秘密
家へ着いた瞬間どっと疲れが吐き出された。
誰もいない家に礼儀としてのただいまを言う。
流れるまま靴を脱ぎ捨ててそのまま自室へ向かった。
階段を一段一段ゆっくりと上がって、二階にある自室のドアを開ける。
その瞬間目の前が暗くなるような気がして限界が来る前に布団になだれ込んだ。
今日はやけに疲れたような気がする。
何が原因かと言われるとはっきりはしないが。
瞼が重くなり、視界が狭まっていく。
このまま眠ってしまおうと、睡魔に身を委ねてみた。
── 久しぶりに僕は夢を見た。
現実味を帯びてない無の空間のなかに
彼女はそこに立っている。
そして僕に微笑みかけるのだ。
「好きだよ」
彼女がそんなこと言うわけないというのに
夢というのは複雑で、残酷だ。
第三者の視点で僕は夢を見ているらしい。
夢の中に立つ僕はそれはまた
困った顔をして彼女の苗字を呼ぶ。
二人の距離は五メートル近くはあった。
「……花澤さん」
言葉が詰まってしまったのかその夢の中の僕はその後黙っていた。
表情を苦しげなまま、俯く彼女を見つめて。
彼女はふっと顔を上げて僕を真っ直ぐ見つめた。
僕らに流れるのは甘ったるい恋愛小説とは正反対にある冷えた空気だった。
「違う、違うよ樹くん……私は椿だよ」
彼女は今にも泣きそうな顔で笑った。
夢だと言うのに、その表情が僕の心を締め付け、
ぐっと引きつける。
彼女の名をきちんと呼ぼうと、そうした時
だんだんとその白い空間は遠のいていき、意識は現実に近づいた。
起き上がると酷く汗をかいていて、首の後ろに手を当てればじっとりと濡れている。
鼓動は速まるばかりで落ち着かない。
春の穏やかな日には似つかわしくない目覚めだった。
ベッドの近くの窓に視線をやるとまだ日は高い。
空は夕暮れ時の淡い橙色と群青色が混じりあっている。
手元の携帯はメールの着信が来ていたのか、携帯が見慣れない青色のランプを点滅させている。
開閉式の携帯を開けると、またもや彼女からのメールだった。鼓動は未だに落ち着いていない。
爆弾を扱うかのように僕は、慎重に
ボタンへ親指を乗せた。
もしあの夢が正夢になるとしたら?
そんな有り得ない妄想が電流のごとく僕の身体を走り抜ける。
僕はどうすべきなのであろう、そんな不安が
メールを開く数秒の間によぎった。
結果的に内容は夢と関係ない話だった。
今日は楽しかった、また明日とかいう他愛もない話で。
僕はそれにまた明日と打った後に“夢に君が出てきた”と打ち込んで送った。
だが彼女の返信は光のように速い。
すぐに着信音がなり、閉じたばかりの携帯を開いてみると彼女はびっくりしたような絵文字をつけて“どんな夢だったの?”と送られてきた。僕はそれに正直に答えるべきか悩んだが“秘密”とだけ打って送信した。
そう、死んでも言えない僕の秘密だ。




