長い始まり
「お、お疲れさまです。み、皆さま」
「どもー」と莉子だけが特殊者の受付に応じた。
「早くしてくれ。会長が待ってる。分からんか」 「は、は、はい」
凌癸は受付の少女を焦らす。
「あ、あ、伝言がございます」 「何だ?教えて。急いでる」
ファンテが歩みを止められ、少しムッとしつつ応答した。
「会長様がたった今お出かけに。急用ができた、と」 「それで」
「すぐ戻るから、部屋に入っていなさいだそうです」
全員が顔を見合わせた。会長が私達に連絡せず突然出ていくのは、よほどのっぴきならない事態が発生したのか。
「もう会長もピンボケなのかなぁ」
「不吉。やめろ、人類同盟がピンボケだなんて」
上昇する四角い塊に乗り込んだ莉子は、下らない妄想を抱き始める。
「だってさぁ、必ずあたしらに言ってくれたじゃん。忘れちゃったのよ」
「忘れただけで、その物言いか。言いがかり、そのレベルだな」
「いいよ、別に言いがかりで」 「何が、言いたい」
「え?ひまーーってこと」
ファンテが深々とため息をついた。 「頭に、何も、無さそうだな」
「一体何があったんだろうか」凌癸はユタにぼやいた。
「さあ。でも、大変ってことだよ」
「だろうな。俺達の仕事、増えるかな」
「そりゃ困るね。今でもういっぱいいっぱいなんだから」
「まあなあ」
凌癸は会話しているのにどこか心にあらず、といった感じで自分に返すのを、
ユタは鋭く感じ取った。
人類同盟の本部はこの高層ビルの五階分を占めている。
そのうちの三階__ビル全体の18階に位置する居住スペースに、四人が入った。
「お疲れさま。だいぶ派手にやったって聞いたけど」
「間違いじゃないです」
先に来ていた女性に、凌癸は苦笑いして答えた。
メイサ・ドューナー。人類同盟の古株で、参謀から実戦まで大抵のことをこなしてしまう、超のつくエリート。
その昔、警察でアンドロイドの対策をしていた経験もあるらしい。
四人からみれば「強くて優しいかかぁ」という認識だ。
「あなたたち、会長の急用に心当たりはなくて?」
「ないですねぇ。メイサさん見たんですか?会長のこと」と莉子。
「ええ。でも会長に呼ばれて、来たらもういなかった」
「つまり、俺らがアンディーの駆逐から帰ってくることを見越して、受付のヤツに伝言したわけだ」
ユタは凌癸の言葉にうなずいた。
「そしたら、連絡の手間が、省けるのか」ファンテが納得した。
「メイサさん、会長は何て」莉子が訊く。
「何があってもとにかく急いで来いって。とても慌てていたわ」
「情報が、無さすぎる」
ファンテがムッとする。
「それだけ急いでいたってことか」凌癸はいよいよ会長を不審に思った。
「あと、救急車のキーを取ったって、受付の子が」
「何で?警察に、頼めばいい」ファンテが眉をひそめる。
「それが出来ない、特殊な状況だってこと?」
「例えば」
「さあ。アンディーとか」
「なら普通にホバーカーでいいだろ。人間か、動物か」
「どうなんだろう」
莉子と凌癸は唸る。
「ユタはどう思う」
「ど、どうって…なんも」
ユタはそう言いつつもぽつぽつ持論を漏らした。
「さっき凌癸は人間か動物かって言ってた。救急車ならまず人間だと思う。
だって動物だったら特殊車両を使えばいい」
「あれか。まあそうだろうな」凌癸が頷く。
「うん。僕ならそうする。重要なのは、人類同盟の会長が行った、ってこと。
普通に怪我した人間とかなら警察だよね?でも違う。
警察に話が行ったんだけど、この事案なら人類同盟が適任、てなって出払ってなかった会長が行ったんじゃないかな?
でも、どんな人なんだろう。自分をアンドロイドだって言って憚らない人?」
ユタはそこで口をつぐんだ。