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第23話 修行開始

 鳥の鳴き声が聞こえた。目を開くと見慣れぬ天井があった。


 ベッドから体を起こす。


 まだ重いまぶたを何とか開いて、襟元を広げ目を落とした。


 ――どうやら一晩眠ったら治ったようだ。


 昨日あの後シャワーを浴びた時、体中に青痣ができていたのを見たはずだが、治っている。全身に感じていた痛みもない。


 この異能はありがたいと思うと同時に恐ろしく感じる。

 一体おれは何者なんだろうか。


 カーテンを開ける。高く青い空が広がっている。鳥が二羽優雅に舞っているのが見えた。

 朝の爽やかな空気が部屋へ入りこんだ。


 部屋を見廻した。

 静かな部屋だ。何となく胸が締め付けられるような気持ちを感じた。


 それが寂しさだと気がつくと、おれは一人苦笑した。思えばずっと、朝には必ずレビアがいた。

 一人でいることを寂しく思ってしまうのは、少し軟弱すぎるだろうか。


 顔を洗って戻ってきてから、ベッドの上で考え事をしていた。

 すると扉がノックされた。


「クロ、起きてる?」


 ルナの声がした。返事をするとルナが入ってきた。

 ルナはメイド服を着ていた。オルハルト家のものよりスカートが少し短かった。


「……本当に治ってる」

「あ、うん。そうみたいだ」


 ルナは安心した顔を見せると、今度は思い出したように恥ずかしそうな顔を見せた。もじもじした歩き方でこちらに近づいてきた。


「ど、どう?」

「え?」


 不安気な顔で見つめられた。

 彼女の仕草から服のことを言っているのだろうと分かった。


「似合ってるんじゃないか?」

「……それで?」


 それでって。


 ルナの顔色が少しづつ変わる。

 まずい。怒っている。


「か、可愛いと思う!」


 ぱぁっと顔を明るくしてくるりと舞った。花のような可憐さがあった。


「ご主人様、肩をお揉みします」


 ルナが演技くさい口調でそう言うと、おれの背後に陣取った。

 力強く肩を押される。


「い、痛い。下手くそだな、おまえ」

「……ご主人様、次はどこを揉めばいいですか? ここですか?」


 ルナの手が横腹に触れる。


「はは! やめろよ、くすぐったい」

「ここですか? それともここ?」

「おい、やめろ! くく、だっはっは!」


 揉みくちゃになってベッドへ倒れる。


「あは、くすぐったい?」

「やめろぉ!」


 こいつまだ脇から手を離さないし。

 やばい呼吸が。


「何をしているんですか、二人とも」


 レビアの声が聞こえてルナの動きが止まった。


 た、助かった。


 レビアを見る。レビアもルナと同じメイド服を着ているようだ。

 ふと視線を感じレビアの顔を見た。

 じとーっと粘っこい目でおれを見ていた。


「メイド長がわたしたちを呼んでいます。ルナ、来てください」

「あ、うん」


 ベッドからぴょんとルナが飛び降りた。


 レビアはぷいっとおれから顔を背け、何も言わず出て行ってしまった。

 あれ、怒ってる?


「ばいばい。またあとでね」


 ルナもそれに続き出ていく。

 ばたんと扉が閉まり、部屋に一人残された。


 つ、疲れた。


 しばしそのままでいると、また扉がノックされた。

 扉の向こうからシドさんの声がした。

 返事をすると扉が開いた。


「おはようございます。クロ様。……おや」


 入ってくるなり驚いた顔を見せ、口ひげを右手でそっとでた。


「傷の治りが早いと聞いていましたが、いや、驚きました」

「はぁ、そうみたいです。あの……再戦が早まったりしないですよね」


 シドさんは笑ってから、


「それはないと思いますよ。体調が万全ではなかったなど、ウイリアム様もまさか本気でそう仰ったわけではないでしょう」


 そうだよなぁ。


「あの人はいったいおれに何を求めているのでしょうか」

「私が聞きたいくらいです」


 肩をすくめ大げさな仕草をした。顔を見合わせて笑う。何となくシドさんとウイリアムさんの関係が垣間見えた。


「しかし、良かったのですか? あの子はエーデルランド随一の使い手といっても過言ではないでしょう。それぐらい凄腕の剣士です。差し出がましいようですが、レビア様の仰ったとおり、勝つのは難しいでしょう」


 そうだったのか。そんな相手と戦わせるとは。偽物かどうかを見極めるつもりなら、たぶんおれは今ここにいないだろうし。――やっぱり読めないな。


 まあいいか。おれにとってはいい機会になった。それだけで十分だ。


「あの瞬間、やりもせずに諦めてはいけないと思いました。実を言うと勝てるかどうかはあまり考えていません。最善の努力をしたい、強くなりたいとそう思いました。ただ、それだけなのです」

「強く、ですか……。理由を聞いてもいいですかな」


 強くなりたい理由。

 それは何だろう。おれは自分の心に向き合ってみた。


「……上手く言えないのですが、おれは自分が弱いのだということさえ忘れてしまっていました。それを知ってしまったからには、強くなる努力をしないといけないと思うのです。いつか後悔しないように」

「……なるほど。そうですか」


 シドさんは意味深な顔でおれを見た。

 おれは何か変なことを言っただろうか。


「強くなることは素晴らしいことです。ただどれだけ強くなっても、全てを守ることはできません。むしろ力があるが故に、より後悔することもあるでしょう。それでも強くなりたいですか?」


 シドさんの言葉には不思議な重みが込められているように感じられた。力があることが後悔に繋がる。一体どういう意味だろうか。

 おれにはない発想だった。

 おれはシドさんの真剣な言葉に答えられずにいた。


「すみません。出過ぎたことをいいました。クロ様の強くなりたいという願いは正しく素晴らしいものです。ですが、わたしの言った言葉を是非覚えておいていただきたい」

「決して忘れないようにします」


 シドさんは表情を変えた。


「すみませんな。歳を取ると説教臭くなってしまって。――それでクロ様は再戦までの間、どうなさるおつもりですか?」


 昨日の夜から考えていたことをシドさんに訊いてみよう。


「変なことを聞くかもしれませんがシドさんは武の心得がありますか?」

「はぁ。武の心得、ですか。変わった言い回しですな。――まあ大抵の男は基本的な訓練を積んでいますから。クロ様よりは剣は使えるかと思います」


 昨日の立ち合いを止めたことやこれまでの会話から、何となく予想していたことだった。


「お願いします。おれに稽古をつけてもらえませんか」


 おれは頭を深く下げる。目覚めてからおれは誰かに頼ってばかりだ。情けないと我ながら思う。

 だが。これがおれのできる最善の努力だ。恩はいつか必ず返そう。


「頭をお上げください。老いた身で恐縮ですが、できる限りのことはさせていただくつもりです。それが全力を尽くすようサポートするということですから」


 おれは顔を上げた。

 シドさんは穏やかな笑みを浮かべていた。


「本当ですか? ありがとうございます」

「今からもう始めますか?」

「はい。お願いしたいです」

「承知いたしました。この塔の上に広い場所がございます。そこに参りましょう」


 フードのある服を羽織ってから、シドさんとともに部屋を出た。

 階段を登っていく。

 シドさんは途中で別の部屋へ寄って、模擬刀を二本手に持って出てきた。


 扉を出て屋上へ出た。

 円形の広い空間になっている。

 風が吹いている。

 塀に近づいてみた。眼下に街が広がっている。かなり高所のようだ。


「こちらをお使いください」

「はい」


 模擬刀を受け取る。


「昨日と同じように構えてみてください」

「こんな感じでしょうか」


 腹の前の辺りで鞘を握り刀を立ててみた。

 やはりしっくりこない。


「ふむ」


 シドさんはこめかみのあたりを人差し指でかいた。


「指輪は外した方がいいと思いますが、何か理由があるのでしょうか?」

「すみません。これは理由があって外したくないのです」


 シドさんは何も言わずただ笑ってくれた。


「刀とはそのように持つものではありません。いいですかな」


 おれの横に立ち、模擬刀を握って見せた。


「このようにするのです。……そう、くっつけずに少し間を開けて。親指はここへ」


 見よう見真似で刀を持つ手を変える。

 そうか、こうやって持つものだったのか。


「立ち方はこうですな。右足を前に。爪先を前に向けてください」


言われたとおりにすると、少し締まったような感じがしてきた。


「刀が水に濡れていると想像してみてください。それを一気に振り払うように刀を振るのです」


 シドさんは隣で刀を振った。ひゅん、と高い音が鳴る。

 おれも同じように刀を振ってみた。音は鳴ったものの低く太い音がした。音が違う。


「目標があった方がいいかもしれません。どうぞ、ここへ打ち込んでみてください」


 シドさんはおれの前に立ち、片手で模擬刀を水平になるように持った。


「じゃあ、やります」


 掛け声を上げ、力いっぱい刀を振った。

 カン、と刀同士がぶつかった高い音が鳴った。シドさんの模擬刀が弾かれ地面に打ち付けられた。手に痺れが残る。


「どうですか?」

「ふむ。凄い力ですな。まるで肉体強化の魔法を使っているようだ」


 そんな魔法があるのか。


「ですが残念ながらただそれだけです。体の使い方を見るにセンスはあると思います。訓練を積めばいい剣士になるかもしれません。そうですな。五年、いや三年もあれば一撃くらいはヴェルナリスに与えられるかもしれません」

「……そんなに差があるのですか」

「はい。――まあともかく続けましょう。わたしが正面に立ち刀を振ります。それを手本にしてください」


 シドさんの動きをよく観察し、素振りを続けた。


 しばらくやってみて分かったことだが、おれは力を入れ過ぎていたようだ。だが力を抜くと威力がなくなるように思う。これでいいのだろうか。


 それを口にすると、


「剣術の基本はいかに速く動くかという点にあります。威力は必要最小限でよいのです。本来はエンチャントされた刀を持って戦いますからな」


 とシドさんは答えた。

 エンチャントとは魔法を付与することらしい。この指輪と同じようなものだろうか。


 素振りを続ける。

 ただひたすら同じ動きを繰り返す。


 何度も素振りをしているうちに、ふとてのひらに痛みを感じた。

 手を見てみると、皮がべろんと剥け赤くなっていた。


「いったん休憩にしましょうか。もう昼の時間です。一度お部屋にお戻りください。昼食にしましょう」


 空を見ると太陽が高く昇っていた。

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