質問
そろそろ入学式も終わってしまうので
戻ろう、という話になった。
彼女は名残惜しそうに空を見上げて
「またね」
と笑顔を空に向けながら言っていた。
とんとんと軽い二人分の足音が階段に響く。
先に歩く彼女は長い髪を足音に合わせて揺らしていた。
「……君は、病気なのかい? 」
何となく聞きたかった。どうせここの生徒の
人数なら滅多に彼女と遭遇することなんてないだろう。だから聞いても許される気がした。
彼女は踊り場のあたりに着くとくるりとこちらを向いた。
「病気なのかな。体質だって私は
思ってるんだけどね、明確じゃないんだよ」
少し悩んだ様子を僕に見せながら彼女は答える。
「まあ、無理しないでよ色々と」
僕がそういうと彼女は何かを思い出したかのような表情を浮かべた。
「そうだ。私、貴方の名前を知りたいな」
「梅田……梅田樹」
戸惑いながらも自分の名前を彼女に告げる。
「樹くんかぁ。いい名前だね」
初めてだった。名前を褒められるのなんて。
彼女はきっとお世辞で言ったんじゃなく、
本心でそう言ったんだと彼女の浮かべる笑顔から思った。
表情からそう読みとれるほど彼女は表情に出やすい。
「そういう君の名前は? 」
僕の問いに対して彼女は困ったような笑みを浮かべながら答える。
「……花澤椿。名前が綺麗すぎるなって自分でも
名前を出す度に思うよ」
そんなこと一切ない。少なくとも名前に
恥じないような美しさは持っていると思った。
彼女はゆっくり歩き始めると同時に話を切り出す。
「ある意味、花のような人生だから
合っているかもしれない」
どうして、と聞く間もなく彼女は滑らかに語っていく。
「──花は芽を出し花を開かせ、散っていく。
そしてまた同じ季節が来るまで眠って、それを
繰り返していくの」
淀みなく語る彼女の横までいつの間にか
僕は追いついている。彼女の目はどこか寂しげだった。
彼女は僕が追いついたのが分かると横目でこちらを見て少し驚いていた
「植物の椿ってね〝春の訪れ〟を表すんだって。
春の訪れとして有名なのは桜の方だけどね」
自分の曇った表情を打ち消すようにそんなことを話し出した。
「……そういえば私たち、両方春を表す植物が
名前に入ってるよね」
「僕達が出会ったのも運命だったのかもね」
僕が微笑んでそう返すと、運命かあ、と彼女は僕の言葉を繰り返す。
長い廊下は彼女と話しながらだと一瞬に感じられた。
「……もう着いちゃったみたい。
私とお話してくれてありがとう」
彼女は保健室と書かれた札がぶら下げられている
周りの教室とは少し違った雰囲気を持つところへ を指さして、僕にひらひらと手を振ってから扉の向こうへと消えていった。