鼓動
彼女と離れてから廊下はより一層静けさが増していた。
耳を済ませると、木々の葉や花弁が擦れる音がする。
窓から入る日差しは暖かく、外を走れば
すぐにでも汗をかけそうだ。
一人分消えた廊下の足音は何故か寂しく感じた。
これは彼女が居なくなって感じる寂しさなのか、
それとも今更ながらに一人で校舎内を歩き回ってることから感じる寂しさなのか、或いは両方なのか。
僕には到底答えは出せない気がする。
ただ事実として、僕は彼女に出会えた偶然に
感謝をしている。
そして同時に、僕と彼女が一緒にいたのは
十分程度だというのに頭の中は彼女のことで
埋まっていた。
勿論、恋心ではないと自分では思う。
だがそれが正しいかは分からない。
こういう時、人に聞ければ良いのだが
生憎そんな友達も居ないし
友達を作る、という多くの人が持つ機能も
僕には備わっていない。
この絡まった曖昧な想いはいつか解ける日を待ち、胸の奥に仕舞っておこう。そう思った。
一年一組と書かれた札がぶら下がる
人気のない教室に僕は猫のように静かに入った。
別に僕一人しか此処には居ないのだから
堂々としてていいのだが僕の本能的な何かが
そうさせた。
もうそろそろ皆が戻って来る頃だろう。
席に着き、そこまで長くは待たない筈なので
本も読まずに頬杖をつく。
何となく黒板の真上に貼られた氏名表に目を向けた。
二十番辺りまで目を通したが特に
違和感はない。
だがそのあたりを超えた先に聞き覚えのある
名前が目に入る。
僕は思わずその名前を口ずさんだ。
「花澤……椿」
僕のその呟きはやたら耳に響いた。
彼女がここに居ないのは当然のことだろう。
何より意識がなくなるのだから教室で
事情の知らない大勢の前で急に倒れる訳にもいかない。
それでも僕はいつしか何かの機会で彼女と
また会うのかもしれない。
そう思うと胸が高鳴った。