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第28話 シエナへ

 まだぎりぎり早朝と呼べる時間にシドさんに起こされ、旅立つ準備を始めた。

 シドさんと相談しながら調査に必要となる様々な道具と着ていく服を選んだ。それから手甲を服の下に身につけておくよう勧められた。


 ルナとレビアも準備をそれぞれしていたようだ。ルナは白いローブを羽織っている。レビアはエーデルランドのメイド服のままだった。


 シドさんに案内され、三人で城の外へ出た。


 ヴェルナリスが城壁へ背を預けていた。彼女はいつもの赤いロングスカートに白の衣装だった。こちらに気がつくとヴェルナリスは不機嫌な顔でそっぽを向いた。


 すぐその後にウイリアムさんが城から出てきた。彼は片手をあげて挨拶をした。眠たそうな目をしていた。


「シエナについたらまず何をすればいいんですか?」


 と訊いてみた。

 調査といっても具体的に何をするのかは一切聞かされていない。


「ああ、それについては向こうで聞いてよ。だいたい伝えてあるから」

「はぁ。でもどんな風に街の人と話せばいいんですか? 先導士としてと言われてもよく分かりませんけど」

「適当でいいよ。適当で。だいたいのことは昨日伝えただろ」


 ウイリアムさんがあくびをした。なんて緊張感のない人なんだろうか。

 適当でいいと言われてもな。……まあ臨機応変に対応していこう。


 一通りおれたちの顔を見たあと、


「じゃあよろしくね。ヴェラも頑張るんだよ」


 と言った。


 ヴェルナリスはむすっとした顔のままだったが、小さな声で「はい」と答えた。


 ウイリアムさんは手をひらひらさせながら城へ戻っていった。

 一応見送ってくれたということだろうか。やはり領主らしくないと思う。


「それでは参りましょうか。馬を用意しています」

「馬?」

「……何か?」

「あ、いえ」


 馬で移動するのか。何となく違和感を覚えるというか、なんというか。気にしていても仕方がないだろう。そろそろ慣れなければ。


 シドさんに続き城壁に沿って歩くと、小さな小屋が見えてきた。


「ここでしばらく待っていてください」


 シドさんは小屋へ入っていき、しばらくすると馬を二頭連れて小屋から出てきた。


 馬車みたいなものを想像していたが、見た所そのまま乗馬するということのようだ。馬具が装着されている。馬は頭を上下に振っているが、大人しそうに見える。側で見ると思ったよりも大きく感じた。


「クロ様は馬に乗れますか?」

「……分かりません」


 感覚的には乗れるような気はしない。


「そうですか。ルナ様も乗れないと仰っていましたよね。ではレビア様とヴェルナリスが騎手ということになりますかな」


 シドさんはヴェルナリスとレビアへそれぞれ手綱を手渡した。

 たぶん二人乗りをするということだろう。ヴェルナリスは馬へ荷物を括り付ける作業を始めた。


「クロはわたしと乗ってください」


 レビアに腕を掴まれた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでクロがレビアと一緒なのよ」

「……駄目ですか?」

「そうなるとわたしがあの女と乗ることになるじゃない」


 ルナはヴェルナリスを指さした。ルナは敵意のある顔でヴェルナリスを見ている。

 ルナとあの森で初めて出会ったときのことを少し思い出した。


「わがまま言うなよ。ルナ」

「わたしは絶対にいや」


 ヴェルナリスが「くだらない」と冷たい声で言ったのが聞こえた。


「だから反対したんだ。さっそく足手まといじゃないか」


 ルナとヴェルナリスは互いを強く睨みつけていた。

 険悪な空気が途端に強くなった。


「ヴェルナリス、やめなさい」


 シドさんが仲裁に入る。二人は視線を逸らした。


「おれを乗せてくれ。ヴェルナリス」


 彼女は眉をぴくりと動かして嫌そうな顔をしたものの、否定を口にすることはなかった。彼女はそのまま素早く馬に乗った。


「ルナ、行きましょう」

「うん……。ごめんね。レビア」


 これから何日か一緒にいるというのに、大丈夫だろうか。

 それにしてもルナがあれほど嫌がるとは思わなかった。


 シドさんに手伝ってもらい、どうにかこうにかヴェルナリスの後ろに乗ることができた。本当は前に乗った方がいいらしいが、ヴェルナリスよりも背が高いから仕方ないようだ。


 ヴェルナリスの腹へ左右から手を回すと彼女がびくんと震えた。


「ど、どどどこを触ってるんだ君は!」

「は? じゃあどこに掴まればいいんだよ」

「掴まる必要なんてない。お、お、おい。そんなにくっつくな」

「んなこと言ったって」


レビアが小さな声で、


「やっぱりルナはあっちに乗ってください」


 と言っているのが聞こえた。


 シドさんが背筋を伸ばしおれたちを見た。


「それでは皆様、どうかお気をつけて」


 その言葉を合図にして、おれたちは出発した。






 馬は走っていくものと想像していたが違ったようだ。人間が早歩きするくらいの速さでゆっくりと進んでいる。それでも結構揺れるが、これならヴェルナリスに捉まらなくても大丈夫そうだ。彼女の体から鞍の方へ持ち替えた。


 広い草原に出た。建物は見当たらず、道がずっと遠くまで続いている。

 おれたちの馬が先を歩き、その後ろにレビアたちが続いた。目線が高く気持ちのよい気分だった。道端の草が風に吹かれ静かに左右へ揺れていた。


 念のために途中で何度か周りを見た。オルハルトの追手の気配は感じなかった。

 昨夜あの後レビアと相談した結果、オルハルトでの出来事をウイリアムさんへ話すことにした。


 彼はさして驚いた様子も見せず、おれたち二人の話を聞いていた。オルハルトへは上手くやっておくということと、指輪が外れたことを調べておくと言ってくれた。


 ウイリアムさんはやる気はなさそうだし悪ふざけもする。だが信用できる人物だと思う。この件については一度ウイリアムさんに預けてしまってもいいかもしれない。


 ヴェルナリスとまともな会話を交わすことなく――揺れて身体が触れる度に変態だなんだと言われたが――馬を歩かせ続けた。


 日が完全に昇ったところで、一度馬を休ませることになった。

 おれたちもそこで昼食を取った。ヴェルナリスは一人離れたところにいた。おれたちと過ごすつもりはないようだ。


 それからまた馬に乗り道を進んでいった。


 日が傾いたのを感じたころ、ちらほらと建物が見え始めた。


 街に近づいていく。ヴェルナリスに訊いてみるとあそこがシエナだと言った。街の入口の所で数人の兵が立っているのが見えた。


 彼らの側まで近づいてから馬を降りた。尻や腰が痛かったが、今は我慢しよう。


「ウイリアムさんから相談を受けこの街へ来ました。クロと申します」


 言いながらフードを外した。兵士たちがざわめいた。その兵士の後ろから、ふっくらした体格の背の低い男が現れた。

 ウイリアムさんと同じくらいの歳だろうか。短髪で薄い色の茶髪。丸顔で目が細い。うっすらと額に汗をかいている。


 彼は愛想のよい顔で片膝をついた。


「よくぞ来てくださいました。シエナの代官をしておりますニック・バーキンと申しま」

「クロと申します。よろしくお願いします」


 ニックさんは立ち上がると人なつっこい笑顔を見せた。


「そちらは……」


 ルナたちに目配せをした。

 彼女たちはそれぞれ自分の名を順番に名乗った。ヴェルナリスとも初対面のようだった。


「かしこましました。それでは屋敷へ案内いたしましょう」

「はい、お願いします」


 フードを被ろうとした時、ニックさんが、


「あぁ、そのままで結構です」


 と言った。


「頭を隠さなくてもよいのですか?」

「ウイリアム様からは隠さなくてよいと言われております」

「そうですか。分かりました」


 兵士がレビアとヴェルナリスに近づいた。馬の手綱を渡していた。馬はこの街の厩舎で預かるとのことだった。荷物だけ後で届けてくれるようだ。


 兵士に囲まれるようにして街へ入り、街路を進んでいく。

 ケルン城の城下町と似たような雰囲気があったが、建物と建物の間にロープをかけて洗濯物をかけていたり、小さな露店が目立ったり、看板がやけに多かったりして、少しだけおもむきが違うように感じた。


 ふと視線を感じて見廻してみた。

 二階建ての建物の窓から老人がこちらを見ていた。目が合うと彼は驚いたような顔を見せて、すっと顔を隠した。

 買い物の途中だったであろう女性がおれを見て袋を落とした。

 通りの端で遊んでいた子供二人がおれを見てぴたりと笑い声を止めた。

 露店の主人の男性がこちらを見て目頭を抑えていた。


 ――見られている。


 前後左右あらゆる方向から視線を感じた。


 分かっていたことだが、自分が先導士の見た目をしているということを改めて思い知らされた。

 彼らはみな羨望せんぼう畏怖いふの混じった憧れの眼差しを向けていた。


 通りを抜け広場に出た。中央に噴水があって、そのすぐそばに大きめの銅像が立っているのが見えた。

 多くの人が行き交っていて活気があった。

 彼らはおれの存在に気がつくと皆そろって同じような顔をした。広場全体がどよめいている。


 広場を進み銅像の傍を歩いたとき何気なくそれを見上げてみた。

 若い青年のようだ。台座に目を落とす。


 そこにはクロノ・リュートとあった。


「おや、どうかされましたか?」とニックさんが言った。

「あ、いや」

「このシエナも、かつてクロノ様に救っていただきました。まさかまた先導士様に来ていただけるとは」

「へえ」


 このクロノも先導士ということだろうか。

 ルナに服を引かれた。


「ねえねえ。なんかクロに似てるね」

「そうか? まあ言われてみれば」


 背中をつんつんとつつかれた。振り返ってみると、ヴェルナリスが険しい顔でおれを睨んでいた。


「な、なんだよ?」

「…………ふん」


 よく分からないが怒らせてしまったようだった。


 そのまま広場を抜け、大通りへ入った。

 しばらく進んでいくと、離れたところに屋敷が見えた。近づいていく。あそこがどうやら目的地のようだ。オルハルトの屋敷に比べると小さな建物だったが、立派な風格があった。


 ニックさんに案内され屋敷へ入った。


 広間を通り廊下を進む。ケルン城もそうだったが、この屋敷も年季を感じさせるものだった。


 客間を案内され入室した。丸いテーブルが中央にあり、大きめの椅子が周りに配置されている。細かい模様の入ったカーペットが敷かれていた。壁を見ると暖炉があった。


 ニックさんは窓の方へ寄る。ちょうど日が沈む頃だった。厚いカーテンを閉め、代わりに壁に手をかざし部屋に明かりを灯した。

 天井ではなく壁掛けの明かりだ。柔らかな明かりが部屋を包んだ。


「どうぞお掛けください」


 返事をして椅子へ掛ける。

 彼女たち三人も同じようにして腰を落とした。


 大分歳を取った使用人の女性がノックとともに入室した。

 お盆の上にグラスが載っている。冷たい紅茶ですと言いながらテーブルの上に並べていった。女性はそれだけ行うとすぐに部屋から出ていった。


 ニックさんがおれの正面に座った。

 懐からハンカチを取り出し額を拭いた。


「改めましてよくぞシエナへ来ていただけました」


 ニックさんは座ったまま頭を下げた。


「まさか我が国へ先導士様が来ていただけるとは思いもよりませんでした。シエナの領民も安心するでしょう」


 ウイリアムさんの作った設定では、おれはエーデルランドの友好国から来た先導士ということになっているらしい。国の名前は非公開とするようだ。マナが使えないことや記憶がないことも伏せられている。


「出来る限りのことをさせていただくつもりです」


 ニックさんが尊敬の目を浮かべた。

 嘘をついたわけではないが、少しだけ罪悪感を覚えた。彼はおれに先導士としての期待をしているのだろうから。


「早速ですが本題に入りましょう。この街で事件が起きたことはウイリアム様から聞いておられますか?」

「えぇ。ただ詳しくはこちらで聞くように言われています」

「そうですか。かしこまりました。それでは事の次第から説明しましょう」


 ニックさんはもう一度額の汗を拭いた。そのあと柔和だった表情を固くした。


「あれは今から一か月前のことです。この街から西に少し行った場所にガクー遺跡という場所がございます。そこである死体が発見されたのです」

「ウイリアムさんからは凄惨な死体と聞きました」

「えぇ。あんな光景を見ることになるとは……」


 ニックさんは眉を寄せ苦々しい顔を浮かべた。


「一体どのような死体だったのですか?」


 躊躇とまどうような顔を見せてからニックさんは言った。


「首のない死体だったのです」

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