6話 700層の魔術師ダンジョン攻略(潜らず)
俺とフリンは、エーデルランドの魔術師ダンジョン付近の森へと降り立っていた。
家の中と転移陣で繋げてしまったので、さすがにちょっと不安になる。
「フリン、転移陣は俺達以外は通れない設定にしておいてくれ」
「はーい」
夜、寝ている間にお約束のオークとか入ってきたら、俺の貞操が危ないからな。
風璃はきっと貧乳故に放置されるだろう。
オークの大好物は巨乳女騎士と決まっているからだ。
なので♀オーク用に俺が連れ去られて大変な目に合う。
いかんいかん。
もし、こんな事を口に出してしまったらフリンの教育に悪い。
「ここ、綺麗なところだな」
「そうですね。付近に町はないのですが、このダンジョンで賑わえば観光スポットになるかもしれません」
そうか、ダンジョンと合わせて観光スポットにするという手もあるのか。
快晴の空は東京と比べて澄み切っており、空気も心なしか美味しく感じる。
どこまでも広がっているような深緑の森や、起伏のある山々はハイキングでもしたら気持ちいいだろう。
「あ、でも、この世界ってモンスターとか出るんじゃないの?」
「うーん。表立っては、そこまで強力なものは出てきませんね。昔からずっとそんなものがいたら、人間が繁栄できる環境ではありませんから」
確かにそうだ。
地球でも、野犬程度なら見るが、クマやライオンにRPGのエンカウント率で遭遇したら、人類の急速な繁栄は難しかっただろう。
異世界はそれ以上のモンスター達が闊歩する想像していたが、フリンの言うとおりだ。
さすが幼女様、頭が良い……。
俺は手の平をクルックルとひっくり返しているような気がしたが、神と異世界相手なのでもう慣れてしまった。
まともに考えても仕方が無い。
俺達は風景を楽しみながら、草をサクサクと踏み鳴らして魔術師ダンジョンへと向かった。
途中、素手のゴブリンという最弱の名にふさわしいモンスターも出てきたが、俺のカンスト突破の敵ではなかった。
一発でころ……すのはフリンの目の前ではダメなので、優しく追い払った。
そうして辿り着いた魔術師ダンジョン。
「入り口は小さいんだな」
「大きい街から派遣された兵士さんが、入り口見張るだけで良いので楽ですね」
ちなみに、この入り口を塞ぐと、出口を失った瘴気が地面に染み込んで大変な事になるらしい。
入り口をコンクリで封印作戦も断念せざるを得ない。
「お前達、冒険者か?」
入り口の兵士が声をかけてくる。
ガッシリとした体格、真面目な顔つき、そんな兵士の理想型のような中年男性だ。
地球でも営業系のサラリーマンなら良い成績を上げられそうだ。
「ちょっとダンジョン攻略しにきました」
「そういう感じです」
兵士は呆気にとられ、口をポカンと開けてしまった。
そりゃそうだろう。
俺みたいな若輩者と、幼女がどの面下げてという。
「このダンジョンは特殊で、一層から尋常ではない強さだぞ……。今まで入った冒険者達は全員数分で戻ってきている。中に入るとしても、同業者は誰もいない状態で助けを求められない」
「なるほど、それは都合が良い」
潜ってる最中の冒険者がいたら面倒臭かった。
俺のアレで、魔術師のダンジョン内を満たす必要があったからだ。
「兵士さん、しばらくは俺の近くから離れない方がいいですよ」
ニヤッと笑いかける。
「な、なにを」
俺は、魔術師のダンジョン入り口に向けて手をかざした。
そして、魔法による毒の煙を勢いよく噴射した。
この毒魔法、本来の使い方は食べ物に数滴入れたり、武器に纏わせたりするのが精一杯だ。
割と大量の魔力を注ぎ込んでも、天然物の毒より効果が劣ったり、範囲や継続時間が短かったりする。
それをカンスト突破の俺が使えば、無限に吹き出る劇毒の煙となる。
今回の発想はアレだ。
家の中の害虫駆除する時に、設置型の噴射剤を使う時の模倣。
特別に下の方へも広がるカスタムをしているので地下ダンジョンが相手でも万全だ。
「俺の周りにだけ防御魔法を張っているので、一番奥の魔術師が倒れるまでくつろいでください。あ、兵士さんポテチ食べます?」
辺りは毒々しい色に包まれ始め、ちょっとした地獄絵図になっている。
安全対策で、霧の範囲に踏み込もうとする一般人が居れば設置型の言霊で警告するようにしている。
ふふ、完璧だな。
* * * * * * * *
「映司、早く回復粉使ってください!」
「ちょっと待て! もう手持ちがないぞ!?」
「ここは私が!」
「兵士さん、さすがです!」
あれから数時間が経った。
持ってきた携帯ゲーム機で3人強力プレイをしている最中だ。
ちなみに俺は面倒臭くなって、手から毒煙を出すのをやめて、足の先からお行儀悪く噴射している。
「兵士さん、ゲームうまいですね」
「はは、良い戦闘訓練になります」
初めてゲームをプレイする、適応力あるお爺ちゃんお婆ちゃんみたいなものだろうか。
俺のテントみたいになっている防御魔法内で馴染んでしまっている。
「そういえば……映司」
「ん? なんだフリン、はちみつはやらんぞ」
「いえ、ゲームではなくて……さすがに長くないですか? 魔術師が倒れたらダンジョンが自然と崩壊してわかるはずですし……」
確かにそうだ。
いくら700層あるからといって、これだけ毒霧を噴射し続ければ最深部に達していてもおかしくはない。
魔術師と言えど、空気は必要だろうし……。
「あ、映司殿、フリン殿。これは噂なのですが」
兵士さんが神妙な顔つきになる。
「盗まれた宝には、状態異常……つまり毒等を無効化する物もあったそうです」
「……マジですか」
「あ、おじいさまの私物で見た事がある。もう1人の勇者さんも似たようなの持ってるし」
俺は唖然としながら、辺りに発生し始めた毒沼を眺めていた。
* * * * * * * *
「……で、戻ってきたと?」
「戦略的撤退という前向きな逃げだ、うん」
地球に戻ってきた俺とフリン、それと風璃を伴っての夕食前の買い物だ。
フリンのための本格的に必要な物は後でまとめて買うとして、すぐ手に入りそうな小さな日用品を手に入れた。
その次にスーパーに寄って夕食の材料を吟味。
朝昼は風璃だったので、晩は俺の担当だ。
「フリン、何か食べたい物ってあるか?」
「うーん、神族は基本的に食事をしなくても平気なので、物好きが食にこだわる程度でした。私もこの身体になってからは、人間と同じようにしなければいけないので、食べなければいけないのですが……」
どういう事だ。
いや、一瞬分からなかったが、ニュアンス的なものは伝わってくる。
神様だから食べなくても腹は減らない。
だけど、しょうがなく食べなきゃいけなくなった。
そういう事だろう。
──それで! だからこそ! どういう事なんだと言いたい!
「フリン、それはいけない。好き嫌いしては大きくなれない!」
「え、知り合いの半神半巨人さんは100メートルくらいありますよ?」
「……ちがぁぁぁぁあああう! フリンという存在が大きくなれないのだ! 食べてダメだったならいい、俺もよくわかる。だが、食わず嫌いで、何となくで食べないのはいけない!」
「映司お兄ちゃん……変なスイッチ入っちゃってるよ」
「よし、俺の自慢の手料理を食わせてやる! 料理によって価値観、健康、生き方を変えてやろう! ──料理は勝負、愛情、科学、進化、人生だ!」
「は、はいです……」
スーパーの中で突然の力説。
フリンと風璃にどん引きされている。
だが、そんな事を気にする必要があるだろうか?
否、人間にとっての食べ物とは自分を形作るものだ。
それをフリンに理解して貰わなければいけない。
俺は、頭の中に入っている手持ちレシピから、幼女が好みそうな料理トップ10を選び出す。
「フリン、今日をお前の記念日にしてやろう」
「き、記念日ですか?」
「そうだ。サラダ記ねん……いや、それはまずい。ええと、料理がどえらいおいしかったでしょう記念日だ!」
「映司お兄ちゃんって、本当にそういうセンスないよね」
「一生懸命考えてる感はあるんですけどね」
若干、年下からの的確な突っ込みが心に刺さる。
精神的なダメージなど、後々いくらでも挽回できる。
今は、キッチンスペースや機具を想定しつつ、材料を買い込むことに集中するんだ……。
くっそ、ナイスなネーミングが浮かぶチートとかねーかな。
そして地獄のお会計。
明らかにエンゲル係数が跳ね上がってしまった。
ちょっと張り切りすぎたが、クロノスさんが資金源になってくれるので平気だろう。
3人で荷物を分担し、仲良く家路に就く。
ちょっと微笑ましい光景かも知れない。
俺に嫁と娘が出来たら、こんな感じなのだろうか。
ああ、どこかに巨乳女子高生の嫁でも転がっていないものか。
──家に到着。
さぁ、ここからだ。
「映司お兄ちゃん、これで料理作るの?」
「うん」
「て、手伝う?」
「いや、フリンの相手をしていてくれ。ここは俺の戦場になる」
やれやれ、と言った顔でリビングへ退散してしまった。
フリンも地球にきて間がないし、風璃といることで色々と学べるだろうしな。
よし、俺は俺の戦いをする。
敵──材料は多数。
味方は心許なく、2口コンロと魚焼き器一体タイプの老兵、ハイテクオタクの電子レンジ、情に厚いオーブン、司令官の電子ジャーの4名だ。
どう戦略を立て、効率良く山積みの敵を処理していくか。
台所の戦闘兵は史上最大の作戦を決行する時が来ていた。
──数時間にわたる血風録。
やった、やりきった。
孫子曰く、調理場でも戦術は通用する。
援軍の圧力鍋や、カセットコンロがいなかったら危ないところだった。
そんなこんなで激戦は終わったのだ。
後で、この頼れる味方達を綺麗に洗ってやろう。
今は調理した敵を、まだ暖かいうちに弔ってやらなければいけない。
「おーい、できたぞー」
「お、待ってました」
「ちょっと楽しみです」
くくく……ちょっとで済むかな?
テーブルに所狭しと載せられた料理。
和洋中、余すところ無く作ってみた。
「あの、映司お兄ちゃん……」
「どうした?」
「これ一気に作るのは物理的に無理なんじゃ」
「戦場において不可能は無い!」
キノコとタケノコの炊き込みご飯、ケチャップ絵付きふんわりオムレツ、デミグラスソースの煮込みハンバーグ、チーズたっぷりグラタン、野菜も食え中華風春雨サラダ、とろみを付けて辛みを抑えたエビチリ、かぼすと大根おろしを添えた焼きサンマ、シンプルなワカメと豆腐の味噌汁。
ちょっと食べ合わせとかは色々アレになってしまったが、地球の料理紹介として選んだらこんな感じになってしまった。
好評な方面から次の料理へと伸ばしていくのもいいだろう。
「これ、私のために作ってくれたんですか?」
「うん、多いから残してもいいぞ。ちゃんと再利用する料理も考えてある」
料理は大好評だった。
無邪気な年相応の顔で喜び、お腹いっぱいまで食べてくれたようだ。
俺は満足感に浸りながら、中華鍋を洗う。
とろみが残っていて、ちょっとニュルニュルしているが、そういうのを洗うのも若干癖になる。
こういうのを下手に大量調理して残してしまうと、排水溝に流すときに詰まってしまう恐れがある。
まぁとろみは少なめの片栗粉で付けたから、今回は平気だが。
とろみというのは──はっ!?
これだ! ダンジョンに利用できる!
我ながら、ここに至るまで長かったような気がするが、結果良ければ全て美味しいだ!
ちなみにデザートの杏仁豆腐は、腹がいっぱいだったはずなのにペロリと平らげられてしまった。
女性の別腹という謎のワームホールが一番不可思議だ。