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第16話 先導士クロ

 ルナの部屋へ向かう。


 誰かに鉢合わせしないかとレビアに聞いたが、ルナの世話をしていた使用人も今は別のフロアへ移動させられているはずらしい。万が一にもおれを殺す瞬間を見せない為とのことだった。


 扉の前に立ち部屋をノックした。

 返事はない。もう遅い時間だ。眠っているのだろう。


「ルナ、入るぞ」


 扉を開き中へ入る。

 部屋の明かりは消えていて、ベッドの様子は見えなかった。


「レビア、明かりをつけてくれ」

「はい」


 部屋に明かりが灯った。


「ん、あれ?」


 いない。

 ベッドに毛布が置かれている。人がくるまっている様子はない。

 トイレにでも行ったのだろうか。


「仕方ない。戻ってくるまで待ってるか」


 そういった時、足元の方から物音がした。

 何かと思って目を向ける。するとベッドの下から腕が飛び出していた。

 這いずるようにして、銀色の髪が飛び出てきた。ルナだ。


「な、なんなんだ……」


 呆気に取られているうちに全身がベッドから出て、ルナはむくりと立ち上がった。

 髪にすごいくせがついている。重たそうなまぶたを無理やり持ち上げながら、だるそうにおれを見ていた。


「なぁに? こんな遅くに……」

「おまえ、なんでベッドの下に?」

「いいでしょ、別にぃ。こっちの方が落ち着くの」


 口に手をあててくわっとあくびをした。それから目をこする。

 訳が分からん……。

 まあいい。今はそれより話すことがある。


「ルナ、体はどうだ?」

「うん。大丈夫――だと思う」


 よかった。一つ心配の種が消えた。


「これから屋敷を出るぞ」

「え?」


 と目を大きく開いた。


「レビアも一緒に行く。三人でこの屋敷を出るんだ」」

「レビア?」


 ルナはおれの後ろに立っているレビアに目を向けたようだった。


「レビア・エイルフォンと申します」

「……え? ここの使用人でしょ? なんで?」


 ルナはおれとレビアの顔を交互に見た。


「なんで? なんでそうなるの?」

「詳しい話はあとでする。とにかくこの屋敷にはいられなくなった。逃げる必要がある」


 ルナはびくっと身体を震わせた。


「う、うん。分かった」


 三人で部屋を出る。

 ルナは何も言わずおれの後ろについてきた。


「この格好じゃ少し寒いかもな。レビア、何か着るものはないか? それに外へ出た時のために必要なものを補充しておきたい」

「それではこちらに来てください」


 レビアに案内され廊下を歩き、途中で物置部屋に入った。

 キャビネットが雑然と積まれている。部屋の隅にハンガーラックがあって、いくつか服が掛かっていた。


 レビアはおれたちに服を選ぶよう言うと、キャビネットを動かし始めた。

 携帯食料や野営用の道具をいくつか用意するとのことだった。


 おれはフードのある黒いローブを選んだ。これなら頭を隠せるだろう。

 ルナも似たような服を選んでいた。


 上から羽織っている時にルナが小声で、


「ねえ、逃げなきゃいけないのって、わたしが原因?」


 と耳打ちした。

 ルナも追われていることを改めて思い出す。


「違うよ。おれが原因だ」


 ルナはローブの紐を結んでいた手を止めた。


「ごめんね、クロ」

「なんで謝るんだよ。おれだって言ってるのに」


 悲しげな顔をしているように見えた。

 まだ話したかったが、今は時間が足りない。


「レビア、服を着たぞ」


 レビアが立ち上がった。手には革のバックパックが三つあった。

 レビアはいつの間にか茶色いコートを着ていた。


「はい。わたしも用意が出来ました」

「よし、行こう」


 物置部屋を出て廊下を歩き、おれがいた部屋へ三人で入る。


「ルナ、おまえはこの部屋で待っていてくれ。あとで迎えに来る」

「クロたちはどうするの?」

「おれたちは用事をすませてくる。そういえばルナは部屋の明かりは自分で消せるのか?」

「……? どういう意味? 消せるけど、当たり前でしょ?」


 と首をかしげる。変な質問だったのだろう。


「部屋の明かりは消して部屋の隅に隠れててくれ。もしおれたち以外の人間が入ってきたら、おまえ一人で逃げろ」

「え? ちょ、ちょっと……」


 ルナの返事を待たず、次にレビアに言った。


「外を歩くには寒いかもしれないがコートを脱いでほしい」

「はい」


 レビアは理由も聞かずにすぐにコートを脱いだ。

 それを見て悲しくなった。命令に従うことが身に沁みついているのだ。


 おれは窓を開けた。

 冷気が部屋へ入ってくる。


「レビア、来てくれ」


 まずおれが窓から外へ飛び降りた。続いてレビアも外へ。

 レビアと一緒に街へ行った時のことを思い出す。たった昨日のことなのに、だいぶ前のことのように感じる。


「この屋敷の玄関へ向かうにはどっちに行けばいい?」

「玄関、ですか。あちらですが……」


 窓に注意しながら屋敷沿いに歩く。

 外にはやはり人がいない。夜だからだろうか。


 いや、おれの姿を見ないように遠ざけているのだろう。


「クロ様、一体何をされるおつもりなのですか? わたしには分かりません」


 レビアにはおれの計画をあえて伝えていない。

 どれだけ作戦を立てても状況によって展開は変わると考えているからだ。


「ナレードから指輪を奪う」

「それは分かります。クロ様はわたしの為にそうしようとしてくれているのですね。でも。わたしには……、想像ができません」


 おれはいったん足を止めてレビアの方へくるりと振り向いた。

 不安な顔で足元を見つめている。


「わたしには物心ついた時からこの刻印がありました。逃げたいと考えたことも昔はありました。この術のこともいっぱい調べました。でも駄目だったのです。どうやってもわたしは……。いつしかわたしは考えることをやめてしまいました」


 何を言ってやれば安心するのだろう。


 安心しろ。大丈夫だ。おれを信じろ。

 ――いや。

 たぶん、何を言ってもレビアは安心しないだろう。


 なら、せめて自信たっぷりに、


「まあ見てろって」


 それだけ言って再び歩き始めた。


 壁の切れめまでやってきた。

 壁に張りついて先をのぞき込む。

 明るくなっている場所がある。

 あそこが玄関だろう。さすがにそこには門兵が二人立っているようだった。


 おれは一度身を引いて、深呼吸をした。


 ――考えろ。

 あらゆるパターンを想定し、シミュレーションを繰り返す。

 邪念を払い、決意を固めた。


「レビア、おれの後ろに続いて歩いてくれ」

「……分かりました」


 堂々と真っ直ぐに玄関へ歩いていく。

 フードを被っているので、遠くからは先導士だと分からないはずだ。


 門兵がこちらに気がついたようだ。腰の剣へ手を当てている。

 だが抜きはしないようだ。おそらくレビアのメイド服が目に入ったからだろう。


 門兵二人の前に立つ。


「こんな時間に。いったいどちら様をお連れでしょうか」


 低い声色で右側の男が言った。

 レビアに言ったようだ。声色には疑心があった。


 覚悟する。

 おれはフードに手をやり、一気にそれをはぎ取った。


 おれの黒い髪が、あらわになる。


「おれはるやんごとなきお方の命を受けここへ来た先導士だ。ナレード・オルハルトに話がある。ここを開け」


 門兵達は青ざめた顔で後ろへ一歩引いた。

 口をぽかんと開け、おれの顔、いや頭を見ている。


「は、……はっ!……しかし」


 右側の男が狼狽えた。

 次に左側にいる男が、


「ナレード様へ確認をしてまいります」


 扉へ鍵をさしこみながらそう言った。


「その必要はない。既に話は行っているはずだ。そうだな」


 とレビアを見る。


 レビアは「はい」と言った。


 門兵はおれとレビアを交互に見て


「か、かしこまりした」


 と言った。


 二人の門兵は扉を開くと、そこへ膝へつき頭を項垂れた。

 堂々と扉へ入る。中は広い玄関ホールになっていた。


 扉が閉まるのを確認してから、レビアに小声で


「今度はおれの前を歩いて、ナレードの部屋へ案内してくれ」


 と伝えた。


 レビアはこくんと頷き、言われたとおり、おれの前を歩く。


 玄関ホールの扉を開け、大広間へ進む。


 夜でもオレンジ色の明かりを一部つけてあるようだ。薄暗いが足元は見える。

 奥に絨毯の敷かれた階段がある。左右を見る。ここに人はいないようだった。


 レビアに続き階段を上る。

 階段は螺旋状に最上階まで続いているようだ。二階、三階、四階へとそのまま上った。


 階段を上りきり四階の広い通路に出た時、廊下に兵士が立っているのが見えた。

平然とした表情を作って歩いていく。


 兵士は疑った目を浮かべていたが、ある程度まで近づくと、小さなうめき声を上げ、おれからすっと目を逸らした。

 彼はおれをただの客人だと思う演技を続けるようだ。

 その兵士を横切って廊下を進む。


 突き当りを右に折れる。おれがいた一画の廊下とはだいぶおもむきが違うようだ。

 壁に絵画があったり、所々に大きな花を挿した花瓶が置いてあった。


 さらに行くと、一番奥に一際大きな扉の部屋があるのが見えた。

 そこにも兵士が二人立っている。

 あそこがナレードのいる部屋なのだろう。


 堂々と近づいていく。

 彼らはおれの存在に気がついた。

 目線を左右にばたつかせ、体を小刻みに動かしている。彼らは膝をついて頭を下げた。


「ナレード・オルハルトに話がある。ここを開け」

「あ、その。あ、貴方は……」

「おまえたちには知らされていなかったのだろう。おれはとある国からやってきた先導士だ。ナレードには話は行っている。扉を開け」

「は、しかし……。私達はこの扉を開く権限を持っておりません」

「問題ない」

「ですが魔法式のロックが掛かっております。我々には開けません」


 魔法式のロック? なんだそれは。

 あまり聞きなれない単語に内心焦る。

 どうやって解除するものなんだ?


「先導士様。申し訳ありません。外部からは専属の使用人しか解除できません」


 レビアが後ろから言った。

 おれが戸惑ったのを察して、助け舟を出してくれたようだ。


 おれは兵士二人に目をやる。


「ならその使用人とやらを叩き起こして来い。そのままおまえたちは戻ってくるな」

「は、ですが……」

「緊急を要する大事な話なんだ。おまえたちが聞けばどうなるか分からないのか?」


 意識して声を低くする。


「それとも、聞きたいのか?」


 兵士は慌てて廊下を走っていった。


 ふう、とため息をつく。

 とりあえずここまでは順調だった。

 だが勝負はここからが本番だ。


「本当に開かないのか?」


 扉に目をやった。

 魔法式のロック。おれやルナのいた一画にもロックが掛かっていると言ったが、同じたぐいのものだろうか。


 試しにドアノブへ手を当てた。

 開かない。というかドアノブ自体が動かない。


 窓が開いたのでひょっとしたらと思ったが、駄目なようだ。

 できればナレードを起こさずに入りたい。

 力を込めてみる。力任せにできないものなのだろうか。


「ん?」


 ある瞬間から手ごたえが変わった。

 ドアノブを回す。動いた。


「この部屋のロックは決められた人間のマナにだけ反応するタイプのものを使用しています。残念ですがわたしたちには開けられません」


 ドアノブを回し力を少し込める。きぃ、と音を立てて僅かに扉が開いた。


「開いたぞ」

「……どうして」


 よく分からないが好都合だ。

 このまま静かに部屋へ入る。


 広い部屋だ。


 部屋は暗い。だが真っ暗というわけではないようだった。

 オレンジ色の弱い光りが天井に灯っている。


 レビアに部屋の隅にいるよう仕草で伝える。


 足音を殺し、ベッドへ近づいていく。

 毛布が膨らんでいる。

 ナレードだ。柔らかそうな枕に横向きに沈み寝息を立てている。


 緊張。背中に汗がにじんだ。

 おそらく次の一瞬が勝負の分かれ目だ。

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