54話 工房では脇役(わがままを許してください)
俺──尾頭映司は家のリビングで悩んでいた。
「でね、スリュムちゃん。ここは──」
「ふむ、なるほどのう。かざりんは良く気が付く子なのじゃ」
何やら最近、風璃の様子がおかしい。
悪い意味ではなく、異世界で何か忙しくしているという感じだ。
もしかして、格好良いお兄ちゃんだけど、やっぱり肉親だよね……からの、異世界での彼氏ゲットの流れだろうか。
だろうか……だろうかあああああ!?
「映司お兄ちゃん、いきなり悶絶し始めて気持ち悪いよ……」
「あ、はい。すみません」
いつもの風璃の態度だったので冷静になった。
そう、普段はこういう奴なのだ。
こんなのに彼氏が出来たというのなら、それは喜ばなくてはいけない。
むしろ全力で応援しなければいけない。
異世界の物好きくらいしか嫁にもらってくれないので一世一代のチャンスだ!
「今度は一人で勝手にテンション上がってるし……暇ならランちゃんと遊んでて」
俺の方に転がってくる球体。
風璃が異世界から連れ帰ってきた、アルマジロのランちゃんである。
それを受け止め、つついたり、くすぐったりしてみる。
球体からトランスフォームして、小動物っぽく四肢を伸ばした姿はなかなか可愛い。
非常に和む。
「ランちゃんって、映司お兄ちゃんにも良く懐くよね~」
「ふむ、それは物の道理なのじゃ」
したり顔のスリュム。
いつも無駄に偉そうなのは変わらないなコイツ。
「ランちゃんが女の子だって事?」
「まぁ、それもあるの。映司は人外にはモテるのじゃ」
何か、普通の人間女性にはモテないと遠回りに言われている気がする。
かなり当たっていて精神的な意味でエーテルが削られる。
そんな俺を心配してか、ランちゃんは小さな身を寄せてきた。
「もう、ランちゃんにモテモテだからいいもん……」
つい、いじけ口調で呟いてしまう。
男子高校生のメンタルとはこの程度である。
「ふむ、ワシはいつでも尽くしまくる準備オーケーなのじゃが?」
「お断りします」
「のじゃっ!?」
その後、スリュムに話して、風璃に護身用の武器を持たせてやった。
霧の巨人の王、宝物コレクションの一つらしい、物騒なハンドガン。
……という外見だが、込められている弾はペインブレッドという痛覚を刺激するだけのもので、殺傷性はないらしい。
後はオマケの機能として、銃に登録されている俺達へ、発射の通知と座標が届くくらいだろうか。
そんなこんなで、風璃の恋の行方を見守ることにしたのであった。
もし、相手がロクでもない男だったら、その時は地形が変わることになるだろう。
* * * * * * * *
「こんなのもらっても、どう使えばいいんだか……」
あたし──尾頭風璃は、異世界に一人降り立ち……手の中のハンドガンを眺めていた。
どう発射させれば良いか? ではなく、どういう状況の時に使うか? という意味だ。
スリュムちゃんが言うには、外見は地球のリベレーターというハンドガンをコピーして、中身は全くの別物。
安全装置は本人の思考と連結していて、撃とうと念じながら引き金を引けば良いだけらしい。
まるで金属で出来たライターに、弾が出てくる穴と持ち手を付けただけの様な銃。
見ようによっては、少しポッテリとしていて可愛いかもしれない。
「なるべくなら撃ちたくはないな~……何か痛みを与えて従わせるって感じだし。少なくとも交渉が終わるまでは」
「風璃さんは優しいですね」
「い、いや! そういうのじゃなくて……その……」
あたしの困り顔を見て、スキールニルは意地悪そうに笑った。
あれから数日経ち、精神的にも安定したのだろう。
今は工房に出入りして色々と手伝っている。
「そういえば……私が魔術で水を作り出すだけで、本当に売れてるんでしょうか?」
「ええ、即完売よ!」
「な、なぜ?」
答えても良いものだろうか……。
いや、彼女は自分の魅力に気付くべきである。
「そりゃ、可愛い女の子、しかもハーフエルフという属性付きなら!」
「ハーフエルフって、私の故郷の異世界では忌み嫌われるもので、追放までされたのですが……」
「そんな見る眼の無い故郷なんて物差しにしなくて良いわ! スリュムちゃんも良く言ってるし、可愛いは正義って!」
こんな事を力説してると、ちょっと変態の映司お兄ちゃんっぽくて癪である。
聖水と言っても決して、エロエロなアレとかの、その……感じでは無い。
精油等を入れて、化粧水として使っても評判が良いし、うん。
ネーミングも、聖属性っぽい水という事でエルフの聖水と付けているだけだ。
水だから水属性だが、科学の方が発展しているヨトゥンヘイムは気にしないだろう。
これでイケメンバージョンとかも出せば売れそうだが、ただのイケメンでは付加価値が無く在庫がダダ余りだろう。
例えば、映司お兄ちゃんのを作っても──立っているだけならそれなりに顔は良いが、エルフでも王子様でも無いのでウケないだろう。
これはスキールニルだからこそ出来る荒技なのだ。
「あそこに置いてあるカメラで、購買者側へ中継されてるのも強い」
「えーっと、カメラって確か、映像記録装置ですよね。小さい頃に故郷で見たような」
「そう! スキールニルが聖水を出す所がバッチリ見られてるの!」
棚の上に置かれている、ヨトゥンヘイムから運び入れた機材。
いかがわしい言い方に聞こえるかも知れないが、手から水をジョボジョボと、瓶に注ぎ入れている場面を撮っているだけである。
何か他のものを想像した人の心こそが邪である。
「大勢に見られるのは恥ずかしいのですが……」
「控えめなスキールニルは可愛いなぁ、もう! ほら、カメラに向かってピースしよう、ピース!」
「なぜ?」
「何となく」
その日はいつにも増して売れ行きが好調なのが予想出来た。
……と、ふざけた事ばかりをしているのではない。
これは客寄せの一つで、良い宣伝になった。
こちらから広告費を出さずに、勝手に誰かが宣伝してくれるためである。
そこから、本当に売りたい街の手作り品ブランドを売っていく。
さすがに工房一つでは間に合わないので、街全体、腕利きの職人なら別の街からも取り寄せる。
手を抜けばもっと量産も可能だが、あまり多く流通させても数や質の問題でダメになる。
あくまでブランドとは、徐々に育てていくものである。
それに、今回はヨトゥンヘイムが協力してくれてるので、消費者の手に届くまでが非常にスムーズなため、余裕があったのも大きい。
この小娘一人が、何でもかんでも──というのも無理な話だ。
結局はスリュムちゃんにも頼っているが、それくらいはバチも当たらないだろう。
「あ、このペースだともう明日の分のガラス瓶が……」
「オッケー。あたしが追加発注してくるよ。魔術師のおっちゃんがやってるガラス屋でいいんだよね?」
「そのガラス屋ですね。風璃さん頼みました」
工房では、雑用くらいしかやる事がないので丁度良い。
この戦場での主役は職人達で、あたしは脇役に徹する。
「ランちゃん、散歩がてら一緒にいこっか」
足下に付いてくる相棒と一緒に、工房からガラス屋を目指した。
「──そういえば、風璃さん。近頃は物騒な輩が……もう行っちゃいましたか」




