猟犬
窓から射し込む朝日を浴びながら
僕はぼんやりと廊下を歩いていた。
ふと先程の花澤さんとの会話を思い出す。
「__だったらとっても嬉しいな」
可愛い、だなんて思ってしまった。
流石にいくらなんでも、あんな柔らかな表情は
恋愛経験がゼロに等しい僕でさえも鼓動が高鳴る。
まるで長年こびりついた錆のように、その言葉と表情が僕の頭に引っ付いて離れない。
まだ慣れない校舎内をぐるりと回って、
階段を登って廊下を渡り、教室のドアを引くと
よく見慣れたポニーテールの少女が
ペタペタと上履きを鳴らして僕の目の前まで来た。
恐らく僕が朝花澤さんの様子を見るために
保健室に行っていたことは彼女伝いに聞いているのだろう。
「椿の様子はどう? 変なことしてないよね?」
猟犬のような目付きで若山さんは僕を睨む。
華奢な身体をしている若山さんの方が身長の大きい僕なんかよりもずっと強そうだ。
仮に僕が羊だったらその眼光に怖気づいて全速力で逃げ出しているだろう。
「元気そうだったよ。それより……
若山さんには僕がそんな奴に見えてるの?」
その鋭い眼光から逃げつつ答えると、
若山さんはまだ僕を疑っているようであった。
「変なことなんてしてないよ。それに
僕花澤さんのことはそういった目で見てないから」
そう続けると彼女は「ふーん」とだけ応じた。
僕の目の前を塞ぐ若山さんとドアの隙間を
すり抜けて僕は自分の席に着く。
幸いにも出席番号順に並んでる席なので
座る際に若山さんからの妨害はなかったので
安心した。猟犬に捕まってしまえば羊の命は無い。
若山さんがやや不満げに席に着くと同時に
始業のチャイムが鳴った。
未だに休み時間のような騒がしい空気の教室は、
チャイムが鳴ってもその空気を保ったままだった。




