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第21話 ケルン城

 山を下り川沿いを歩き、ついに街へ差し掛かった。


 泥だらけのおれたちは相当目立ったようで、人とすれ違う度に目線を感じた。

 この髪が見られたら大変なので、なるべく人気のない道を選びながら城を目指した。


 どこかから鐘の音が遠く聞こえてきた。

 それを合図にして、橋の下で休憩を取り、最後の食料を口にした。


 歩いている最中に音楽が聴こえてきた。

 どうしてもと二人にお願いして少しだけ物陰からそれを見に行った。


 楽器を持った三人組が広場で演奏をしていた。どういう種類の音楽なのかは分からないが、心が躍るような感じがした。大勢の人がいて、みんな楽しそうにしていた。


 そこからまた歩き、城門のそばに到着したころには、すっかり夜になっていた。


 ケルン城という名前らしい。

 山から見えたくらいだからと想像はしていたが、近づくとその大きさを改めて実感した。

 年季を感じさせる石造りの城だった。


 アーチ状の城門は分厚い鉄扉てっぴで固く閉ざされている。

 門の前には兵士が二人立っていた。オルハルトで見た兵士よりも装備が重そうだ。


「ルナ、大丈夫か?」

「うん。足が痛いけど大丈夫」


 ここまで歩き続けてきた疲労が足腰に蓄積している。

 短かったが過酷な旅だったように思う。


「一応聞くけど、ルナも来るんだよな?」

「……」


 口をへの字にして、次にわなわなと唇を震わせた。


「……ルナも来てくれ」


 ルナはむすっとしたまま「当たり前でしょ」と言った。

 彼女の扱い方が少し分かってきたかもしれない。


「それじゃあ行くか」


 おれが先頭になり城門へ近づいていく。


 兵士の前に立ち、フードをさっと外した。

 オルハルトの兵士がそうしたように、彼らもまた閉口し膝をついた。


「事情があり素性を明かすことが出来ないのですが、領主様にお会いすることはできるでしょうか」


 そういうと、兵士の一人がうわずった声で「お待ちください」と言いどこかへ行ってしまった。


 しばらく待っていると扉が音を立てゆっくりと開かれた。


 黒いタキシードに身を包んだ初老の男が立っていた。

 きっちりとオールバックに固められた白髪交じりの金髪。彫りの深い目鼻と立派な口ひげが特徴的だった。


「当家使用人のシド・レンスグリーンと申します」


 シドの名乗った男は一礼すると、目じりのしわを深くしながら微笑んだ。

 表情こそ柔らかいものの、その瞳の奥に強い警戒があるのを感じた。


 男、シドさんが門を出て近づいてくる。

 おれよりも頭一つでかい。こうして人を見上げるのは初めてじゃなかろうか。


 シドさんと視線が合った。

 彼はおれをじっくりと見てから、


「どうぞ三人とも中へお入りください」


 背中をくるりと見せた。


「あぁ、そうそう」


 ぴたりとシドさんの動きが止まる。

 こちらへ顔を向ける。


「できればフードは被っていただきたい。余計な噂が立つと仕事に支障が出ますのでな」


 言われた通りにすると、またにこっと笑った。


「ありがとうございます。それでは参りましょう」


 シドさんのあとについて歩く。


 石階段をぐるりと上がり、城壁の上に出た。

 兵士や使用人が忙しそうに早足で歩いていた。


 ある館の前に立ち、木の扉を開いた。

 シドさんに促され中へ入る。


 中へ進む。赤いソファーとテーブルが部屋の中央にあった。部屋にはカウンターがあり、隅の方に鉢に飢えられた背の高い植物が飾られている。来た方とは違う場所にも扉があった。


「どうぞお掛けください」

「汚れてしまいますよ?」


 言いながら体を見た。

 室内で見ると、その汚れが一層目立って見えた。


「どうぞお気になさらず」


 口ひげを触りながら微笑んだ。


 さあさあと催促され、奥からおれ、レビア、ルナの順番で座った。

 シドさんは立ったまま、


「簡単にで構いません。お話をお聞かせください」


 と言った。


 話すのはおれがいいだろう。

 おれは簡単にここまでの経緯を説明した。


 記憶がないこと。ルナと出会ったこと。オルハルト家で一度は保護されたこと。

 マナが扱えず偽物と思われ殺されかけたこと。レビアを連れてここまで逃げてきたこと。ルナやレビアが隠していることは伏せたまま話を終えた。シドさんは終始ただ黙って聞いていた。


「かしこまりました。領主ウイリアム様を呼んでまいります。どうぞそのままお掛けになってお待ちください」


 シドさんは一礼すると扉を開け出ていった。


 ふう、とため息をついた。


「ようやくここまで来たな」


 レビアは「はい」と答えた。

 ルナとは対照的にあまり疲れを感じさせない顔だった。


「あの人はあんまり驚いてなかったな」

「使用人たる者、どんな場面でも平静を装わなければなりません」

「ふうん。そんなものかね」

「ねえねえ、レビアは驚いた? クロのこと」


 レビアはぱちぱちと二回瞬きをした。


「わたしは別の意味で驚かされましたよ」


 ……脅して外に連れ出したりしたからなぁ。


「平静を装うどころか全てをさらけ出してしまいました」


 レビアは恥ずかしそうにして俯いた。

 少し顔が赤い。


「そ、そそ、そうだったのね」


 ルナもなぜか頬を染めている。

 何か勘違いしないだろうか……?


 しばらく待っていたら、扉がノックされた。

 きい、と音を立てて扉が開く。


 おれたちは立ち上がった。緊張が背中に走る。


 髪の茶色い男が入ってきた。

 シドさんより少しだけ若いだろうか。無精ぶしょうひげを生やし、長い髪を後ろで束ねている。やる気のなさそうな気の抜けた顔だった。


「あー、君たち? 先導士一行って。……うわ。凄い姿だね」


 この人が領主か?

 そう思ったのは、その服装があまり領主らしくなかったからだ。ベージュの服の上にマントを羽織っている。派手さはない。


 おれたちの正面のソファにどかっと座る。


「ああ。君がそうか」


 彼はおれを見上げていた。

 おれはフードを外して髪を見せる。


「へえ。久しぶりに見たなぁ。……ん? ああ、ウイリアム・エーデルランドだ。よろしく」

「よろしくお願いします」

「座りなよ」


 その言葉に腰を下ろした。

 何と言うか喋り方も力が抜けたような感じだ。意気込んでいた分、肩透かしを食ったような気持ちになる。


「記憶をなくしたんだって?」

「はい。自分の名前や住んでいた場所も分からない状況です」

「マナの扱い方も忘れちゃったって聞いたけど?」

「そうみたいです。魔石に触れても何も反応しません」


 男――領主ウイリアムは髪に指を突っ込んでぼりぼりと頭をかいた。


「うわぁ面倒くせぇ」

「え?」

「あ、いや」


 なんか聞こえたのだが……。


「……んで、偽物扱いされ殺されかけて逃げてきたと。なるほどねぇ。で、ここに来たのは、保護してほしいってこと?」

「はい。図々しいお願いで申し訳ないのですが、他に当てがありません」

「そこの女の子二人も?」


 今度はルナとレビアが合わせて「はい」と答えた。


 彼は頬杖をついて、


「君は何なの?」


 とルナを見た。


「あ、あの、わたしもクロと同じで昔の記憶がなくて……。行くところがないんです」


 そうなのか?

 ルナの顔を見たかったが、怪しまれると思いやめておいた。


「クロ?」

「あ、おれの名前です。本当の名前じゃないけど、この子につけてもらいました」

「へえ、変わった名前をつけるんだな」


 おれの名前は変わった名前だったのか。


「はあ、まあいいや。んで、そっちの子は? 見た所、使用人だよね。オルハルトにいたのかな」

「はい」

「どうして君はここへ来たの?」


 少しだけ間が開いた。


「わたしはある事情でオルハルトに囚われた身でした。先導士様に助けていただき一緒に逃げてきました」

「ふぅん。ある事情ね。それって聞いていいのかな」

「……すみません。今はまだ言えません」

「オルハルトの使用人ねぇ。なるほど」


 ウイリアムさんは腕を頭の後ろで組みのけ反るようにした。

 ぎっとソファが軋んだ。


「ハーブティです。どうぞお召し上がりください」


 シドさんがテーブルの上に白いカップを並べた。湯気が立っている。ウイリアムさんに促されおれたちは揃って口にした。

 深い味わいがある。

 冷えた身体がじんわりと温まった。


「シド、どう思う?」

「はぁ。わたしからは何とも。ただ作り話にしては荒唐無稽こうとうむけいが過ぎるかと思います。彼らを信じてもよいのではないでしょうか」

「そうかなぁ」


 ウイリアムさんはハーブティを一口飲むと、おれたちを順番に見た。


「まあ八割は本当、一割は嘘、一割は話していないことがある。ってところじゃないかなぁ。ま、別にどうでもいいんだけどね」


 ウイリアムさんはカップをテーブルへ置いた。


「結論から言うよ。女の子二人はこの城で匿おう。だが君は保護しない」


 唐突に告げられた。


「可愛い子が城にいればみんな喜ぶだろ。だから二人は匿う」


 な、なんだその理由は。

 予想の斜め上の展開に少し困惑する。


「だが君はどうかな。本物か偽物か、自分でもよく分からないんだろ」


 本物か偽物か――。

 たしかにそうだ。おれは、はっきりと答えることができない。


「ま、あとぶっちゃけ面倒だよね。それが主な理由だね。オルハルトが君を殺そうとしたのも、まあ分からないでもない。それくらい面倒だ」

「役に立つよう努力します」

「ふうん。何ができるの?」

「……傷の治りが早いとか」


 言ってみて役に立つような力じゃないな、と自分で思った。


「次の国へ到着できるくらいの物も渡そう。明日の朝まではここで過ごしてもいい。食事も用意しよう。でもせいぜい出来るのはそれくらいかなぁ」


 ウイリアムさんが立ち上がる。

 まずい。終わってしまう。


「あ、あの!」


 おれは思わず立ち上がった。


「なに?」


 おれは、その先の言葉を出せなかった。


「もういいかな」


 ウイリアムさんがこちらに背を向け扉へ歩いていく。


 記憶がないことを痛感する。

 ウイリアムさんを立ち止まらせるほどの材料を、おれは持っていない。


 歯痒い思いで彼の背中を見ていた時、ふいに隣から、


「よろしいでしょうか」


 と声が聞こえた。


 ウイリアムさんが立ち止まり振り返った。レビアを見る。


「うん?」

「領主様のお気遣い感謝いたします。ただ、わたしはこのお方についていくと決めています。もしも先導士様がこの国を出るなら、わたしもそれについていきます」

「わ、わたしも同じです」


 彼女たちの言葉を嬉しいと思う反面、申し訳ないとも思った。


「へぇ。こんな可愛い子たちにそこまで言わせるとはねえ」


 ウイリアムさんがこちらへきて、もう一度ソファに座った。目で座れと言われ、おれは再度ソファへ腰を落とした。

 ウイリアムさんは両手を組み、前屈みになって、じっとおれの手の辺りを見ていた。


「君さぁ、その指輪はどうしたの?」

「え?」


 思わず指を隠す。


「ナレードさんに貰いました」

「ふぅん」


 外しておけばよかっただろうか。ウイリアムさんは少しの間じっと手の方を見ていたが、興味をなくしたとかすっと視線を上げた。


「うーん、美少女二人はゲットしたいなぁ。……ああ、そうだ。じゃあさ、うちの用心棒と勝負しなよ。それで勝ったら君を用心棒として雇ってあげるよ」

「用心棒?」

「まあ見てから決めてもいいよ。シド、呼んできてくれる?」

「はぁ、かしこまりました。でもよいのですか? あれは加減を知りません。どちらかというと先導士様相手にむしろ暴走するかもしれません」

「構わん構わん。そうじゃなきゃ意味がない」


 用心棒。どんな奴なんだ。

 二人の会話からなんとなく狂暴そうな男を連想した。


「領主様、それともう一つ急いで伝えなくてはならないことがあります」

「ん、何だ?」

「ここへ来る途中、オルハルト領の山道で魔物を数体見ました。オルハルト家へ伝えてもらえないでしょうか。放置しておくのは大変危険です」


 ウイリアムさんはぴくりと眉を寄せた。今まで気の抜けた顔をしていたが、初めて真剣みを帯びたように見えた。


「魔物か。最近は結構聞くなぁ。何かあったんだろうか。……シド、夜目を持っている使い魔持ちのウィザードを何人か用意してくれ。今夜だ」

「かしこまりました」


 シドさんはぺこりとこちらへ頭を下げると、部屋を出ていった。


「それにしても、魔物と遭遇してよく無事だったもんだね。君が退治したの? だったら評価も少し変わるけど」


 残念ながら違う。おれは首を左右へ振ってそれを伝えた。


 しばらくしてノックが鳴った。

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