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第19話 廃坑

 悲鳴を上げながら狭い坑道へ入った。


 振り返る。


 さっきと同じ顔の化け物が顔を突っ込むようにして、おれを見ていた。その黒い眼を見てぞっとした。感情はないが意志がある。そう直感した。全身が凍り付いたような気分になった。


「大丈夫です。絶対に入ってこれません。こっちに来てください。姿を隠しましょう」


 曲がりくねった坑道を走り、やがて僅かに足元が見えるほど暗い場所まで辿りついた。


 ルナを下ろしてから、おれは四つん這いになって肩で息をした。


「ルナ、大丈夫か?」

「……うん、ありがと」

「なんだったんだ。あの化け物」

「魔物です」


 ……魔物?


「でもおかしいです。あれだけの魔物が街のこんなにすぐ近くにいるなんて。……エーデルランドについたらすぐに報告しましょう。ルナ、バックパックをこちらに渡してください」

「……うん。……はい」


 がさごそと音が鳴ったあと、やんわりと明かりが灯った。

 レビアが灯りを足元に置いたようだ。


 ここも入口付近とあまり変わっていない。岩に囲まれた通路の途中のようだ。

 一部には木の補強がされていたが、もう腐っているのか変色がひどかった。


「レビア。あれが魔物なのか?」

「はい」

「…………」


 嘘だろ。

 あんな化け物だと思わなかった。


 ルナが立ち上がった。


「ううっ、怖かったぁ」


 同感だ。

 情けないが小便をちびりそうになるくらいビビッてしまった。


「大丈夫です。心配いりませんよ。クロとルナはわたしが守ります」

「……ほんと?」

「はい。全力を尽くします」


 ルナがレビアに抱きついた。


「嬉しい! 助けてくれてありがと! レビア」

「はい。……ルナ、やめてください。くすぐったいです」


 レビアの胸に顔を埋めてこすりつけていた。


「くんくん。レビアっていい匂いがするぅ」

「恥ずかしいです……。シャワーを浴びてないのに匂いを嗅がないで……」

「女の子のいい匂いぃ……」


 何と羨ましいやつ――。

 じゃなかった。何を考えとるんだおれは。この緊急時に。


 おれもその場に立ち上がる。


「どうする? 魔物がいなくなるまでここに隠れてるか?」

「そうですね。いなくなってくれればいいのですが……」

「ねえねえ」


 ルナが首を傾げながら上目遣いにレビアを見つめた。


「冷静になったから聞くんだけどさ、レビアって何者なの? あんな魔物を一撃……。それにあんな魔法見たことない」

「それは……」


 沈黙が流れた。


「いいだろ、ルナ。レビアは色々事情があるんだ。言える時が来たら話してくれるさ」

「申し訳ありません」

「う、うん。こっちこそごめん……。わたしも言えないことあるし……」


 そういえばそうだったな。


「よし! んじゃあ、ここでのんびり過ごすか!」

「一つ問題が発生しています」

「なっ? まだ問題があるのか!?」


 レビアがバックパックを持ち上げた。


「わたしは先ほど自分のバックパックを置いてきてしまいました。そしてルナのバックパックの食料や水も、ここに逃げる時に落としてしまったようです」


 レビアはバックアップの口を開きこちらに向けた。

 半分ほど物が消えている。


 おれは自分のバックパックを背中から下ろして、中身を確認した。

 不幸中の幸い、おれの方は無事のようだ。


「ってことは残りの食料と水はおれが持っているだけなんだな」

「残念ですが……そのとおりです。これだけだと、二日はもたないでしょう」

「参ったな………あいつらが消えるまでおれたちは動けないってのに」


 エーデルランド領はおろか、このままでは自分たちの命すら危ういかもしれない。 人は飲まず食わずでどれだけ生きられるのだろうか。


「あのさ。この坑道はどこまで続いているのかしら? ここを通ってどこかにいけないかな」


 ルナが坑道の先を見つめた。暗くなっていてよく分からないが、途中で右へ曲がっているように見える。


「この坑道はオルハルト家が遠い昔に使用していたものだと思います。中は迷路のように入り組んでいると聞いたことがあります。食料もない中進むのは危険です」

「でもさ……あの魔物。まだ入り口の所にいるよ。頭だけ突っ込んでこっち見てる」


 おれは入口の方へ目をやった。途中で道は折れている。

 当然、魔物の姿は見えない。


「ルナには入口の様子が分かるのですか?」

「うん。わたし、耳がいいの」


 耳をすませてみたが、おれには何も聞こえなかった。


「ねえ、進んでみましょう? 外に繋がってれば、わたしだったら風の音が聞こえるかもしれないし」


 ルナは入口の方を不安げに見つめた。ここにはいたくないと言っているようにも聞こえた。

 たぶん、ルナはまだあの不気味な魔物の気配を感じてしまっているのだろう。


「魔物はわたしたちの匂いを追っているのかもしれません。一旦坑道をある程度進んでから、そこで戻るか先へ行くかを改めて判断してもよいかもしれません」

「クロもそれでいいでしょ?」

「うん。おれには魔物というのがよく分からない。だから二人の判断に任せるよ」


 何が目的で人を襲うのか。人間を喰らうのか。睡眠は取るのか。

 分からないことばかりだが、一つだけ分かるのは動物とは違う生き物だということだ。

 それだけはあの不気味な顔を見て分かった。あの顔を思い出すと、今も足が震えそうなほど恐ろしい気持ちになる。


 レビアがバックパックから懐中電灯を取り出し、明かりをつけた。

 坑道の先が明るく照らされる。


「クロのバックパックにも入っています。出してもらえますか?」


 バックパックを漁り同じものを取り出す。

 先端が窪んでいて、中にはガラスの球がはめ込まれているようだった。


「どうやって使うんだ?」

「……すみません。そういえばクロには使えませんでした。ルナに渡してください」


 そうだよな。何となく分かってたけど。


「なんでクロには使えないの?」

「クロはマナを扱うことができません。魔石を使った道具は使えないのです」

「……そうなの?」

「ああ。そうみたいだ」


 そんな顔でおれを見るなよ……。すごく深刻なことのように思えてくるだろ。いや、実は深刻なのか? あまり気にしてなかったが。


 ルナにライトを渡す。

 ぱっとライトが点き、通路の先の明るさが増した。


 レビアがおれの左側に立った。

 それから腕をすっと絡ませてきた。


「な、何を?」


 おれは狼狽うろたえながら声を出した。


「ライトは二つしかありません。離れてしまうと危ないです」


 レビアはぎゅっと体を押し付けてきた。


「かえって歩きづらいだろ……。大丈夫、そんなにくっつかなくても見えるよ」


 レビアは残念そうにうつむいてから腕を離した。


「ではせめて手を繋いでください」


 代わりに指と指を絡ませるようにして手を繋いできた。恥ずかしいが仕方ない。 そもそもおれが悪いわけだし。

 しかし何故こんな手の繋ぎ方を? ……あの本の影響なのか?


「わ、わたしも……」


 反対の手をルナに握られた。


「なんでおまえまで」

「だってぇ、怖いんだもん」


 レビアの手は冷たく感じたがルナの手は少し熱く感じた。


「駄目? いいでしょ? お願い」

「いいけど……」


 あんな化け物に追われた後だしな。


「それでは行きましょう」


 おれたちは坑道を歩き始めた。


 ルナが前方を照らし、レビアが足元を照らした。坑道は暗く、明かりなしでは進めそうになかった。


 少し行くと道の幅が狭くなりはじめた。三人で身を寄せるようにして歩く。


 おれたちの足音に混じって、通路の奥の方から、ぽたりぽたりと水のたれる音がした。

 音は少し反響して聞こえた。


 さらにいったところで、道が三つに分かれている場所へ着いた。

 通路というよりも、三つの洞窟の入り口に立たされたようだ。どの穴も同じように見え、違いがあるように見えなかった。


「どっちに進む?」

「ちょっと聞いてみる。静かにしてて」


 ルナが目を閉じた。

 集中した表情を数秒見せ、すっと目を開いた。


「こっちの方が広くなってる」


 と言ってライトをそちらに向けた。右側の洞窟だった。


「目印をつけておきましょう」


 レビアはスカートをめくるような仕草を見せた。

 思わず目を背ける。

 それからガリガリと音が聞こえてきて、ゆっくりとレビアの方へ目を向けた。

 レビアは短剣で地面を削るようにして目印をつけていた。


 レビアは立ち上がるとスカートの中へ素早く短剣をしまった。

 白く綺麗な太ももがちらりと見え、またおれは目を逸らしてしまった。


 何て所に短剣を持っているんだ。


「どうしたのですか?」

「あ、いや。その、えっと」

「……? それでは進みましょう」


 レビアは再び指を絡めた。


 ルナは道が広くなっていると言ったが、その後も細い通路が延々と続いていた。ルナの顔を見たが、少し疲れた顔をしているくらいで、あまり気にしていない様子だった。


 通路を進むにつれ、いつの間にか温度が下がっていっていることに気がついた。

 冷たい空気が坑道の底に淀んでいるのだ。


 また分かれ道に遭遇した。

 ルナが道を選び、レビアが目印をつける。


 次第に人工的な要素が消え自然的なものに道は形を変えていった。

 壁や天井に見えていた腐った木も見えなくなり、天井の高さも極端に高かったり低かったりとまちまちになった。代わりにカビのような臭いが強くなった。


 坑道というよりも、洞窟を進んでいると言った方がしっくりくるかもしれない。

 地面も岩が突き出している部分が多くなっているし、道は常に左右上下へ反っている。

 転べば露出している肌が傷ついてしまう。一層注意する必要が出てきた。


 洞窟を歩き続け、何度も似たような分かれ道を超える。


 どれくらい歩いてきたのか、時間の感覚が分からない。少ししか歩いていないような気もするし、もう一日中歩いているような気もする。


 奥深くに進むにつれ不安が大きくなる。どこまで続くのかというよりも本当に戻れるのか、という気持ちだ。

 レビアがつけた目印は消えないと分かっていても、どうしても不安が頭をもたげた。

 本当にこのまま進み続けて大丈夫だろうかと、そう思った時だった。


 少しだけ空気の匂いが変わったような気がした。


 何だろうと思い、目を先に向ける。

 広い空間がある――。


 洞窟を進み、その空間へ一歩足を踏み入れた。

 すると不思議な景色がそこにはあった。


 遠くにある壁一面が青白く輝いている。その輝きは高い天井まで続いていて、おれたちを囲んでいるように思えた。

 それはまるで無数の流星が降り注いだ瞬間の夜空を、視界いっぱいの広さに切り取ったような、そんな幻想的な景色だった。


「凄いな、なんだここ」


 声を出してから、その音の響き方で広い場所なんだなと実感した。


「自然の洞窟に当たったようですね。あの輝きは天然の魔石がマナを吸っているのでしょう」

「天然の魔石ってこう光るのね。ミルクが溢れてこぼれてきてるみたい」


 ルナにはそう見えたようだ。

 それから「お腹がすいてきちゃった」と言った。


 ……現実的な少女なのかもしれない。


「ほとんど何も口にしないままでしたからね。この辺りで少し休みましょう」


 レビアがライトを消し、バックパックから別の小さな明かりを取り出した。

 きっと同じ魔法で動いているのだろう。落ち着いたらどんな仕組みなのか聞いてみたい。


 なるべく平らで濡れていない場所を探してから、三人で輪になるよう座った。

 おれはバックパックから昼に食べ残したクラッカーを取り出した。ほとんど食べていなかったから、一食分くらいはあるだろう。クラッカーを中央に置いて、二人に先に食べるよう促した。


 クラッカーを口にしながら気になったことを聞いてみた。


「今どれくらいの時間なんだろうな」

「時計があればよかったのですが……。わたしの感覚ではここに入ってから半日は経っていると思います」

「うん。わたしもだいたいそれくらいだと思う」

「そっか」


 またあの魔物がいた入口の所まで戻るとしたら、半日かけて戻らないといけない。

 食料の少なさを考えると、そろそろ戻ることを決断しなければいけない。。


「どうしましょうか」


 とレビアが言った。考えていたことは同じようだ。


「大丈夫だと思う」


 ルナが言った。

 クラッカーを口にはさみながら、洞窟の奥の方へ目をやっていた。


「外に繋がっているわ。風の音が少しだけど聞こえる」

「本当か?」

「うん。入ってきた所に戻るよりは近いと思う」

「良かった。それなら戻らずに進むことにしよう」


 ルナの顔をよく見ると疲れが目元に感じられた。

 音を聞くのに集中していたのだ。おれよりもずっと疲れているのだろう。

 進むにしても、十分な休息が必要だ。


 クラッカーを食べ終わってから、少しだけ水を口にした。水も残り少ないから、節約しなければいけない。


 ここで仮眠を取ろうと言ってみると、レビアもルナも賛成のようだった。

 レビアが一つだけあるテントを短剣で分解し、それ寝袋にするように言った。虫と小動物避けの魔法が編み込まれているらしい。


 三人で横になり寝転がった。

 地面は固いが眠れないほどではなさそうだ。


 降り注ぐ流星をひとしきり眺めてから、おれは目を閉じた。きっとこの不思議な光景も、かけがえのないおれの記憶の一つになるだろう。

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