51話 迎えは唐突に(……いつも)
「のじゃ~! やりおったな~!」
「のじゃ姉ちゃんよぇ~。技を教えてくれるんじゃなかったのかよ……」
普段より、少し賑やかになった孤児院の中。
広間にボロい木の長テーブルと椅子が沢山並べられているだけの、みすぼらしい室内だが住めば都というやつだ。
男の子達は、スリュムちゃんと気が合うらしく戦闘講義とか言ってじゃれ合っている。
「のぉ~!? ストップ! ストップじゃ! ギブギブギブギブギブギブ……」
「この関節技すげぇ! ガッチリロックして、相手に地獄の苦しみを与え続ける最高効率の殺人絶技だ!」
霧の巨人の王という凄い名前も持っている事だし、きっと子供に合わせてあげているのだろう。
何だかんだで面倒見が良く優しいスリュムちゃんである。
「っこの! ワシに勝てない事を教えてやるのじゃ! こちとら全てを持っておる王なのじゃー!」
「あっ、スプーンとか反則だろ!? ちょ、マジかよ!」
……子供が合わせてあげているのかもしれない。
「風璃お姉ちゃん、下処理はこれでいいの?」
「うん。そのお野菜は灰汁が出るから、最初にしっかりとね」
一方、あたしの方は女の子達に料理を教えてあげている。
普段は映司お兄ちゃんの方が目立ちまくっているが、一応は家事一般が出来たりする。
こっちの食材は詳しくなかったが、商売の種になるかと思って勉強したりもした。
資料の類は、変態貴族達が提供してくれるため楽である。
「いつもありがとうございます、風璃さん」
「ん、好きでやってる事だからね!」
あたしの横に並んで料理をしている同い年くらいの少女──名はスキールニル。
スキールニルは、こちらと違ってお淑やかだし、すごい知的な雰囲気を漂わせているのに、追加で美人さんときている。
才色兼備と呼ぶのに相応しい娘……いや、レディだ。
「ちょっと水を魔術で出しますね」
日常生活で便利な魔術まで使えるというファンタジーさ。
一家に一人欲しいものである。
むしろ嫁に欲しい。
同性でも、金糸の様な艶やかなブロンド、翡翠のような瞳の色、それに大きく形の良い胸を見せられたら……すごい! としか言い様がない。
……少しだけ落ち着いて自分の胸を見るが、その差は気にしない事にした……無理やりだが。
あたしが持ってきた教材を元に、普段は彼女が読み書きや裁縫技術を教えている。
外見も良く、知的な女性──どうしてそんな彼女が、この孤児院にいるかは聞いていない。
敢えて聞かないというのもある。
1人で働いてどうにかしようとすれば、どうにかなると言うのに──そうもせず孤児院を助けているのだ。
別に深く考える必要も無く、あたしのようなただの物好きかも知れない。
──そんな時、足下にコツンと何かが当たった。
「あ、さっきの丸いのだ~」
女の子達から黄色い声が上がる。
あたしの足下に餌をねだりに来たアルマジロは、すっかり人気物である。
「よーし、よし。これ食べるかな」
地球のアルマジロは専用のキャットフードならぬアルマジロフード的なものや、ワーム等の生き餌を食べると旧友に教えられた。
基本的に雑食なので何でも食べるっちゃ食べるらしいが。
あたしが選んだのは、キャベツっぽい異世界の植物の芯である。
それを手に持ち、屈んでアルマジロの鼻先へ近付ける。
フンフン? とニオイを嗅いだ後に、少し警戒しながら一口。
安全を確認したのか、そのまま芯を食べ続けた。
「ふふ、可愛いですね」
「あたしの友達のね、藍綬って子がアルマジロ好きだったの。だから、こっちまで影響されちゃって、ね」
楽しげなあたしを、ちょっとだけ寂しそうな顔をして眺めているスキールニル。
「友とはいいものですね。私も……いつか欲しいものです」
「そう? もうあたし達は友達……いや、親友! それに──」
いつの間にか集まってきていた子供達。
スキールニルの方に集まる無邪気な視線と笑顔。
「僕達は家族みたいなもんだろ~」
「スキールニルと風璃はお姉ちゃんで、私達は妹」
「優しいねーちゃんと、乱暴なねーちゃん!」
そんな事を口々に、さも当たり前のように。
身寄りがなかったり、不幸な事があって身を寄せ合った子供達。
そんな中──頼れる存在であるスキールニルは、自分が思っているより、想われていたのだ。
「ありがとう」
スキールニルは珍しく私的な感情、涙を見せた。
それは、一条の尾引く流れ星のような暖かい気持ち。
──この街での商売も軌道に乗ってきたし、その余剰分を孤児院に分け与えても問題無いくらいになってきた。
さらなる拡充も考えている。
街だけではなく、異世界エーデルランド自体すらも巻き込む商売。
順風満帆というやつだ。
「なぁ、お楽しみの所、悪いんだが──」
……突然の事だった。
乱暴に開け放たれる孤児院の扉。
そこには……いかついひげ面で、薄汚れた毛皮を着た三十代くらいの男が立っていた。
「その出来損ないハーフエルフ、俺の奴隷なんだわ。返してもらおうか?」




