日々に転がる風景
「ふぁいとぉぉぉ」 「頑張って」 「行け、行け」
人類同盟たちとファンの声援が凌癸の背中を押している。
凌癸は右耳の痛みと違和感にうめくアンドロイドの方を見上げた。
「素早く殺らねば」
ファンテにアイコンタクトを送る。
彼女は小さく何回も頷いた。
凌癸の銃で十二分に殺せる、という意味だ。
だが彼は、ファンテに聞いてから当たり前か、と思った。
彼の銃はわざわざメーカーにオーダーメイドで作らせたもの。
射程、威力、連射速度等々他のものの群を抜いている。
その分普通より重みがあるが、凌癸はそれをものともしない。
試し撃ちをした時、むしろこれくらいのデメリットがあった方が自分と似ていて可愛がれる、と思ったほどだった。
凌癸がその自慢の銃をアンドロイドの方へ向けた。
「ふざけるな、人間ども」 アンドロイドが叫んだ。
人々はその気迫に押し黙ってしまう。
だが人類同盟はびくともしなかった。
「自分からアンディーって言うとか。気分はさながら映画の主人公かな?」
莉子がつまらなそうにぼやいた。
「人間ども、か。そうだね、言ってるねぇ」とユタ。
「知らん。私が、興味があるのは、あやつの持っている、あの、動物だけ」
ファンテの視線が釘付けになっていた。
アンドロイドの左腕。
普通の、ペットの機内持ち込み用のゲージ。
その中で、何かがもぞもぞと動いている。
目のいいファンテが一番早くそれに気付いたのだ。
「え、犬?」 「だとしたら、多分、吠えるだろう」
「じゃあ、ネコってのはどうかな」 「どうだか…」
三人は動物を当てる賭けを始めた。「今日はアイスクリーム」
「キングサイズ禁止ね」 「やってやる」
「ふざけるな!」 アンドロイドはとうとう本気で怒った。
「死にたくない。とでも?」 「いや、違う」
アンドロイドとの会話を凌癸が楽しんでいた。
死に際の奴の言うことは結構核心をついているのだ。
彼はこのアンドロイドが何と言うのか、気になっている。
「愛している人がいる。アンドロイドのな」 「ほう」
「今日はその愛しい人との記念日なんだ。ボンクラな俺を見守ってくれていた」
「七面鳥でお祝いするんだ」
「だから、ここで死ぬのは…分かるよな」
「そいつ、ジェーンに言っといてくれ。おまえを一人にするのが悲しい、この世で最も心残りなことだ、って。もうそれでいい」
彼の見事な悲壮感漂う声。
人々の間に微かに涙が行き交った。
だが、
「つまらん」
黒い少年は慈愛には満ちていなかった。
人々が気付いた時には、アンドロイドの胸に穴が空いていた。
「ふつうに遠くに逃げれば良かったのに。なんで上に登っちゃうかねぇ」
「光線銃を、なめていた、ということだ」
「動物は?」
ユタだけが賭けを覚えていた。
「あ。はい!私はウサギ」 「リス」 「僕はそうだな…キツネ」
「キツネ?いや、サイズが、おかしい」
「小さめがいるのかも」 「ないよー」
凌癸が亡骸を取りにビルへ行っている間、残り三人は警察に事情説明兼ねて
動物の予想をしていた。
「君ら、よく外出禁止とかにされないね」
「へこたれないのが、モットー」 「そうだったの?」 「…今、考えた」
「自由だねぇ…」 「ご、ごめんなさい…」
「いや、別に君は悪くはないだろ」 「いや、止められなかったので」
「一人だけだったのかい?」 「うん、でも、彼女が、いるらしい」
「その彼女は?」 「アンディぃぃー」 「あらそうかい」 「うわ、冷たい」
「おい、見ろ」 凌癸の声。降りてきたのだ。
「どれどれ」 「よく、たった一発で、仕留められたな…」
「体格普通、網膜の大きさやや大きく、体重重い。腕はあまり動かない」
凌癸は素早く概要を述べた。
「へえぇ、最新型のアンディーじゃなかったんだ。意外」
「SOP29型かな?五年も前のだ。よく生き延びていたと思うよ」
「それより動物」 「凌癸、もう見た?」
「ああ」
ファンテが凌癸からぶん取ったゲージを開けるのと答えあわせは、全く同時だった。
「リスだ」