甘美
「おはよう」
声を掛けてきたのは彼女──。そう、花澤さんだった。間違いなく保健室の扉を開けた僕に対しての言葉だった。
「花澤さん朝早いね」
そう、まだ始業の一時間近く前だ。
僕も教室に一度荷物を置きに寄ったが朝練してる運動部の荷物以外すっからかんだった。
それほどまだ人が居ない時間だ。
「……まあ親が過保護でさ。朝くらいはって
出勤のついでに送ってくれてるみたい」
「良いご両親なんだね」
僕がそういうと、そうかなと照れ笑いを浮かべながら長い黒髪を耳にかけた。カーテンの隙間から射し込む朝日が眩く感じた。
「梅田くんはどうしてここに?」
全く誘ってきたのは誰からだ、と呆れながら僕は彼女の言葉にこう返す。
「昨日メールで暇だから来てよって君から
言っておいてその言い草はないだろ? 」
あ、そっかと今思い出したかのようにへらへらっと彼女は笑った。
座りなよ、と促されて僕は彼女の隣……より少し間を空けて保健室のソファに腰掛けた。
「今日のうちのクラスは何やるの?」
彼女は所謂〝保健室登校〟という奴なので僕のクラスには居ない。出席番号順なので僕の席からは遠い彼女の席が空いてても、
あまり居るとか居ないとか気にしたことはなかったけども。
「今日? 一時間目が現文、二時間目が
確かコミュ英かな、それで三時間目が……」
「ひええ……」
科目を並べただけでこの反応だからあまり勉強は得意ではなさそうだ。
かなり距離を空けてるはずなのに彼女からは
桃のような匂いがする。甘いけど嫌にならない、そんな匂い。
「一緒に授業受けれないかなぁ……」
「そうは言っても……身体は大丈夫なの?」
「最近は普通の人と同じような生活だよ。
急に眠っちゃって倒れるとかはないし」
そういうものか、と僕は小さな声で答えた。
彼女が教室にいたら相当男子の視線は釘付けだろう。
「無理はしなくていいよ、別に若山さん
とかも休み時間連れてくるし」
「休み時間も梅田くん来てくれるの?」
しまった、これでは毎回来る気持ち悪いやつじゃないかと焦りを感じた。焦ったのも束の間で、きょとんとした顔を一瞬で見たことの無いような笑顔に変化させた。
「だったらとっても嬉しいな」
「……来てもいいなら」
僕がそうぶっきらぼうに返して彼女から視線を逸らすと彼女はふふふっと笑った。
「じゃあまた来るの楽しみにしてるね。
ほらもうすぐ五分前だよ」
「もうそんな時間なんだ。君といると
あっという間に感じるね」
そう言って僕は腰を上げて彼女に手を振った。




