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第二章(3)

 自宅に戻ると、紅緒の母・美子(みこ)だけが居間に座っていた。手元に裁縫道具を並べ、丁寧に刺繍を施していた。白い布地に、桜の模様。彼女が一番得意とするものだ。

「ただいま帰りました」

 声をかけると、美子はふっと顔を上げた。そして、穏やかな様子でにこりと微笑む。

「お帰りなさい、紅緒。お父様は一緒ではなかったの?」

「父様は多分、まだ吉満邸にいると思います」

 あの様子では、きっと昔話に花を咲かせているのではなかろうか。

「そう。仲良しですものね、操さんと泰埼さんは」

 笑う美子に、紅緒はいそいそと近づいた。そして、隣にそっと座り込む。紅緒がこういう仕草を見せるのは、大抵なにか知りたいことがあるときと相場が決まっている。

 美子は一旦針仕事の手を止めると、俯く紅緒に尋ねた。

「知りたがりさん。今日はなにを聞きたいのかしら?」

「あのね、母様。母様は、どうして父様と結婚したの?」

 紅緒の脳裏には、先程の糸司が見せた嬉しそうな顔が過っていた。彼の普段の人を寄せ付けたがらない一面、それらは全てあの特別な能力のせいではないかと思ったのだ。本当は、あの笑った彼が本当の『吉満糸司』なのではないか。それならば、彼が紅緒を拒絶するのはあまりに悲しすぎる。

 ――大本を辿れば、紅緒が「恋愛結婚したい」と言い張っていることがいけないのではないか。そもそも、どうして恋愛結婚に執着しているのだろう。色々考えたら、分からなくなった。それならば、一番身近な人に聞いてみるのが一番。そう思ったのだった。

 美子はきょとんと目を見開いた後、

「そりゃあ、私とお父様はお見合い結婚した仲ですから。ほとんど決まっていたようなものよ」

「それは知っているわ! でも……、」

「……強いて言うなら、『赤い糸』で繋がっていたからかしらね」

 美子の声に、紅緒ははっと顔を上げた。

 彼女は昔を懐かしむように、ふっと唇に優しい笑みを湛えている。

「紅緒、『赤い糸伝説』は御存じ?」

 紅緒はこくりと頷いた。今日、何度となく直面している話である。現に自分もその片鱗を目の当たりにしてしまった。さすがにそれは言えなかったが、紅緒は美子の言いたいことは何となく理解できた。

 父と泰埼は学生時代の友人だが、母と泰埼は幼馴染である。二人の共通の知り合いが、かの吉満泰埼という訳だ。

「他の人には内緒よ。泰埼さんはね、あの『赤い糸』が視えるんですって。縁談を持ちかけられたとき、私もあなたと同じように『見ず知らずの人のところになんかお嫁に行きたくない』って思っていたの。そのことを泰埼さんに相談してみたら、本当は言わない方がいいだろうけど……って。実際、操さんとは婚姻を結ぶそのときまでただの一度も会ったことがなかったけれど、泰埼さんが言うなら大丈夫かなって」

 その決断は功を奏し、結婚から十年以上経った今も夫婦仲は円満である。

 それにしても、まさか自分の両親の結婚に例の『赤い糸』が絡んでいるとは。

 呆けている紅緒に、美子はそっと微笑んだ。

「――紅緒の名前はね、そういう由来なの。『赤い糸』が廻り合わせてくれた、大切な大切な私たちの子供。あなたの指にも、きっとそんな『赤い糸』が結ばれているのよ」

 あなたの場合は糸司さんかしらね、と美子は言った。

「……え?」

「だって、泰埼さんは『赤い糸』が視えるのよ。直接自分に関わる糸は視えないと言っていたけれど、糸司さんのものも、紅緒のものも視えているのではなくて?」

 だから私は了解したのよ、と美子が言ったので、堪らずに紅緒は勢いよく立ちあがってしまった。自分でも分かるほどに、ほてっている。

「ありがとう母様! もう充分よ!」

 そして、自室に逃げ帰るように紅緒は居間を飛び出して行った。己の部屋の襖を勢いよく開け、無造作に畳の上に転がり込む。

(知らなかった)

 所詮は「見合い」だと思っていた自分の両親が……、その糸に関わりがあったなんて、知らなかった。知らなかったとはいえ、「見合い」は厭だなんて、どうして頭ごなしに否定してしまったのだろう。『赤い糸』を否定した――結果として、糸司のことも傷つけてしまった。

 頭の中には、先程の糸司の言葉が鮮明に蘇る。

 ――誰かと関わることとは、その人を知ることだ。

(結局は、私も『何も知ろうとしなかった』だけなのかもしれない――)

 紅緒はイグサの爽やかな香りに包まれながら、そっと瞳を閉じた。

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