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第20話 回し蹴り

 体の痛みを感じて目が覚めた。

 上半身を起こし寝袋をはぎ取る。体をひねってみると背中と腰が痛かった。

 地面が固かったからだろう。でも眠れただけでもよしとするべきだ。


 ちょうどレビアがルナを起こしているようだった。

 体をゆさゆさと揺らしている。


「起きてください、ルナ」

「……うぅ、寒いぃ」


 ルナがむくりと起き上がり、レビアに抱きついた。


「あったかい……」

「……服の中に手を入れないでください。冷たいです」

「柔らかい……むちむち」

「変な所を……あっ……、そこは、…んんっ」


 おれはもう一度寝袋を羽織ってその場に伏せた。そして耳を塞ぐ。

 何してんだよあいつ。凄い場面を見てしまった……。

 悶々としたまましばらくそうしていたら、ふいに肩を叩かれた。


「クロ、起きてください」

「……ん? ああ、おはよう! いや~いい朝だなぁ」

「朝かどうか分かりませんよ」


 そうだった。


「どうしたのですか? 顔が赤いです」


 額に手を当てられた。


「少し熱っぽいです」

「朝だからじゃないかな」


 なんだその理由は。と言ってから自分で突っ込んだ。

 心配そうに顔を見つめられる。まずい。こんなあほな理由で心配をかけてたら目も当てられん。


 落ち着け。さっき見たものはおれの夢だったのだ。

 そうだ。そうに違いない。


「し、心配しないでいい。レビアの夢を見て興奮しただけだから……」


 レビアが視線をさっと下ろした。

 頬を染め、耳まで紅潮させている。


「ルナとわたしはもう準備ができています。クロの準備ができたら出発しましょう」


 ぷいっと顔を背けて向こうに行ってしまった。


 くっ。なんか余計なことに体力を使ってしまった。

 こんな危機的状況だと言うのに。


 水を一口だけゆっくりと飲む。

 体が潤った感じがした。それから寝袋を丸めて洞窟の隅に置いた。分解したせいでバックパックに入らなくなってしまった。もったいないが置いていくしかないだろう。


 腕を伸ばしたり首を回したりして体をほぐした。

 準備ができたことを伝え、三人で歩み出した。ルナの目も覚めているようだった。


「ここが一番いいかな。縦穴とかもなさそうだし、風の音も強いから」


 ルナが言うまでそこに進む道があるとは気がつかなかった。岩と岩の間に小さな隙間があり、その先はまた長い洞窟が続いているようだった。


 一人づつ隙間を通って、洞窟へ進む。


 昨日と同じように三人で手を繋ぎ洞窟を歩いていく。

 ここまで来るとさすがに緊張感を取り戻した。転んで怪我をすればそれだけで致命傷となる。


 黙々と道を進む。


 戻ることを考えなくていい分だけ、昨日より気持ち的には楽に感じた。だがそれだけルナの負担は大きくなる。

 分かれ道がある度に彼女は苦しそうな顔で音に集中していた。

 どの道も最終的に外に繋がっているが、それが人の足で行ける場所なのかどうかを判断しているとのことだった。


 大分足に疲れが溜まっているのを感じた頃に、変化が現れた。


 最初に通って来た道と同じように木材で補強されている部分が見え始めた。

 少し工法が違うように見える。最初に通った場所は板を広い範囲に打ち付けるような形だったが、こっちは丸太を使用しているようだ。


 さらに進む。


 入口が近いと感覚的に分かった。

 空気の匂いも変わってきているし、温度も温かくなってきている。


 右に折れたところで、通路の先が僅かに明るくなっていることが分かった。


「やった。出口だ……」

「ルナ、魔物の気配はしますか?」

「ううん。大丈夫」


 はやる気持ちを抑え坑道を進む。

 明るさが増していく。一際強い光が視界に入った。

 ついに外の光を直接目が捉えたのだ。


 四角い形の出口だ。高さはそれほど高くない。幅も人が並んで二人歩ける程度はある。青い空がここからでも見えた。


 だが――。


「……嘘」


 ルナが呟いた。

 それから、ふらふらと出口へ近づき、その場にぺたりと座りこんだ。


 出口は鉄格子で塞がれていた。


 おれは出口へ近づき鉄格子に触れてみた。ざらついた感触がした。表面は茶色く錆びている。

 この太さではレビアの短剣でも破壊できないだろう。格子は接点は――溶接されているようだ。


「レビア、魔法でどうにかできないか?」


 レビアは眉を寄せ答えた。


「申し訳ありません。鉄格子を破壊できるほどの能力はありません」


 鉄格子の幅は狭く、頭も通りそうになかった。

 鉄格子に顔を近づけ、外を眺めてみた。どこかの山のようだ。耳をすませてみたが人の気配はしない。


「ごめん。どうしよう……わたし……」


 レビアがルナの傍により肩をそっと包むようにした。


「もう一度戻り別の道を探しましょう」

「でも……ここが一番出れると思った場所なの。他の場所から出られるかどうか……。ここみたいに塞がれてるかもしれないし」


 おれは鉄格子を両腕で掴み、力強く揺すってみた。

 動かない。


「クロ、ごめんね。戻ろう。魔物もいなくなってるかもしれないし、最初の場所に」


 ルナが座ったまま言った。

 力のない瞳でおれを見上げている。


「期待させて、ごめんね」

「ルナが責任を感じることはない。おまえがいなきゃここまで来れなかったじゃないか」


 ルナは下唇を噛んだ。


「ありがとうな。疲れただろう。ちょっと休憩してろ」


 ルナにそう言って、もう一度鉄格子を見た。


 どうにかして出たい。

 ルナの努力を無駄にしてやりたくない。


 道具もないし知恵もない。ここは体一つで頑張ってみよう。


 鉄格子の前に立ち、構える。

 掛け声とともに鉄格子の交差している部分を思い切り蹴った。金属の低く鳴る音とともに、ぱらぱらと小さな石が落ちてきた。鉄格子は動かない。


 もう一度同じ動作を行う。右足を体へ引きつけ、全身を一気の伸ばすイメージで蹴りを繰り出す。

 ごうん、とかねを打ったような音が鳴る。


 駄目か?

 鉄格子は外から囲うようにしてあるから、内側からなら弱いと踏んだが。


 更に蹴る。蹴る。蹴る――。


 ――あれ。

 今、少し軋んだように見えた。


「クロ。ごめんね。わたしの食べるものも二人にあげるから。お願い、怒らないで」


 ルナが言った。

 怒っているように見えたのだろうか。


「怒ってないよ。鉄格子が壊せないか試してるだけだ」


 なるべく優しく言ってから、もう一度鉄格子を蹴る。

 やはり鉄格子の左側が軋んでいる。


 上半身だけ回転させて、筋肉を限界までひねる、

 力を凝縮ぎょうしゅくする。


 限界まで力を貯め――


「はぁっ!」


 一気に解放。蹴りを放つ。


 振動が足を通じて頭まで響いた。

 鉄格子が動いたのを見た。


「凄い力です……」


 とレビアが呟いた。


「見ろ。隙間が開いてきた」


 鉄格子自体は頑丈そのものだが、鉄格子ごと坑道の出口から剥がれかけている。


「そうだ」


 思いついたことがあり、一度坑道に戻る。

 落ちていた丸太を使えないかと考えたのだ。

 丸太を拾って再度出口へ。

 鉄格子の左側にできた隙間に丸太を差し込み、壁を支点にして思い切りこじ開ける。


 ぎぎぎ、と鈍い音を立て鉄格子が出口から剥がれていく。


「開きそうだぞ」


 何度もそうしているうちに、やがて人ひとり通れそうな程隙間は広くなった。


「やったぞ! これで外に出れる」


 ルナに手を貸し立たせてやる。


「行こう」

「う、うん!」


 レビア、ルナ、おれの順番に出る。


 少し歩いてから、深呼吸をした。

 木々の香りを含んだ新鮮な冷たい空気が肺へ入り込んできて、淀んだ洞窟の空気を全て追い出してくれた。


 太陽がまぶしい。

 ようやく外に出られたのだという実感がわいた。


「はぁ~、やっと出れたぁ」


 ルナが背伸びをした。


「……クロはやっぱり凄い人です。わたしはあの鉄格子を見た瞬間、もう戻ることを考えていました。でもクロは諦めなかった。そして道を開きました」


 レビアがおれを見上げている。


「レビアやルナの方が凄いさ。ここまで来れたのは二人のおかげだ」


 ルナは太陽に負けないくらいの微笑みを見せて頷いた。


「でもどこであんな技を覚えたのですか?」

「技?」

「さっきの蹴りのことです。凄い威力でした」


 技、だったのだろうか。

 ただ自然に身を任せて蹴っただけだ。過去のおれが身につけていたものが、自然に出たのだろうか。

 これも一つの手がかりになりそうだ。落ち着いたらあらためて考えてみよう。


「にしても、ここってどこなのかしら?」

「向こうに道が見えるな。ここがどこだか分かるまでもう少し進んでみるか?」

「うん。やっぱりまだ不安だし」


 坑道を離れ山道へ入る。

 道の中央に背の高い雑草がたくさん生えていた。長い間、手入れがされていないようだ。


 山道を下っていくと、山のふもとに建物が小さく見えた。


 目線を奥へ進めていく。

 街、そして遠くに城が見えた。


「驚きました。わたしたちは既にエーデルランド領に入っていたようです」


 レビアが地図を取り出した。


「ほんと?」

「山を登りながら迂回していくところを、その中を突っ切ってきたので、大分近道になったようです」

わざわいを転じて福となす、だな」

「なによ、それ。詠唱?」


 詠唱って。


「異世界の言葉ですね」

「そ、そうなのか?」


 また驚いた。

 一体おれの知識は何なんだろうか。よほどの異世界マニアだったに違いない。


「あのお城にエーデルランドの領主様がいらっしゃいます。きっと力になってくれます」

「あそこを目指せばいいんだな」


 エーデルランドの領主か。どんな人なんだろう。


「ねえ、正直に言うと、ちょっと休憩したいかな……駄目?」


 ルナが後ろ手を組んで甘えた表情を見せた。


「賛成だ。おれも疲れたし、それに腹が減った」


 その言葉を合図に、おれたちはこの場で休憩をすることにした。


 三人でクラッカーを食べる。食料はこれで残り半分となった。水はもうない。

 その場に寝転がって、体を少しだけ休ませた。

 土や草の感触が気持ちよかった。


 あの城に行くまで、たぶん一日もかからないだろう。

 ようやくゴールが見えてきた。


 少し経ってから、おれたちは城へ向けて出発した。


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