伏せた。
「うん、怖いけど。……きっと何かあるよ」
「ルナ、わたしの傍にいてください」
レビアが言うと、ルナは彼女の腕にぎゅっとしがみついた。
「なんの根拠があるんだ。理由もなく道を外れたくない」
「ルナには不思議な力がある。彼女のおかげでおれたちはエーデルランドへ来ることができたんだ」
ヴェルナリスは納得していない顔をしたが、それ以上何か言うことはなかった。
四人で固まり遺跡へ入る。
屋根が崩れている。この建物が崩れても、下敷きになることはないだろう。
瓦礫に足を取られないようにしながら注意深く進んでいく。
ルナが立ち止まってある方向を見ていた。
太い木が生えている。木の根はこちらへ伸びていた。
「どうした? ルナ」
「そこの地面のところ、そこから臭いがする」
ルナが顔をしかめて鼻を抑えた。
「見てみよう」
おれは木へ近づいていく。
すぐ後ろにヴェルナリスが続いた。ルナは少し離れたでレビアと一緒に立っていた。
木に手をついて、地面を見てみた。ここだけ雑草がなく土が露出している。
掘り返したあとにも見える。くんくんと鼻を鳴らしてみたが、おれには何も感じなかった。
「あれ……なんだ?」
なんとなく手に触れた感触に違和感を感じて、顔をすっと上げた。
回り込むようにして木を見る。そして。
おれはひっと声を上げた。
木に異様なものが掘られていた。
それは人間の顔を模したものだった。




