第22話 隻腕の剣士
扉が開き、シドさんが入ってきた。
手に細い棒のようなものを持っていた。
シドさんの後ろに人が立っている。
「自己紹介をしなさい」
シドさんに促され、その人物は一歩こちらへ寄った。
「ヴェルナリス・デイズウォーカーだ」
背筋を伸ばし胸を張ったような立ち方だった。
どんな恐ろしい男が来るのかと思っていたが。まさか――女とは。
おれと同じくらいの歳だろうか。薄い桃色の髪を片側だけ結び、胸の前にたらしていた。
赤いロングスカートにやたらと袖がぶかぶかの白い上衣を着ている。
腰には刀が挿してあった。
とするとやはりこの女性が用心棒だろうか。
「はは。驚いた? そこの二人に負けないくらい可愛いだろ」
この人の頭はそれしかないのか、と内心で突っ込んでおく。綺麗な顔なのは認めるけど。
「ヴェラ。シドから話は聞いてるよね」
「はい。先導士様と手合わせをせよと」
じっとブルーの双眸に睨まれた。
その力強い瞳におれは思わず目を逸らした。今まで出会った中で一番強い眼をしていた。
「どうする? 君がこの子に勝てば用心棒二号として雇ってあげるけど、やってみる?」
「あの……勝負って、つまり戦うってことですよね」
「当然だ。手加減なしの一本勝負。この子は剣士だから模擬刀を使う。君も使いたかったら使ってもいい」
ヴェルナリスと名乗った少女がシドさんから模擬刀を受け取っていた。竹を使って作られたもののようだ。殴られれば痛いじゃすまないかもしれない。
この勝負はおれのわがままでしかない。そんな理由でこの少女を傷つけていいものだろうか。
ルナとレビアのことを考える。
レビアはオルハルト家から狙われる可能性がある。ルナも巻き込まれるかもしれない。
少しでも可能性があるのなら、この国に留まれるよう努力したい。
……やるしかないだろう。
この少女には申し訳ないが、レビアやルナをおれは守りたい。
「……分かりました。でも、ここでやるんですか?」
「まあ狭いけど仕方ない。他に場所もないしねぇ。ソファとテーブルを動かそう。ちょっと手伝ってくれる?」
おれたちはウイリアムさんに言われテーブルとソファを動かした。
動かしながら天井を見る。あの模擬刀を振り回せるだけの高さはないように思う。攻撃が来るとすれば左右、正面、下方向からのどれかだろう。
「ねえクロ」
ちょいっと後ろから裾を引っ張られた。
「どうした?」
「本当にやるの? 大丈夫?」
「分からない。でも全力を出すつもりだ」
ルナは不安そうにして俯いた。
準備が終わり、部屋の中央に空間ができた。
「先導士様も模擬刀を使われますか?」
丸腰よりはいいだろうと思い、シドさんから刀を受け取る。
おれは刀を扱ったことがあるのだろうか。
レビア、ルナ、シドさん、ウイリアムさんが部屋の隅へ移動した。
ルナが不安そうにしてこちらを見ていることに気がついたが、目を合わすことをせずに少女と向き合った。
――あれ。
違和感に気がついた。
彼女は模擬刀を左手に持っている。
もう片方の腕は――。
――ない。
彼女には右腕がないように見える。この袖の広い衣服に隠れシルエットが見えない。だが、肘から先がないように思う。
「気にしないでいい」
ヴェルナリスが言った。右腕をこちらへ向けた。やはり肘の長さで服が折れ、床へ向かってたれている。
「勝負が着いたと思ったら私が止めます。ヴェルナリス、よく聞きなさい。勝負は私が止めます。いいですか」
やけに念を押すな。なんだろう。
――いや、今は気にするな。集中しろ。
どくどくと鼓動がうるさいほど耳を打つ。何とも言えぬ緊迫感が増していく。
部屋が急に狭く思えた。
おれは模擬刀を両手に持ち構えた。
――しっくりこない。
たぶんおれは刀など持ったことがないのだろう。右手と左手がどちらが上なのかもよく分からない。だが今さら自らの剣の腕に不安を感じても仕方がない。もう、やるしかないのだから。
片腕の少女をじっと見た。
彼女の構えは自然な立ち方に見える。力が入っていない。
なのにそれは研ぎ澄まされた刃にも似た迫力があった。
しん、と静まり返った。
「それでは――はじめ!」
少女が消えた。
次の瞬間、腹に衝撃があった。目線を下ろす。模擬刀が突き刺さっている。
いつの間にか近づいた彼女に、模擬刀で突かれていた。
――この!
おれは模擬刀を振り下ろした。だが。
少女も刀を下から振り上げる。刀がぶつかり、おれの両腕は上側へ弾かれた。
「はぁぁあああ!」
がら空きになった腹へ強烈な突きを喰らい、おれは後方へ吹き飛んだ。
部屋の壁に衝突する。ずるずるとそこへ座り込む。
口の中に鉄の味が広がった。
まずい。呼吸ができない。
少女が走ってくる。
――なんて恐ろしい形相をしているんだ。レビアの時とはまた違った狂気が潜んでいる。
立てない。このままの姿勢で凌ぐしかない。
彼女が腕を振った。
体の動きから何とか軌道を読み、模擬刀で防ぐ。
だがその威力は凄まじかった。
おれの模擬刀は吹き飛ばされ、天井にぶつかって落下した。
彼女がまた刀を振った。頭を打たれる。
目の前が白くなり、きん、と耳鳴りがした。意識が遠のく。
まるで暴風雨のように少女の攻撃がおれを襲った。
肩を、腕を、頭を殴られる。
チカチカと目の前がフラッシュし、激痛が走った。
おれはほとんど無意識に両腕で頭を隠すようにした。
猛攻はやまない。滅多打ちにされている。
――殺される。
本気でそう思った時、
「終わりだ。聞こえないのか! ヴェルナリス」
その声の直後、攻撃が止んだ。
腕の間から少女を見上げた。
シドさんが彼女とおれの間に割るようにして入っていた。
少女は激しい息遣いをあげおれを睨んでいる。
その美しいはずの顔は怒りに満ちていて、ひどく歪んで見えた。
「クロ!」
ルナの声がしたと思いそちらを向いた時、軽い体が飛び込んできた。
子供みたいな声を出しながら泣いていた。
「なんで泣いてんだよ」
「ぐす、だって死んじゃうかと思ったんだもん! 血もいっぱいぃ」
血?
言われてから顔に何かがへばりついていることに気がついた。
触ってみる。血がついている。頭から血を流したようだ。それに右目も開かない。触ってみると瞼が腫れていた。
「くだらない。もう行ってもいいですか」
彼女はウイリアムさんにそう言うと、返事も待たずに部屋の扉へ向かった。
が、扉の前で立ち止まる。レビアが扉を塞ぐように立っていたからだ。
「……? 今度は君が戦うのか?」
「戦いません。何故クロをあんなになるまで打ったのですか。貴女にはシド様の声が届いていたはずです」
彼女は何も言わず、レビアをすり抜け部屋を出ていった。
レビアが拳をぎゅっと握ったのが見えた。
「残念だけど勝てなかったねぇ」
ウイリアムさんがソファに座ったまま言った。
「シド、僕は正直こういうの分からんのだけど、どれくらい戦力に差があったの?」
「はぁ。そもそも今のは戦いにすらなっていませんでした。比べることもできませんな」
侮っていたわけではない。
ルナやレビアの件があるのだ。最初から全力だった。
まさかこれほどのものとは。
一瞬で何が何やら分からなくなってしまった。手も足も出なかった。
「ルナ、レビア。ごめんな。次の国を目指そう」
残念だが仕方あるまい。おれは弱かったんだな。
だが。それならこれから強くなればいい。次に同じような場面があった時に、今度は勝てるように。後悔しないように。そう心に誓った。
「いやでもさぁ? 君たちオルハルト領から歩いてきたんだよねぇ。今日はちょっと疲れてただけなんじゃないの?」
ウイリアムさんが言う。
いや。そんなレベルじゃないのは誰が見ても明らかだったはずだ。それくらいおれにも分かる。
「あと五日くらいあれば全快するよね。そこでもう一度戦ってみなよ。僕としたことが君たちのコンディションを考慮してなかったなぁ」
足を組み替えた。頭をぽりぽりと掻いておれをじっと見ている。
何なんだこの人は。読めない。よく分からないが、これはチャンスをくれているということなんだろうか。
「クロ、もうやめよう? わたしがついてってあげるから、お願い。次の国を目指そう」
「わたしもルナに賛成です。五日で打倒できる相手ではありません」
おれは壁に掴まるようにしてよろよろと立ち上がった。
頭がふらふらする。なんとなく視界もぼやけてる。
「五日後にもう一度戦います」
ルナとレビアは驚いた顔を見せた。
「何でよ、クロ……」
「ルナ、レビア、ごめんな」
レビアが言うからには、おれは彼女に勝てないのだろう。
だが、やりもせずに諦めてはいけないと思った。例えまた負けてしまうとしても、その瞬間までは精一杯の努力をしないといけないと思った。
ウイリアムさんは手を一つ叩いた。
「じゃあ決まり。五日の間、君たち女子二人は使用人として働いてもらう。シドは彼が全力を尽くせるようサポートしてくれ」
「は、私がですか? しかし仕事が……」
「シド、優秀な人間を集めて好きにやらせてみろ。君もいい歳なんだ。いい機会だと思わないか?」
シドさんは髭を触って、困ったように目線を左右に動かした。
隙のなさそうなシドさんもウイリアムさんには弱いらしい。
五日後の再戦に向け、最善を尽くそう。
おれは自分の手を見ながらそう強く思った。




