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第26話 シドの特訓

 何か柔らかいものを触っていることに気がついて、ふいに目が覚めた。

 目を開くと隣に誰かがいた。


 ――なんだ。ルナか。


 寝よう。

 ………………。


 なんだろう、これ。柔らかいな。

 …………。


 ……。






 ――何か変な夢を見た気がする。

 体を起こしてあくびをした。


 それからカーテンを開けた。今日も快晴だ。疲れていたらしく、結構遅くまで眠ってしまっていたようだ。


 部屋を出て洗面所へ行き顔を洗っていると、徐々に頭が覚醒してきた。


 ここにきて三度目の朝だ。与えられた猶予期間も折り返し地点に入った。明後日にはヴェルナリスと再度戦うことになる。どれくらいのことができるのかは分からないが、全力を出そう。


 部屋へ戻り準備体操をしていると、シドさんがやってきた。


「おはようございます。……もう準備はできているようですね。さっそくですが屋上へ向かいますか?」

「はい、お願いします」


 昨日の夜、シドさんに実戦練習のお願いをしてみた。

 彼は二つ返事で了承してくれた。防御を練習すべきだというのは彼も賛成のようだ。

 刀と素手では間合いが違う。

 ヴェルナリスに攻撃するためには、彼女の攻撃を防ぎ、かつ潜り抜けるように進む必要がある。


 途中でシドさんは別の部屋に寄る。模擬刀の他に別の物を手に持っていた。黒い布のように見える。

 聞くと「屋上についたらお見せします」とシドさんは言った。


 屋上に出てからそれを渡された。

 見た目より大分重さがあった。布の中に金属を埋め込んでいるのかもしれない。


「これは手甲というものです。腕に巻いて使用します。どうぞ身につけてください」

「手甲ですか」


 腕に巻き金具で止めた。

 肘から拳頭まで覆う形になる。


「本来体術使いは肉体を魔法で強化しますが、クロ様はマナを扱えません。ですからそれはその代わりです。模擬刀とはいえ身体だけで受けるのは大変でしょう。安物ですが、真剣でも受けることができる本物ですよ」

「ありがとうございます。これを着けてやってみます」


 構えを取る。

 重さはあるが邪魔にはならなそうだ。


「では始めましょう」


 シドさんが模擬刀を持って構えた。ヴェルナリスとは違った凄みがある。


「わたしが打ち込みますから受けてください」


 数秒の間があった。

 シドさんの体が一瞬動いたように見えた。


 次の瞬間、頭に軽い衝撃を受けた。

 模擬刀がおれの頭に触れていた。


 ――速い。


「すみません……、見えませんでした」

「そうですか。続ければ目も慣れてくるでしょう。なるべく寸前で止めるよう努力しますが、保証はできません。出来るだけ早く受けられるようになってください」


 再びシドさんが構える。


 また消えたように感じた。

 体を打つ音とともに左腕に痛みが走った。


 受けの形は何度も練習をした。あとは動かすだけだ。

 なのにそれができない。


「大丈夫ですか?」

「……すみません、続けてください」


 訓練を続ける。


 高い空へ、模擬刀がおれの体を打つ音だけが何度も響き渡った。


 シドさんの動きは速い。ヴェルナリスに負けないくらいの速さがあると思うが、シドさんが言うにはヴェルナリスはもっと速いと言った。


 これを防ぐことができなければ、ヴェルナリスの刀を受けることはできないだろう。一撃も与えることができないまま倒れることになる。


 肩や腕が痛みで徐々に上がらなくなっていった。

 頭も何度か打たれてぼんやりする。


 シドさんがふいに構えを解いた。


「もう昼の時間です。一度休憩にしましょう」

「……ありがとうございました」


 結局一度も攻撃をまともに受けることができなかった。

 寸前で止めてくれたのは結局最初の一回目だけで、あとは全て痛みを伴う攻撃だった。


 部屋へ戻り休んでいると、シドさんが昼食を持ってきてくれた。

 パンに野菜やハムが挟んである。


「軽くつまめるものにしてみましたが、食べられそうですか?」

「はい」


 と返事したものの、正直あまり食欲はない。

 というか少し気持ちが悪い。腹部を何度も突かれたからかもしれない。


 だが食べないわけにもいかないだろう。せっかく作ってもらったものだし、それに午後になったらまた練習をするのだ。体力をつけておかなくては。


 パンを食みながらシドさんに訊いてみた。


「全然防御が間に合いません。このまま続けても問題ないでしょうか?」


 たしかに多少は慣れたとは思う。だがあの速度は見えていたとしても追いつくものではない。防ごうと思った瞬間にはもう体に当たっている。

 シドさんはひげでながら少し考えた素振りをした。


「クロ様はヴェルナリスと戦ったときのことを覚えておりますか?」

「それは、もちろんです」

「貴方は一度、ヴェルナリスの攻撃を防いでおります」


 そうだっただろうか。

 思い出してみる。


「クロ様の模擬刀を吹き飛ばされた時ですよ」

「あ……」


 そうだった。

 模擬刀は吹き飛ばされたものの、一度は防いでいたのだ。


「ではあの時と今と何が違うのか。それは集中力の違いかと思います」

「集中力……? あの時の方が集中していたということですか?」


 シドさんは首を振った。


「いえ、むしろ逆です。クロ様は受けることに集中しすぎなのです。目線が模擬刀へ集中しすぎている」


 言われてみてはっとした。そういえばおれは模擬刀の動きばかりに気を取られていたかもしれない。

 シドさんは部屋に立て掛けてあった模擬刀を手に持ち、構えを取った。


遠山えんざんを望むが如く」


 シドさんはそう呟いた。


「全体を捉えよ、という意味です。小さな動きに惑わされることなく大きな視野を持って動きを捕える。これが心眼と言われるものです。次はご自分の目線や視界などを意識されると、何か掴めるやもしれません」


 ――遠山を望むが如く。

 おれは自分の心に言葉を刻み込んだ。


「ありがとうございます。やってみます」


 シドさんは微笑んだ。






 午後になって練習を再開した。

 体に痛みはあるが、動きに支障はなさそうだ。


 午前中と同じようにシドさんが構える。


 おれは今までどこを見ていただろうか。やはり模擬刀を見ていたように思う。意識してみて初めて気がついたことだ。


 目線を変える。胸元辺りを見るようにする。

 シドさんが動く気配を感じる。


 カッと今までと違う音がした。

 おれの左腕がシドさんの模擬刀を防いでいる。


「や、やった……」


 と思ったら頭に衝撃を受けた。

 痛みを感じてしゃがみ込み頭を押さえつけた。


「油断してはいけません。一度防いでも次の攻撃は必ずやってきますよ」

「い、痛い」

「痛くしましたからな」


 ……厳しい人だ。やっぱり意識して攻撃を当ててたんだな。

 でもようやく糸口を見つけることができた。


 それからシドさんは攻撃の方法を変えてきた。

 左右へ動いてから攻撃する時もあれば、一度引いてから突進するように突いてくることもある。


 おれは防御できる時もあれば、そのまま喰らってしまうこともあった。

午前中よりも攻撃が強い。悶絶してしばらく床へ伏せることもあった。


 日が傾いていく。


 おれの動きは変わったように思う。ただ受けるだけではなく、そこに移動術を組み合わせるようになっていた。

 だがシドさんの攻撃を全て防ぐまでには至らなかった。相変わらず何回かに一度は攻撃を喰らう。


 足元が見えなくなり始めた頃にシドさんが言った。


「今日は終わりにしましょうか。これ以上続けるとクロ様が動けなくなってしまいますからな」

「……ありがとうございました」


 我ながらひどい声だ。

 気を抜いたら倒れてしまいそうだ。


「戻りましょうか。シャワーをお使いになりますか?」

「はい。お願いしたいです」


 城内へ戻り廊下を歩きシャワールームへ向かう。


「しかし、いや、驚きました。ここまで出来るとは思いませんでした」

「そう、でしょうか」

「はい。大したものです。本来は数年かけて到達する領域かと思いますよ。やはりクロ様はどこかで学んでおられたのですな」


 だがヴェルナリスに一撃を与えられるイメージがまだ湧かない。今のおれの能力では攻撃する前に倒れてしまうだろう。何かいい手はないだろうか。


 思いつく方法はあるにはある。単純で泥臭い戦法だ。

 だが案外効果的かもしれない。特に模擬戦では……。


 廊下の曲がり角で使用人の男性にシドさんが声を掛けられた。

 話を聞いていると、ウイリアムさんがシドさんを呼んでいるといった内容だった。


 シドさんが考え込むような仕草を見せた。不思議に思い、


「どうかしたのですか?」


 と訊いてみた。


「いえ、すみません。ウイリアム様が私を呼んでいるようなので行ってまいります。シャワー室はその使用人が準備しますので」

「分かりました。あの、ありがとうございました」

「いえ、とんでもございません」


 シドさんは深く頭を下げて、それから廊下を奥の方へ進んでいった。


「何かあったんでしょうか?」


 シドさんと入れ替わりになった使用人に声を掛けてみた。


「ウイリアム様はシド様から仕事を取り上げようとされていました。だから呼び出されたことを不思議に思ったのではないでしょうか」


 少し気になったが、使用人にシャワー室へ向かうよう促されて、いったん考えを打ち切った。


 シャワーを浴びながら、おれはヴェルナリスとイメージの中で何度か戦った。思いついた戦法は案外うまくいきそうな気がした。






 シャワーを終え部屋で考え事をしていると、ノックの音が鳴った。

 ルナとレビアが来たようだ。


「……どうしたの? その顔」

「ああ、これか」


 結構顔も打たれていたから、顔も腫れていた。シャワーを浴びたらヒリヒリとした痛みがあった。


「眠れば治るだろうし、大丈夫だよ」


 ルナは心配そうにおれの顔を見上げていた。ここに来てから何度も同じような顔を見ている。意外と心配性なのかもしれない。

 どうしよう。

 別の話でもするか。


「あ、そうだ。おまえさ、朝おれの部屋にいなかったか?」

「え? な、なんでよ。そ、そそそんなわけないでしょ」


 あれ。なんだよ。その反応は。

 まじで来てたのか?


「クロ、今すぐ手当をしてあげたいのですが、領主様が呼んでいます」

「ウイリアムさんが?」

「はい。わたしもルナも呼ばれています」


 なんだろう。

 ルナもレビアも内容は分からないようだった。


「とにかく行ってみるか」


 ルナとレビアに案内され城の中を歩く。二人はこの数日ですっかりこの城の道を覚えたようだ。


 どこへ向かうのかと思うと、最初におれたちが案内されヴェルナリスと戦ったあの客室のようだった。


 部屋へ入る。すでにウイリアムさんがソファに座り、カウンターにシドさんが立っている。

 それから壁にもたれるようにしてヴェルナリスがいることに気がついた。


 彼女にじろっと睨まれた。

 おれの顔をまじまじと見ている。


「何だよ」


 言うと、ふんと言って顔を背けられた。

 まだ怒ってるのか。おれはウイリアムさんをじいっと睨んだが、彼は涼しい顔をしていた。


「あぁ、来たか。まあ座りなよ」


 ウイリアムさんの正面におれたちは座った。

 シドさんはテーブルへカップを並べた。最初の日と同じようにハーブティーを出してくれたようだ。


 少し緊張する。

 一体何の話だろうか。


「こんなに真剣に修行に励むと思ってなかったから正直言いづらいんだけどさ、再戦の話、やっぱりなかったことにしてくれない?」

「……え?」


 唐突に言われたその言葉に、言葉を失った。

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